第182話 海の向こうから来た船
第181話では、リリィたちは惑星調和補完機構の中枢へ直行せず、世界を見続けることを選びました。
次の目的地は、港湾国家ネレイス。
しかし旅の途中、黒い粒子が一つ現れます。
それは補完機構の観測端末でした。
**「同行する。世界を見る」**
こうして、リリィたちの旅に奇妙な同行者が加わります。
「名前がないと不便だよね」
朝食の途中、オルガが言った。
目の前には、黒い粒子が一つ浮かんでいる。
**――名称は不要。識別番号で十分。**
「じゃあ、何番?」
**――惑星調和補完機構・第七観測端末・個体識別――**
「長い!」
オルガが遮った。
「クロでいいよ。黒いから」
**――命名根拠が単純すぎる。**
「覚えやすいでしょ?」
沈黙。
**――暫定名称として受理。**
リリィが笑った。
「よろしくね、クロ」
コピが静かに言う。
「観測端末の安全性は未確認です。警戒を継続します」
**――こちらも、お前を観測している。**
オルガが吹き出した。
「仲良くできそうでよかった!」
「そうかな……」
リリィは少し不安になった。
***
旅は順調だった。
山を越え、森を抜け、商隊とすれ違う。
途中の市場で、オルガが干し魚を値切った。
「もう少し安くならない?」
**――提示価格は推定適正価格を二十三%上回る。**
クロが割り込む。
商人が目を丸くした。
「おい、商売の邪魔をするな!」
「じゃあ二割引きで!」
「一割だ!」
「間を取って十五%!」
取引成立。
クロはしばらく沈黙していた。
**――疑問。双方が当初の希望と異なる価格に合意し、満足している。**
リリィが答える。
「値段だけが大事じゃないからね」
**――理解不能。**
「そのうち分かるよ」
オルガは笑いながら魚をかじった。
***
九日目。
森が途切れた。
突然、視界が開ける。
「海だ!」
オルガが走り出した。
どこまでも続く青い水平線。
白い波。
無数の帆船。
潮風が髪を揺らす。
リリィも足を止めた。
「すごい……」
眼下には巨大な港町が広がっていた。
石造りの倉庫。
活気ある市場。
海へ突き出した長い防波堤。
コピが地図を表示する。
「港湾国家ネレイス。首都ルミナ港です」
クロが海面を観測した。
**――広大な水域。輸送効率に優位性あり。**
オルガが呆れる。
「最初の感想がそれ?」
リリィは笑った。
「クロ、海はきれいだと思わない?」
**――美的評価基準が未定義。**
「じゃあ、今日はそれを覚えよう」
***
ルミナ港は賑やかだった。
魚を売る商人。
荷物を運ぶ船員。
船を修理する職人。
異国の言葉が飛び交っている。
アルケイアのように整然とはしていない。
それでも、街には活気があった。
「いいところだね」
オルガが言った。
その瞬間。
カン!
カン!
カン!
港の鐘が激しく鳴った。
「遭難船だ!」
沖合に、一隻の帆船が見えた。
帆は破れ、船体は大きく傾いている。
船尾から煙も上がっていた。
リリィが息をのむ。
「沈みそう!」
しかし、防波堤の門は開かれない。
港の責任者が叫んだ。
「入港禁止! 船籍不明、感染症の疑いあり!」
オルガが抗議する。
「でも、あのままじゃ沈む!」
「港には何万人も暮らしている! 感染症を持ち込めば大惨事だ!」
責任者も必死だった。
助けたい。
だが、港も守らなければならない。
その時。
「港に入れなきゃいいだろ!」
背後から女性の声がした。
赤い髪を束ねた、日に焼けた女性。
腰には短剣。
「沖で救助して、検疫泊地へ運ぶ!」
責任者が叫ぶ。
「ティアナ! 危険だ!」
「知ってる!」
女性は笑った。
「だから船長が行くんだろ!」
オルガの目が輝く。
「かっこいい!」
クロが割り込む。
**――救助行動の危険性に対し、報酬が不明。**
ティアナは黒い粒子を見た。
「なんだ、こいつ?」
「旅の仲間です」
リリィが答える。
ティアナは豪快に笑った。
「利益がなきゃ人を助けちゃいけないのか?」
クロは沈黙した。
リリィが一歩前へ出る。
「私たちも手伝います!」
「海は初めてか?」
「はい!」
「なら、船の上では私の指示に従え!」
「分かりました!」
***
快速船は波を切って進んだ。
「うわっ、揺れる!」
オルガが船縁をつかむ。
ティアナが笑う。
「海へようこそ!」
遭難船が近づく。
コピが警告した。
「右舷に浸水。沈没まで時間がありません」
「救助を急ぐぞ!」
ティアナの船員たちが縄を投げる。
遭難船から人々が移ってくる。
一人。
二人。
負傷者もいる。
リリィは意識のない船員を支え、オルガは甲板の安全を確保した。
最後に、小さな少年が現れた。
腕には金属筒。
「船長がまだ!」
遭難船を見る。
老人が一人、舵を握っていた。
「早く降りろ!」
