表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
2章 踊り唄う獣 ―ライガ・マナ―
PR
13/31

12話 サメ・クルーズ

 地図作り最初の一歩は、紺色の海へダイブ。

 そして――。


「うううう寒いいいい!」

「ギザール、こっち」


 崖の側にあった、灰色の小さな島へ上陸した。

 震えるギザールを小脇に抱えて。


「あああ……歴史的第一歩を踏み外すなんてえええ」

「空でも海でも、最初の“点”には変わりないでしょ。それに……」


 切り立つ崖を見上げれば。

 薄ら笑いを浮かべた勇者の息子――エリアスがこちらを見下ろしていた。


「……とりあえず、彼は追ってこないみたいだ」


 何を言っているかは聞こえない。でも、オーリウスが危険な目に遭わされている様子はない。


「ミュウルさん、今は……」

「うん、分かってる」


 前に進むしかない。


「でも、勇者はどうしてこんなところから旅立ったの?」


 港から船を出すのが普通ではないのか。

 そう尋ねると、ギザールはプルプル震える指で水平線を指した。


 なんだか、羽の生えた魚のようなものが跳ね回っている。


「あれ、イルカ……モドキ?」


 ヒレが羽のように広がって、かなりの距離を滞空している。


「勇者は彼らに交渉して、あちらの大陸まで運んでもらったらしいっすよ」

「へぇ」


 人懐こい動物なのか、ギザールが人語で「おーい」と声をかけるだけで、彼らは島へ近づいてきた。


「よしっ、こっからは本格的にオレの出番っすね」


 すっかり寒さから回復したギザールは、海水で張り付いた前髪を避けた。そして、イルカたちをまっすぐ見つめ――キュイキュイと、喉の奥を締めるような声を上げる。


「……なんて?」

「『あっちの岸まで運んでくれ』って、頼んでみたっす」


 今のが動物言語だと、ギザールは簡単に言うけれど。ただの「音」にしか聞こえなかった。


「でも、ちゃんと通じて――」

「イルカ、遠ざかってくけど」

「えぇっ!?」


 イルカたちは、島に近づくなり飛び上がって後退していった。


 ギザールが「なんで」と声を上げた、瞬間。

 足元の島が揺れはじめる。


「地震!?」


 でも、こんな数メートルもない島で起こるのだろうか。


「いや、そもそも……」


 こんなに滑らかな地面の島が、この世界には存在するのか――そう言いかけた、途端。

 島だと思っていたそれが、海中から顔を上げた。

 巨大な口と、ノコギリのような歯を覗かせて。


「ひいっ、サメだぁ……!」


 海へ飛び込もうとするギザールを抱えながら、巨大ザメの様子をうかがっていると。

 彼はつぶらな瞳でこちらを見つめた。


「ギザール、この子と話してみてくれない?」

「うえぇ……ええと、『大陸を渡りたいなら良い場所を知ってる。ちょうど暖かい海まで行くところだ』……って!」


 私たちは、目の前に見えている西の大陸を目指すはずだった。

 でも、サメは南の方に鼻先を向けている。


「ちょっと待っ……うわっ」


 サメが飛び跳ねた勢いで、身体が宙に浮いたと思えば。そのまま背に乗せられ、ジェットクルーズが始まってしまった。


「あはははっ! すごい、速いよギザール!」


 初めての塩水を浴びながら、飛ぶように過ぎ去る島々を眺めていると。

 本来の予定よりも、「これでいい」と思えてしまう。


「おおお落ちるっ……!」

 

