第127話 砂の下で鳴る穴
第126話では、第5部の舞台となる東の乾燥平原、風待ち村アラムへ到着しました。
村では、風が吹いていないにもかかわらず、一本の風車だけが回り続けていました。
原因を調べると、風車の基部から上昇気流が入り、下から羽根を回している可能性が見えてきます。
さらに、村外れの乾き井戸では、蓋を押し上げるほどのぬるい風が吹き上がっていました。
井戸の中には、「風の道」と呼ばれる古い通気路らしき横穴と、
「風なき夜、地の息を聞け。
地の息強ければ、火を使うな。
砂が鳴れば、井戸を閉じるな」
という警告が残されていました。
終盤では、村の南側、穀物倉の近くに円形の沈み跡が見つかります。
第127話では、その沈み跡と、地下で動く風の正体を追います。
南側の砂地は、朝よりも低くなっていた。
穀物倉の手前。
丸く沈んだ地面の中心に、細かな砂が渦の形で集まっている。
風はない。
それなのに、砂だけが時々ふるえた。
さらさら。
ほんの少し。
だが、確かに動いている。
ラサが表情を硬くした。
「ここは、昨日まで普通の地面でした」
ナジが紙風車を握りしめる。
「夜は、ここが一番あったかかった」
オルガが周囲を確認する。
「穀物倉の中に人は?」
ラサがすぐ村人へ指示を出す。
「全員、外へ。火は消して。炉も灯りも使わないで」
コピが頷く。
「妥当です。地下から乾いた温風が上がっている場合、粉じん、乾燥した穀物くず、火気の組み合わせは危険です」
オルガが眉を寄せる。
「つまり、燃える?」
「条件次第では、急激な燃焼の可能性があります」
「言い方が怖い」
「事実です」
ラサの顔色が変わる。
「倉の中には、乾いた麦袋があります」
リリィはすぐに言った。
「穀物倉は閉め切らない。火を消して、人を離す。でも風の出口を全部ふさがない」
ラサは一瞬迷った。
「倉を開けたままに?」
「はい。閉じれば、中に圧がこもるかもしれません」
ナジが小さく言う。
「じいちゃんも言ってた。砂が鳴る日は、戸を押さえちゃだめって」
ラサはナジを見た。
今までなら、子どもの言葉として流していたかもしれない。
けれど今は、記録係として受け止めた。
「その言葉も、あとで記録します」
ナジは少し驚き、すぐに頷いた。
「うん」
沈み跡の周囲に縄が張られた。
誰も中心へ近づかない。
穀物倉から村人が出る。
袋を運び出すことはしない。
重い袋を動かして床に負荷をかければ、逆に沈みが進むかもしれないからだ。
オルガが扉の横に立ち、村人を誘導する。
「急がない。走らない。袋は置いたまま。命が先」
村人の一人が不安そうに言う。
「麦がだめになったら、冬が越せない」
リリィはその人を見た。
「麦を守るためにも、今は火と人を離します。地面が落ちたら、もっと失います」
男は唇を噛み、頷いた。
コピは沈み跡へ測定糸を伸ばした。
「中心部直下に空洞反応。深度は浅い。地下通気路の上部が崩れ始めている可能性があります」
ラサが息をのむ。
「村の下に、そんな空洞が……」
「はい。少なくとも風車、乾き井戸、南側沈み跡は地下でつながっている可能性が高いです」
ナジが地面を指した。
「ここ、昔は風抜き場だったって、じいちゃんが言ってた」
「風抜き場?」
リリィが聞き返す。
ナジは考えながら答える。
「風の道にたまった熱い息を、外に逃がす場所。砂の口、とも言ってた」
ラサが眉を寄せる。
「砂の口……聞いたことがありません」
「じいちゃん、ラサ姉ちゃんに怒られるから言うなって」
ラサは複雑な顔をした。
「それは別の意味で記録が必要ですね」
オルガが小声で言う。
「おじいちゃん、秘密が多い」
リリィは沈み跡を見た。
ここが本来、風を逃がす場所だったなら。
今、沈んでいるのは、風が戻ってきたからではない。
逃がす場所が弱っているからだ。
コピが沈み跡の砂を観測する。
「中心部の砂温、周辺より高い。下からの気流は断続的。周期があります」
「周期?」
「はい。乾き井戸の蓋の揺れ、風車の回転増加と同期しています」
ラサは地図を広げた。
「風車、乾き井戸、砂の口……全部が同時に息をしている?」
コピは頷いた。
「その表現は近いです。ただし、息が通る道のどこかが詰まっているため、圧が偏っています」
