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鼓動 その2
無理やり車から引きずり出したこの女は挙動不審、葵たちの言葉で言う、キョドッている事甚だしく、駐車案内の係りの人に何度も深くお辞儀するは、深緑の中にひっそりと佇む宿を見上げて口を押さえて硬直して動かなくなるは、入り口に向かう俺の後ろを怯えながらコソコソ歩くは… 全てを動画で撮っておかなかった事を後日どれ程後悔しただろう。
「お前、よく温泉旅館行くんだろ?」
「だ、だから、こんなスゲーとこじゃないんだって」
「スゲーもクソもあるかよ。たかが温泉、宿飯だろうが。ビクビクすんなって」
「お、オメーは慣れてんだろうが、アタシにゃ場違いってか、その…」
「はーーー? らしくねえな、さ、行くぞ」
「ちょ、待てって、おい、待って」
そう言いながら、俺のジャケットの後ろをギュッと握っている。
なんだこの感覚。俺の心に一瞬だが『この女可愛い』感が過ぎったぞ。なんだこの縋るような眼差し。微かに震えている細い手。真っ赤になっている形の良い耳。一瞬で過ぎ去ると思った感情が、意外にも俺の心に暖かさを灯し始めた時。
「お、おい。鼻毛出てんぞお前」
急速冷凍。俺が馬鹿でした俺が馬鹿でした俺が馬鹿でした。




