第10話 静かな異変
いつも『終焉を継ぐ者』を読んでいただきありがとうございます。
第10話では、第9話で描かれた森の違和感が少しずつ広がっていきます。
大きな戦いが起きるわけではありません。
しかし、ルークス村の日常の中に確かに存在する小さな異変を、レインやフィアたちは感じ始めています。
平穏な日々が続いているように見える中で、少しずつ物語は前へ進み始めます。
ぜひ最後まで楽しんでいただければ幸いです。
それでは、第10話をお楽しみください。
レインは夢を見ていた。
真っ黒な世界。
果ての見えない闇。
そして空そのもののような巨大な瞳。
感情のない視線。
ただ見つめてくるだけの存在。
その時だった。
『――観測』
声が響く。
どこから聞こえたのか分からない。
男なのか女なのかも分からない。
ただ一つだけ確かなことがあった。
その声は、自分へ向けられていた。
次の瞬間。
世界が砕け散る。
レインは勢いよく飛び起きた。
「はぁっ!」
荒い呼吸。
全身が汗で濡れている。
窓の外を見る。
まだ朝だった。
太陽が昇り始めている。
「またか……」
夢だった。
だが前回よりも鮮明だった。
まるで本当にあの場所へ行ったような感覚。
胸の奥を押さえる。
終焉因子は静かだった。
だが不気味な感覚だけは残っている。
「観測……」
呟いてみる。
意味は分からない。
考えても答えは出なかった。
結局、レインは諦めて顔を洗うことにした。
いつもの朝。
いつもの村。
それが少しだけ安心できた。
外へ出る。
朝の空気は冷たかった。
鳥の鳴き声も聞こえる。
だが。
「……あれ?」
レインは立ち止まった。
何かが引っ掛かった。
少し考える。
そして気付く。
静かだった。
鳥の声は聞こえる。
だが少ない。
いつもならもっと賑やかなはずだった。
気のせいかもしれない。
そう思いながら広場へ向かう。
するとフィアがいた。
相変わらず朝が早い。
大きな木の近くに座って空を見ている。
「おはよう」
「おはよう」
フィアが振り向く。
レインはその隣へ座った。
「眠れたか?」
「少し」
どうやらフィアも同じらしい。
昨日のことが気になっているのだろう。
しばらく沈黙が続く。
やがてレインが口を開いた。
「フィア」
「なに?」
「鳥、少なくないか?」
フィアは周囲を見回した。
数秒後。
「少ない」
即答だった。
「やっぱりか」
気のせいではなかった。
フィアも同じように感じている。
レインは空を見上げる。
雲ひとつない青空。
天気は良い。
それなのに森の方はどこか静かだった。
「昨日から変」
フィアが言う。
「森が落ち着かない」
「落ち着かない?」
「うん」
説明は相変わらず曖昧だった。
だがレインには伝わる。
フィア自身も理由は分からないのだ。
それでも違和感だけは感じている。
その時だった。
広場の反対側から声が聞こえる。
「最近、鳥減ってないか?」
村人だった。
「そういや見ないな」
「森の奥に移動したんじゃないか?」
別の村人が答える。
何気ない会話。
だがレインとフィアは顔を見合わせた。
やはり自分たちだけではない。
村人たちも気付き始めている。
小さな異変。
だが確実に何かが変わっている。
レインは胸の奥に嫌な予感を覚えた。
その時。
「レイン」
後ろから声が聞こえた。
振り向く。
ガルドだった。
腕を組みながら立っている。
その表情は真剣だった。
「少し来い」
「俺?」
「ああ」
いつものガルドではない。
何かを決めたような顔だった。
レインは立ち上がる。
フィアも不思議そうに見ていた。
「話がある」
ガルドはそう言った。
そして村の外れへ歩き出す。
レインもその後を追う。
昨日の調査。
消えた足跡。
森の異変。
そのどれかについてだろう。
そう思った。
だがレインはまだ知らない。
ガルドが話そうとしていることが、今まで聞いたことのない話であることを。
