人ノ道 その6
渡された資料によると、宿の名前は『銀の竪琴』。塔ノ沢にある部屋数は二十室そこそこの超高級旅館。通常の宿泊費は俺にとってあり得ない値段だ。こんなハイクラスの旅館は地方勤務時代の接待で呼ばれて以来だ。
俺は温泉が好きではない。そもそも入浴時間が短い。五分と浸かっていない。長湯している時間が勿体無い。風呂は体を清潔に保つ目的でしかない。
当然家族や彼女と温泉旅行なぞ経験が無い。旅館の料理にも期待してない。美味い料理は東京。全ての美食はその首都に集まる。経済と一緒だ。金も人も学問もオンナも、そして美食も東京一点集中であることを俺は前職を通じてしっかりと見て来ている。東京に近いとは言え、たとえアジアに名だたる箱根温泉とは言え、首都東京の料理にかなう筈がない。
それなりに接待その他で美食を齧って来た俺は、一ミリも期待する事無く、旅館に向かっている。隣では、うわっ、口からヨダレを垂れ流している老廃棄物化した物体が異臭を…… いや、臭くはないな…
今気づいたのだが。店に出ている時のこの女は、安っぽい香水臭がするのだが、あれ、今日はなんか爽やかな香りが車内に漂っている。が、仄かにヨダレ臭が混じっている。さっきほど深くはないが溜め息が出る。
温泉。食事。五十オンナ。俺にとっての罰ゲームはまだ幕が上がったばかりらしい。




