鼓動 その3
「金光さま、お待ちしておりました。旅行代理店、『鳥の羽』さまを通しての日帰りのご予約で間違いございませんでしょうか?」
「ああ。今日は宜しくね」
「それではこちらにお名前と連絡先の記帳をお願いいたします」
「はいはい。サラサラサラ〜っと。同伴者? おい、お前あと書いといてくれ」
彼女のペンを持つ手がリアルに震えている。それも震度五強はある。それに小学生が見たら驚き呆れる書き順で書かれた名前を判読するには、もう少し文明が発展しなければ不可能だろう。住所に至っては、東京にこんな地名は無い、位に無残な出来栄えである。
フロントの受付嬢はそれでも顔色変えず笑顔を絶やさずにいる。へえ、やるじゃないか、銀の竪琴。東京のそこそこのシティーホテルレベルじゃないか。
感心して二人を眺めていると、額から汗を流しながらクイーンが俺を恨めしそうに見る。何故か罪悪感を感じる。フロントを離れ、部屋に案内してもらいながらこの旅館の風呂について説明を受ける。各部屋に内風呂があり、他に内湯、露天があると言う。
山本くんからの資料にも書いてあったが、この複数の湯の意味が正直わからない。風呂なぞ一つあればいいではないか。何故露天? まあこれも仕事だ。俺の好き嫌いは置いておかねば正鵠を得られまい。案内された部屋に上がり、唖然とする。
「それではどうぞごゆっくりお寛ぎください。お食事は五時にお部屋に準備いたします」
バッタの如く何度もペコペコお辞儀をするクイーンを横目に、この部屋の素晴らしさをどう会社でプレゼンすれば良いか頭を悩ませる。俺みたいな温泉旅館素人でもわかるこの高級感、そして清潔感。畳、調度品、障子、全てに圧倒される。目を閉じると何とも言えない畳の香りについ笑みが溢れてしまう。




