第1話:蛇なる傭兵団
傭兵、と一口に言ってもその役割は様々存在する。
彼らには特定の縛りがないからだ。
直接的な利害関係などない雇用主と請負人。
騎士のように生まれ育った故郷を守るために剣をとったわけでも、勇者のように大義を背負うわけでもない。
そういう意味では冒険者とは似ているかもしれない。
違いは資格のあるなしのみかもしれない。
魔物も狩り、護衛も行い、戦地にも赴く。
仲介役を通さない、純粋なやり取りだけがある。
ある種大陸でもっとも自由な存在とは彼らのような在り方なのかもしれなかった。
「ぺっ、ぺえっ……! なんだこりゃ!?」
「だからあっしは言いやしたぜ、北部地域の麦なんか粥にしても食えたもんじゃないって。散々なんだ、パンにしたら酸っぱいやら苦いやら、かといったら粥にしたら見ての通り繊維が口の中に残ってしょうがねえ」
荒野に焚火の煙と湯気が立ち上っていた。
キャンプのように仮の寝床が20あまり立ち上がり、さながら流浪の民のように、それぞれが10人余りの集団に分かれて四つの大釜を囲む。
中でも中心の位置にあった一つの鍋の側から怒声が上がっていた。
「しっかりしてくれやクソコック!」
「唯一の楽しみまで取られたらおいらたちは何を目的に一日を頑張る? 捨てるぞクソコック」
「俺が料理してこれってんならお前らが作った場合こそ産業廃棄物確定だろうがよ! くそ、くそッ。マジでマズい! これ本当に俺が作ったのか!? 全員これくうっての?」
「金がないならメシ払いで良いって言ったのはどこの馬鹿たれだ!? あの村人共ひょっとして家畜の餌でも掴ませてきたんじゃ。ねぇ、長ッ。食えたもんじゃ―――」
「もぐもぐ」
「あー、食ってら……」
「本当に食事に頓着しない人だわね、姐さん」
野営を囲む旅団、名は月虹の舌。
所属人数は43名―――少し前に二人減って以降、変化はなし。
彼等はその稼業を主とする者達の中ではある程度名の通った一団だ。
白鉄騎兵団
蒼狼の咆哮
そして虹蛇の月
傭兵にとっての最上位冒険者、大陸に名の轟いた三大傭兵団の一つから10年前に独立したのが、彼等。
団員の中にはかの大戦に参加した者たちすらいる。
しかし、その中に長と呼ばれた者は含まれていない。
「―――長。つい今しがた、新たな依頼のオファーが」
「?」
「……?」
自分より一回りは年長の男から恭しく差し出された便箋を受け取ったのは、まだ20を過ぎたばかりといった年頃の女性。
髪は短く、赤銅色。
大釜で煮込まれた食材の優劣はなくとも長として一等先に食事にありついた彼女が現状酷評を被る麦粥を含みつつ手紙を捲る。
他の者はまだスプーンの先端で小突いているところだ。
「ぁ―――む……」
「メシを釜に戻せお前ら! こうなりゃいっそ香辛料全部ぶち込む!」
「「おおぉぉぉ」」
「かれーあじは全てを解決すると昔の勇者も言ってたんだ!」
「いいよー、やっちまいなー」
「もぐ、もぐ……」
………。
便箋自体には白翼を象徴とするジルドラード帝国の紋章と、湖畔と花を象ったような紋章……後者に関して、彼女の中に思い当たるものはいなかったが。
「募るは一団、秘密を共有する覚悟を持ち来たりて門を叩けよ。諸君らには安寧とかつてない冒険心を与えられる」
……。
内容は実に定型を外れたもの。
依頼、というにはいささかおかしなもので。
手紙のようにも、暗号文のようにも伺えた。
前金やら、具体的な依頼内容の記載もなく。
「帝国の紋章、ッつぅことは貴族からの依頼で? 気取った文章―――って感じでもなさそうですが、羽振りもがいいと良いんだがな」
「あぁ、差出人は―――ん、いや聞いた名だ。レイクアノール・ユスティーア」
「最近よく聞くわね」
情報こそ彼等傭兵の生命線。
そういう意味では、この貴族の名はここ数年であまりに有名になりつつある。
帝国の流通網に割り込み市場を拡大する、無名から一代で成功した農業領主としての面。
上流階級に浸透しつつある、美術品としての可能性を示したスクロール技師としての面。
プリエールで勃発した内紛において、軍を率いたわけでもなく小規模でプリエール政府に大きな恩を売った豪傑としての面。
