第二章 おかえりのある部屋 第二十九話 隣にいる音
# 第二章
## おかえりのある部屋
### 第二十九話 隣にいる音
肩が触れたまま。
二人とも、しばらく動かなかった。
部屋は静かだった。
テレビもつけていない。
流れているのは、冷蔵庫の低い音と、時々外を走る車の音だけ。
それなのに。
沈黙は、不思議なくらい心地よかった。
藤堂が缶を持ったまま、小さく息を吐く。
「……玲司さんの部屋、落ち着きますね」
玲司は少し笑った。
「何もないけど」
「それがいいんです」
肩が触れている。
でも。
藤堂は離れない。
玲司も、離れたくなかった。
その温度だけで、胸が静かに熱くなる。
藤堂が、ぽつりと呟く。
「なんか、不思議です」
「なにが?」
「恋人になったの」
玲司は視線を落とした。
自分も、まだ少し信じられない。
インターホン越しだった人が。
今、隣に座っている。
しかも。
肩が触れたまま。
玲司は小さく笑った。
「たしかに」
藤堂も笑う。
そのあと。
少しだけ静かになる。
でも。
その沈黙は重くない。
“何も話さなくても平気”
その感覚が、妙に嬉しかった。
藤堂がゆっくりソファへ身体を預ける。
肩の距離が、少し近づく。
玲司の心臓が跳ねる。
「……疲れた?」
小さく聞く。
藤堂は、目を閉じたまま少し笑った。
「ちょっと」
その声が、あまりにも無防備だった。
仕事中の、ちゃんとした声じゃない。
今だけ見せてくれている感じがして。
玲司は胸の奥が、じんわり温かくなる。
藤堂が、目を閉じたままぽつりと言う。
「玲司さんの“お疲れさま”って、なんか効くんですよね」
玲司は、少し困ったように笑う。
「そんな特別な言い方してないけど」
「でも好きです」
また、その言葉。
恋人になっても、慣れない。
むしろ前より破壊力が増している。
玲司は視線を逸らしながら、小さく息を吐いた。
「……ずるい」
「何がですか」
「そういうの、さらっと言うとこ」
藤堂が少し笑う。
「本当のことなので」
その瞬間。
玲司はもう、かなり限界だった。
好きだ。
ちゃんと。
静かに、でもどうしようもなく。
その時。
藤堂がゆっくり目を開ける。
近い。
視線が合う。
空気が少し変わる。
玲司の喉が小さく鳴った。
藤堂が、少しだけ迷うように視線を揺らす。
それから。
小さな声で言った。
「……今、抱きしめたら困ります?」




