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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第四章:忘却伯と躍進の幕開け

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第22話:癒しの権能




「異形の者は―――、ここに討ち取られたりッ!」

「「おおおおぉぉぉぉぉお!!」」



 雄たけび。

 齎される一体感……それは生存戦略であり、人の本能と言えるだろう。

 同一の行動を大人数で行った時、人間の脳内では複数のホルモンや快楽物質、脳内麻薬などが生成される。

 あまりに甘美なソレは痛みを上回る程の快楽。


 あるいは、この内乱が齎した大きすぎる悲しみを乗り越えるための激だったのかもしれない。

 


「……。ふっ……」

「涙……か。主でも感極まるのだな」

「―――いや腕二本ないんだが」



 泣きそうなの痛みね? これ。

 一応領主だし男の子だから我慢してるけど、ソレはそれとして痛いものは痛いんだよ実際。



「こういう時に効く毒は? ないのか? 君。ここはひとつ頼みたいところさん―――」

「戦闘開始時点で既に投与してる。追加も打った。致死量手前まで」

「それはどうも」

「実は少し致死量超えたかもしれない」

「ガッデム、殺す気か?」 

「不相応な戦いに臨んだ死に急ぎ領主にぴったりだと」


「クビだな」

「自分の未来の話か。臣下として喜んで実行しよう」



 じょ、冗談ですやーん……。

 首筋に感じる金属の冷たさから逃げるように一歩前へ……なんか食い込んだ気が。


 ともかく、薬は効かなかったらしい。

 聖国の軍に属する兵士や騎士たちが歓喜に咆哮を上げ、或いは帝国の兵たちとすら喜びを分かち合っているらしい中、全く別の要因で涙目の僕氏。

 

 歓声を一歩引いた位置で伺う深い青を基調とした外套を纏い無貌の仮面を被った術士集団と、聖国の兵士たちへ冷ややかな視線を向け背を向ける旅装の集団。

 前者は第四兵団ハベルの光矢。

 後者は第五兵団アルムの凶刃。

 如何にも魔術師ですよって集まりの前者に比べ、狩猟部隊たる彼らは統一感に欠けて。

 聖国兵へと送られる眼光、嗜虐的かつ残忍な眼差しはまるで次の獲物を探しているようですらあった。



「アンタら、本当にクールな攻撃だった……!」

「帝国の中央兵団ってのは噂通りの怪物集団だな」

「聖国では弓術や短剣術はあまり基礎に無いが、貴君らのそれは本当に見事な―――」



 聖国の兵たちが彼らに声を掛けた。

 だが、その中で騎士に肩を叩かれた背の高くひょろりとした男がすぐさまその手を跳ね除け。



「な……」

「触ってくれるな、賤民。この服の毛皮は実に傷みやすいのでね」



 いや、彼だ。

 まるで偽装のように兵たちの一人に交じっていたが、異質な雰囲気で気付く。



「バルゴー卿。そこまでにしておけ、折角の雰囲気が悪くなる」

「―――おぉっと。失礼、侯爵閣下。つい」



 まるで品のある盗賊みたいな……品のある盗賊ってなんだ?

 だが実際表現するとそんな感じだ。

 今回の遠征の最高指揮官である大貴族にさえ尊敬をまるで感じさせない言動のまま、男は肩を払い。



「バルゴー様」

「ブランド物の御召し物が蛮人の汗と皮脂に汚れてしまったかも」


「あぁ大事ない、大事ない。後ほど洗うとしよう」



 脂で撫でつけたようなハーフバックの黒髪に、顔に大きく走った斜めの古傷。

 シャープな瞳、筋肉質かつ何処かひょろりとした体躯。


 ギルソーン侯爵にすら慇懃無礼な態度を崩さない男。

 あれが帝室継承権第二位の派閥に属する奸雄(かんゆう)、血染めのバルゴーか。

 あっちの世界だったら道を極めてそうな外見だけど、何処か野性的かつ切れ味の良い顔をしてる。

 イヤミったらしい言葉通り貴族の出で教養もあるだろうし、ああいうのにコロッと行く女性が居るもまあ分からなくはないな。



「妻は勿論、娘が出来たら絶対に近づけたくない類の男だ」

「……………」



 そこは気が早いとか聞こえてくるものだと思ったんだが。

 どうやらうちの突っ込み役さんはお加減が……。



「主」

「―――うん? 何か……、ッ!!」



 瞬間、違和感が確信に。

 だが今の両手がない僕に何が―――いいや、人の重さくらい肘まであるなら抱えられる。

 僕ァお姫様抱っこの練習だけは毎日10セットやってた男だぞ。 



「ご……、ふッ」

「天銀殿!」



 反応が遅れたのはそれまでの彼があまりに何の違和感もなかったから。

 すぐ傍の距離で吐血し倒れるアインスベルクを半ばの腕で抱きとめ、すぐに寝かせる。


 我慢強さの世界チャンプか? 