ある意味では一次二次三次、全ての区分を持っている。
とても貴族の活躍としては。
そもそも異なる分野が過ぎる、与太話のレベル。
「実際のところレイクアノールと呼ばれるグループ、複数の人物がいて。その者たちを統括しているのがアノール領主という噂すらありますね、長」
「誰かの手柄をかすめ取ることだけが超絶的に上手いっていう話も。その方が納得できるわね、貴族だし」
最初の事業で成功した金をつぎ込み他を買収。
そっくり別事業を乗っ取ることができる、と。
彼らの中でもよくある話だ。
「それで―――。内容としては? 最近は貴族からの依頼も結構ありましたよね。この前も何とかっていうお偉いさんから暗殺染みた依頼が……」
「そう言えば!」
「「!」」
「アノール領っていやあ勇者さまがいるって話じゃ!? ほら、地母神と叡智神の! 初代聖女の生まれ変わりがどうのって」
「あくまで噂だな」
果たしてどのような人物なのかという話題でワイワイと盛り上がり、香辛料に上書きされてなお冷めてしまった粥を流し込むかのように酒を呷る彼ら。
その中で。
「……。字、やっぱり」
「姐さん?」
「―――いや。皆、食べ終わったら支度して。帝国に向かうわ」
「「!」」
「どの依頼受けるんです?」
「ついてから決める」
「「……………」」
彼らの専門は秘境探査、そして魔物狩り。
要人護衛も暗殺も専門外であり、自然と貴族などからの依頼は殆どない。
少なくとも彼女が長となって以来、この手の依頼を受理した記録はなく。
「……………」
依頼が更なる下請けに流れるが如く、冷めた釜の飯がかき集められてドサと彼らの移動手段である馬たちの前に出される間も彼女は手紙の文字を観察する。
つぶさに、しかと。
これは単なる依頼ではない。
その下手な文字、筆跡を彼女は知っている。
己に文字を教えてくれた友……、既にあちらはそう思ってなどいなくとも、自分は覚えている。
「まだ腕は痛むの? アルベリヒ……」
◇
「てててッ……」
街道の過ぎ去っていく景色の中で、対面に座っていたアルベリヒが顔をしかめる。
「腰痛か? それとも左手でも痛むのか?」
「もうねーんすが?」
車中からこんにちは、レイクアノールだ。
今は移動中。
しかし、馬はいない。
「旦那様旦那様ァ! 本当にこのおくるまというのは凄いのですね!」
「あーぁ、ヨーゼフ。ヴァレットの腰痛を悪化させるために義父から貰ったのさ。そうすればさらに早くうちに来るだろうって言ってた」
「ほっほ」
つい先日の話だ。
少し遅くなったが無事に戦地から帰宅したお祝い、かなんかで義父……オクターヴ老から送られたのは魔核石を動力源として走る馬車。
いわゆる自動車。
他の貴族より明らかに多い頻度で方々を駆けずりまわっている僕からすれば、最新テクノロジーを使ったこれは非常にありがたいもので。
田舎は車必須っていうのはまさにだね。
帝都を走ってるような見栄えタイプじゃなく、悪路を前提とした機能性重視なのもポイント高い。
流石は外交の雄。
「ってて」
「しかし、私より先に痛めてしまったのはアルベリヒのようで……」
「やっぱ我慢できね! 失礼ッ!」
最初こそおっかなびっくりだった未開人アルベリヒもやがては慣れたらしく、むしろ腰痛を訴えるように背筋をさすり―――我慢できなくなったか走行中の窓から身を投げる。
「ほっほ―――元気!」
「よくよく窓から身を投げるな、あいつ」
向かう先は奥の村。
中央からだと、普段なら2時間以上。
しかしこの速度なら30分ちょっとで着くか?
今は一足先に向かったお嫁さん御一行を追いかけている形。
僕としても、今年一番の出来という某ワインの謳い文句のような言葉に踊らされているわけではないけど、非常に楽しみだ。
「件の、新規開発の件。顧客に真新しさを与えるための次なる一手が必要だからな」
「そういやぁ言ってましたね、おいしくなって新登場作戦とか何とか……」
「……………」
「最近超高級志向グルシュカの売り上げが伸び悩み始めてるって」
「当たり前のように車と並走するな」
「走ったほが速いっすよ」
時速40キロを数時間継続できる車だぞ?
