第二章 おかえりのある部屋 第三十一話 帰る時間
# 第二章
## おかえりのある部屋
### 第三十一話 帰る時間
「帰りたくなくなりますね」
藤堂のその声は、少し掠れていた。
玲司は抱きしめられたまま、小さく目を閉じる。
わかる。
自分も同じだった。
このまま時間が止まればいいのに、と思う。
静かな部屋。
ソファ。
近すぎるくらい近い体温。
こんな時間を、ずっと欲しかった気がした。
玲司は小さく笑う。
「……仕事あるでしょ」
藤堂が肩へ顔を寄せたまま、小さく唸る。
「現実見たくないです」
その言い方が、少し子どもっぽくて。
玲司は思わず笑ってしまった。
「配達員さんがそれ言う?」
「恋人の前では言います」
胸が、じんわり熱くなる。
恋人。
その言葉、まだ全然慣れない。
でも。
呼ばれるたび嬉しかった。
藤堂が、ゆっくり身体を離す。
少しだけ名残惜しそうに。
その表情を見た瞬間。
玲司はまた胸が苦しくなる。
好きだ。
本当に。
藤堂はソファへ座り直しながら、小さく息を吐いた。
「やばいですね」
「なにが」
「玲司さんの部屋、落ち着きすぎる」
玲司は少し笑う。
「褒めてる?」
「かなり」
藤堂は、テーブルの上のマグカップをぼんやり見つめる。
「こういうの、憧れてたんです」
「こういうの?」
「仕事終わって、好きな人の家でゆっくりするの」
玲司の胸が、また静かに締め付けられる。
その“好きな人”が、自分なんだと思うと。
嬉しくて、少し怖い。
玲司は視線を落としながら、小さく言う。
「……俺も」
藤堂が顔を上げる。
玲司は少し照れながら笑った。
「こういうの、いいなって思う」
仕事終わり。
疲れて帰ってきて。
静かな部屋で、好きな人と話す。
それだけ。
でも。
それが、思った以上に幸せだった。
藤堂が柔らかく笑う。
そのあと、少し真面目な顔になる。
「玲司さん」
「ん?」
「無理してないですか」
玲司は目を瞬かせた。
「え?」
「俺、急に距離近づきすぎてないかなって」
その言葉に。
玲司の胸がじんわり熱くなる。
自分の気持ちより、ちゃんとこちらを見てくれている。
その優しさが、苦しいくらい嬉しかった。
玲司は静かに首を振る。
「大丈夫」
それから。
少しだけ笑う。
「むしろ、もっと来てほしい」
言った瞬間。
藤堂が固まった。
数秒後。
耳まで赤くしながら、顔を覆う。
「……無理」
玲司は吹き出した。
「何が」
「今の破壊力やばいです」
その反応が可愛くて。
玲司は、また好きになってしまう。
時計を見る。
もう遅い時間だった。
本当に、帰らないといけない。
でも。
藤堂は立ち上がる前に、小さく呟く。
「……帰りたくないなあ」
その一言が。
恋人になった実感みたいに、胸へ静かに残った。




