第一章 再配達の夜 第十四話 帰したくない
# 第一章
## 再配達の夜
### 第十四話 帰したくない
映画館を出てからも。
二人は、なんとなく駅へ向かわなかった。
「……どうします?」
藤堂が聞く。
その声も、少し落ち着かない感じがした。
玲司は視線を逸らしながら答える。
「まだ時間あるし」
本当は。
もう少し一緒にいたかった。
藤堂も、たぶん同じだった。
駅前をゆっくり歩く。
夕方の空気。
飲食店から漂う匂い。
人の笑い声。
少しオレンジ色になった街。
その全部が、今日は柔らかく見える。
「お腹空いてないですか?」
「ちょっと」
「じゃあ、何か食べます?」
玲司は小さく笑った。
「自然に次の予定決まるね」
藤堂も笑う。
「帰りたくないので」
その一言に。
玲司の心臓が、大きく跳ねた。
あまりにも自然に言うから。
まるで、本音が零れたみたいだった。
玲司は少しだけ歩く速度を落とす。
胸の奥が熱い。
嬉しい。
でも。
その嬉しさが大きすぎて、少し怖かった。
二人は、小さな定食屋へ入った。
休日の夜には少し早い時間。
店内は静かだった。
向かい合って座る。
水の入ったコップが置かれる。
玲司は、ふとさっき触れられた腕を思い出してしまった。
まだ熱が残っている気がした。
「……玲司さん?」
顔を上げる。
藤堂が少し不思議そうに見ている。
「ぼーっとしてました」
「いや」
玲司は視線を逸らした。
「ちょっと疲れたかも」
半分嘘。
本当は。
隣にいるだけで、ずっと心臓が忙しかった。
注文を終える。
少し沈黙。
でも、その静けさは嫌じゃない。
むしろ落ち着く。
藤堂がテーブルへ肘をつきながら、小さく笑った。
「なんか、まだ不思議です」
「なにが?」
「玲司さんと、こうやってご飯食べてるの」
玲司も少し笑う。
「俺も」
最初は、配達員と受取人だった。
インターホン越し。
数分の会話。
それだけだったのに。
今は。
休日に会って、一緒に映画を見て、ご飯を食べている。
人生って、わからない。
料理が届く。
湯気が立つ。
藤堂が「うまそう」と笑う。
その表情を見た瞬間。
玲司は思ってしまった。
もっと見ていたい。
こういう顔を。
もっと近くで。
その時。
藤堂が、ぽつりと呟く。
「今日、会えてよかったです」
玲司の胸が、静かに締め付けられる。
映画のあとにも言っていた。
でも今は、少し違う響きだった。
玲司は箸を置く。
そして、小さく笑った。
「……俺も」
その瞬間。
藤堂が、少し安心したみたいに笑った。
その笑顔を見て、玲司は思う。
帰したくない。
でも。
そんなこと、まだ言えなかった。




