第20話:天銀に錆なし
「助っ人殿、無事か」
おたく目腐ってんの? 兜逆に付けてたりした?
ないとは思うけど自分の顔が良過ぎて兜の内側の反射で目やられてたりする?
服はボロボロで血に染まり、骨は痛むし口から煙吐くし自慢の髪もチリチリ。
これが無事に見える?
生まれてこの方ここまで生死を掛けた戦いに参加した経験ないっての。
ニ、三回死んだことはあるけどさ。
「令嬢の相手をしている方が百倍も筋肉に優しいということは理解できた。難儀だな、暴力とは。この服も安物に見えるか?」
「……………」
「見ろ、目も真っ赤だ」
勿論、超人レベルの実力者が足切りラインとなるこの戦いで僕が敵や味方の動きを認識できてるのには秘密がある。
”鏡眼”はその者に見えている景色を共有することができる上位魔術。
性質上盲目でもない限りは視認することが可能だ。
けど、代償は払わなければならない。
途切れ途切れの使用でさえ僕の眼球の血管は末端から破裂しまくってる。
あと暫しもすれば本当に見えなくなるだろう。
「感謝している」
いつしか兜を外していたアインスベルクはバツが悪そうにするでも顔を逸らすでもなく誠実に頷く。
何だこのイケメン、僕より目立つな。
「貴公はあくまで部外者。退くのならば今のうちだ」
「ははは。部外者ゆえの困りごとが一つ。他国の都というものは入り組んでいていかんね。今に帰り道すら分からなくなって―――、ッ!!」
「上に!! 飛べるかッ」
もうやってる。
「術式励起”嵐飛翔”」
僕はスクロールの巻き起こした風圧で飛び、彼は自前の脚力で。
二人―――或いは三人並び飛び上がる。
同時にさっきまでいた足場を錆の瘴気が高波となって覆い尽くし、瓦礫も何もかもを掻っ攫って錆と塵に。
続く斬撃が大地を割る。
全てが灰燼に消え、ボロボロと崩れ去っていく。
先ほどアインスベルクが全霊をもって地平線の彼方にぶっ飛ばし、僕の爆裂工作で瓦礫群の下敷きにした敵は当たり前のように瓦礫の山からぬぅと起き上がり、ギシギシと歩む。
腐食―――錆にまみれたはずの鎧にはへこみ一つない。
錆騎士ベール・リッチはおよそ僕が今まで出会ったどんな存在をも超えた未知かつ異形の化け物だ。
鎧が砕けない以上、中に何が存在しているのかさえ分からない。
或いは、アインスベルクが万全の状態であっても。
或いは、オウルが僕を全霊で庇うのを捨てて攻撃に回ったとしても。
勝てる確証が……持てない。
こんなの、伝え聞く最上位魔族レベル―――。
初陣の敵にしてはあまりに不親切だ。
「全て、全て……。錆に、積もり積もった、残骸の、中に」
だらりと垂れ下がっていた錆騎士の左手がしなり、剣と一体に薙ぎ払われる。
重厚かつ肉厚な長剣がまるで鞭のキレ。
190センチ程もある巨躯にまるで似合わない体捌きで距離を詰めてきた錆騎士の連斬をアインスベルクが止める。
「錆成り―――左腕」
「創流を生め! ウェセラッ」
と、アインスベルクの叫びとともに一帯に百の斬撃が放たれたように耳をつんざく轟音が。
斬撃がその場に固定されたかのように大気には線が幾本も走り、錆騎士が歩を詰めると同時に初めて切り裂かれたような衝撃が生じる。
逆に、応酬の中で鎧を貫通し深く切り裂かれたはずのアインスベルクの身体からは、本来流れる筈の血が垂れてない―――何でもありか? 彼は。
どちらも原理は同じだろう。
界剣ウェセラの権能は【固定】―――ヴァレットがそう言ってた。
それは物質に留まらず、現象もエネルギーもその場に留めることができる、最上位魔術の位階にある奇跡。
およそ、今地下深くに飲まれている無数の命もまたその場に固定している。
そのために力を使ってるからこそアインスベルクは戦闘前から酷く消耗していたのだ。
「錆嵐・自切」
「―――グッ、ぅ……。はァッ!!」
互いの斬撃が互いを刻む。
錆騎士の鎧が軋み、アインスベルクのボロボロに風化した鎧がまた裂け、攻撃が肉に届く。
最強と最強の激突により、四方に飛び散り続けフィールドを渦巻く錆の瘴気。
厄災染みた超人同士の衝突の中、触れただけで致命的なそれらを的確に回避させてもらいつつ、外套の内側に留めてあったメス程の小型ナイフを指に挟み同時に投げる。
「効果付与」
(毒招―――粘浸菌)
「……黒錆」
競り合いの中であっても渾身の投擲が鎧の曲線を撫でるように往なされる。
「今のは……? よし、拡大だ」
(鏡眼はそういう術ではない)
今、錆騎士の鎧が黒い何かでコーティングされたように見えたな。
弾く錆……いいヒントだ。
戦いの組み立ては簡単。
主に力仕事は聖国最強の騎士様にやらせ、僕は遅延と繋ぎに専念。
錆騎士が転倒すれば手近な建物を倒壊させ下敷きにしたり、本当に賑やかし。
僕にもアインスベルクにも時間が必要なのだ。
そして、僕の目的の為にはどうしても自身がこの場にいる必要があった。
「今の技、必要だ。出来る限り近づきたい―――出来るか?」
(命令しろ、必ずやる)
背中に鋭い痛みが走る。
足が自分の意思と無関係に動き、本来の身体能力を超えた速度、そして信じられないほどの空気抵抗を受けて進む。
身体に掛かる途轍もないGはリアノール謹製の弛緩薬で全身の力を抜くことで軽減―――毒無効貴族でも効くこと実証済みッ。
「写しの、光」
「だから誰なのだ―――、ぬ、くッ」
錆騎士の姿が既に目の前。
振り抜かれる錆の長剣が掠め、服を切断し、始終展開しているマントの硬化刻印をも簡単に抉る。
「腕をざっくりいったぞ!!」
(我慢しろ、追いやる)
「む―――ガガッ!?」
続くだろう敵の攻撃は来なかった。
僕の背中から生えた第三、第四の腕が錆騎士の斬撃を往なし、薙ぎ払われた黒刃の一撃が静かに兜を削る。
「……小癪な、軽、い」
「そうか……むぐぐ。ならプレゼント交換だ。”術式励起・毒爆”」
鎧の破片をゲット。
第三、四の手が錆騎士へと猛攻を仕掛けてる間にサンプルをしまうべき場所に放り込み、そのままサインを走らせるような手捌きでスクロールを有効化。
異変に奴が身構えた時には僕は外套を広げているし、魔術式は爆発している。
「ぐぅッ―――おおおぉぉぉぉッ」
防弾チョッキと同じだ。
着てるからって痛くないわけじゃないし、骨に罅も入る。
全く殺しきれていない衝撃、20メートル近くを吹き飛び、瓦礫の上を転がりながらなんとか受け身を取って立ち上が―――。
「あばばば……ッ」
「”毒操針術”―――世話が焼ける」
れないので傍付きの影に無理やり立ち上がらせてもらう。
オウルが使っているのは対象を意思とは関係なく無理やり操る技術。
針などで僕の脳や筋肉に直接信号を送って動かしたり、或いは身体能力を極限まで引き上げたり。
―――酷い時は服引っ張ったり。
何にせよ、人体構造を知り尽くした極限の暗殺者が持つ技術フル活用、なぜか前より後ろの方が刺し傷の多いバグ。
これも、あくまで体構造を利用した技術だから毒無効には引っかからない。
「協力者殿。ずっと気になっているのだが、不感症なのか?」
「そう見えるか」
さっきから転げまわって身体ボロボロだけど痛くないのか? だってさ。
剣振っただけで区画吹き飛ばす最強騎士に言われることか?
「我々は頑強に出来てる。そもそもそのように指があらぬ方向に曲がらないように強くなる。騎士の目的の一つとは鍛錬の中であらゆる要素に怯むことがない精神性と身体機能を身に着けること。だが貴公は―――戦闘の訓練でも受けたことがあるのか」
あんまりにも手傷を気にしてないように見えるから誤解されたらしい。
「痛いさ。気にならない程度なだけで」
「―――程度が既に危険な状態だ。治癒は」
「回復魔術のスクロール化は未だ実用化に至ってない。複雑すぎるのでね。その点は君たち聖国騎士を見習いたいもので……おっと、結構だ」
「……………」
アインスベルクが回復魔術でも使おうとしてくれたのか手を伸ばしてたが、却下。
んなことしてる場合じゃないだろ君は。
どっちかっていうと僕より彼の方が危険な状態。
「意義はなく―――。痛み、苦痛、全ては偽り」
奴さんも痛覚完全になさそうだな。
もしかして仲良くなれるかな。
「錆騎士。君、腸の通り道が癒着し塞がったことはあるかね」
「……」
「解剖学では良くあることだ」
足が止まる―――わけもなく。
襲い掛かってきた怪物の斬撃をアインスベルクとともに捌く。
「視覚と聴覚が同時に途切れたことは? 目の血管が纏めて破裂したこと、毎日のように全身の血を入れ替える経験、脚が腐ったこと、痛みに気絶しすぎて髪が真っ白になった経験は?」
斬撃の応酬の中でちょっと聞いてみる。
痛いのが嫌だからそんな物々しい全身鎧をずっと着てるのかも気になった。
実のところ僕も錆騎士に同感―――ほんの一時の痛みなど意味はない。
死ななきゃタダ、それが僕のモットー。
「偶には鎧を脱いで日光浴を―――どうやら聞き耳もたんか。天銀殿! 抑えてくれッ」
「分かった」
「ぬッ」
「破招・毒旋」
アインスベルクの上段斬りを錆騎士が受け止め、地面がひび割れる。
その間にオウルの宵闇を裂くような一閃が錆騎士の鎧表面を僅かに削る。
「黒錆……嗚呼。やはりこれが―――あむ」
飛んだ破片を奪い取り、またしかるべき場所に仕舞う。
(主……先ほどからまさか食べ……、塗った毒も共に……)
「これが一番分かり良い。安心しろ、吐き出してる」
僕にも貴族として、或いは研究者としてのちっぽけなプライドがある。
彼らにはできないやり方、戦い方がある。
成分は……やはり只の鋼鉄、錆に覆われた汎用金属。
何故こうまで固い? 只の鋼が天銀と黒刃の攻撃に耐えきれるはずがないわけで、少しは変形も……。
いや、知ってる。
この術形態は地属性の金属生成……そしてより洗練された。
「見えてきたぞ。硬すぎて壊れないのではなく、破損仕掛けた端から何らかの力によって生成、補填する仕組み……。天銀殿、有効だ! 奴はしっかりと損耗していたッ」
「ならば―――」
「そして、離れててくれっ! 手荒に行く」
どれだけ不死身に見えていても、所詮は一個人の意思を持つ生物に他ならない。
必ず殺す手立てがある。
「”偽典・紅焔”ッ!!」
腕が燃えた。
全てが弾けた。
「ぐ、おおおおォォォォ!」
一撃だ。
一撃だけなら僕でも彼らの領域に追いつける。
「―――無、為ッッ」
ただ、残念なことに僕の命掛けの必殺は彼らにとっての通常攻撃と同義という現実。
錆騎士が一度剣を鞘に納め、両手を突き出す。
噴き出すような黒い瘴気が炎を受け止め、浸食……。
幾ばくかの喰らい合いの末、やがて炎が消える。
あまりにあんまりな能力差。
唯一の救いは、肘から先が焼かれるより早く気の利いた護衛が切り落としてくれること。
「腕、一本で……ははッ」
「……!! 貴公は―――何故そこまで賭けられるッ!?」
「何故? 今の君が魔力を損耗しすぎて大火力の術を使えないことを知っているからッ。火力がいるだろう? 文字通り」
「重ねて言うのなら、勝てない戦いに乗る趣味はない。が、勝てる戦いならばどこまでも前かがみだ。―――私のやりたいことが分かってくれるか? 天銀殿。実のところ人間の腕は二本ある」
「まさか!?」
あまり知られてないことだがね。
「デモンストレーションも行ったところで本番だ、是非有効に使ってほしい。さァ、もう一発!!」
様子見だった先ほどよりもはるかに高威力。
数百年級の大木にも匹敵する威容の焔がうねり、錆騎士へ。
「何度やったとて、我が錆と消える―――、!」
そして、燃え盛る焔が造り物のように固まった。
否、固まったように見える。
「創流をッ」
これもアインスベルクが持つ界剣ウェセラの権能によるもの。
やれるとは思ってたけど、本当に大魔術ですらその場に固定できるとは。
魔力潤沢やりたい放題だった場合の彼と絶対に敵対したくない理由がどんどん出てくる。
「ぬ、ぐ―――ガ、ガガガガガッ、青、錆ッ」
放った紅蓮の大魔術が錆騎士を飲み込んだまま固まる。
鎧は熱で変形するはずがその形を保ったままに。
間違いない。
錆ってのはただ腐食を齎すだけじゃない。
種類によっては逆に抗菌作用や腐食防止、熱伝導率の低減などの効果がある。
奴も場合により能力を使い分けてる……、ッ。
「ごぼッ……、流石に―――、む……」
「あとは、私に」
回復魔術。
どこまでお人好しだ?
なけなしの筈の力で僕の身体を治癒した騎士が飛び、黒焦げになった跡地から歩み出そうとしていた化け物へ剣を走らせる。
「三界切別」
「……! ぬ、うぅぅぅう!!」
避けた。
今まで全ての攻撃を規格外の膂力と耐久で防いできた錆騎士がその一撃を避けた。
確かに今のは世界を切り分けるような斬撃だったのは間違いないが、何故今回だけ?
いや、確かに回避したがその隙は逃さないぞ―――彼女が。
「何故避けた、今の斬撃を」
「……、ぬッ」
「”族滅毒魔”」
「ガガガッ!?」
同じ化け物クラスとはいえ、彼女の技はやはり他二人のそれに比べると穏やかだ。
音なく、傷なく、優美。
ある種貴族的。
が、勿論効果はある。
オウルの黒刃によって切り裂かれた錆騎士の鎧の継ぎ目から何かを訴えるように錆の瘴気がドバドバと吹き出し、本体が膝をつく。
「グ、ガ……ガガガガッ」
とめどなく溢れ出す何か。
それを抑え込むように騎士は手立てを総動員しているように見えて、やがて錆に覆われた鎧はまたゆっくりと瘴気を垂れ流すだけになる。
明らかにそれが漏れ出るのを嫌っていたな。
「ここまでやって、一撃……」
僕は戦闘離脱だ。
流石に足だけで何かできるとは思ってない。
だが少なくとも可能性は示せた。
「錆騎士よ。貴公の内側には魔力とも異なる莫大な力が固定されている。膨大な力を内包していて、そのうえで全ての技の行使に膨大な量を消費している。おそらく、先に溢れ出した瘴気……大気に触れると途端に霧散し消えていくあれこそ、力の源泉。違うか?」
「……………」
同系統の力を持つゆえのアインスベルクの目利き。
信用は出来るだろう。
なら、やはり異界の者と同じ。
内側にあるのか? 魔力でもない、未知なる力の具現が。
「ふぅむ。どれだけ膨大であっても異界への扉に繋がっているわけもない。最強であっても、あくまで個の保有する力は有限だ、君のようにな」
(間違いないだろう。壊し続ければ死ぬ)
「ははーァ、コンクラーベというわけだ。宗教国家だけに」
(……?)
滑った。
だが、問題ない。
沈黙が長く続かないことを知ってるからだ。
「時間稼ぎは終わりだ」
僕の役目もね。
眼前で錆騎士が再び軋みを上げて立ち上がる中、アインスベルクが高く自らの鎧小手を天に掲げ宣言する。
「天を仰ぎ見ろ、錆騎士。そこにお前の死があるぞ」
「! ゴ、ゴゴッ!?」
急ぎ身構える錆騎士に向かい空から降り注ぐ銀の流星、星の雨。
それらは四方から放たれており、しかし見渡す限りのどこにも術者の影はない。
当然だ。
彼らは超遠距離専門の術士集団。
錆騎士が武器を薙ぎ払うもその全てを防ぎきることは出来ず、多くを被弾し、立ち上がる間もなく横から放たれた鉄甲砲弾のように重い鏃が叩き込まれ、錆騎士の鎧がひしゃげる。
途轍もない威力―――あれが?
「第五兵団、狩人部隊か。オウル。どこからだ……?」
(見えるか、主よ)
―――。
映ったのは帝国と聖国の兵士たちが同時に城門から流れ込んでくる姿。
敵対している筈の勢力同士とはとても思えない状況。
「団長!」
「オルトルシア騎士長!」
「総員鏡月陣! 第1隊と第2隊は敵影、錆色の騎士を狙い撃て! 第3隊からは地下で眠る民たちを守護することに全力を注げ! 聖銀騎士団戦闘態勢ッ!!」
「「―――――」」
アインスベルクのカリスマによって瞬時に散開する最強騎士団の圧倒的な連携力。
ある者たちは戦域を離れ、ある者たちは攻撃に加わり。
容赦なく叩き込まれる魔術嵐の中で僕の側にやってくる者もいた。
「伯爵。中々面白い状況のようだな。何故君が前線にいる? そして腕は?」
「うちの騎士や侯爵の気持ちを理解したくなりましてね。共通の話題作りというやつです」
「それは大義。誰ぞ、レイクアノール伯爵の手当てを!」
帝国軍のギルソーン侯爵らだ。
へたり込みたくもなるが、今の僕の身体は自分でもいう事を利かなくてね。
ここからは地底で待ち続ける人々の保護をしつつ、数の暴力で奴を倒す。
さあ根競べだ。
これだけの戦力があれば、まあ全部守るっていう欲張り、色気を出してもいいだろう。
「ラディア。帝国との読み合い、よく果たしてくれた」
「は! 長よ、大変お待たせしてしまいましたが、臣民は我々が! どうか術を……」
「すまないッ」
ここにきて、消えかけていたアインスベルクの魔力に火が灯ったように一気に増大する。
違う。
魔力を他者間で譲渡などは理論上出来ない。
単純に、他のところに割いていた容量を戻しただけ。
「ここからだ。全て、無駄にするつもりはない」
清浄な魔力が際限なく高まっていく―――その様はまさに主人公、ヒーロー。
本人自身が国家最強の英雄であり、所持する武装も歌物語に謳われるような、最高位の魔術を封じた傑作。
おまけにイケメン。
天銀の騎士アインスベルクが構える。
絨毯爆撃によってその場から身動きが取れない錆騎士に向け狙いを定め。
「―――約束がある。ゆえに、貴公を滅する」
「……!」
錆騎士をも圧倒する剣速。
他の全てに注意を割く必要がなくなったアインスベルクは生命力を燃やすかのように連撃を繰り出し。
「ガ……、ガガッ」
錆騎士の鎧から「漏れ出る」黒の瘴気は、「あふれ出る」と表現できた最初と比べ明らかに弱弱しく。
それが度重なる破損の影響であることは想像に難くなかった。
今や鎧は目に見えてひび割れ、それもまた中身が零れだす要因になり。
「全て、は、深淵の神の、贄と」
「そのようなことはさせない。私が―――、セレスを。妹を! あの子が泣くことも逃げることも許される、只一人の人間として選択できる国家を齎すのみ!!」
「ガ、ガ……」
溢れ出すは生命を侵食する瘴気。
が、それも聖銀騎士団の術者たちが放つ、青白いオーラによって押し留められ。
「国も、大切な個も、どちらも取るッ。壊すべきは天秤そのものッ!!」
「我ら、団長の足跡に」
「「殿下の為に!!」」
………。
「あれが奴らの本音か?」
何だあの異常殉教者ども。
国家最強の騎士団っていうからどんな頭護国連中かと思ったら、とんでもない妹親衛隊じゃないか。
これらが居てなお聖女セレスティンが窮地に陥ってたのはよっぽど朴念仁の集まりだったらしい。
僕のように女心を理解してないからだ。
「蝋剣・飛翔」
「―――空見の光よ……”穿ツ星”」
「ゴッ、ゴゴ……ガ、ゴッ」
アインスベルクと距離が離れれば幾多の術が衝突し引き摺られる。
四方八方から襲い掛かる精鋭の技にさえ錆騎士は膝を折らない。
「この攻撃は無駄に在らず! そのまま打ちまくれ!」
「帝国軍に負けるなッ」
帝国が、聖国が。
たった一個体を共通敵として、本来の目的を達成するために纏まった。
今に錆騎士の鎧に小さな亀裂、穴が生まれ、再び黒の靄が噴き出し始める。
「ォ、ァァァァァァァ!!」
高波となる錆の瘴気。
来たな。
そのろくでもない力は、今のような対軍で最も効果を発揮するだろう。
あれに飲み込まれれば全滅は必至……固定したところで意味もない。
「ユスティーアの秘伝、その第二幕をお見せしよう」
僕だってまだ舞える。
いや、救援が来た今だからこそ、武器庫が向こうからやってきたからこそ戦える。
それに、実のところ僕が一番やりたかったのってこの部分だ。
帝国の主力、聖国の主力。
彼らが見ている中でのお披露目。
一人では何もできない男の考えたさいきょうのちから。
「ギルソーン侯爵ッ!! 今こそ帝国のお家芸、数の力をお見せしましょう!」
「まこと、上手くいくのだろうな!?」
「それを確認するために実証実験したいのですッ!!」
ギルソーン侯爵が一瞬で判断する。
彼は自身の武器を高らかに掲げ。
「功労者への労いだッッ。帝国軍、旗を掲げぇ!!」
「「―――――」」
旗―――戦の前に一人一人に支給されていたスクロールが数百と掲げられ、戦場の四方八方で同時に発動。
結局のところ、数は力だ。
バケツ一杯の水も100人が落とせば滝となり、小石の一粒も千の兵が投げれば雨となる。
「回路集約・偽典賛歌―――帝国の南壁!!」
名付け、開発、全てぼく。
新技術の参考にしたのは魔核石で互いの連絡を取り合う通信機。
この術は力を分けたスクロール同士に互いを観測させ合うことで、ソレすべてで一つの術とするという大掛かりな仕組みだ。
「儀式魔術との差異は単純な燃費の違いのほか、速発動の利点……といったところでしょうか」
「これが……弱者のための力、か。術士隊の立つ瀬がなくなる―――未来の魔術戦が想像できんな」
目の前に広がった巨大な石の壁。
単純な生成系の術と強化系の術のハイブリットで、この壁全てに硬化刻印と同様の効果が発揮されている。
錆騎士の瘴気を幾分食い止めるには足りるだろう。
当たり前のことだけど、新技術とは次の新技術につながる。
一つの道が拓けば、更にそこからいくつもの道が出来ていくもの。
そういう意味でユスティーア式スクロールの開発は多くの技術的可能性を示したのだ。
今は試験段階だけど、デチューンして廉価版が出来れば戦いも変わるぞ。
「―――。ゴ、ボ……ゴ」
やがて錆が晴れるころ、役目を果たした砦が崩れ、錆の剣を支えに片膝をついている錆騎士の姿が見える。
敵軍をすべて巻き込んだ壮大な自爆は不発。
鎧にはいくつもの大きな亀裂が走り、それらは今までのように回復する兆候を見せてはいない。
「終わりだ、異形の騎士よ」
「聖剣抜刀―――雷銀斬ッ!!」
錆騎士へと一筋に伸びる眩い銀閃。
音どころか、光さえも置き去りにするような途轍もない一撃が。
右肩から胸に入った刃が突き抜けるようにして錆の鎧を裂き、左腕の鎧ごと切り裂いて抜ける。
「ガガッ―――ガ、……ガ」
裂かれた鎧の中には黒が広がっていた。
人の形もなければ、そもそも生き物ですら……。
「「―――――」」
「機兵ですらない化け物……。いや、言うまでもないことだったか。総員下がれッ! まだ来るぞ!!」
また闇が吹き出ると誰もが思い、ギルソーン侯爵が号令を掛けた。
闇が天へ吹き出す。
行き場を失ったように吹き出し、濁流のように消えていく。
「ガ―――。ガ……。フ……、ふ、ははは……」
「「!」」
その中で錆騎士が。
あの中身があるのかないのかも分からないような鎧が、笑ったように聞こえた。
「天銀……。流石は、アインスベルク。そして……」
「写しの、光……。やはり、き……」
……。
「―――――。主よ……、先、に……」
鎧がボロボロと砕け散り、錆に消える。
肉も、骨も……あれだけ溢れていた瘴気さえ、後には本当に何一つとして残ってはいなかったんだ。




