第129話 砂を落とす穴
第128話では、風待ち村の西側にある古い作業場、「風締め場」を調べました。
そこには、風の道をふさぐための補強された砂袋が積まれていました。
風の道はもともと、村の熱や地下の空気を逃がす大切な通気路でした。
しかし、過去に西の砂丘が崩れた「砂の年」があり、風の道を通って砂が村の井戸や穀物倉へ入り込んだため、人々は村を守るために通気路をふさいでいました。
リリィたちは砂袋を全て外すのではなく、上段の小袋をほんの少しだけずらし、微小な通気を作ります。
その結果、南側の砂の口や風車の負荷は少し下がりました。
しかし同時に、西側から少量の砂が流れ込み始めます。
風を通し、砂を村へ入れないためには、かつて存在した「砂落とし穴」を起こす必要がありました。
西の砂丘は、遠くから見ると静かだった。
なだらかな砂の波。
低い陽射しを受けて、薄い金色に光っている。
けれど、近づくほど、その静けさが嘘だと分かった。
足元の砂が、かすかに鳴っている。
さら。
さらさら。
風は弱い。
空気は重い。
それでも砂だけが、内側から押されるように動いていた。
ナジが紙風車を胸に抱える。
「ここ、昨日よりあったかい」
ラサがすぐに記録する。
「西砂丘、表面温度上昇。ナジ観測、昨日より高温」
ガル老人が杖で砂を突いた。
「この下だ」
リリィは砂丘を見た。
「砂落とし穴?」
ガルは頷く。
「風の道に入った砂を、村へ届く前に落とす穴だ。昔は、ここで砂を受けて、定期的に掻き出していた」
オルガが周囲を見回す。
「砂を落とす穴が砂の下に埋まってるって、なかなか大変だね」
コピが測定結果を表示する。
「地下に円筒状の空洞反応があります。上部は砂で閉塞。側面に通気路が接続しています」
ラサが目を細める。
「生きているんですか?」
「完全閉塞ではありません。ただし、砂の堆積量が多く、急に開けると陥没の危険があります」
シオンならここで「掘るか」と言いそうだ。
リリィは少しだけ北方高原を思い出した。
そして言った。
「掘らない」
オルガがすぐ頷く。
「中心は触らない、だね」
「うん。まず、穴の縁を探す」
ガルがリリィを見る。
「分かっているならいい。砂落とし穴は、真上を開けるものではない。周りから聞く」
ナジが顔を上げる。
「聞き杭?」
ガルは少し驚いたように孫を見た。
「覚えていたのか」
「じいちゃんが昔、ちょっとだけ言った」
「余計なことを覚えている」
「役に立ったよ」
ガルは何も言い返せなかった。
ラサは記録板に書く。
砂落とし穴。中心掘削禁止。外縁の聞き杭を探す。
コピが地表を走査する。
「周囲に四つの埋設杭反応。うち二つは破損、二つは比較的 intact……比較的残存しています」
オルガが笑う。
「今、ちょっと言い直した?」
「はい。言語調整しました」
「正直でよろしい」
村人たちが浅く砂を払う。
一つ目の杭が見つかる。
黒く焼いた硬い木。
頭には細い溝が刻まれている。
二つ目は半分折れていた。
三つ目は砂の圧で斜めに傾いている。
四つ目は、完全に砂へ埋もれていたが、頭の穴だけは残っていた。
ガルは杖をつき、四つの杭を順に見た。
「まだ聞ける」
ラサが尋ねる。
「聞き杭は、何を聞くんですか」
「砂が落ちる音だ」
「砂が落ちる音?」
「穴が生きていれば、風が砂を運び、砂は穴へ落ちる。詰まっていれば、砂は風の道へ流れる」
コピが補足する。
「つまり、砂落とし穴が機能していれば、村へ向かう通気路内の砂流入が減るということです」
ナジが紙風車を見つめる。
「風は通すけど、砂は落とす」
リリィは頷いた。
「うん。それを戻したい」
聞き杭に測定糸が通される。
ナジは紙風車を低く構え、ラサは風の向きを記録する。
ガルは耳を澄ませた。
コピが微弱な音を送る。
ひゅう。
一つ目。
音は戻らない。
二つ目。
短く、砂に吸われる。
三つ目。
ざら、と返った。
四つ目。
遅れて、こつん、と小さな音がした。
ガルの眉が動く。
「底に当たった」