 明らかに優勝候補だった筈が、惜しくも準優勝の田舎貴族は―――……。


 ……ッ。

 何でこれで生きてる!?



「団長!」

「オルトルシア騎士長!!」


「大勢で近づくな!」

「「!」」



 真っ先に飛び込んでくるのは天銀騎士団の団員達。

 部外者である僕が上体を抱き上げてること自体が違和感の塊だけど、今はそんなバカみたいなことを考えてる場合じゃない。



「すまないが私には心得がなく、諸君らは聖国のつわものだっ! 我こそはと言うもの、回復術式! 急げ! 胸部臓器の露出損傷、肺から心臓にかけてほぼ機能停止しつつある。下腹部も―――誰か、私の代わりに鎧を脱がせて服を裂いて欲しい! 急げッ」



 流石に宗教国家、それも指折りの使い手集団。 

 実力の高そうな騎士が血相を変えてがばと膝をつき、術を展開し始める。 



「この規模の損傷は……。血が……」

「―――メリナース師!」

「私にも見せていただきたい」



 ギルソーン侯爵が呼びつけたのはハベルの光矢の兵団長たるメリナース師。

 帝国最高位、大魔導士の位階に存在する幾多もの儀式魔術の使い手は仮面を外さないままにしゃがみ込み。 



「―――。これ……は。何らかの術で傷の進行を……だが、これは―――致命傷が多すぎる……」

「……!」

「これは……もはや」



 この騎士、まさか、いや、分かっていたことだったのに!


 戦闘の最中に致命傷をいくつも。

 その上で界剣の権能を用いて固定、戦いが終わった今術が解かれたことで揺り戻しのように、ツケを払うかのように。

 

 いかに最高位の術士たちでも専門の医師ではない。

 単に傷を塞ぎ繊維を繋げるだけなら治癒の範囲でどうにかできても、潰れ、弾け、裂傷した構造自体に干渉し正常化させるのは相応の人体への知識も求められる。

 アインスベルクの身体はそれだけグチャグチャなのだと。


 マリーはこの場に居ない。

 いかに彼の生命力とて、これ程の致命傷は……。



「術士殿!」

「騎士長は、アインスベルク団長は!?」

「……………」



 どうする。

 どうする……!!?

 このままじゃ、三方よしで丸く収まる僕の計画が完全破綻で……。

 


「―――私が!!」

「「!」」



 破壊の限りと言わんばかりに崩落痕が残る中央教会の上空から声が響いた。


 廃墟の広場に水柱が突き立つ。

 ベールをくぐるようにして中から現れたのは灰色の髪にアインスベルクと同色の澄んだ青色の瞳の少女。

 小さなその身体が、可憐な顔が。

 しかし、その佇まいはこの場の群雄たちをもたじろがせる程の何かを秘めている。



「殿下―――」

「殿下だ!」

「セレスティン殿下!」


「道を空けてください!! このような形で彼をッ、国家の英雄を死なせはしませんッ」



 セレスティン・エアージェラスを僕は知っている筈だった。

 しかし、久方ぶりに目にした彼女は以前とは明らかに違った。

 雰囲気、纏う覇気。

 およそ人心掌握と鑑識眼に長けた(と思ってる)僕でも、あの時の彼女と重ならない。

 まるで10年は成長したような。

  

 纏う雰囲気に気圧される、或いは理解したように騎士たちが道を開け、首を垂れる。


 僕のすぐ前でアインスベルクのもとにしゃがみ込む少女。



「―――貴方は生きています、生きねばなりません。オルトルシア卿。私が貴方を死なせはしません」



「芽吹きと恵み、果てなる旅路に」


「御使い―――。汝、楽園の守護者であれ。我が手に水と光を。守護者の炎と旅人の風、全てを包み罪を濯げよ。かの英雄を、多くの犠牲を。未来のために……。私とともに、生きてください……―――さま」



 何処までも膨大で、かつ澄み切った魔力。

 努力次第である程度肥大化させることが出来る量とは異なり、魔力の質とは生まれ持った差が絶対にしてすべて。

 彼女の魔力は、本当に宝石のように曇りがない、蒼天のような水色だった。

 