そしてそれが、ルークス村の過去に関わる話であることを。
ガルドの後を追いながら、レインは村の外れまで歩いていた。
広場の賑やかな声も少しずつ遠ざかっていく。
やがて二人は小さな丘の近くで足を止めた。
ルークス村を見渡せる場所だった。
ガルドはしばらく何も話さない。
腕を組みながら村の方を見ている。
その様子にレインも口を開けなかった。
やがてガルドが小さく息を吐く。
「昨日のことだがな」
レインは頷く。
「足跡のことか?」
「ああ」
ガルドは少し考えるように空を見上げた。
「お前にはまだ話してなかったな」
「何を?」
ガルドはすぐには答えなかった。
しばらく沈黙が続く。
風が吹く。
草が揺れる音だけが聞こえていた。
「昔な」
ようやくガルドが口を開く。
「俺がまだ若かった頃だ」
レインは黙って聞く。
「今みたいなことがあった」
その言葉にレインの目が開く。
「今みたいなこと?」
「ああ」
ガルドは頷いた。
「森がおかしかった」
それだけだった。
だがその言葉には妙な重みがある。
「何があったんだ?」
「分からん」
「分からない?」
「本当に分からん」
ガルドは苦笑する。
「今でもな」
レインは首を傾げた。
ガルドが知らないというのは意外だった。
「ただな」
ガルドは続ける。
「その時も鳥が減った」
レインは思わず森を見る。
今朝のことを思い出した。
鳥の鳴き声。
確かに少なかった。
「他にも動物が姿を消した」
「それって……」
「偶然かもしれねぇ」
ガルドは言う。
「だが昨日から少し気になっててな」
レインは黙り込む。
偶然。
本当にそうなのだろうか。
終焉因子。
足跡。
夢。
そして鳥。
全てが無関係には思えなかった。
ガルドは村へ視線を向ける。
「村長も覚えてるはずだ」
「その時のことを?」
「ああ」
だがガルドはそれ以上語らない。
レインも無理に聞かなかった。
今はまだ話すつもりがないのだろう。
それだけは分かった。
その時だった。
ドクン。
胸の奥が脈打つ。
終焉因子。
レインは思わず胸を押さえた。
「どうした?」
ガルドが聞く。
「いや……」
まただ。
最近増えている。
だが今回は少し違った。
何かが近付いているような感覚。
何かを探しているような感覚。
上手く説明できない。
ガルドは不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。
「無理するなよ」
「ああ」
レインは頷いた。
二人は村へ戻り始める。
途中、広場の近くまで来た時だった。
フィアが立っていた。
こちらへ気付く。
だが様子がおかしい。
どこか落ち着きがない。
「フィア?」
レインが呼ぶ。
フィアは少しだけ迷うような顔をした。
そして言う。
「森へ行った」
「森?」
「少しだけ」
レインは驚いた。
一人で行ったのか。
「危なくないのか?」
「大丈夫」
そう言うが、表情は晴れない。
ガルドも気付いたようだった。
「何かあったか?」
フィアは少しだけ森の方を見る。
「変だった」
またその言葉だった。
「何が?」
レインが聞く。
フィアは数秒考える。
そして静かに答えた。
「静かすぎる」
レインとガルドは顔を見合わせた。
鳥が減っている。
動物も少ない。
そして森は静か。
偶然にしては重なりすぎている。
ガルドの表情が僅かに険しくなる。
だがすぐにいつもの顔へ戻した。
「今日は森へ近付くな」
ガルドは言う。
「少なくとも日が沈むまではな」
フィアは黙って頷いた。
レインも頷く。
だが胸の奥の違和感は消えない。
むしろ少しずつ大きくなっていた。
空を見上げる。
青空は変わらない。
村も平和なままだ。
それなのに。
何かが静かに近付いている気がした。
夕方。
空は赤く染まり始めていた。
ルークス村はいつも通りだった。
畑仕事を終えた村人たちが帰路につく。
家々からは夕食の匂いが漂ってくる。
子供たちの笑い声も聞こえた。