この世界では革命的な乗り物だ。
「あ、んなことよりレヴァンガード家のミリアム様から今朝がたお手紙が届いてたの見せるの忘れてましたわ」
「……すうーー」
……。
さてそっちどうすっか。
「あれだ。今からでも私は戦争で死んだことに出来ないか」
「手遅れでございますれば」
「死んでても生きてても手遅れとはこれいかに」
そういえば、プリエールの内乱に向かう前に帝国の大貴族レヴァンガード家の娘さんとの結婚を勧められたりしてたっけ。
私たちの未来について―――キリッ。
とか自分でやってた記憶。
実際問題どうするつもりだったんだ? あの時の僕ァ。
マリー以外と結婚する気なんかさらさらないぞ。
「度数の強い酒を勧められるままに飲んでいた故にかなり思考力が鈍っていた―――という言い訳をしたいところだが」
「するのは勝手っすが結局結果は変えられないのでは?」
「そういうところだぞ騎士」
「寒空の下待たされて記憶がおーいててて……」
太鼓持ちの一つすらするつもりはないのか、お前は。
まぁ、狙うものがあるとすれば。
「自然消滅ぅ……、ですかね」
「難しそうですな」
「あーー、滅茶苦茶惚の字って感じの文章っすね、こらぁ。けッ」
主への手紙勝手に読むな。
えーと、結構な長さにもなるようだが要約すると……。
―――拝啓、レイクアノール・ユスティーア伯爵。
突然のお手紙申し訳ございません。
貴方様がプリエールから無事に戻られたと伺い、そして華々しいご活躍をされたと伺い、居ても立っても居られず筆をとらせていただきました。
参の月のあの日はご一緒できて本当に嬉しかったです。
沢山の新たな知識をいただいて、ありがとうございました。
あのときから伯爵さまのことがずっと忘れられなくて、もっと一緒にいたいと思うようになりました。
もしよければ今度ご都合のいい日に私の御庭を一緒に散歩しませんか?
屋敷の者たちも是非お会いしたいと話しています。
貴方さまに再びお会いできる日を心よりお待ちしております。
………。
「……すうーー」
呼吸を整え二度見、三度見。
しかし何度見ても、要約の文章ですら伝わってくる本気度。
誰が読んでも恋する乙女。
「あの件やっぱなしで」って言った日には確実に商売終わる。
「で、どない?」
「―――保留だ。これはマリーに見られる前に処分しろ」
「あいーー」
………。
奥の村。
暫定的に、隠語的にそう呼ばれるのは現在エルフ御一行が隠れ住んでいる山のふもーと。
ここではアノール領の収益の30%近くを占めるグルシュカという果物の品種改良がおこなわれていて、二重の意味で極秘の秘境だ。
「あっ、りょうしゅさま!」
「おかえりなさーい!」
「おみやげなーにー?」
「なーにー? れいく」
300年を生きるとされる半妖精とて幼子たちの歓迎はまこと微笑ましいな。
ところで幼子たちに交じって最後に黒髪ツインテいたが。
勿論、彼女らを守り、隠し通すという絶対の命題に対して僕たちアノール領の力では限界があり。
この村を外部と遮断する結界を常に維持しているのは最上位冒険者レニカ・アーシュだ。
今更彼女が居るのは不思議じゃない。
適当に持ってきたお菓子をばらまいて散らしておくとして、僕が探してるのは魔女っ娘ロリではなくもっとオトナの……。
「「―――――」」
……?
あっちでエルフたちが何かに祈ってるな。
部族に伝わる季節の儀式か?
果物やらをたっぷり積み重ねて何かを拝んで―――。
「奥方様……」
「まさしく、地母神さまの……この御方こそが、やはり……!!」
「我々がアノール領に来たのはやはり運命だったのですね!」
「我らに加護をお授けください」
「お救いを……地母神フーカさまの加護を……」
「よしてください、皆様―――あ。あなたさま……。もうお着きに?」
「「……………」」
なんか神格化されてる……。
お嫁さんが希少種族の信仰の対象になってる。
「とうとうこの段階まで来たか」
「どの段階だよ。あ、奥方様ー。この馬鹿貴族にラブレターなんか届いてたんすがね」
「おい」
処分しとけって言ったろうが。
お前僕に恨みでもあるのか?
