第24話:帰るまでが遠征って
「腕や足が生える……と。実に得難い経験だった。大陸の秘境、或いは深淵の迷宮を駆けていた若いころなど腹に風穴が空いたこともあったが、脚がそっくり再生したのは初めての経験……。惜しむらくは、いま少しばかり身長を伸ばしてもらえば、と。終わった後で気付いたことか。残念でならないな」
「侯爵は今のままで十分高いではないですか」
「そもそもそのように好き勝手に調整できるものなのか? グレイ様」
「さあ?」
失った足を治してもらったついでに、少しばかり鯖を読んで身長を伸ばしてもらえばよかった、と。
冗談としてもあまりにブラックだろう。
すらりとした長身、帝国でも英雄の名で呼ばれる侯爵グレイバック・ギルソーンが足をひらひらと振りながら笑っていた。
余裕だな、流石大貴族。
「ですが、侯爵。そうなると私の領へいらっしゃるというお話はなくなりましたね」
「その点も残念でならないな。そのままアノール領へと観光に行けると思っていたのだが」
「同じく。しかしこの忙しさでは……」
「丁度豊穣の季節に入りますからねー。市場の宝玉と噂のアノール産グルシュカを頂ける想定で動いていたのですが」
「残念です、えぇ本当に残念です。また機会がありましたら是非是非是非」
「「……………」」
「端から連れていく気なかったな? 君」
帰還、帰路。
帝国から出征した僕たちが馬車の前で歓談しているのに水を差す者はいない。
そんな暇などなく、復興中途の聖都は帝国、聖国の人間問わず多くの人が協力している現状だ。
他国への軍事介入へと帝国が乗り込んだのが二月の末。
僕が潜入したのが三月の半ば。
そして今、聖国で50日余りを過ごした僕たちはようやく懐かしきアノール領への帰路に就こうとして。
本当はもう少しばかりゆっくりしていって欲しいとセルシオ卿あたりにも言われてたんだけど、もうすぐ肆の月になってしまうという事実が僕を動かした。
見送りに来てくれたギルソーン侯爵以下帝国貴族たちはもう少し残留して色々な話を詰めていくらしい。
第五兵団は既に帰ったけど、第四兵団も駐留中。
彼らが居るということ自体、周辺国家や火事場泥棒への大きな抑止力になる。
「しかし、伯爵もどうかお気を付けて」
「錆騎士こそ打ち倒したものの、七支卿……地上絵なる者は結局現れませんでした。それ以降の異界の者も……」
「ええ。そちらも油断なきよう」
気がかりはある。
結局、僕たちは敵の全容を掴むことはまるで出来なかったからだ。
かなりの数の異界の者をオウルが闇に葬ったけど―――本当にあれが全部だったのか? と。
「しばらくすれば中央で此度の評定があるだろう。君も顔を出さねばならぬ状況になるゆえ、その折にな」
「楽しみにしていますよ。では……またいずれ」
今回の件でギルソーン侯爵とは結構な近しい間柄になってしまった。
義父であるオクターヴ老に、レヴァンガード侯爵……。
そう考えると帝国の中でも指折りの大貴族たちと着々とパイプを繋いでいってるとも言えるだろうか。
挨拶も終わり、一番いい馬車に乗り込んだ僕たちは都市を後にした。
◇
「ちくしょーー」
「……………」
「ちきしょーー」
やかましいな。
帝国の国内に入ったものの、アルベリヒがぼやきはじめたのはいつ頃のことだったか。
「もし残ってりゃぁなァ。今頃向こうでは漁が解禁されてですよー? レイクさまァ」
「あぁ」
「救助活動の力仕事に耐えて耐えて、ようやっとプリエールの海産物をたらふく食えるって状況になる……、そんなもうちょっとってタイミングで帰りますか!? 普通ぅ!」
「アノール領も芋と麦の収穫期だ。くれてやるから遠慮なく、たらふく食え」
「喰いあきた!!」
アルベリヒはどうやら拗ねてるらしい。
結局、あの後プリエール側から報酬らしい報酬もなく、どちらかというと労働力として酷使され続けたうっ憤もたまったのだろう。
正直分からないでもない。
「俺氏って一応国救った英雄のひとりなんすがァ? 首謀者に最後の一撃くれてやった英雄なんすがー?」
「己自らを英雄と名乗る者など碌なものではない」
「ぴぃ」
ダウナーだが研ぎ澄まされた刃のような囁きASMRにアルベリヒがビクン。
オウルの言う通りだ、姿見えないけど。
『そう! 私たちはゆーしゃなのら!』
『異界の勇者っていうのか? アンタらに言わせれば。ま、世界のために、国のために戦うスーパーマンだ!』
英雄や勇者ってのはそういうんじゃない。
勘違いしたクソッタレなガッデム共は何もわかっちゃいなかったし、分かっちゃいないまま死んだ。
……同郷、だったのだろうか?
