第2話 始まりの力
いつも読んでいただきありがとうございます。
第2話では、レインが初めて「終焉因子」の力を体験します。
突然手にした力に戸惑いながらも、生きるために必死に足掻くレインの姿を見ていただければ嬉しいです。
それでは、第2話をお楽しみください。
狼の牙が目の前を通り過ぎる。
ほんの一瞬前まで自分の喉があった場所を、鋭い牙が切り裂いていった。
レインは地面を転がるようにして距離を取る。
心臓が壊れそうなほど激しく脈打っていた。
避けた。
本当に避けたのだ。
本来なら絶対に間に合わなかったはずの一撃を。
狼もまた驚いているようだった。
着地したまま動かない。
黄色い瞳がじっとこちらを見据えている。
まるで理解できないものを見るような目だった。
だが理解できないのはレインも同じだった。
何が起きたのか分からない。
ただ一つだけ確かなのは、先ほどまでとは世界の見え方が違うことだった。
風が見える。
正確には見えるわけではない。
だが流れが分かる。
葉が揺れる理由が分かる。
狼が次にどちらへ動こうとしているのかも、何となく理解できる。
胸の奥では今も熱が脈打っていた。
ドクン。
ドクン。
心臓とは別の鼓動。
身体のさらに奥深くで何かが動いている。
『終焉因子起動』
頭の中へ声が響く。
男でも女でもない。
感情を感じさせない声だった。
「終焉因子……?」
思わず呟く。
聞いたことのない言葉だった。
だが考える時間はない。
狼が再び地面を蹴った。
灰色の巨体が一直線に迫る。
速い。
それでも見える。
筋肉の動き。
踏み込み。
牙の軌道。
全てがはっきり見えていた。
身体が自然に動く。
半歩だけ横へずれる。
牙が空を切った。
風圧が頬を打つ。
鋭い風が肌を裂くように通り過ぎる。
だが不思議と恐怖で身体は固まらなかった。
むしろ世界の方がゆっくりになったような感覚がある。
狼の毛並みが揺れる様子まで見えた。
土が跳ねる軌跡も。
自分の呼吸さえ、妙にはっきりと耳に届く。
狼が脇を駆け抜ける。
狼の動きが遅くなったわけではない。
自分の身体能力が急激に上がったわけでもない。
それなのに避けられる。
まるで答えを先に教えられているようだった。
だが避けるだけでは意味がない。
このままではいずれ捕まる。
レインは必死に周囲を見回した。
武器になるもの。
何でもいい。
素手では勝負にならない。
視界の端に落ちていた枝が目に入る。
長さは腕ほど。
太さもある。
木の棒として使えそうだった。
レインは駆け出す。
狼も即座に反応する。
どちらが先に辿り着くか。
その勝負だった。
地面を蹴る。
肺が苦しい。
足が重い。
それでも必死に手を伸ばした。
指先が枝に触れる。
掴む。
同時に狼が飛び掛かってきた。
「うおおおおっ!」
恐怖を振り払うように叫びながら棒を振る。
剣術など知らない。
技術もない。
ただ力任せだった。
それでも先端は狼の鼻先を捉える。
鈍い音。
狼が一瞬だけ怯んだ。
大したダメージではない。
だが十分だった。
距離ができる。
呼吸を整える時間が生まれる。
レインは荒い息を吐きながら棒を握り直した。
手が震えている。
足も震えている。
怖くないわけがない。
相手は巨大な狼だ。
しかも普通ではない。
それでも逃げ出さなかった。
いや、逃げられなかった。
ここで背中を向ければ終わる。
それだけは分かっていた。
狼が低く唸りながら間合いを詰める。
レインは身を捌いて牙をかわし、すれ違いざまに棒を振る。
狼は跳び退き、すぐさま別の角度から襲いかかる。
そのたびにレインは紙一重で攻撃を外し、反撃を返した。
何度も続く攻防。
戦いというより足掻きだった。
だが、その最中に気付く。
見えるのだ。
狼の癖が。
攻撃の前に肩が少し動く。
右から来る時と左から来る時では足の運びが違う。
終焉因子は、ただ身体能力を上げるだけではないらしい。
相手を読む力。
そんなものまで与えているようだった。
そして何度目かの攻防の後。
狼が大きく踏み込む。
その瞬間だった。
見えた。
隙が。
ほんの一瞬だけ。
レインの身体が動く。
考えるより先に。
身体を捻る。
棒を振り抜く。
乾いた音が森へ響いた。
棒の先端が狼の顔面を強打する。
狼が大きくよろめいた。
苦しそうな唸り声を上げながら後退する。
レインは息を切らしながらそれを見つめた。
勝ったわけではない。
それでも確かな手応えがあった。
狼は睨み続ける。
今までのような余裕はない。
目の前の獲物が危険だと理解したのだろう。
数秒の睨み合いが続く。
やがて狼は踵を返した。
森の奥へ消えていく。
唸り声だけが遠ざかっていった。
静寂が戻る。
その瞬間だった。
全身から力が抜ける。
膝が地面についた。
手も震えている。
今になって恐怖が押し寄せてきたのだ。
「生きてる……」
思わず呟く。
本当に紙一重だった。
もしあの力がなければ死んでいた。
『初回適合完了』
再び声が響く。
レインは顔を上げた。
『継承者候補を確認』
継承者。
候補。
意味の分からない言葉だった。
だがその言葉には不思議な重みがあった。
『適合率上昇』
『記録を開始』
声はそこで途切れる。
森には再び静寂だけが残った。
だがレインには分かっていた。
狼との戦いは終わった。
しかし本当の始まりは今なのだと。
胸の奥で脈打つ終焉因子。
継承者候補という謎の言葉。
それら全てが、自分をまだ知らない運命へ導こうとしている。
そしてその運命は、レインが思っているより遥かに大きなものだった。
第2話を読んでいただき、ありがとうございました。
レインにとって初めての戦い、そして「終焉因子」と「継承者候補」という新たな謎が登場しました。
まだ本人も何が起きているのか理解できていませんが、ここから少しずつ物語の核心へ近付いていきます。
次回はいよいよ人との出会い、そしてレインがこの世界で初めて居場所を見つけるお話になります。
今後とも『終焉を継ぐ者』をよろしくお願いします。