「お手紙?」
「あ、こちらっす」
ヤヴァイ。
お嫁さんに後ろから刺される展開―――。
「あなたさま」
「……あ、ああ」
「これは非常にいい機会です。レヴァンガードとのつながりが強まれば通商連邦やザンティア商会との流通網にも割り込むことが出来る。またオクターヴ一強の体勢である産業にも手を伸ばすことができます。必ずミリアム様を手籠めにしてくださいね」
「独占欲とかないのか? マリー」
もう終わりだよこの領。
儚げな奥さんはあまりに黒幕適性がありすぎる。
そして非常に関係良好な自分の実家を当たり前のように仮想政敵として認識してる。
ルクソール様は泣いていい。
「そうでした。レイクさまもいることですし、パトリシアさま。これからは是非ハイブの館で働きませんか?」
「私が、ですか……?」
「安定しつつある今のこの村ならば、リアノール本家の名がなくとも問題はないのではないかと。ステラ様もいることです」
村長さんを勧誘するお嫁さん。
が、違う。
マリーのあの目は半妖精の王族の血すらも取り込もうと考えている顔……!
騙されるなッ、政略結婚の典型だ。
「領主さま」
「……あぁ」
「話していて思うのだけれど、領主さまと奥方様はどういう関係性なのです? つがい、夫婦ではないの?」
「聞いて驚いてくれ、ステラ殿。あれがアノール領の真の支配者だ」
「貴族って不思議……」
違うんだ。
貴族が、じゃなくてうちがおかしいんだ。
しかしその複雑な事情を説明するより早くパトリシアさんたちが先ほどまで信仰対象? に供えてた果物類を持ってくる。
「領主さま、こちら、今期のグルシュカです」
「一般販売用か。どれ……」
うっめ。
マンゴーのようにねっとりとした濃厚な甘みかつ、梨のように弾ける果汁。
酸味のバランスも良い。
「300年に一度の出来か」
「ふふ……。まだまだありますよ」
「汗まで甘くなりそうだな。だが折角だ。馳走になろう。ヴァレット、ヨーゼフも……皆も一緒に座ってくれ」
「「―――――」」
「え、おれは?」
「立ってろ。―――オウル、いるのだろう。君も皆と座れ」
「……命令とあらば」
こうなれば上下とかは関係ない。
村民や来訪者全員が草の上にそのまま座り込み、目線を同じくして新鮮な果物を味わうだけだ。
怖いのが魔素適合率爆高の怪物どもが食べ過ぎて僕たちの分と販売用のものすら食い尽くしてしまう心配―――。
「すう……、すう……」
「レニカ?」
「来る前から沢山召し上がっていたようなので。おやすみですね」
マリーの膝枕、そしてあたたかな秋の陽気。
成程、誰だって眠りたくもなるだろうか。
「ぱぱ……。まま……」
「「……………」」
「そういえば、だな。パトリシア殿、ステラ殿」
レニカと関係の深い彼女たちに、前々から聞こうと思ってたことがある。
「レニカの……」
「ご両親、ですか。あの、申し訳ありません」
「私たちもレニカがどこから来たのかは知らない。です。レニカも話したがらないし」
「そうか。が、いい機会だ。君たちの出会いについて今一度詳しく―――、む……、ぐ、ぬ」
果物をかじりつつ話していて表情筋が硬直する。
この酸っぱさは……覚えがあるぞッ。
「あ、それ外れ」
「酸味特化第20号に領主さまが当たったぞ!」
「っしゃぁ! しわしわだ!」
「貴重なしわしわ領主さまだぞ!」
「あ、あなた達! また悪戯して……!!」
「「わーー」」
この未開の悪戯妖精共が。
森ごと燃やしてくれようか。
「申しわけございません! 領主さまっ」
「私たち不敬罪で殺されない?」
「いや……良い。元気がいいことだな」
「本当に許してくれる……。懐深過ぎよ」
「うふふ……。レイクさまは私のワガママを何でも聞いてくれますから」
「一方的に歪曲された説明だ」
………。
「―――。良い天気だな」
顔を上げれば木々の隙間からあたたかな秋の陽が差し込み。
民に、家族に、うまい飯。
いつまでもこのスローライフが続いてくれれば、と。
そう思うと同時に、更に多くの賞賛と名声、民の賞賛を求めている自分がいることも再認識する。
まだ、まだ。
まだまだまだ。
足りない、もっと……。
膨れる腹に反し満ち足りない、渇き、飢え。
本当に幸福というのは追えば追うほどに逃げていき、欲望とは際限なく膨れていくものなんだ。