 サメの背びれに、必死になって掴まるギザールの腰を抱え、後ろを振り返った。


「行ってくるよ、オーリウス!」


 もう、私たちの飛び降りた崖は見えない。

 それでも。


『羽目を外して、使命を忘れないように』


 耳元から、オーリウスの低い声が響いた。


「え……?」

『貴女たちの一歩一歩が、地図に残るのですからね』


 そうだ。

 耳元で揺れる紫の宝石に触れ、思い出した。


 たとえ一緒に行けなくても、私たちはいつもそばにいる。


「うん……いっぱい歩いてくるよ」


 私たちは本来、非公式な選抜隊。

 その出発がエリアスにバレた以上、オーリウスも無事では済まないかもしれない。

 でも――。


『政府の方はうまく騙す』


 余裕の顔でそう言ったオーリウスを、今は信じるしかない。


「うううう風が痛いいいい」

「ギザール、見て! 海が透き通ってるよ」


 穏やかで暖かい海を、巨大ザメが疾走していく。

 やがて彼の泳ぎが緩やかになったのは、入り組んだ海岸の手前だった。


 この辺りで降ろしてくれるらしい。


「ありがとう、サメさん! お礼は……」


 ギザールの鞄に詰め込んだ、非常食を漁ろうとすると。「ちょっと待って」と、ふらふらのギザールに手を取られた。


「なになに……『お前たちを連れていたら、肉の匂いで肉食魚がたんまり獲れた』……ですって!?」


 巨大ザメと同じ背びれが、ひとつ、ふたつと海面に増えていく。

 彼の家族が、後についてきていたのだ。


 大口を開いた彼らの身体の中で、大量の魚が跳ねている。


「ええと……『お前たちは良い匂いがする。ぼくらと手を組まないか』……って! お、お断りっす!」


 震え上がるギザールが、私の背に隠れた。

 自分たちを食べなかったのは、釣り餌にするためだったんだと。


「まさか外海のサメの知能がこんなに高いなんて……この辺には人もいなさそうなのに」

「でも、初めての航海、楽しかったよ」


 大きく手を振れば、彼らは海へ潜っていった。


「アンタが楽しそうで、サメ酔いからすっかり醒めたっす」

「それは良かった」


 それにしても、ここはいったいどこなのか――。


 幅の狭い砂浜、葉のない木々の立つ道が延々と続いているだけで、周囲に人の気配はない。

 ただ、植物と土の焦げるような匂いが漂っていた。


『こちらグレイヴ』

「え……」


 何の前触れもなく、耳飾りから声が響いた。


「オーリウスさん、大丈夫っすか!?」


 ギザールの問いかけに、一瞬の間を置いて――オーリウスは、「あの後すぐ執務室へ戻った」と言った。


「エリアスは……」

『ご安心を。いくら彼の権限が強かろうと、証拠のないものを今すぐ「ある」ようには見せられませんので』


 私たちが旅立ったという証拠は、エリアス本人の証言しかない。

 そう言って、オーリウスは溜め息を吐いた。


『そんなことより、貴女たちの現在地ですが』

 

 執務室の白地図を確認したところ。私たちは、修道国を300キロほど南下したところにいる――オーリウスの言葉に、胸が小さく鳴った。


「えっ! オレたち、そんなに移動してたんっすか!?」

「そっか……」


 いま私は、壁の外を――世界を歩いている。


 そう実感すると。胸の奥で揺れる“灰色の窓”のカーテンが、少し色づいた気がした。


「どう? アンクレットで描いた点、動いてる?」


 試しに、海岸線を走り回ってみたのだが。


『……いえ、同じ場所が何度も光っているだけです』


 地図はまだ少しも埋まらないという。


(この世界も、前と同じで丸いのかな……?)


 見慣れた地球儀を思い出していると。


「ミュウルさん、とりあえず海岸線を歩いてみません?」


 漁に出ている人に交渉すれば、今夜の宿を確保できるかもと、ギザールは歩き出した。


「サメが人を利用するなんて、やっぱおかしいっす。いっそこの辺に人がいるって思う方が自然じゃないっすか?」

「……うん、そうかもね」


 やっぱりギザールは、抜けているように見えて、いつも難しいことを考えている。

 ブツブツと呟く彼に続いて、歩き出したところで。


「あれ……?」


 トンタンと響く、太鼓のような音が聞こえてきた。


「ギザール、音楽だよ」

「波の音しか聞こえないっすけど」

「こんなにはっきり鳴ってるのに?」


 気づけば、足が勝手にステップを踏んでいた。


 身体が動いてしまうような調べに誘われ、踊りながら歩いていると。


「この貝、昼飯に良さそうっすよ……って、ミュウルさんどこへ行くんですか!?」

「いや、身体が勝手に」


 両足で砂を蹴ったり踏んだり、太鼓のリズムをなぞってしまう。


 首を傾げながらついてくるギザールを置き去りにする勢いで。音のする森の方へ、身体が引き寄せられてしまう。


「さっきから、音って何のことっすか? ミュウルさん!」


 私にも分からない。

 でも――太鼓の音が心臓の音と重なりあって、どんどん大きくなっていく。


 音楽の方へと誘うように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