リリィは地図の上に三つの印を置いた。
風車。
乾き井戸。
砂の口。
三つの点は、村の中心を囲むように並んでいる。
北方高原の三役合わせとは違う。
けれど、どこか似ていた。
開ける場所。
聞く場所。
逃がす場所。
ラサが小さく呟いた。
「村の地下にも、役目があったんですね」
ナジは紙風車を地面に近づけた。
沈み跡の外縁では回らない。
中心に近づけると、くるり、と回る。
オルガがすぐ止めた。
「ナジ、線の内側には入らない」
「入ってないよ」
「紙風車だけ入れない」
「紙風車もだめ?」
「紙風車が飛んで、取りに行きたくなるからだめ」
ナジは少し不満そうにしたが、下がった。
その時、沈み跡の中心で音がした。
こお。
低い笛のような音。
砂が一瞬、円を描いて浮いた。
村人たちがざわめく。
コピが警告する。
「圧力上昇。中心部からの噴出前兆」
リリィはすぐに言った。
「全部開けない。横へ逃がす場所を探す」
ラサが顔を上げる。
「横へ?」
「上に噴き出す前に、少しだけ横へ抜く。砂の口が本来どう働いていたかを見る必要があります」
ナジが急に言った。
「耳杭!」
全員が振り向く。
「じいちゃんが言ってた。砂の口には耳杭があるって。風の音を聞く杭」
オルガが少し笑った。
「今度は杭か」
リリィはナジに尋ねた。
「どこにあるの?」
ナジは沈み跡の周りを見回す。
「たぶん、砂に埋まってる。昔は三本あったって」
コピが地表を走査する。
「沈み跡外周に、直線状の埋設物を三つ確認。木材、または硬化した植物繊維」
ラサが驚く。
「本当にある……」
カナタの時と同じだ。
記録にないものが、歌や口伝や子どもの記憶に残っている。
リリィは言った。
「掘り出す。でも中心は触らない。外側だけ」
オルガが村人に声をかける。
「浅く! 杭の頭が見えたら止める! 抜かない!」
村人たちは慎重に砂を払った。
一つ目。
古い木杭の頭が出る。
上には、小さな穴が開いていた。
二つ目。
同じ形の杭。
三つ目。
途中で折れている。
ナジが顔をしかめた。
「一本、壊れてる」
コピが分析する。
「折れた杭の下部は残っています。通気音の確認は可能ですが、反響は不完全です」
ラサは記録板に書いた。
砂の口。耳杭三本。一本破損。中心部は接触禁止。
その文字を見て、リリィは少し安心した。
ラサはもう、知らなかったことを流していない。
記録へ戻している。
コピが細い測定糸を耳杭の穴へ入れる。
一つ目。
低い風音。
二つ目。
短い返り。
三つ目。
音が割れる。
「三番耳杭で反響異常。折損の影響に加え、地下側の通気路が部分閉塞しています」
ラサが尋ねる。
「ここを直せば、沈みは止まりますか」
「直接停止は保証できません。ただし、圧力偏りを下げられる可能性があります」
リリィは沈み跡を見た。
砂の口を掘り開けるのは危険。
でも、耳杭を使えば、どの方向へ風を逃がすべきか分かる。
「一番と二番の間に、小さな逃げ溝を作る」
コピが計算する。
「有効です。中心部を避け、外縁で砂を薄く逃がせます。ただし、溝を深くすると崩落を誘発します」
オルガがすぐ村人に伝える。
「浅く! 指二本分くらい! 深掘り禁止!」
シオンはいない。
けれど、リリィは思わず北方高原で何度も言った言葉を思い出した。
深掘り禁止。
ここでも同じだった。
水でも風でも、急に開ければ壊れる。
村人たちは外縁に浅い逃げ溝を作った。
砂を少しだけ寄せる。
中心へ向かって掘らない。
一番耳杭と二番耳杭の間を、ゆるくつなぐ。
ナジは少し離れたところで、紙風車を見ている。
ラサはその横で、風の強さを記録する。
「ナジ、回り方を教えて」
「うん。今は弱い。さっきよりまっすぐ上に来てない」
「まっすぐ上ではない?」
「横に逃げてる感じ」
ラサは頷き、書いた。
紙風車観測。上向きから斜め方向へ変化。
オルガが感心する。
「それ、ちゃんと観測だね」
ナジは得意げに胸を張った。
浅い逃げ溝がつながると、沈み跡の中心で鳴っていた低い音が少し変わった。
こお。
から。
ふう。
へ。
砂が浮く量も減る。
コピが測定する。
「中心圧、わずかに低下。沈下速度、鈍化」
ラサが息を吐いた。
「止まったのですか」
「いいえ。鈍化です」
オルガが空を見上げる。
「やっぱりその言い方なんだね」
