第192話 海の口は、何を閉じ込めていたのか
第191話では、七島連盟の最南端にあるミナトアが、大規模な地盤崩壊に見舞われました。
住民たちは避難できたものの、島の南半分が海へ沈み、多くの人が故郷を失いました。
さらに、島の南側の海底には、巨大な空洞が存在することが判明します。
そこには惑星調和補完機構よりも古い記録が残されていました。
「この場所は、封じられたのではない。外へ出ないように、隔離された」
その直後、空洞の奥で何かが動き始めます。
「外へ出ないように、隔離された……?」
オルガが眉を寄せた。
「それって、中に何かいるってこと?」
「可能性はあります」
コピが答える。
「ただし、記録の翻訳が正確とは限りません」
リリィは海図を見つめた。
ミナトアの南。
巨大な亀裂のさらに奥に、不自然な空間が広がっている。
クロが小さく明滅した。
――深層空洞域に変化を検出。
「何が起きてるの?」
――内部の圧力分布が変化している。
「それって危険?」
――不明。
オルガがため息をつく。
「最近、不明ばっかりだね」
「分からないものが増えたからです」
コピの返事は真面目だった。
リリィは立ち上がる。
「長老に聞こう」
***
中央島の集会所。
七島連盟の長老たちが集まっていた。
リリィが海図を広げる。
「この場所について、何か知っていますか?」
最年長の女性が、海図を見た瞬間に顔色を変えた。
「……海の口」
カイラが聞く。
「やっぱり、知っているのか?」
女性はゆっくり頷いた。
「昔から、この海域には船を近づけてはいけないと伝えられている」
「理由は?」
「海が怒るから、と」
オルガが首を傾げる。
「海が怒る?」
「そう伝えられてきた」
長老は続ける。
「だが、本当の理由は失われた。昔の人々は、知っていたのかもしれない」
リリィは尋ねた。
「補完機構を追い出したことと、関係がありますか?」
長老は首を横に振る。
「それより遥かに古い禁忌だ」
「じゃあ、補完機構が来る前から?」
「そうだ」
クロが反応した。
――既存記録と一致する。
長老はリリィたちを見る。
「お前たちは、そこへ行くつもりなのか?」
リリィは少し考えた。
「今すぐ入るつもりはありません」
長老が目を細める。
「なぜ?」
「中に何があるか分からないからです」
その答えに、長老は小さく頷いた。
「それなら、まだ話ができる」
***
その時、集会所の扉が開いた。
「長老!」
若い島民が飛び込んでくる。
「ミナトアから戻った船が!」
カイラが立ち上がった。
「何があった!」
「海の色が変わってる!」
***
港へ走る。
沖合。
ミナトアのあった方向。
海面に、奇妙な模様が広がっていた。
青。
緑。
黒。
三つの色が、帯のように入り混じっている。
ティアナが顔をしかめる。
「何だ、あの潮は……」
コピが観測する。
「水温と塩分濃度に大きな差があります。深層の水が上昇している可能性があります」
「それだけ?」
「現時点では断定できません」
クロが突然、強く明滅した。
――追加情報。
リリィが振り向く。
「何?」
――空洞内部の変化と、海面の異常が連動している。
「つまり?」
――深層空洞域から海水が移動している可能性。
ティアナが腕を組んだ。
「海底のどこかで、道が開いたってことか?」
コピが頷く。
「そのような構造変化が考えられます」
リリィは沖を見つめた。
海は、静かだった。
けれど。
その静けさが、今は怖かった。
***
午後。
海洋評議会と七島連盟の代表による緊急会議が開かれた。
議題は、深層空洞域の調査。
ネレイス側は、観測機の投入を提案した。
しかし、七島連盟の長老たちは反対した。
「そこは、古くから立ち入りを禁じられた海だ」
ネレイスの調査官が反論する。
「しかし、放置すれば危険かもしれません!」
「調べれば、もっと危険になるかもしれない」
会議室がざわめいた。
オルガが小声で言う。
「どっちも分かる……」
リリィは黙って聞いていた。
ネレイスは、知ることで危険を減らそうとしている。
七島連盟は、知らないものへ触れないことで危険を避けてきた。
どちらも、人々を守るための判断だった。
クロが静かに言った。
――観測と干渉は同一ではない。
長老が振り向く。
「何だ、その黒いものは?」
リリィは隠さなかった。
「古代の観測端末です」
空気が凍った。
「観測端末……?」
長老たちの表情が変わる。
カイラが一歩前へ出た。
「リリィ……」
「ごめんなさい。でも、隠したまま話すのは違うと思ったから」
長老は立ち上がった。
「我々は、観測者を拒んできた」
クロは答える。
――承知している。
「ならば、なぜここにいる?」
――世界を知るためである。
「それを拒むと言ったら?」
クロは少し沈黙した。
そして答えた。