或いは、生かしておいた方がよかった?
大国であるジルドラードもプリエールも、街道に出てしまえばただの海やら平野やら。
通り過ぎるのも、代り映えのしない退屈な景色ばかりで。
いや。
「……ふ」
「レイクさま?」
普段なら気にも留めなかった。
行きの頃は見てる暇なんてなかった。
だが、そんな当たり前の街道の風景が、今はどうしてかとてもホッとできる。
「平穏とは退屈なもの。当たり前に在るからこそ、愛おしいか。木々が生い茂り、生き物が飛び交う。―――抜ければ……」
田園風景。
金色の野が広がり、実る穀物が広がっている。
「そうか。少なくとも護れたのだな、この景色を」
後悔なんかかけらもない。
そして無駄でもない。
きっとそうだ。
馬車の動きに逆らうように風の流れる窓の外へと手を伸ばす―――。
感じる空気の流れ、手指があることの素晴らしさ。
結局治してもらった件に関して、貸し借りなしってことに済ませるかは考え中だけど。
「うん、いい機会だな。少しばかり村にも寄っていくか」
「はよ帰りましょうや」
「本当に分かっていない男だな、アルベリヒ」
愛おしの領主さまが帰ってきましたよって時の領民の反応を楽しみたいんだよ。
彼らがどういう出迎えをするかによって僕の好感度も分かるわけなんだからさ。
村までは約1時間ほど、へとへとの馬と身体に文字通りの鞭をうち、如何にも偶々寄りましたよって優雅さを纏い背筋を伸ばした状態で村へと入っていく。
丁度お昼前の時間、彼らは盛んに行き来しているところで。
「―――おん? ……ん? ……え、領主さ……」
「伯爵さまだ!」
「レイクアノール伯爵さま! こらや大変だ! 皆、皆ーー! 領主さまがお帰りになったぞ!」
「「―――――」」
ハチの巣を叩き壊したような騒ぎ。
皆が皆、麦の収穫の準備を放り出して僕とアルベリヒを取り囲む―――ある者たちなど手に握った農具をそのままにやってきて、まさに百姓一揆の様相。
こーれは年貢の取り立てを待たざるを得ない。
冷や水ってやつだ。
「戦帰りですまないな、諸君。こうして顔と今年の出来を見に来たわけだが―――水を一杯もらえるか」
「聞こえたな! いっちばん冷たいところを!」
井戸が干上がるかという勢いでくみ上げ始める彼ら。
僕をクジラか何かと勘違いしてるらしい。
ともかくこれがアノール領のノウミンだ。
「―――旨い」
「「おおおぉぉぉぉぉ!」」
なにこれ。
貴族の一挙手一投足に喝采が上がるのって良いことなのか悪いことなのか。
「領主さま。その……戦争は」
「もう終わった。こちらに被害が出ることはないだろう」
「おおお!」
「そして戦いを収める一端を担ったのは、何を隠そうこの騎士だ」
「え」
「流石はダインス卿!」
「アルベリヒさま!」
「「アルベリヒ! アルベリヒ!」」
重ねて、ナニコレ。
「元気そうだな、オルテガ村長」
「はははっ、全て領主さまの治世のおかげで。何事も、平和が一番ですからなぁ。そうだ、領主さま、今しがた炊きあがったばかりの麦粥があるのですが」
「採れたばかりの新麦を使ったものです! 是非食べて行ってください」
「む、ならばその言葉に甘えるとしよう。私と、この騎士。そしてもう一つ頼めるか?」
「え? あ、畏まりました……」
折角ならばご相伴にあずかろうと、屋外にすぐ用意された席に運ばれてくる食事。
僕たち二人のほかにもう一人分の空席も作ったが……。
頑なだな。
分かってるはずなのに、やはり言わなきゃ出てこない。
僕の臣下は手のかかる奴しかいないのか?