ラサが顔を上げる。
「底?」
「穴は完全には埋まっていない。下に空きがある」
コピが解析を重ねる。
「砂落とし穴の下部空間を確認。ただし上部は固結砂で塞がっています。外縁から少量ずつ砂を落とす必要があります」
オルガが言う。
「また、少しずつだね」
「はい」
リリィは砂丘の斜面を見た。
「どこから落とす?」
ガルは三つ目と四つ目の杭の間を指した。
「昔なら、ここに砂舌を作る」
ラサが聞き返す。
「砂舌?」
「砂を穴へ導く浅い筋だ。深く掘らず、砂が自分で落ちる道だけ作る」
ナジが嬉しそうに言う。
「水の溝みたい!」
ガルは渋い顔をした。
「風の道だ。水と一緒にするな」
リリィは少し笑った。
「でも、似ています。押し流さず、通る場所を作るところは」
ガルは何も言わなかった。
けれど、否定もしなかった。
作業は慎重に始まった。
砂丘の表面に、浅い筋を作る。
手のひらで撫でるように。
道具を深く差し込まない。
固まった砂を壊さず、表面だけを整える。
コピが砂温と圧力を見ている。
「深度注意。表層二センチ以内」
オルガが村人へ伝える。
「深くしない! さらっと! 砂を怒らせない!」
ナジが首を傾げる。
「砂も怒るの?」
オルガが真顔で答える。
「たぶん怒る。少なくとも、怒ったみたいな動きはする」
ラサがそれを記録しそうになり、少し迷ってから小さく笑った。
砂舌ができると、砂丘の表面を走っていた細かな砂が、その筋へ集まり始めた。
さら。
さらさら。
砂は穴の中心へ落ちているわけではない。
外縁から、細く、ゆっくり吸い込まれていく。
ガルが耳を澄ます。
「落ちている」
コピが測定する。
「砂落とし穴内部へ少量の砂移動を確認。同時に、作業場側通気路の砂流量が低下」
ラサの顔が明るくなる。
「砂が村へ向かう量が減った?」
「はい。現時点では」
オルガが手を上げかける。
コピが先に言う。
「限定的成功です」
「言われた」
リリィは砂舌を見つめた。
砂が少しずつ落ちていく。
風はまだ強くない。
しかし、砂落とし穴が息をし始めた。
ナジの紙風車は、さっきより安定して回っている。
くるくる。
逆向きではない。
村へ吹き込む向きでもない。
斜め下へ抜けるような、奇妙な回り方だった。
ラサが記録する。
砂舌作成。砂落とし穴、微量作動。作業場側砂流量低下。
ガルはその文字を見て、ぼそりと言った。
「昔は、これを毎朝やっていた」
ラサが顔を上げる。
「毎朝?」
「砂は夜に動く。朝、砂舌を直す。風車を見る。井戸を聞く。砂の口を開けすぎない。そういう村だった」
「なぜ、やめたんですか」
ガルは西の砂丘を見た。
「砂の年の後、人手が減った。咳で倒れた者もいた。風の道を守るより、閉じた方が早かった」
誰も責めなかった。
毎朝続ける仕組みは、強いようで弱い。
人が減れば途切れる。
記録が残らなければ、次の世代にはただの面倒な作業になる。
ラサは静かに書いた。
砂舌は日次管理。停止すると風の道へ砂が流入。
その時、ファルコンから通信が入った。
「西砂丘上部に亀裂。長さ約十五メートル」
リリィが顔を上げる。
「亀裂?」
ファルコンの映像が映る。
砂丘の上部に、細い線が走っていた。
砂の表面が割れている。
そこから、わずかに温かい空気が出ている。
コピが即座に解析する。
「砂丘内部に空洞、または通気層。砂舌作成により表層の砂移動が変化し、上部に応力が移動した可能性があります」
オルガが顔をしかめる。
「つまり、下を少しよくしたら、上が動いた?」
「可能性があります」
ガルが険しい顔になる。
「砂丘の腹だ」
ナジが不安そうに聞く。
「腹?」
「砂丘は、内側に乾いた砂を抱えている。腹が裂けると、一気に落ちる」
ラサの顔が青ざめた。
「それが、砂の年……?」
ガルは頷いた。
「そうだ。西の砂丘が裂けて、風の道へ砂が入った」
リリィは地図を見た。
砂落とし穴は動き始めた。
でも、西砂丘の上部が崩れれば、今の比ではない量の砂が流れ込む。
砂袋を少しずらしたことで通気は戻った。
