第23話:今後のこと、今回のこと
神は人なくしては存在しえない。
神々の歴史とはそのまま人類史の歴史。
少なくとも地球ではそうだった……かな?
信仰の根源であるのは精霊信仰―――万物には霊が宿るというアニミズムの概念。
そこから神々への崇拝につながる多神教。
ある時は収斂され、絶対にして全てたる一神教に近いものへ。
それでも神はよりどころであって力そのものではいけないし、力の為の信仰は最早純粋な祈りではない。
人間が生み出した、不確かでありながら確かな形、それが異世界地球における神の器というべきもの。
対して、この世界アウァロン。
アトラ大陸において、神は不確かなものではなく絶対の法則そのものだ。
人も、亜人も、魔族であっても同じ神を信仰している。
必ず存在すると分かっている完全上位存在を畏れ、敬うなというほうが無理な話だろう。
―――で、本題。
僕は色々あって元の世界で神様なんてクソだと思ってたし、勿論この世界の神様である六大神も敬ってなんかいない。
引き続きクソだと思ってるし、欠片も信仰心なんか持ち合わせちゃいないし、マリーに勝手に加護を授けた件に関しては今でも許してないし根に持ってる。
もしこれ以上なんかの悪影響が確認された日にはうちの領に教会を作って毎日罵詈雑言を放ちに行くのを日課にしようと考えている。
……。
が、勇者は別だ。
六大神、或いは異界の神。
その祝福を受けたまばゆい英雄たち。
彼らの事だけは本当の本心から憧れ、尊敬している。
「絵本の中の勇者たち。幼少の頃より皆様の逸話、物語の数々を耳にした。数多の冒険譚を謳われるだけで胸が熱くなり、夢の中で幾度も自分を重ねて想像したものです」
「わはー」
「とまぁ、私には戦いの才能などかけらもなかった次第でございますが」
「いえー、本当にうれしいですよー。こんなイケメンさんに―――」
……。
酷く崩れかけた、それでも何とか住居としての形を保った一室。
対面のソファーに腰掛けているのは神殿教会連盟の神官である竜司祭で、その真の姿はかつて世界を救った勇者の一人であり、伝説的冒険者の一人であるハルカ・サクラバさんだ。
ようやく終息しつつある聖国の内乱。
その渦中に何故か飛び込むことになった田舎領主であるレイクアノール・ユスティーアことぼくは色々あって彼女と密会していた。
アルベリヒは外で見張りだ。
今頃サインの焼き付けられた外套を貪ってるだろう。
「そして、ですね―――むっ……」
と、また語ろうとして少しばかり視界がぼやける。
普通に疲労だ。
「お疲れですねー。傷が癒えたとはいっても、疲労を回復できるわけじゃありませんから」
「まさに。しかし今となっても信じられないくらいですよ。まさか、すぐに終わると思っていた内戦への介入の当事者として動き、たった数人を率いて渦中に飛び込んだ挙句ここまで祭り上げられるとは思っていませんでした」
「けど好都合と思ってますねー?」
「お恥ずかしながらー?」
「「わはー」」
……好きかもだ。
この女性、あまりに話しやすい。
貴族じゃないほうの僕が疼く。
「セレスティン様も、さわやか騎士さんも。勿論アインスベルクさんも。貴方に深い感謝をしていました」
「さわやか騎士―――あ、セルシオ殿で」
「伯爵さんの領地は聖国と隣接してるんですよね? じゃあ、あなたを取り巻く状況は大きく変化してしまうでしょうね、きっと」
「それに関しては悪くないと思っておりますよ。私、野心強めですので」
「ほほっ」
ヴァレットみたいな声出すじゃん。
……ってか知り合いの筈だ。
「うーむ、面白い人。六神様を否定するような発言だったり、野心の話だったり。伯爵さまはとっても正直な人ですねー。とっても自分の欲に正直……! ……そして疑っていない」
「顔に自信がある以上、他に何を畏れるかという話ですよ」
「ぷふっ。好きですねー」
こんなテンションで続くやり取り。
何故だかは分からないが、話は非常に弾んだ。
初対面とは思えないほどに。
端的に話しやすさが凄いんだ。
それはあまりに有名である彼女の「悟りの異能」以上にやはり、記憶が失われているとはいえ同郷であるという事が大きいのだろうか。
「じゃあ、今後の野望とやらをお聞きしましょうか? 告解のようなものを兼ねて」
「成程? やらかす前に先にシスターさんに謝っておく、と」
果たして話していいのやら。
一応勢力拡大したいって話で、彼女は大陸を安定させる側の人間なんだけど……いや。
女性の黒い瞳からはワクワクとした純粋な好奇心が伺えて―――ようやく何故ここまで話がしやすい、心地よいのかが分かった。
僕の感情が彼女に筒抜けになってると同時に、彼女もまた自分のそれを隠そうともせずに打ち明けてくれている。
彼女の根幹がどこまでもまっすぐで貴族の腹芸と対極にあるゆえのものなのだ。