 そして単純な力だけじゃない。

 迷いない手の動きは、彼女自身が高度の人体への理解と医療への知識を併せ持つことの証明。

 臓器が結束し、強靭に組み変わっていく。 



「四聖女……初代聖女の死後、彼女の持ったとされる権能が分裂し四人の女性に宿った―――人界の象徴」



 クロウンス王国、火の聖女に【浄化】の力を。

 トルキン匠国、地の聖女に【刻印】の力を。

 国家に囚われぬ風の聖女に膨大な魔力を。



「プリエール、水の聖女……彼女には、強大な癒しの力を。比類なき、神の権能にも届きうる……大地の再生力」



 成程、あれは間違いない。

 地母神の勇者―――マリーと源流を同じくする、魔術では到底成しえない逸脱の力だ。



「わは。凄いですねー、流石は聖女の権能……」

「……!」



 いつの間にかすぐ横に座っていた影。

 赤髪の、少女……?

 僕の見た限りで、中央教会でアルベリヒたちと行動をしていた……。


 ……何故オウルは反応しなかった。

 できなかった、或いはする必要がなかった。

 感覚的に後者―――。



「勿論そっちですよ」

「……!」

「お初にお目にかかります、レイクアノール・ユスティーア伯爵。取りあえず、如何(いか)にも救援側ですー、みたいな顔して貴方もトップクラスに大怪我してますよね? 治していいです?」

「いえ、腕は……」

「内外からボロボロ……術式乱用の副作用。そもそも人体刻印なんて久方ぶりに見ました」

「―――――」

「自己紹介は、後程に。大丈夫ですよ、なんと無料! 流石に、セレスティン様みたいにに(・)ゅ(・)に(・)ゅ(・)ぃ(・)とは治せないですけれど、応急的には十分だと」



 少女の手が僕の身体に伸ばされる。

 傷が……。

 焼き爛れた肘の切断面が肌色の皮膚に包まれ、痛みが完全になくなる。



「貴方は……、!」



 しかし、驚愕に顔を上げた頃既に少女の姿はなく。

 ほどなく、全てを包むような光が収まり始めたことで僕の注意もそちらへと向いてしまうことになった。

 


「殿、下」

「……オルトルシア卿」



 ……。



「ふふ……。よかったです、無事に目覚めて。オルトルシア卿、お加減はいかがですか?」

「………術を。力を……?」

「当たり前です。だって、貴方は。本当に……、貴方がぶじ、で……無事で。ぶじで」

「―――。セレス」



「泣いて、良い。もう、良い。それが、許される……筈だ」

「―――。ぅ……、ぅ、ぁ」



「っに、さま……!!」

「……涙か。―――セレス……。涙を、流す姿も。笑う姿も。あの頃のように全身で感情をあらわす、君の全て見たいと……しかし今となっては贅沢な望みだと。何より、ワイズ様に怒られてしまう、と。だが……やはりセレスにはそれが似合う」

「ぁ、うぅ……ぅ……」

「良いんだ。沢山泣いて、笑ってくれ。私に、見せて……うぐっ」

「―――兄様ぁ! 良かった……!! 本当に、本当に……ッ。死ななないで、よかったぁ!!」



 ……。

 ちなみにこのやり取りをなぜか誰よりも近い位置で見てるのが僕。

 なーんて最高の特等席―――さて。

 すみません、流石に部外者ちょっと退くんで、いや出るんで―――あの。

 ちょっと道開けてくれないです?


 聖銀騎士団、別名セレスティン殿下大好きクラブの騎士たちが兜を脱ぎ、男泣きのままに兄妹を見守る円陣の隙間から、ギルソーン侯爵らがしたり顔でクールに背を向け遠ざかっていくのが見えて―――。

 え、僕も同行したい。



「……すまない、君たち……?」

「「……………」」



 何だろう。

 ぼく、あまりに部外者のお邪魔虫……。


 何で出してくれないの?

 どうして君たち円陣に穴つくってくれないの? イジメなの? 

 出るって言ってるじゃ―――何で両側から肩掴むの? 何で皆してこっち手伸ばしてくるの?