砂落とし穴も息をした。
しかし、その通気の変化が、砂丘の内部を動かし始めている。
「上を見ないと」
リリィが言った。
ガルがすぐに首を振る。
「近づくな。砂丘の腹は人を飲む」
「人は近づけません。ファルコンと観測機で見る」
コピが頷く。
「遠隔観測を推奨します」
ファルコンが上空から砂丘上部を走査する。
「亀裂の奥に、木組みのようなものが見える」
ガルが目を見開いた。
「木組み?」
映像が拡大される。
砂の裂け目の奥に、古い木の格子が見えた。
自然の根ではない。
人工物だ。
ラサが息をのむ。
「砂丘の中に、何か作られている……?」
ガルの顔から血の気が引いた。
「風止め柵だ」
ナジが聞く。
「風止め柵?」
「砂丘の腹が崩れないよう、昔の者が砂の中に組んだ柵だ。だが……」
ガルは言葉を切った。
リリィが尋ねる。
「だが?」
「それが見えているということは、砂丘の中身がかなり動いている」
コピが警告を出す。
「西砂丘内部で砂移動加速。亀裂拡大の可能性」
オルガがすぐ周囲を見る。
「ここも離れた方がいい?」
「はい。砂落とし穴周辺から退避を推奨します」
ラサが村人へ声を張った。
「全員、砂丘の下から離れて! 道具は置いていい!」
村人たちが下がる。
ナジもガルの手を引いた。
「じいちゃん、行こう」
「分かっている」
だが、ガルは砂丘を見つめたままだった。
「風止め柵が壊れれば、西口に砂が殺到する」
リリィは聞いた。
「止める方法は?」
ガルは少し黙った。
「昔なら、砂留め布を張った。だが今は残っていない」
ラサが急いで記録を見る。
「砂留め布……村に残っている可能性は?」
ナジが顔を上げる。
「穀物倉の古い日よけ布! あれ、すごく厚い!」
オルガがすぐ言う。
「穀物倉の近くは沈み跡がある。取りに行くなら人数を絞る」
コピが計算する。
「砂丘亀裂の進行速度から、即時の大崩落は不確定です。ただし、次の強い上昇気流で拡大する可能性があります」
その時、村の方で風車が鳴った。
ぎいいっ。
同時に、砂丘の亀裂から砂がこぼれ落ちる。
さらさら、ではない。
ざざっ。
短く、重い音。
ラサが息をのむ。
「また風車と同期している……」
リリィは砂丘を見た。
風車。
乾き井戸。
砂の口。
風締め場。
砂落とし穴。
そして、西砂丘の風止め柵。
全てがつながっている。
砂を落とす穴は息をした。
でも、その先で砂丘そのものが崩れかけている。
今度は、風の道ではなく、砂の源を見なければならない。
コピが静かに告げた。
「西砂丘上部、亀裂幅拡大。次の圧力変動で小規模崩落の可能性があります」
ナジの紙風車が、手の中で逆向きに回った。
くるり。
ガルが低く言った。
「砂の年が、また来るかもしれん」
リリィは西砂丘を見上げた。
村へ砂を入れないためには、風の道を閉じるだけでは足りない。
砂丘が崩れないよう、風と砂の両方を受け止めなければならない。
第129話では、西の砂丘の下に埋まった「砂落とし穴」を調べました。
砂落とし穴は、風の道へ入り込んだ砂を村へ届く前に落とすための構造でした。
中心を掘るのではなく、外縁の聞き杭を探し、砂が落ちる音を確認しながら、浅い「砂舌」を作りました。
その結果、砂落とし穴は微量ながら機能し始め、風締め場側へ流れ込む砂の量も少し下がりました。
小さな前進です。
しかし、砂を落とす流れを作ったことで、西砂丘上部の亀裂が明らかになりました。
そこには、かつて砂丘の腹を支えていた「風止め柵」の一部が露出していました。
風止め柵が見えているということは、砂丘内部の砂が大きく動き始めているということです。
終盤では、風車の回転と同期するように、西砂丘の亀裂が広がり始めました。
次回は、砂丘の崩落を防ぐため、風止め柵と砂留め布をどう扱うか、そして村を再び「砂の年」から守れるのかを追います。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)