ならばこれはノーガードの殴り合い。
僕が誠実に行くほど、彼女もそれを水面のように写す。
淡水と海水が合流する汽水のように、栄養が豊か―――実りある会話になる。
「ではまず全体的な話。今回の一件により、我が領の権益は確実に増える。或いは、聖国とのやり取りを一任される可能性すら。しかし、元々我がユスティーア家の使命はそれだった。ならば、願ってもないという話で」
「ほう、ほう」
「個人的なものとしては、そうですね。差し当たっては独自戦力の保有……。それが最優先でしょうか」
僕は次なる野望を口にして。
一瞬、彼女の瞳に光が宿る。
「ほほぅ? 戦うための力―――」
「護るための力、ですね」
言葉を素早く訂正する。
無論、彼女自身に何かしらの敵意が感じられたことなどないけど、それはさておき伝説の冒険者の一人と敵対したくはない。
聖国戦線パート2が始まるのを避けるため、アルカイックスマイルを引き出しつつ語る。
「今回の事でやはり実感させていただきましたよ。我が領には、私の家臣には力がある。貴女なればお話しできますが、恐らく単純な戦力で言うのならば今でさえ帝国貴族の中では過剰にすぎるでしょう」
「……………」
「ですが、この目で実際に目にしてその強さを理解した、最強騎士アインスベルク―――、そして人界最高位、天魔級の術者であり紛れもない勇者であったサクラバ様。貴女が、あなた方が居てさえこの国の崩壊を完全に止めることは出来なかった。勿論、立場の事があったのは理解しています。しかし、国戦力に匹敵する者が二人、それに準ずる戦力らが居てさえ」
止められなかった。
血が流れ、人々の失意と絶望が国を飲み込んだ。
「結局、錆騎士と相対した私とアインスベルクは耐えることを選んだ。二人だけで倒そうなどとは言葉にせずとも通じ合い、互いに思いもしなかった。私たちが待ったのは……、最強の個にはない、別の力。どれだけ強大であっても、大いなる力を持っていても同じ―――。失礼、サクラバ様。おそらく、貴女でさえも」
「えぇ」
彼女の眼が細められる。
「気付いてたんですね? 伯爵さん」
「恐らく、の可能性ですがね」
彼女はただ調停者、傍観者として事態が一方に傾くことを傍観していたわけでは決してない。
前提からして違う。
彼女は自分が全てを片付けることをしなかったのではなく、出来なかった。
教会の司祭だからという、中立的な立ち位置の話じゃない。
「界剣ウェセラの権能。それ自体は存じています。しかし、今にして考えてみればいかに彼とは言え、プリエールの全てをたった一人、それも術士ではない戦士が担うには重すぎると。協力、或いは彼が知らずのうちに手助けしていた第三者が居るのではないかと。貴女の正体を知ってようやく考えた」
「国中、大国たるプリエールの広大な国土に干渉、地下を水で浸食しシンクホール現象を発生させ、人々の逃げ道を。シェルターの役目を持った、及びもつかないほどの儀式を展開する。都市の規模で、複数の場所で人々を救う。それが可能な存在など……」
最上位冒険者の中でも、戦士型には無理だ。
それこそ天魔級の術士。
レニカと……。
「私は二人ほどしか考えつきません」
「―――正解」
「アインスベルクさんとは昔ちょっとした接点がありましてねー? 彼の計画を助けてあげて欲しいって……枢密院にワイズ様からエスオーエスが来て。それで聖国に来た時、もしやって思ったんです。その、彼がやろうとしている計画とやらについて」
そして、互いに相手と一切言葉を交わすことなく協力、それを実行した……と。
今思えばアインスベルクの行動も何処かおかしかった。
いかに己らにとって最も強大な敵が錆騎士であったからと言って、それに次ぐ脅威である大司教ワルダックが五体満足の中で、本来護るべきである聖女の守護をアルベリヒとセルシオ卿に任せた。
単純な信頼もあっただろうが、いざという時の保険があったのではないか。
あの場に、絶対の信頼に足る存在が他にもいたのではないか、と。
「……はは。自分で推察しておいて、埒外だと呆れますよ。途轍もないですね、超人たちの考えることというものは」
「誉め言葉でーす」
「良かった。お前は知りすぎたと抹消される流れかと―――と。話を戻しましょう」
脱線ポイントを修正だ。
話したいのは僕の今後の展望であり、野望であり、生まれて生きて死んでいくための旅路、その次なる指針。
「どれだけの力を持つものであろうと、伝説の勇者であろうと、最強の騎士であろうと。個人に出来ることなどたかが知れている。それがただ暴れまわるだけの力、己の為だけに振るう暴力だったならよかったでしょう。しかし、私もまた我が領土―――アインスベルクやセルシオ殿と同じ。護るべきものを持つ側ゆえに」
