第3話 ルークス村
いつも『終焉を継ぐ者』を読んでいただきありがとうございます。
第3話では、狼との死闘を生き延びたレインが、この世界で初めて人々と出会います。
不安だらけだった彼にとって、一つの居場所となるルークス村。
そして、後に大きな存在となる少女との出会いも描かれます。
それでは、第3話をお楽しみください。
狼が去った後も、レインはその場から動けなかった。
地面に膝をついたまま荒い呼吸を繰り返す。
胸が苦しい。
足にも力が入らない。
それでも生きている。
その事実だけが今は何よりも大きかった。
先ほどまで死を覚悟していたのだ。
あの狼の牙があと少しずれていたら、自分はここにはいなかっただろう。
森を吹き抜ける風が頬を撫でる。
ようやく少しだけ落ち着きを取り戻したレインは、ゆっくりと立ち上がった。
狼は去った。
だが森の危険が消えたわけではない。
あれほどの存在がいるのだ。
同じような魔物が他にもいるかもしれない。
そう考えると、この場所へ留まる気にはなれなかった。
レインは深く息を吸う。
そして再び歩き始めた。
人を探さなければならない。
終焉因子。
継承者候補。
頭の中には分からない言葉ばかりが残っている。
だが今は後回しだ。
まずは生きる。
それが最優先だった。
森の中を進み続けていると、不意に風向きが変わった。
何かが燃える匂い。
煙だ。
レインは顔を上げる。
木々の隙間から薄く立ち昇る煙が見えた。
胸が高鳴る。
人がいる。
その可能性が一気に高くなった。
自然と足が速くなる。
枝を避けながら進み、木々の密度が少しずつ薄くなっていく。
やがて森を抜けた。
「……」
思わず言葉を失う。
そこには小さな村が広がっていた。
木造の家々。
広がる畑。
柵で囲まれた家畜小屋。
煙突からは白い煙が上がり、人々が忙しそうに働いている。
決して大きな村ではない。
だが確かに人の営みがそこにはあった。
その光景を見た瞬間、胸の奥から安堵が込み上げてくる。
ようやく辿り着いた。
転生してからずっと感じていた不安が少しだけ軽くなる。
「助かった……」
自然と声が漏れた。
その時だった。
「おい、坊主」
突然声を掛けられる。
振り向くと、鍬を担いだ男がこちらを見ていた。
日に焼けた肌。
逞しい腕。
四十代くらいだろうか。
いかにも農民という印象だった。
「そんなところで何してる?」
警戒されている。
それは当然だった。
森から突然知らない子供が現れたのだから。
レインは少し迷った後、正直に答える。
「森で目を覚まして……気付いたらここに」
男は眉をひそめた。
「親は?」
「分かりません」
「家は?」
「それも……」
嘘は言っていない。
ただ全てを話していないだけだ。
男はしばらく考え込んだ後、小さく息を吐いた。
「とりあえず村長のところへ行くぞ」
そう言って歩き出す。
レインは慌てて後を追った。
村の中へ入る。
人々の視線が集まる。
知らない子供がいるのだから当然だろう。
それでも敵意は感じなかった。
むしろ心配そうな目が多い。
それだけで少し安心できた。
「ここがルークス村だ」
男が言う。
「ルークス……」
レインはその名前を繰り返した。
この世界で初めて知る地名だった。
村は小さいが活気がある。
畑で働く人。
井戸で話す女性たち。
走り回る子供たち。
前世では当たり前だった光景なのに、今は妙に温かく感じられた。
そしてその時だった。
ふと視線を感じる。
振り向く。
井戸の近くに一人の少女が立っていた。
銀色の髪。
透き通るような青い瞳。
年齢は自分と同じくらいだろう。
少女はじっとこちらを見ている。
周囲の人たちとは違う。
何かを観察するような目だった。
レインと目が合う。
少女は少しだけ首を傾げた。
それだけだった。
だが不思議と印象に残る。
「知り合いか?」
男が笑う。
「いや……」
レインが答える前に、少女は視線を逸らして歩き去っていった。
まるで興味を失ったかのようだった。
不思議な子だ。
それが最初の印象だった。
やがて村長の家へ到着する。
村で一番大きな家だった。
中へ通されると、白髪の老人が椅子へ腰掛けている。
村長らしい。
事情を説明することになった。
もちろん転生など話せるはずがない。
森で目を覚えたこと。
自分のことをほとんど思い出せないこと。
気付けば一人だったこと。
そう説明すると、村長は難しい顔になる。
「記憶喪失かもしれんな」
白い髭を撫でながら呟いた。
レインは黙って頷く。
ある意味では間違っていない。
この身体の記憶は本当に存在しないのだから。
「しばらく村におるといい」
村長は穏やかに言った。
「住む場所も食事も用意しよう。もちろん仕事は手伝ってもらうがな」
レインは目を見開く。
まさか受け入れてもらえるとは思わなかった。
「いいんですか?」
「子供を放り出すほど冷たい村ではない」
村長は笑った。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥が少し熱くなる。
転生してからずっと不安だった。
知らない世界。
知らない身体。
何も分からない状況。
だが今だけは違う。
少なくとも今夜眠る場所はある。
一人ではない。
それだけで十分だった。
夕方。
村長の家を出たレインは空を見上げる。
赤く染まった空が広がっていた。
その時だった。
「ねえ」
後ろから声が聞こえる。
振り向く。
昼間の銀髪の少女だった。
「あなた」
少女は真っ直ぐレインを見る。
「変な感じがする」
「変?」
「うん」
青い瞳がじっと見つめてくる。
「普通じゃない」
その言葉に背筋が冷える。
終焉因子。
まさか気付かれたのか。
だが少女は少し考え込んだ後、首を傾げた。
「うまく言えないけど」
そして小さく笑う。
「まあいいや」
くるりと背を向ける。
「私はフィア」
少女は歩きながら振り返った。
「また明日」
そう言って去っていく。
レインはその背中を見つめていた。
フィア。
不思議な少女だった。
だが、この時のレインはまだ知らない。
彼女との出会いが自分の人生を大きく変えることを。
そしてルークス村での日々が、やがて世界の運命へ繋がっていくことを。
第3話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回はレインがルークス村へ辿り着き、この世界で初めて安心できる場所を見つけるお話でした。
そして登場した銀髪の少女、フィア。
まだ短い会話しかありませんでしたが、彼女は今後の物語において非常に重要な存在になっていきます。
また、終焉因子についても少しずつ違和感や伏線を増やしていく予定です。
次回はルークス村での生活が始まり、レインとフィアの距離も少しずつ縮まっていきます。
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それでは、また第4話でお会いしましょう。