――拒否を受け入れる。
長老の表情が変わった。
クロは続ける。
――ただし、海底の変化が住民へ危険を及ぼす可能性がある。観測しない場合も、その危険は存在する。
リリィは頷いた。
「だから、決めるのは島の人たちです」
長い沈黙。
やがて長老が言った。
「……観測機を入れることは認めない」
ネレイスの調査官が声を上げる。
「しかし!」
「ただし」
長老は続けた。
「海面と周辺海域の観測は認める」
リリィが顔を上げる。
「ありがとうございます」
「礼はいらない」
長老は静かに言った。
「我々が決めたことだ」
***
夕方。
《潮騒》がミナトア沖へ向かった。
空洞の内部には入らない。
周辺海域の水温、流速、海面変化だけを観測する。
ティアナが舵を握る。
「今回は、見るだけだな」
「うん」
リリィが頷く。
オルガが笑う。
「何も起きなければいいけど」
クロが答えた。
――何も起きない可能性は低い。
「そういうこと言わない!」
船員たちが笑った。
しかし、その笑いは長く続かなかった。
コピが警告を出した。
「海面下に、大規模な流れを確認!」
「どこへ?」
「空洞の方向です!」
ティアナの顔が変わる。
「海水が吸い込まれてるのか?」
コピが答える。
「周辺の流速が急上昇しています!」
船が大きく傾いた。
「全員つかまれ!」
ティアナが叫ぶ。
《潮騒》が横へ流される。
海面には、巨大な渦が現れ始めていた。
オルガが叫ぶ。
「またこれ!?」
リリィは船縁をつかむ。
「コピ! 逃げられる?」
「推進力が不足しています!」
ティアナが舵を切る。
「帆を張れ! 風を使う!」
船員たちが走る。
しかし、渦は広がり続ける。
その時。
クロが突然、海へ向かった。
――異常。
リリィが顔を上げる。
「何?」
――この流れは、自然発生したものではない可能性がある。
「どうして?」
――周期的な圧力変動を検出。
コピが解析を始める。
「確かに、一定の周期があります」
オルガが息をのむ。
「誰かが動かしてるの?」
クロは答えた。
――内部から、何かが動いている。
***
渦の中心。
海面が大きく盛り上がった。
そして。
巨大な泡が、次々と浮かび上がってきた。
ぼこっ。
ぼこっ。
ぼこぼこっ!
ティアナが叫ぶ。
「何が出てくる!」
次の瞬間。
海面から、黒い岩のようなものが現れた。
いや。
岩ではない。
巨大な殻。
何層にも重なった、硬い外殻。
その一部がゆっくり開く。
中から、淡い青い光。
オルガが目を見開く。
「……生き物?」
コピが答える。
「生命反応に似た信号を検出。ただし、既知の生物とは一致しません」
巨大な殻が、さらに開いた。
その奥。
光るものが、こちらを向いた。
目のようにも見える。
リリィは息をのむ。
クロが静かに言った。
――旧記録と一致する形状を確認。
「何なの?」
――深層空洞域の内部に存在するもの。
「名前は?」
クロは一瞬だけ沈黙した。
そして告げた。
――海底循環体。
海面がさらに盛り上がる。
その巨大な存在は、ゆっくり姿を現し始めた。
ティアナが舵を握りしめる。
「……あれが、海の口の正体なのか?」
コピが答えた。
「不明です」
リリィは巨大な殻を見つめた。
そして気づいた。
その表面に。
無数の、小さな貝殻が付着している。
古いもの。
新しいもの。
何百年も積み重なったような痕跡。
「……ずっと、そこにいたんだ」
クロが反応した。
――推定活動期間、数千年以上。
オルガが呟く。
「そんな昔から……?」
その時。
巨大な殻の奥で、青い光が強まった。
クロが突然、震えた。
――通信を受信。
リリィが振り向く。
「何て?」
クロはしばらく黙っていた。
そして答えた。
――『観測者よ。なぜ、また来た』。
海底から現れた巨大な存在は、リリィたちを見つめていた。
まるで。
過去にも、同じような者たちと出会ったことがあるかのように。
第192話では、ミナトア沖の深層空洞域について、七島連盟とネレイスが調査方針を協議しました。
七島連盟は、外部からの観測を拒む立場を変えていません。
しかし、海底の異変が住民の安全に関わるため、周辺海域の観測だけを認めました。
そこで《潮騒》が出航しますが、海面には巨大な渦が発生。
そして、深海から硬い外殻に覆われた巨大な存在が姿を現しました。
クロによれば、それは古い記録に残る「海底循環体」。
数千年以上活動している可能性がある存在です。
その存在は、リリィたちへ問いかけました。
「観測者よ。なぜ、また来た」
次回は、海底循環体が何者なのか、そして七島連盟の古い禁忌が生まれた本当の理由へ進みます。
原案・構想:マスター\
物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)