ティアナが叫ぶ。
老人は首を横に振った。
「舵を離せん! このままでは、お前たちまで巻き込む!」
遭難船がさらに傾く。
ティアナは歯を食いしばった。
「縄を切れ!」
「でも!」
リリィが叫ぶ。
「切れ!」
老人が舵を大きく回した。
遭難船が快速船から離れていく。
その瞬間、縄が切られた。
激しい水しぶき。
船体が横倒しになる。
そして、遭難船は海へ沈んだ。
「船長!」
少年が叫ぶ。
リリィは海面を見つめた。
しかし、老人の姿は戻らなかった。
***
帰りの船は静かだった。
救助されたのは十七人。
少年も無事だった。
けれど、船長は助からなかった。
クロが言った。
**――救助成功率、九十四・四%。**
オルガの顔が強張る。
「今、それ言う?」
**――十七名の生存を確認。**
「分かってるよ!」
オルガの声が震えた。
「でも、一人助からなかったんだよ!」
クロは黙った。
リリィも海を見つめていた。
ティアナが静かに言う。
「あの船長が舵を切らなければ、こっちも沈んでいた」
「でも……」
「助けられなかった。それは事実だ」
ティアナは水平線を見た。
「だからって、助かった十七人を喜んじゃいけないわけじゃない」
リリィは顔を上げた。
ティアナは続ける。
「悲しいことと、嬉しいことは、同時にあっていいんだよ」
クロが小さく明滅した。
**――相反する感情の同時存在を確認。**
「そう」
リリィは頷いた。
「人間って、そういうものだから」
***
港外の検疫泊地へ到着した。
救助した人々は、港の医療班へ引き継がれた。
ティアナが少年へ声をかける。
「名前は?」
「ルイ」
「船長は、お前の?」
少年は頷いた。
「おじいちゃん……」
ティアナは膝をついた。
「立派な船長だった」
ルイは涙をこぼしながら、金属筒を抱きしめた。
リリィが尋ねる。
「それは?」
ルイは筒を見る。
「おじいちゃんが、絶対に渡せって」
「誰に?」
「ネレイスの海洋評議会」
ティアナの表情が変わった。
「評議会?」
ルイは筒を差し出した。
表面には、青い紋章。
三本の波。
そして、壊れた円。
コピが反応する。
「未知の古代文字を確認」
ティアナが眉を寄せる。
「何が書いてある?」
コピが文字を読み取った。
**西方外洋観測記録。**
その下。
**深海構造物、再起動。**
リリィの表情が変わる。
「深海構造物?」
クロが突然、激しく明滅した。
**――識別信号を確認。**
オルガが振り向く。
「クロ?」
**――その記録は、我々のものだ。**
全員が黙った。
リリィが聞く。
「補完機構の?」
**――肯定。海洋中継施設の記録である。**
「海にもあるの?」
**――ある。**
クロは、いつになく短く答えた。
ティアナが低く言う。
「西の外洋で、最近おかしなことが起きている」
「何が?」
「夜になると、海の底から光が上がる」
ルイが顔を上げた。
「おじいちゃん、それを調べに行ったんだ」
リリィは金属筒を見た。
「船が沈んだのも、そのせい?」
ルイは首を横に振った。
「分からない。でも、帰る途中で海が鳴ったって……」
その瞬間。
クロが再び明滅する。
**――海洋中継施設との接続を確認。**
コピが警告した。
「待ってください。外部から通信が入っています」
港の沖。
海面が、ゆっくり青く光り始めた。
一つ。
二つ。
三つ。
波の下に、巨大な円が浮かび上がる。
ティアナの顔色が変わった。
「何だ、あれ……」
クロが言った。
**――海洋中継施設、起動段階へ移行。**
リリィは海を見た。
山間都市レグナでは、黒い空。
そして今度は、海の底から現れる青い輪。
惑星調和補完機構は、陸だけに存在していたわけではなかった。
海の下でも、何かが動き始めていた。
第182話では、港湾国家ネレイスへ到着しました。
新しい同行者となったクロは、人間の行動を合理性や効率だけで判断しようとします。
しかし港で遭難船に遭遇し、救助に参加したことで、数字では表せない出来事を経験しました。
十七人を救助した一方、船長だった老人は助かりませんでした。
**悲しいことと、嬉しいことは同時にあっていい。**
クロにとって、新しい観測結果です。
そして遭難船に乗っていた少年ルイは、祖父から託された金属筒を持っていました。
そこに記されていたのは、
**深海構造物、再起動。**
という情報。
クロによれば、それは惑星調和補完機構の海洋中継施設に関係するものでした。
終盤では、ネレイス沖の海面下に巨大な青い輪が出現。
次回は、深海で何が再起動したのか、そして海洋中継施設がネレイスに何をもたらすのかを追います。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)




