みずげんか その8
「ちょっと、いいかな… 次の患者さん達、待っているよ…」
ぐっすり眠っているパドスちゃんを優しく抱きながら、龍二くんがハッとしてこちらを振り返る。何か言おうと口をパクパクさせるのだが後が続かない。俺らに話しかけるのを諦めると、純子さんに、
「成る程、ではこの議論は後日再検討するべきと思料するのだが」
「問題の先送りは良くないわ。後日と言わず、今宵では何か貴方に不都合があるのかしら?」
「全くもって吝かでない。あと二時間三八分後に、そうだな、ここに」
「あいわかったわ。では二時間三七分後に。この約定はしっかりと守っていただきたいものね」
純子さんは踵を返し、待合室の患者さん達に目礼した後、スタスタと待合室を抜けて表に出ていく。俺たちは笑いを堪えながら、その後を追っていく。
「ちょっと、純子、あなた…」
目をキラキラ輝かせながらゆうこが純子さんの肩に手をかける。彼女は立ち止まり、俯きながら、そして声を震わせながら、
「ママ。ゴメンね、私って今夜、用事が出来たらしいの…」
俺ら三人は互いの顔を覗きあいながら、一斉に吹き出した。
「ああ、いいんじゃねえの。後は若い者同士でってヤツなっ」
クイーンが満面の笑顔で言い放つと、ゆうこが心配そうな顔で
「龍二さんに迷惑かけないのよ」
これさ… 実は龍二くんと純子さんの『お見合い』だったのか? いやどう考えても、お見合いじゃん。まさか、それを知らずにパドスちゃんの心配してたのは、俺だけ?
恐るべし、母親。愛犬をダシに、行き遅れの息子と娘をくっ付けてしまう展開に持ち込むとは… しかしながら、考えれば考えるほど、お似合いの二人だ。側からは口論としか思えないのだが、その実は好意を剥き出しにしているのだ。
知能の高いコミュ障同士のお見合い。とても凡人には理解出来ません。そしてそれを成立させてしまう母親。偉大すぎて、思わず首を垂れてしまいます。