 いやマジで本当に何をする気ですか……、いや大丈夫ですとか怖くないからとかじゃなくて近寄らないで触らないで。 

 あ、ちょ―――痛くしないで……。




   ◇




「レイクアノール伯爵!」

「セルシオ殿……。ご無事でしたか」



 少しの後、群衆―――軍衆の中に見知った顔を見つけて。

 いや、実際ご無事なのかは分からないけど、元気そうだし多分ご無事だ。

 なんか酷い火傷で傷跡だらけだけど、ご無事だ。 



「良かった……。伯爵も―――。……ご無事……、そう、で……すか?」



 ぶじぶじー。



「見ての通りですが、腕の一本や二本怪我のうちには入らないのは我が領での常識ですよ」

「ははは……、さ、さようで」



 滑ったかも。

 旅の間で仲良くなった気がしたけど気のせいだったらしい。



「―――ところで、あなた方は何を?」

「は、セルシオ師範」

「見ての通り、騎士長の恩人である御仁に」

「伯爵殿にパワーを注入……」

「見ていてあまりに痛々しく、回復術も行使できぬとのことなので最低限の治癒を、と思い」

「しかし、隅々まで見たところ既に塞がっているようで。我々より先に誰かが? しかしこれ程までに高位の治癒術式を行使できる者など……」



 見ての通り聖国原産のギンイロキンニク共にもみくちゃにされてる、助けてください。

 服も引っぺがされて、このままだとお尻の穴まで見られそうな勢い。



「ブフォ……!」 



 お前もセルシオ卿の横で笑ってねーで助けろアルベリヒ。



「その……伯爵。貴方はまこと、国の恩人でもあります。私からも申し出ますので、その腕は殿下に……」

「いえ。見ての通り塞がっていますので」



 何より僕は他にも治療の当てがある。

 多分アホ程怒られた上で暫く地下暮らしは避けられないが、その権利は違う機会、違う人物用で欲しいのだ。



「時に、セルシオ殿。民衆たちの救出は問題なく進められるという認識でよろしいのですね? であれば早急に食料支援などが必要かと思われますが」

「ええ。ひとまずは残った国庫から。アインスベルクの能力も限界が近いとのことなので、急務ではありますね」

「であれば―――」

「有難いことに、帝国から多くの支援を表明する声が」


 

 クソッ、出遅れた。

 早速帝国のハイエナ共が……。

 


「はぁ……。帝国貴族の手が速いこと。女遊びで鍛えたとえる。そう思いませんか? ローグベルク卿」

「我は疎くてな、伯爵。しかし、天銀のアインスベルク……。よもや数万の民を守ったままで錆騎士と渡り合っていたとは。まこと、凄まじき英雄よな。―――と、中途の退場、すまなかった、セルシオ卿、ダインス卿」


「いえ、いえ。卿が錆騎士を引き付けてくれなければ、今頃我々の命はなかったでしょう」

「それな。ローグベルクの旦那、マジ無事でよかった―――……は?」

「―――。うん? ……え?」



「ローグベルク殿!?」

「主ぃ!? なんなんあなななななんで!?」

「驚きすぎだ」



 そういえば二人は彼が錆騎士に殺されちゃったと思ってたんだっけ。

 実際ほぼ死に体だったしね。



「卿、説明を」

「錆騎士にやられ掛け、我も民衆らと同じように穴から地下に落ちたのだ。そこで謎の声を聴き、瀕死であった身体の傷が治癒し始め……」

「聖剣すげ……!」

「……。声?」

「―――セルシオ卿?」

「いえ……。ともかく無事でよかった」



 ローグベルク卿もアインスベルクの発動した界剣の効果範囲内である地下に落ちたことによって死を免れた、そういうことだろう。

 この通り元気だ。



「先遣隊は全員生存ということだ。実に素晴らしい戦果だな、伯爵」

「―――ギルソーン侯爵」



 出たね、ナイスシルバー。



「報酬は期待してよさそうですね? これは」

「無論ッ、帝国は功には相応の報酬で応える能力主義であるゆえにな。私以外の誰かが払う」

「「……………」」

「さて、セルシオ殿。よいか?」

「えぇ」



 彼が呼びに来たのはセルシオ卿だったらしい。



「ひとまずは立て直しに向け指揮を執る者たちと分かれ、今後について話し合わなければなりませんので。―――お手柔らかに頼みますよ、ギルソーン殿」

「無論、互いにな」



 暫定的な交渉役の席にはセルシオ卿が就くらしい。

 今回の件で聖国の上層部は総入れ替えだろうし、立て直しはえらいことになる。


 交渉事は帝国でも専門の者が行うのは当然として。

 さて。


 本当のお邪魔虫……、今の僕。

 我慢強さランキングでは惜しくもアインスベルクに敗れちゃったけど、この戦いに参加した他の名門貴族たちにとっての現状最も目障りな男ランキング総合一位に内定確実の僕。


 散々に目立つという目的は既に達成したわけだし、今この状態で退散するのが最もおいしいだろうか。

 暗殺されないうちに、ね。



「では参りましょうか、ギルソーン殿、伯爵」

「うむ」

「えぇ。……えぇ?」

「……? 伯爵は今回の遠征の実質的副指令なのですよね?」



 あったようななかったような、そんな設定。

 


「い、いえ。私は……」

「助っ人殿」

「レイクアノール伯爵さま……! どちらへ行かれるおつもりですか?」

「……………」



 象徴兄妹、呼び止めないでくれますかね?

