13話 赤いたてがみの少女
森の緑が深くなっても、踊る足は止まらない。
「ちょっとミュウルさん! そっちは藪の中っすよ」
「しっ、ギザールには聞こえないの?」
ポンポンと軽快なリズムを刻んでいる太鼓。
はっきりと聞こえるのに、ギザールは首を傾げるだけだった。
「そんなに踊っちゃって。はしゃぎすぎて幻聴でも聞こえてるんじゃ……ぅぉおおお!?」
「わっ、なに?」
ギザールが大口を開けて見上げているのは、粗削りの大岩が積み上げられた何かだった。
「土砂崩れ?」と首を傾げれば、「とんでもない!」とギザールは手帳を取り出す。
「遺跡っすよ、これは! ロマンティアの都市建築に比べたら高さはそうでもないっすけど、この構造ならメインフロアは地下にあるんじゃ……」
また、難しそうなことを唱えながら自分の世界に入ってしまった。
ならば、私は音の聞こえる場所を探してみようか――。
「うーん……でも、やっぱりこっち?」
ギザールが覗く遺跡の隙間から、音が漏れている気がする。
「ねぇギザール。音楽、この中から聞こえてるよね?」
「こっちの岩の紋様は1000年前の浮遊都市に似た形跡が……」
こちらを見向きもしないギザールにため息を吐き、「岩をどけてみようか」と考えていると。
「ん? この匂いは……」
今度は、どこからともなく香ばしい匂いが漂ってきた。
「肉……?」
グルグル鳴る腹を押さえながら、匂いをたどっていくうちに、大きな葉の遮る森へ足を踏み入れていた。
湿った木々の奥から聞こえてくるのは、楽しそうな声。それと、火の粉の爆ぜる音。
焚き火を囲み、肉を焼いているのは――。
「え……?」
3人の子どもたち。でも、丸い耳が頭から生えている。剥き出しの腕には、うっすら金色の毛が伸びていた。
「人……ううん、獣?」
「エマオ、ダンナ?」
「……っ!」
耳元のうなり声に、肩が跳ねた。
とっさに飛び退けば――そこには、より大きな猫人間が立っていた。腰布だけの装束で、木製の槍を構えて。
「待って、私はただの通りすがり……って、ことば分からないか」
子どもたちの威嚇が続いている。下手に動けば、一斉に襲われそうな雰囲気だ。
でも、さすがに子どもはぶん殴れない。
どうすれば鎮められるだろうか――。
「ミュウルさん!」
「……ギザール?」
葉で足を滑らせながら駆け寄ってくるのは、遺跡に張り付いていた考古学者。
彼の手には、茶色の小さな板が握られている。
「アレは……」
非常食に買っておいた、「勇者印チョコレート」だ。
いったいどうするつもりかと思いきや――ギザールはそれを細かく割り、殺気立つ子どもたちに差し出している。
「レコダンナ!」
「……なるほどっす。『ハレコ、ヨダノモイシイオテクマア』」
「エマオ!?」
「おっ、やっぱ動物言語の応用で通じるみたいっすよ!」
よく分からないが、ギザールはやっぱりスゴい。
子どもたちの逆立った毛が下りていき、チョコレートに注目が集まっている。
ひとりがカケラを口にすると。他も続いて、ギザールに群がりはじめた。
「子どもたちが落ち着けば、大人も話を聞いてくれるかなと思って」
「……さすが旅のセンパイ」
笑顔になった子どもたちを見て、草むらの大人が槍を下ろした。
まだ、近づいてはこないけれど――子どもたちが頬張るチョコレートに、目が釘付けになっている。
「レコ、イマウ」
子どもたちが差し出すカケラに対し、大人は疑いの目で匂いを嗅いでいる。
でも、害がないとわかったのか――彼はカケラを口に放り込んだ。
「反応ないけど、おいしかったのかな?」
「さぁ、どうっすかね。柔軟な子どもはさておき、大人は慣れない味に驚いてるかもしれないっす」
やがて、槍の先を森の奥へ向けた大人が――ギザールいわく、「貰ったものには礼を返さなければならない」と言い出した。
なんと、彼らの村でもてなしてくれるらしい。
「この人たち、『獣人』みたいっすね。オレもお目にかかるのは初めてっす」
「獣人って……」
この世界には、人間以外の種族がいる。
前の世界ではあり得ない光景だ。
でも、いま確かに、ライオンのような顔立ちの彼らは私たちの前を歩いている。
「とにかく一宿一飯にありつけそうっす。ついて行きましょ」
「村に入った途端に襲われたりしない?」
「そこはほら、“ゴリラ聖女様”が一緒なんで」
完全に私頼みのギザールに、笑い混じりのため息を吐いた。
「まぁ、何かあったら守るけど……」
木々の茂る森が開けたところで、確信した。葉っぱのテントがあちこちにぶら下がっているここが、彼らの村なのだと。
