第5話 森の約束
いつも『終焉を継ぐ者』を読んでいただきありがとうございます。
第5話では、レインとフィアの距離が少しだけ縮まります。
大きな戦いや事件はありませんが、レインにとって大切な時間が流れるお話です。
そして、平穏な日々の中で終焉因子にも小さな変化が現れ始めます。
それでは、第5話をお楽しみください。
ルークス村での生活が始まってから、一週間ほどが過ぎていた。
レインは少しずつこの村の暮らしに慣れ始めていた。
朝は早く起きる。
村人たちの手伝いをする。
夕方には疲れて眠る。
前世では考えられないほど規則正しい生活だった。
それでも不思議と苦ではない。
むしろ心地良かった。
毎日やるべきことがあり、自分を必要としてくれる人がいる。
それだけで十分だった。
「おーい、レイン!」
広場の方から聞き慣れた声が飛んでくる。
振り向くとフィアが手を振っていた。
銀色の髪が陽の光を受けて輝いている。
「どうした?」
「暇?」
「今薪運びの途中なんだけど」
「じゃあ暇じゃないね」
「そうだな」
レインが答えると、フィアは少し考え込むような顔をした。
そして何かを思いついたように頷く。
「終わったら森に行こう」
「森?」
「うん」
「なんで?」
「秘密」
「またか」
レインは思わず苦笑した。
フィアは昔からこうらしい。
村の子供たちもよく振り回されていると聞いた。
だが不思議と嫌な気持ちにはならない。
それどころか少し楽しみにしている自分がいた。
「夕方だからね」
それだけ言うと、フィアは満足そうに去っていった。
残されたレインは薪の山を見つめる。
「頑張るか……」
今日の仕事は村の共同倉庫へ薪を運ぶことだった。
最初は重くて仕方なかった薪も、最近では少し慣れてきた。
もちろん大人ほどの力はない。
それでも身体は確実に成長している。
何度も往復を繰り返していると、額から汗が流れた。
「おっ、頑張ってるな」
ガルドが声を掛けてくる。
「少しは慣れてきました」
「最初は倒れそうだったもんな」
「忘れてください」
ガルドは豪快に笑った。
レインもつられて笑う。
こういう何気ない時間が最近は好きだった。
前世では人と話すことが減っていた。
仕事以外で誰かと笑い合うことなどほとんどなかった。
だからだろうか。
今の生活が妙に温かく感じる。
仕事を終える頃には太陽も傾き始めていた。
村の入口へ向かうと、すでにフィアが待っている。
「遅い」
「いや、時間通りだろ」
「私はもう待ちくたびれた」
「五分しか経ってない」
「長かった」
レインはため息を吐いた。
相変わらずマイペースである。
二人は並んで歩き始めた。
向かう先は村の近くの森だった。
最初に目覚めた危険な森ではない。
村人たちが採集や薪拾いに使う安全な場所だ。
木漏れ日が差し込む森の中を進む。
風が葉を揺らし、小鳥の鳴き声が聞こえる。
平和な景色だった。
「そういえば」
歩きながらフィアが口を開く。
「レインって前のこと思い出した?」
「前?」
「家族とか」
レインは少しだけ視線を落とした。
「まだ全然」
もちろん嘘だった。
前世の記憶ならある。
だが本当のことは言えない。
「そっか」
フィアはそれ以上聞いてこなかった。
ただ少し寂しそうな顔をしていた。
「フィアは家族いるのか?」
「いるよ」
「優しい?」
「うーん」
フィアは少し考え込む。
「優しいけど変」
「なんだそれ」
「変な人」
レインは思わず笑った。
フィアも小さく笑う。
気付けば自然と会話が続いていた。
最初は不思議な子だと思った。
今も少し不思議ではある。
だが一緒にいると楽しかった。
森の奥へ進んでいく。
やがてフィアが立ち止まった。
「着いた」
その先に広がっていた光景を見て、レインは目を見開く。
湖だった。
大きくはない。
だが透き通るように美しい湖だった。
夕日が水面に反射して輝いている。
周囲を木々に囲まれており、まるで別世界のようだった。
「すごい……」
自然と声が漏れる。
フィアは少し誇らしそうだった。
「綺麗でしょ」
「ああ」
「私のお気に入り」
レインは湖のほとりへ近付く。
静かだった。
風の音と水の揺れる音しか聞こえない。
心が落ち着く。
転生してから色々なことがあった。
知らない世界。
知らない身体。
巨大な狼。
終焉因子。
分からないことだらけだ。
それでも今だけは、その全てを忘れられる気がした。
「連れてきてくれてありがとう」
レインが言う。
フィアは少し驚いた顔をした。
「お礼言われた」
「言うだろ普通」
「そういうもの?」
「そういうもの」
フィアはしばらく考え込んだ後、小さく笑った。
「じゃあ良かった」
その笑顔を見た瞬間だった。
ドクン。
胸の奥で終焉因子が脈打つ。
レインの身体が僅かに強張った。
まただ。
最近増えている。
狼と戦った時ほどではない。
だが確実に何かが変わり始めている。
胸の奥が熱い。
不快ではない。
それなのに落ち着かない。
「どうしたの?」
フィアが首を傾げる。
「いや……」
誤魔化そうとする。
だがフィアはじっと見つめていた。
「やっぱり変」
「またそれか」
「うん」
フィアは真剣だった。
「レインから時々変な感じがする」
「どんな?」
「分からない」
フィアは困ったように眉を下げる。
「怖い感じじゃない」
「うん」
「でも普通じゃない」
レインは何も言えなかった。
終焉因子。
おそらくそれだろう。
フィアには何かを感じ取る力があるのかもしれない。
だが本人も分かっていないようだった。
それ以上は聞かなかった。
二人は湖の近くへ腰を下ろす。
夕日が少しずつ沈んでいく。
水面が黄金色に染まり、空は赤く色付いていた。
言葉はなかった。
それでも不思議と気まずくない。
むしろ心地良い沈黙だった。
しばらくして、フィアがぽつりと呟く。
「レインはさ」
「ん?」
「ルークス好き?」
レインは少しだけ考えた。
まだ来てから一週間ほどだ。
それでも答えはすぐに出た。
「好きだと思う」
「そっか」
フィアは嬉しそうに笑った。
「私も好き」
その笑顔を見ながら、レインは改めて思う。
この村へ来られて良かった。
一人ではなかった。
居場所ができた。
前世では手に入れられなかったものを、少しずつ手に入れている気がする。
だから守りたい。
この景色も。
この村も。
この時間も。
夕日が山の向こうへ沈んでいく。
二人は並んでその光景を見つめていた。
胸の奥では終焉因子が静かに脈打っている。
まるで何かを待つように。
だが今はまだ、その意味を知る者はいなかった。
第5話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回はレインとフィアの交流を中心に描いてみました。
ルークス村での生活にも少しずつ慣れ始め、レインにとってこの村が「居場所」になり始めていることを感じていただけたら嬉しいです。
一方で、終焉因子にも少しずつ変化が現れ始めました。
まだその意味を知る者はいませんが、確実に物語は前へ進み始めています。
次回はルークス村での日常が続く中、新たな出来事と小さな異変がレインを待っています。
これからも『終焉を継ぐ者』をよろしくお願いします。