平和な時間。
本来なら安心できるはずの景色だった。
だがレインの胸の奥にある違和感は消えなかった。
ガルドの話。
昔も似たことがあったという話。
減り始めた鳥。
静かになった森。
そして終焉因子。
全てが頭の中を巡っていた。
「レイン」
フィアが呼ぶ。
広場の木の下にいた。
「どうした?」
「少し歩く」
それだけ言う。
レインは少し考えた。
本当なら止めた方がいいのかもしれない。
だがフィアは森のことを誰よりも知っている。
「遠くには行くなよ」
「うん」
フィアは小さく頷いた。
そして村の外れへ向かって歩いていく。
レインはその背中を見送った。
どこか不安だった。
理由は分からない。
ただ嫌な予感がした。
その夜。
月が昇る。
空には雲一つない。
静かな夜だった。
フィアは一人、丘の上にいた。
ルークス村が見渡せる場所。
そして森も見える場所。
風が吹く。
銀色の髪が揺れる。
フィアは黙って森を見つめていた。
何かがおかしい。
昨日からずっとそう感じている。
理由は分からない。
だが確実に何かが違う。
森は静かだった。
静かすぎた。
虫の声も少ない。
鳥の気配も少ない。
まるで森全体が息を潜めているようだった。
「……変」
小さく呟く。
返事はない。
当然だった。
丘にはフィアしかいない。
だがその時だった。
風が止む。
フィアの身体が僅かに強張る。
違和感。
今まで感じていたものとは違う。
もっと直接的な何か。
視線。
そんな感覚だった。
フィアはゆっくり森を見る。
暗い。
月明かりは届いている。
それでも森の奥は見えない。
まるで闇がそこだけ濃くなっているようだった。
フィアは目を細める。
じっと見つめる。
すると。
ほんの一瞬だけ。
何かが動いた気がした。
「……っ」
息を呑む。
気のせいかもしれない。
だが違う。
今までの違和感とは違う。
確かに感じた。
何かがいた。
森の奥に。
誰かがいる。
いや。
何かがいる。
フィアは知らず知らずのうちに拳を握っていた。
胸がざわつく。
逃げろ。
そんな本能に近い感覚があった。
だが同時に目を離してはいけない気もした。
月明かりが森を照らす。
しかしそれ以上は何も見えない。
何も。
本当に何も。
それなのに。
フィアは確信していた。
「……いる」
ぽつりと呟く。
その声は風に消えた。
誰も聞いていない。
だがフィア自身だけは理解していた。
昨日の足跡。
静かになった森。
消えた動物たち。
全てが繋がる。
何かがいる。
それも普通の何かではない。
フィアはしばらく森を見つめていた。
やがてゆっくり村へ戻る。
その背中はいつもより少しだけ固かった。
一方その頃。
レインは眠りについていた。
終焉因子は静かなまま。
夢も見ていない。
だが森の奥では違った。
誰も踏み入れない場所。
月光すら届かない深い闇。
そこに巨大な影があった。
姿は見えない。
形も分からない。
ただ存在だけがある。
その影はゆっくりと動いた。
まるで何かを探しているように。
まるで何かを待っているように。
そして静かに。
本当に静かに。
一歩だけ前へ進んだ。
誰にも気付かれることなく。
ルークス村へ向かうように。
第10話を読んでいただきありがとうございました。
今回は大きな事件や戦闘はありませんでしたが、ルークス村や森に起き始めた小さな異変を中心に描いてみました。
鳥たちの減少、静かになった森、そしてガルドが語った過去の出来事。
まだ全ての答えは明かされていませんが、少しずつ物語は動き始めています。
また、フィアが感じた違和感も今後の展開に関わる重要な要素となっていきます。
レインたちはまだ知らないままですが、森の奥では確かに何かが動き始めています。
第1章も少しずつ核心へ近付いてきました。
これからも『終焉を継ぐ者』を見守っていただけると嬉しいです。
それでは、次回の第11話でお会いしましょう。