 右から、最強騎士長(アインスベルク)、推定国家元首(セレスティン)、暫定軍部の長(セルシオ)。 

 おたくら自分らの立場見てモノ言って?

 このままじゃ僕がまたなんかやっちゃった雰囲気になる。



「まぁ、まぁ。皆々様……」

「あとのお話は、専門である我々が請け負いますゆえ」



 弁論に長けてそうな貴族が聖国の面子に対応している間にギルソーン侯爵がこちらに向かってゆっくりと頷く。

 僕が乗り気じゃないのを汲んでくれたんだろう。



「では、ローグベルク卿」

「うむ。我もそういった席は不得手ゆえな、暫し身体を休めるとしよう。また後日だ、伯爵、ダインス卿」

「あ、お疲れっす」



 ローグベルク卿を見送りつつ今一度考えてみる。

 が、やはり問題ない。

 流石に、息吹を与えられた天銀の騎士がいる状況で聖女様に手出ししようとする馬鹿貴族がいるとは思えないし、僕が帝国側最大の功労者という事実は誰にも邪魔できない。


 だから今はクールに……。



「アルベリヒ。行くぞ」

「あい、あい。流石にゆっくりさせてもらえるんしょうね?」

「―――あぁ。本当によくやってくれた」

「へっへっへ。ボーナスに期待」


 

 僕以外の誰かが払うさ、きっと。

 無論、僕としてもどれ程の実がもぎ取れるかを楽しみに、休息をとるとしよう。

 あ、そうだ、どっかの廃屋に潮酒の瓶が無事に残ってれば一杯―――腕ねーや。


 酌してもらお。

 誰に? アルベリヒ? 酒がマズくなるや。


 どっかに可愛い女の子―――。



「レイクアノール・ユスティーア伯爵」



 今度は誰だ。

 もう誰も話しかけるなって雰囲気を出してるってのに……。



「―――……! 貴女は……」

「改めまして。神殿教会連盟所属、サクラバと申します」

「竜司祭殿、でよろしいのですね?」

「えぇ」



 現れたのは例の、アトラ教の装束に身を包んだ少女。

 彼女はちらと僕の背後に視線を送る。

 ―――まさか、気付いてるのか?


 それともササッと僕の後ろに隠れたアルベリヒ見てるだけ?

 ……逆にお前は何故隠れる、何故顔が赤い。 


 何者だ、この女性。

 ……。


 

「……サクラバ?」



「よもや。暖流(だんりゅう)の勇者―――【竜宮】サクラバさまか……!」

「おー? ふふッ。光栄ですよー、伯爵さま」



 いや……、いや、マジか!?

 20以上年前に起きた人界と魔族の最後の戦いである人魔決戦に参加した八英雄の一角であり、同時に異界の勇者でもある伝説級の冒険者。

  

 レニカが現れるまでは、大陸ギルドの歴史上でただ一人術士としての能力だけで最上位に至っていた、天魔の名の由来にすらなった人界最強の魔術師。

 

 この、女性が……!

 なら、まさかあれとかあれとかあれの件ってアインスベルクがってよりも……。



「……。成程。色々と合点がいったことが。であれば、まずは……」



「サインを」

「お?」

「腕がなくて申し訳なく。マントに、このマントに。是非。いえ是が非でも。噛り付いてでも欲しい。今すぐ欲しい、家宝に欲しい、サインください」

「―――おい主てめえ」



 っと。

 完全に置いてけぼりにしてたアルベリヒが怖い顔で。

 嗚呼、確かにこの状況は……。


 悪いことをしたな。



「―――失礼。彼の分もお願いできますか?」

「っしゃぁ!! 流石あるじ! んじゃ、アルベリヒ君へってお願いしますッ!」

「はいはーい。ペンないのでマントにじゅじゅっと焼き付けで良いです?」


「「わーーい」」

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