第一章 再配達の夜 第九話 隣の体温
# 第一章
## 再配達の夜
### 第九話 隣の体温
定食屋を出る頃には、夜風が少し涼しくなっていた。
駅前の人通りも、昼より落ち着いている。
玲司と藤堂は、なんとなく並んで歩いていた。
沈黙。
でも。
気まずくはない。
むしろ、その静けさが心地よかった。
「……お腹いっぱいです」
藤堂が小さく息を吐く。
玲司は少し笑った。
「食べるの早かったね」
「今日ずっと動いてたので」
「お疲れさま」
反射みたいに言っていた。
藤堂が少し目を丸くする。
それから、柔らかく笑った。
「それ、好きです」
玲司の心臓が、小さく跳ねる。
夜風が吹く。
街灯の光が、藤堂の横顔を照らしていた。
玲司は視線を逸らしながら、小さく息を吐く。
危ない。
たぶん、自分は思っているよりずっと、この人を好きになり始めている。
信号で立ち止まる。
赤。
周りには仕事帰りの人たち。
その時。
後ろから歩いてきた人が、玲司の肩へ軽くぶつかった。
「あ、ごめ――」
バランスが少し崩れる。
その瞬間。
ぐっと腕を掴まれた。
玲司の呼吸が止まる。
藤堂だった。
「大丈夫ですか」
近い。
思ったよりずっと。
掴まれた腕から、体温が伝わってくる。
玲司は、一瞬うまく声が出なかった。
「……うん」
やっと、それだけ返す。
藤堂は少し安心したみたいに息を吐いた。
でも。
すぐには手を離さなかった。
信号が青になる。
周りの人が歩き出す。
それでも。
二人だけ、少し時間が止まっているみたいだった。
数秒後。
藤堂が、はっとしたように手を離す。
「すみません」
玲司は、掴まれていた腕を見る。
そこだけ、まだ熱が残っている気がした。
「いや……助かった」
藤堂が少し照れたみたいに笑う。
「反射でした」
玲司は、小さく笑った。
その“反射”が、妙に嬉しい。
駅前へ戻る。
改札が見えてきた。
帰る時間。
なのに。
少しだけ、寂しかった。
藤堂も同じだったのか、小さく息を吐く。
「今日、楽しかったです」
玲司の胸が、静かに締め付けられる。
真っ直ぐな言い方だった。
変に誤魔化さない。
だから、余計に響く。
玲司は視線を逸らしながら、小さく笑う。
「……俺も」
その瞬間。
藤堂が、少し嬉しそうに笑った。
その顔を見た時。
玲司は、もう戻れない気がした。
“会える日”を、待ってしまう自分へ。