「グルル……」
赤いたてがみの女性が、一際高い木の上からこちらを見下ろしている。
でも、槍を持つ彼と一緒だからか、ただ様子をうかがっているだけだ。
「……強そう」
そんな彼女を横目に、村で一番大きなテントに入ると。
「わっ、なんっすか!?」
子どもたちが、一斉にギザールへじゃれついた。
言葉がわからなくても、何となく分かる。
「もっとチョコをよこせ」と言っているのだと。
「ミュウルさん、助けてくださいっ!」
「えっ、でも襲われてるわけじゃないし」
「爪と牙が痛いんっすよぉ!」
涙目で鞄を守るギザールから、テントの中へ視線を移すと。ギザールと子どもたちを見て、しなやかな身体の男性たちが笑っていた。
彼らは尻尾で、まだ小さな子どもをあやしている。
「『子守はオスの仕事だ』って言ってますね」
「ギザール、ここに住めるんじゃない?」
「そんな! 冗談じゃないっすよ」
獣人の男性たちは、穏やかな顔つきで子どもを見守っている。でも、屈強な体格の女性たち、それにお年寄りたちは、テントの隙間から私たちを覗いているだけだ。
「『耳と毛、尻尾すらない。お前たちは何だ?』……だそうっす」
「うん。やっぱり向こうにとっても、私たちは“見慣れないもの”なんだね」
世界の形をなぞるなら、ただ海岸線を歩けばいいと思っていたけれど――。
知らないものを知ろうとしなければ、私の作りたい地図は完成しないのかもしれない。
でも、この村の男性以外は、私たちを警戒したままだ。
『平原の森に住む獣人……ですか。興味深い』
また、何の前触れもなく声が響いた。
「オーリウス?」
『地図は、たった一度の遠征で完成するものではありません』
第一回目の選抜隊である私たちの役割は、“安全な拠点を見つけること”。
オーリウスは、静かに力を込めて言った。
『……貴女たちが楽しそうなので、つい発言したくなりました。それでは』
「ちょっと待って!」
その拠点候補の人々が、私たちを警戒している時はどうすれば良いのか――早口に問いかけると。
『その土地の人と同じ行動でもしてみたらどうですか?』
「え……?」
それだけ言うと、オーリウスは今度こそ口を閉じてしまった。
その土地の人と同じ行動――。
最初に男性たちの警戒が解けたのは、ギザールが彼らと一緒に子守をしていると思われたからか。
「だったら、私は……」
テントの外に出て、辺りを見回すと。槍を担いだ女性たちが、一か所に集まっているところだった。
「ギザール! あの人たち、どこに行くって言ってる?」
「ええっ? えーと……」
子どもたちを引き連れながら出てきたギザールによると。彼女たちは、これから獲物を取りに行くという。
「じゃあ、『私も一緒に狩り行く』って伝えて」
「正気っすか!? まぁ……ミュウルさんなら大丈夫か」
修道院暮らしだった私に、狩りの経験はない。
それでも、この身体にだけは自信ある。
そう伝えてもらうと。
「『狩りは一族のメスの仕事だ。小さくて食い出のなさそうなお前は足手纏いになる』……ですって」
「えっ」
彼女たちは、「もう話は終わった」というかのように背を向けた。
悔しい――でも、私はまだ証明できていないんだ。
この身に宿る、“ゴリラパワー”を。
「すぅ……」
壁を破壊した拳を、グーではなくパーで。
剣のように構え――そして。
「ふっ……!」
目に入った大木の幹を、斬るように叩けば――。
「ナッ……!?」
大木が、上下真っ二つにズレていった。
割れた木がズシンと音を立てれば、子どもたちがキャッキャと喜ぶ声が響く。
「これでも足手まとい?」
唖然とする大人たちに、微笑んでみせると。
「……っ」
木の上から、私の前へ飛び降りてきたのは――村の入り口にいた、赤いたてがみ女性。
「ザラ……ルスウド」
「ザラ、ルメキ」
彼女の金の眼光を浴びた女性たちは、一歩引いている。
「あの様子……たぶん、一族の長の娘か孫ってところっすね。周りの女性たちは、彼女を『巫女ザラ』って呼んでます」
「巫女?」
ザラはじっと私を見据えると、木を斬ったばかりの手をとった。
匂いを嗅いだり、見回したりしている。
「ええと……」
やがて済んだのか、彼女は仲間に向き直った。
「……ミュウルさん、合格らしいっす」
「えっ?」
試すような、ザラの厳しい視線。
それでも認められたことに、ほっと胸を撫で下ろした。
「でも……」
彼女たちの狩りは、「生きるための行為」。
私の「ぶん殴る」とは違う。
本当に認めてもらえるかは、この後の私次第だ――。
ザラの金色の目は、まだ少しも笑っていなかった。




