第二章 おかえりのある部屋 第三十二話 眠る前の声
# 第二章
## おかえりのある部屋
### 第三十二話 眠る前の声
結局。
藤堂が帰ったのは、日付が変わる少し前だった。
玄関まで見送る。
狭い廊下。
静かな夜。
藤堂は靴を履きながら、何度も「帰りたくない」と呟いていた。
玲司は笑いながら、「明日仕事でしょ」と返す。
そんなやり取りすら、幸せだった。
ドアの前。
藤堂が少しだけ名残惜しそうに立ち止まる。
「……じゃあ、帰ります」
「うん」
でも。
どちらも、すぐには動けない。
藤堂が小さく笑う。
「恋人になると、こんな感じなんですね」
玲司は少し照れながら視線を逸らした。
「俺も初心者だからわかんない」
「なんか意外です」
「失礼」
二人で笑う。
その空気が、どうしようもなく愛しかった。
藤堂が、そっと玲司の手を握る。
玄関灯の下。
静かな夜。
恋人になった手。
それだけで、胸の奥が熱くなる。
「……おやすみなさい」
藤堂の声が、少し低い。
玲司は小さく頷く。
「おやすみ」
藤堂がゆっくり手を離す。
でも。
最後まで少し名残惜しそうだった。
ドアが閉まる。
廊下の足音が遠ざかっていく。
玲司は、しばらく玄関から動けなかった。
静かな部屋。
でも。
さっきまでの温度が、まだ残っている気がする。
ソファ。
マグカップ。
少し乱れたクッション。
全部が、藤堂の余韻だった。
玲司はゆっくりソファへ座る。
胸の奥が、じんわり温かい。
好きな人が、この部屋にいた。
その事実だけで、少し世界が変わった気がした。
スマホが震える。
玲司は小さく笑いながら画面を見る。
【もう会いたい】
玲司は吹き出した。
【さっき帰ったばっか】
既読。
すぐ返信。
【でも会いたいので】
その真っ直ぐさに、また胸が熱くなる。
玲司はソファへ身体を預けながら、小さく息を吐いた。
【俺も】
送信。
数秒後。
着信画面。
――藤堂。
玲司の心臓が跳ねる。
通話ボタンを押す。
「……もしもし」
『声聞きたくなりました』
その一言が。
深夜の静かな部屋に、優しく落ちる。
玲司は目を閉じた。
帰ったはずなのに。
もう会いたい。
もう声を聞きたい。
そんなふうに思える相手がいることが、まだ少し不思議だった。
『玲司さん』
「ん?」
『今日、ほんと幸せでした』
玲司は、しばらく返事ができなかった。
嬉しい。
その言葉が、自分の中へ静かに沁みていく。
窓の外では、夜風がカーテンを少し揺らしている。
玲司は小さく笑った。
「……俺も」
そのあと。
二人は、特に意味のない話をした。
コンビニ。
仕事。
明日の天気。
でも。
好きな人の声を聞きながら眠くなる夜が、こんなに安心するなんて知らなかった。