リリィは小さく笑った。
「でも、今は鈍化で十分」
穀物倉の床も確認された。
床下に空洞はある。
だが、すぐ崩れる兆候はない。
倉の戸を開け、火を使わず、人を近づけすぎない状態なら、しばらく保つ。
ラサは村人たちへ説明した。
「今日は倉で火を使わない。穀物袋は動かさない。砂の口の中心には近づかない。耳杭の周りに見張りを置く」
村人の一人が不安そうに聞く。
「風車はどうする? 回り続けているぞ」
全員が村の中心を見た。
風車はまだ回っている。
ぎい。
ぎい。
ただし、第126話の時より少しゆっくりになっていた。
コピが確認する。
「砂の口の逃げ溝作成後、風車基部の上昇気流がわずかに低下しています」
ラサの目が変わる。
「風車と砂の口は、やはりつながっている」
ナジが頷く。
「じいちゃん、風車は風だけでなく、地面の息も逃がすって言ってた」
オルガが言う。
「風車が勝手に回ってたの、悪いだけじゃなかったってこと?」
コピが答える。
「可能性があります。風車が地下圧の一部を逃がしていたとも考えられます」
リリィは風車を見た。
止めれば解決ではない。
むしろ、無理に止めれば、砂の口や井戸が吹き出すかもしれない。
また、二択ではなかった。
「風車は止めない。ただし、回りすぎないよう見張る」
ラサがすぐ記録する。
風車。強制停止禁止。回転数監視。砂の口・乾き井戸と同時確認。
ナジが小さく言う。
「じいちゃんの話、本当だったんだ」
ラサは彼を見る。
「おじいさんは、まだ村に?」
ナジの表情が少し曇った。
「いるけど、あんまり話さない。風の道のことを聞くと怒る」
「なぜ?」
「昔、風の道を閉じた人たちと喧嘩したって」
ラサは動きを止めた。
「風の道を閉じた人たち?」
ナジは頷く。
「砂が村に入るから、危ないって。だから風の道をふさいだって」
コピがすぐに反応する。
「地下通気路の閉塞原因に、人為的封鎖が含まれる可能性があります」
オルガが顔をしかめた。
「また、危ないから閉じたやつ?」
リリィは答えなかった。
危ないから閉じる。
危ないから記録しない。
それ自体が間違いとは限らない。
けれど、閉じた理由と開ける条件が失われれば、次の危険になる。
北方高原でも、同じことを見た。
その時、ファルコンが村の西側から通信した。
「風車列の西に、砂に埋もれた古い作業場がある」
ラサが顔を上げる。
「古い作業場?」
「屋根は崩れている。内部に袋状のものが複数。風の道の線上だ」
コピが映像を確認する。
「砂袋、または封鎖材の可能性があります。周辺の砂温が高い」
ナジが叫んだ。
「そこ、じいちゃんが近づくなって言ってた場所だ!」
リリィは西を見る。
風の道を閉じた人たち。
砂に埋もれた作業場。
地下の圧力。
回る風車。
沈む砂の口。
全てが一本の線でつながり始めている。
ラサは記録板を握りしめた。
「行きましょう。記録にない場所を、これ以上そのままにできません」
その直後。
風車が、また一度だけ大きく回った。
ぎいいっ。
西の作業場の方から、砂が吹き上がる。
高くはない。
だが、はっきりと。
砂の下で、何かが息をしようとしていた。
第127話では、村の南側、穀物倉近くにできた円形の沈み跡を調べました。
そこは、かつて「砂の口」と呼ばれ、地下の風の道にたまった熱や空気を逃がす場所だった可能性があります。
沈み跡の周囲からは三本の「耳杭」が見つかり、風の音や圧力を聞く役目があったことが分かりました。
一本は壊れていましたが、残った耳杭を使って反響を確認し、中心を掘らずに外縁へ浅い逃げ溝を作りました。
その結果、沈み跡の圧力はわずかに下がり、沈下速度も鈍化します。
また、風車はただ異常に回っているだけではなく、地下圧の一部を逃がしている可能性も見えてきました。
止めればよいわけではない、という新しい問題です。
終盤では、風の道がかつて人為的にふさがれた可能性が浮上します。
村の西側には、砂に埋もれた古い作業場があり、そこには風の道をふさいだ砂袋のようなものが残っているかもしれません。
次回は、砂に埋もれた作業場と、風の道を閉じた理由を追います。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)




