第二章 おかえりのある部屋 第五十三話 雨の日の玄関
# 第二章
## おかえりのある部屋
### 第五十三話 雨の日の玄関
その日は、朝から雨だった。
細かい雨粒が、ずっと街を濡らしている。
玲司は仕事帰り、傘を閉じながら小さく息を吐いた。
今日は特に疲れた。
電話も多かったし、確認作業も長引いた。
スーツの袖が少し湿っている。
エレベーターへ乗りながら、ぼんやりスマホを見る。
【今日、雨やばいですね】
藤堂からだった。
玲司は少し笑う。
【配達大変そう】
既読。
【びしょ濡れです】
そのあと。
【でも、今日も会いたいです】
玲司の胸が、静かに熱くなる。
疲れていたはずなのに。
その一文だけで、少し呼吸が楽になる。
【風邪ひくよ】
送信。
既読。
【玲司さんの部屋で回復します】
玲司は吹き出した。
最近、完全に帰巣本能がついている。
【タオル貸すくらいしかできない】
送信。
既読。
【十分です】
その返事が、妙に優しかった。
数十分後。
インターホンが鳴る。
ドアを開けると、藤堂は本当に少し濡れていた。
前髪も湿っている。
制服の肩に、小さな雨粒。
でも。
玲司を見た瞬間、柔らかく笑った。
「……ただいま」
玲司の胸が、じんわり熱くなる。
「おかえり」
もう自然に出る。
でも。
そのたびちゃんと嬉しい。
玲司は慌ててタオルを持ってくる。
「風邪ひくって」
藤堂はタオルを受け取りながら、小さく笑った。
「心配してる」
玲司は視線を逸らす。
「するでしょ普通」
藤堂が嬉しそうに目を細める。
その顔を見るたび。
“帰ってきてよかった”って思ってるのが伝わる。
玲司は、少しだけ胸が温かくなる。
藤堂は濡れた髪を拭きながら、ぽつりと言った。
「……雨の日って、昔は嫌いだったんです」
玲司はソファへ座りながら顔を上げる。
「なんで」
「配達大変だし、気分も重くなるので」
たしかに、そうだと思う。
雨の日の仕事は、疲れる。
街全体が少し暗い。
でも。
藤堂は、小さく笑った。
「今はちょっと好きです」
玲司は目を瞬かせる。
藤堂は、照れたみたいに視線を逸らした。
「……帰る場所できたので」
その言葉が。
雨音より静かに、玲司の胸へ落ちた。