「―――君も出てきてくれ」
「「?」」
「……………」
「ひ……!?」
「なん―――どっから!?」
現れた黒衣の影。
オウルの纏う濃密な死を感じ取り、村人たちが一斉に距離を取る中で彼女に席を勧め。
「リィナ。君も食べてくれ」
「私は……」
「領の一員だ。アノール領の生産品を食べてもらわねば困る。血と肉をすべて地産に置き換えろ」
「……。ふっ」
ちょっとツボに入ったのか、本当に小さく吹き出しながら顔を隠す布を取り、素顔を晒すオウル。
現れたのは整った顔立ち……クール系の美女というギャップ。
「「!」」
「こりゃあ……ぺっぴんさんだなぁ……!」
「嫁っこにに来て欲しいなぁ……」
オウルも席に座ったところでようやく僕もコーツ麦の粥に匙を付ける。
この穀物は帝国の主食としてはごく一般的なもので兵士の兵糧にも使われている。
したがって特段珍しいものでも何でもないのだけれど、彼ら農民にしてみるとその大部分は出荷用。
主にはメークンやらの芋などをメインの食事としていることもあり、収穫の際に村総出で振舞われる麦粥パーティーは最高の御馳走のようなものでもある。
カカオを作ってるのにチョコの味を知らないってのは本当にガッデムな話だからね。
「うむ……良い味だ。塩の加減もいい」
「「―――――」」
「雑味もなく、炒ったメルンの種子を入れれば香ばしさもひとしお。いい出来だ」
しかし、そうさな。
ここに何か一味足すとしたら。
麦の飯に、それこそ香ばしいお茶を注げば。
それこそ、塩漬けにした鮭のような魚を乗っけることができれば。
形にしたい。
「うめ、うめ……。けどなんかおかずがあればもっと……」
「「……………」」
ちらちらと目くばせを交わし合う農民ズ。
これは、あれだ。
「不要だ」
「「!」」
「これだけで十分。十分に満ち足りている」
アルベリヒ辺りのおかずが欲しいという思考が抜かれでもしたのか、あれは飼ってる鶏を捌いて持ってくるかどうかを考えていた顔だ。
が、大切な財産をこんなことで潰すわけにもいかないだろう。
「それよりも、喜んでほしい。近く、魚がこちらに入ってくるようにもなるだろう」
「魚!」
「それっていうのはもしかして……潮魚、ですか!?」
「そう。プリエール産、湖や川ではなく、広大な海で取れるものだ」
「「おお!!」」
「海……! 海の魚!」
彼らが魚を口にする機会もあまりない。
それが海魚ならばそもそも見たことも数度あるかだろう。
「塩漬けにして干したものをこの粥にいれれば味もひとしお増すであろうな」
「……!」
「―――さかな」
「魚の粥……。それは……」
………。
『欲しいもの、ですか』
『ええ。帰る前に、せめて伯爵に聞いておいて欲しいのだと、殿下が』
セルシオ卿にそれを言われたのが聖都を出る前。
その時の僕は何が欲しいのかをあれこれ考えてみたわけで。
山のような金?
それは今の聖国にこそ入用なもの。
貯蓄の糧食?
上に同じく、論外だ。
そもそも金なら後で帝国からたっぷり請求できる、筈。
だからこそ。
『では、立て直しがひと段落したころ。取引の話をしたいと……私がそう言っていたとお伝えいただければ。プリエールで取れた海の幸を。民のお腹に詰められるだけ詰め込んでやりたいものですね』
『……!』
『今回、私は代表としてきただけ。帝国の兵站を支えた物資。力を支えた魔術技術。それらを積み上げたのは私の領民たちなのです。ゆえに、これは彼らの手柄。受け取るべきは……ね』
『……ふふ。まこと、伯爵は―――。えぇ』
『必ず。お約束いたします』
『是非―――』
『そして、これだけは。貴方と肩を並べられたこと、誇りに思います。また、必ずお会いしましょう』
………。
……………。
「ふふ……、っくく」
金とかそこらへんは帝国から幾らでもふんだくれるってのは分かってるんだから、あっちからは敬意を思いっきり引き出せるだけ引き出したかっただけの話さ。
これで聖国の民たちの間でも、レイクアノールと言えば無欲で顔の良い本当の英雄として有名人に―――ふふふ、くくく。
これからの期待だけでご飯三杯いけるってものだ。
「あーー、お代わりはあるか?」
「えぇ、えぇ! アルベリヒさま。是非たくさん食べていってください」
