鼓動 その1
幽谷を流れる早川を渡り、カーナビ嬢の導きにより、申告していた到着時刻よりも一時間ほど遅れて旅館にたどり着く。
建物は質素ながらかなり質の良い木材をふんだんに使用しており、一見してただの温泉旅館との格の違いは明白だ。自然の中にひっそりと佇む大人の隠れ家、なんて他社のサイトのキャッチコピーそのままの姿につい苦笑いが出てしまう。
隣のもはや爆睡状態である眠れる森の鬼女の肩を叩く。
「おい、クイーン、着いたぞ」
「っセーな、馬鹿やろ… お、着いたかー、えっ……」
自然に溶け込んでいるかの様な建物を一目見て、クイーンは固まってしまう。
「どうした?」
「お、お、おま、こ、ここなのか?」
「どうやらそうらしいな」
「な、なんか、敷居高そーじゃねーか、ア、アタシやっぱいーわ」
まさかのクイーンの挙動に俺は面食らう。
「は、な、何言ってんの、今更?」
「ば、馬鹿、こんな高級なとこ、無理だって」
両腕を前で組み、助手席から動こうとしないクイーン。
「無理? 意味がわからん。さ、行くぞ。あ、その前に涎拭け」
この女のことをそれほど知っている訳ではない。何しろ地元の有名な暴れん坊、もとい、暴れん嬢… 表現不能か… さて置き。兎も角、こんな弱気を垣間見せる女とは思いもしなかった。
想定ではいつもの態度で『おっ、まあまあじゃねーか。タダ風呂タダ飯、ヒャッハー、あ、おっさん、この荷物頼むわー』くらいはアリと踏んでいたのだが。