「個としての最強では足りない。足りるわけがない……。必要なのは掌に乗ったものをこぼさぬほどの強い握力や工夫ではなく、受け皿たる掌そのものを増やすこと。或いは零れぬ道具を作ること。決して取りこぼさない仕組み」
現状満足? 出来るわけがない。
僕が死ぬときアノール領は大都市でなきゃいけないし、民は良く食べ良く学んでなきゃいけないし、生まれて最初に覚える言葉は僕かお嫁さんの名前でなきゃいけない。
「私は本気ですよ」
「わは……」
「奪うためではなく、護るために力を求めている。それゆえに、欲しいのは最強の個ではない。数の力なのだと。それだけの事です」
彼女は終始話を楽しそうに何度も頷きながら聞いていた。
僕が過ぎた力が欲しいと言っているのを、特に敵意を見せることなく。
「ふむー。なんていうか、聞き入っちゃいましたねー。貴族さんと話すのがこんなに楽しいのはあんまりないですねー」
「ははは、光栄なお話で……」
「レイクさんって―――二週目です?」
「……………」
取り繕った。
隠せたはずだ。
だが、目の前の女性は普通じゃない。
「ふふ……」
「二週目、ですか?」
「えぇ、ええ。ちょっと面白いお話しますとですね? 今ここに居る私と、昔世界を救った勇者の一人であるサクラバハルカって、厳密にはちょっと違うんです」
………。
ちょっと要領を得ない。
どういう事だ。
「と、言いますと……」
「私は地球の、日本という、まあこちらで言う帝国や聖国というくくり、国家という枠組みの一つで天寿を全うして―――そしてこの世界で第二の生を歩んでる、そういう手合いなんですよ。年齢全部合わせると……。多分、100歳ちょっとくらい?」
えぐいて。
「まぁ、300歳とか2000歳とかにはかなわないんですけど」
「……? ……?? ちょっとスケール感が」
「まぁまぁ。そういうわけなんで、ちょっとシンパっていうか、そういう考え方出来るあなたの事結構好きですよ? 私。貴方の騎士さんの事も結構好きです」
「伝えておきましょう。大喜びだ」
「ふふ。伯爵さんってかなーーりイケメンですし……、おしーですねぇ」
「えぇ、非常に惜しい。私も残念でなりませんよ」
互いに自慢げに見せ合った薬指の指輪が光る。
「お話、分かりましたー。私に出来ることは祈ることくらいですけど、いずれ機会があれば是非もっとお話ししたいですね。貴方とも、貴女の奥方さまとも」
「是非。妻も絶対に喜びます」
マリーも僕と同じ勇者ファンガールだ。
……僕だけかの暖流の勇者に会ったって言ったら拗ねられるかな。
「歴史上二人目の地母神の加護、初代聖女様の再来と噂される女性―――へへ。是非お友達になっていただきたいなーってことで」
「無論、私とはもうなっていただけたのですよね?」
「もっちもっちですよ。ではお友達ということで、あなたの前でなら良さそうですね」
「?」
「あ~~、疲れた」
「は?」
「いやぁ、参った、参りましたよ。戻ったら色々と忙しくなりますねー、大変ですねー」
ぽやぽやしながらも何処までも品のあった姿勢が崩れ、気軽な女学生のように足を崩しソファーで溶ける司祭。
かっ喰らうように水を呷る、聖職者としてあるまじき痴態。
「ふふ。ま、こういう感じですよ、勇者も一皮むけば」
「―――はは。むしろ親近感につながりますよ。彼らも、そうなのですか?」
「仲間内では、ですかね?」
九代目の勇者たちは最後の異界の勇者としても知られている。
それは単純に、歴代勇者らを召喚していた器そのものが既に世界に存在しないから、という話らしく。
一から八代目の勇者はその全てがたった一人のみ異界から招かれた存在であったはずが、彼らの代だけ四人もの人物が召喚された。
それこそ、神託。
実際彼らは世界そのものを救うという偉業を成し遂げた。
「鳴神の勇者―――現大陸ギルド総長殿。煌炎の勇者―――クロウンス王国の剣聖。広く知られた二人。そして、暖流の勇者である貴女はアトラ教神殿連合の高位司祭」
行方が分からなかった彼女がまさかアトラ教にいたとは。
ならあとはもう一人。
不明なのは表舞台には出てこない、もう一人の異界の勇者の行方。
誰よりも知られているし、誰もが「きっとそうなのだろう」と疑っていない勇者の行方は。
「民草の挨拶……。破暁の勇者キサラギは今日は一体何処で人助けをしているだろうか、と。貴女なら行方をご存じなのですか?」
「んんーー。まぁ、生き生き楽しんでるんじゃないですかね。多分、恐らく、めいび?」
「左様で……」
……。
そこで一区切りがつき、長々話していた僕たちは互いに席を立つ。
「勇者として、こういう場所へ上がりこむのは当然の権利なのですか?」
「勿論普通に犯罪ですー……。では、またいずれ」
「―――はい、お会いできれば……。ということで」
「「とっととずらかりましょう」」
実のところ、今って空き家への不法侵入だ。