あっちは10杯はいけそうだな。
何だかんだ腹減ってたんだろ、お前も。
うまいうまいと食べてる彼にとっても幼少期から慣れ親しんだ粥の味は沁みたらしい。
口では散々言っても、結局故郷の味っていうのは一番なんだ。
「お姉さんはどうだい? お代わり」
「……あぁ。……頂こう」
で、何だかんだアルベリヒより食べるからな、君も。
目を閉じ、もぐもぐと味わうように食べているオウル。
その仕草はクールな外見に反し何処か小動物的でもあった。
「では、領主さま。我々は仕事に戻ります」
「終わりましたら器はそのままにしていただいて構いませんので」
あとはご自由にと、やがて収穫の農具を担ぎ仕事に戻っていく村人たち。
彼らの仕事ぶりを眺めながら採れたての新麦をいただくという実に贅沢なひと時があって。
「私たちが護るべきものだ。どう思う? 二人とも」
「うまいっす」
「どうやら貴方の首に刃を振るうのはいま暫く先になりそうだな」
会話になってねぇ。
「―――まぁいい。腹ごしらえも終わったところで、アルベリヒ」
「はえ?」
「重い腹の状態で悪いのだが、先にハイブへ戻り私たちの帰還を伝えてきてくれ。戻っても、館に入るまで誰にも気づいてもらえないというのは寂しい話なのでな」
「うい、了解」
村人たちの賞賛で心が満たされつつ、たっぷりの飯で腹も満たされて機嫌も直ったか、アルベリヒが元気に立ち上がり。
「後、お前という御者が居なくなる代わりに老いぼれに迎えに来るよう伝言を―――」
「もういないぞ」
………。
身体能力が僕の知ってる人間の領域に無い。
遠くに見える砂ぼこりだけが男の存在証明だ。
「もしかして強くなってるのか? あれ」
「目に見えて肉体の強度が増している。何らかの力に触れ、外的要因によって。そして、単純に死線を生き残ったことで能力を研ぎ澄ましたんだろう」
………。
「領主さま!」
「レイクアノールさまが戻られたぞ!」
二人に……目に見える範囲では僕一人になってしまった道行の中。
馬車本体は村に置き去りのまま、直接馬の背に跨り行く中で見えてきたアノール領の中央都市ハイブ。
「りょーしゅさまー!」
「おかえりなさーい」
「レイクアノールさまー!」
老若男女、嬉しそうに出迎える彼らに凱旋とばかりに手を振り、舗装の行き届かない中央通りをゆっくりと進む。
聖国からの流入を受け入れたことで人口はやや増えて300人ほど、それでも都市としてはまだまだ発展途上。
聖都とは比べようもない田舎道を抜けるころ、領主館の前には既に家臣団がそろっていた。
侍従長のマリアを筆頭に、はしゃぐように手を振るメイナに止めようか迷ってるフント。
庭師のヨーゼフ、衛士のフント、料理人のエイサム。
オウルの愛妹であるカーリャ。
あとおいぼれが一人と……。
「あなたさま」
「お帰りなさいませ、旦那様」
当然彼女もいる。
専属であるアンナさんに車椅子を押されるままやってきた妻は閉じられた瞼のまま確かに僕の存在を感じているらしく。
お迎えに来てくれない筈はないと分かっていて、それでも顔を見た瞬間に身体が脱力するのを感じた。
確かに戻ってきたのだ、と。
「おかえりなさい」
「ああ。只今……、マリー」
自然に彼女の前にやってくるまま囃し立てられるでもなく、互いに身を寄せ合い。
「一応着替えたはずだが、匂いはないか」
「……………」
「勿論キスマークもないぞ」
知らない女の匂い、とか。
あるわけないけどさ、お嫁さん一筋の僕に限って。
やっぱり、お嫁さんのハグが一番だな。
身体も実に綺麗なもので、おにゃのこのキスマークがあるわけでもない。
気付かれたらヤバそうな事柄の証拠は徹底的に隠滅した状態で帰宅した夫を前に、どれだけ用心深いお嫁さんでも責める材料はなく……。
「……? まりー?」
お帰りの一言以来何もしゃべらない彼女。
さわさわ、さわ……。
はぐはぐの状態で背中やら腕やら届く範囲を撫でていた手がやがて離れ。
「あなたさま? あとでお話ししたいことがあります」
「あー。―――それはきっと明るい家族計画のお話に……」
「くらーい地下牢について、です。どうしてなのかはご自分の両腕に伺ってくださいな。……また無茶をされましたね?」
どしてバレたの……?




