第14話:聖国最前線
「―――水鏡の暁鐘が鳴った理由は判明しましたか?」
「い、いえ……只今一生懸命原因を調査させていただいております。もう暫しお時間を、猊下」
「時間、ですか」
大司教ワルダックは背後にいた直属の部下である高位司祭へとちらと視線をやる。
その後に、眼前へと視線を戻し。
「お久しぶりですね、ファウロ長官。アルマイト司教。牢に繋がれている間に少しやせましたか」
「わ、ワルダック!」
「先代聖女の事は今でも悔やんでいる……! しかし、私は本当に何も知らんのだ!」
「君ならわかってくれるはずだよ。君は当時より最優の司祭であり、同時に……」
「えぇ、よく分かっておりますよ」
星芒法衛の騎士たちが各所に配された密室の空間。
聖王の存命時までプリエールの内政に深く食い込んでいた為政者たちを前に、その地位全てを簒奪した禿頭の大司教はにこやかに笑う。
「分かっておりますとも……、生贄は多ければ多いほどいいとね」
「「!」」
「あなた達を越し、なぜ私が大司教になったのかが今ならわかる。頭―――記憶力でしたか」
「やりなさい」
「ま、まて!!」
「何をするんだッ、やめ―――」
合図を以て聖国に属する高位司祭たちが倒れる。
騎士たちによって首を刎ねられたのだ。
「私はあなた方を忘れない。彼らが、彼女らが私を忘れないのと同じように」
今や聖国政権は完全に破綻している。
宰相ワイズが死去し、他の者たちもまた倒れ―――聖王の側近であったものたちはこの時をもっていなくなった。
無感情に見下ろす大司教の顔には何も映っていない様にさえ見えて。
「ふふ……、はは。はははっ」
「「……………」」
「知らない、覚えていない……だと? 忘れたと、本気で? ははは……。騎士も騎士なら、神官も神官、というわけだ」
「猊下……」
「時間はありません。侵入者は放っておくがいいでしょう、勝手に私たちの前に姿を現すはず。いずれにせよ、この国は生まれ変わる。あなたにも使徒としての力を授けましょう、アモン」
「はい、猊下」
「エポワールよ。魂を運ぶ神獣。死者に救済を。もう少し……、もう少し。都市を6つ、人を万人……。深淵の神、私に加護を授けたまえよ。そして、彼女を……ルクレツィアを」
男の呟きに応えるように、余震のように伝わる大地の揺れ。
地響きが全てに幕を引く終わりを呼ぶのは、まだ先の事だ。
◇
「あ、あの……姫さま?」
「しーー、です。隠密行動、というものを私は知らないのですが。この場合言葉は交わさないのが最善なのですよね? アルベリヒ様」
「あ、えぇ……それは間違いないんすがね」
そこ理解してるならもっとツッコむとこあるだろ。
長大な回廊をまるで凱旋のようにズンズンと進んでいく聖女さま。
続くように―――決して手を離さないように追従する俺ら氏二人、特に俺はこの展開に大きな戸惑いを見せていた。
いや、戸惑うわ普通。
「聞いてたか分からないんで一応何度でもいうんですがね? 姫様。俺の固有魔術ってのはあくまで姿が見えなくなるってだけで、相手が一定レベル以上の実力者の場合は隠形そのものを磨いとかないと見つけてくださいって言ってるようなもんなんすよ。気配でバレるんすよ。回廊のど真ん中歩くのとかマジ論外。おわかり?」
「ですが姿は見えていないのですよね?」
「わー、話が平行せーんです」
俺が言いたいのはつまり、この中央教会を警備する騎士たちはその多くが一定レベルを遥かに超える精鋭であるという事実。
剣の一斬で大岩を切り裂き、槍の一投で家屋を貫通させる強者ばかり。
幼少期から関わってて彼らの能力の高さを理解していない聖女ではないはずなんだが……、逆に慣れ過ぎて騎士の平均だと勘違いしてる可能性。
「違うのです。見つかる見つからないなど、立ち止まる理由にはなりません。民が呼んでいます。聖女であり、王族たる私が救わなくて、誰がそれを成せるのですか!!」
「あー、もうちょっと声を……」
「力がないからと、悲劇のヒロイン気取り……私の騎士が助けてくれる? 何を夢見がちな小娘のようにッ。今の私は恥ずかしくて母さまや婆やに顔向けができません!!」
「……おぉう」
「ちょっと鼓舞し過ぎました? 私」
鼓舞っつっても何があったらこうなるんだよ。
この姫様、やる気に富みすぎてやがる。
いや、ある意味では自他への怒りを原動力にしてるからこその空元気で、本調子ではない状態なのか?
しかも道中で話聞いてみたら、天銀の騎士本人にはあっさり無視された挙句「お前の泣いてるところが見たい」とか言われて帰られた……!?
現時点で計画ご破算確定じゃねえか。
んなの馬鹿貴族にどう説明しろって―――、クソッ。
「どけやッ、アマッ!!」
「きゃぁ!?」
「え? いきなり何ですかそのスタイリッシュ豹変不敬罪―――わぁ」
暴言交じりに姫さまと司祭さんを付き飛ばすと同時、回廊の向こう側から吹き飛んできた槍が全てを貫き進む。
壁にはド派手な穴が空き、亀裂の数々をうむ。
狙いも俺目掛け正確、そのうえ重厚な壁に投擲だけで大穴穿つとか、どんな筋力だっつんだよ。
「―――ちっ、星芒法衛か」
二人。
一人でも十分化け物な星芒法衛の騎士が二人。
今に武器を抜くまま、連携して躍りかかってくる。
対する俺は碌な武器なし。
間に合わせの、手の長さ程の鉄棒を振り回し銀に煌めく剣の連撃を往なす。
「三の段、流閃」
「風巻……、やるな。ならば……」
「―――ちぃ!?」
二、三と火花が散る中、斬撃の一閃で壁が砕け風圧で調度品が吹き飛ぶ。
正規軍、それもエリート中のエリートたちが振るう一流の武器だ。
鍛え上げられた業物にその辺で引き抜いた鉄棒が敵う道理もなく、得物は数合で変形、目算もう一、二回も受けりゃ切断されるだろう。
風圧だけで窓ガラスやら壁に亀裂が走る攻撃を素手で止めようとすりゃあっという間にミンチ確定だ。
―――マズいだろ、普通に。
「武器を失ったかッ、しかして加減など」
「らぁ!!」
「むぐ……ッッ!! ぬぅ……」
予想通りに武器が切断されると同時に何とか一人にタックルを入れ、もう一人には鮮やかに斬られた鉄棒を投げ槍のように放りバックステップ。
相手は至近距離でもしっかり回避―――頬を掠めて血が舞ったみたいだがピンピンしてら。
やっぱ街道に出るような盗賊やら町の喧嘩自慢なんざとはわけが違う。
流石に星芒法衛……一人一人のアベレージがクソ高ぇ……!
特殊な技こそ使ってこないものの、全ての技術が高水準、そのうえ連携も絶妙。
「ム……、当身を受けただけで骨が軋むとは……見事な膂力、そして機動」
「敵でさえなければ、我らの団に推薦状を書いても良かったぞ、男。”水霊法衣”」
目の前で水属性に連なる治癒が発動していく。
強力な魔力反応のままに術が練り上げられ、開いてやった傷口がゆっくりと塞がっていく。
―――奴らの特徴として、一人一人が白兵・魔術に隙がなく、更には高い練度で治癒魔術を行使できるって話は本当らしいな。
「っせーよ。守るべきもの放り出して諦めた連中が一丁前に騎士道気取って語ってんじゃねえ」
「そーだそーだぁ」
ところでマジで赤髪のあの子何なの?
現状目的がまるで見えてこねえけど命の恩人だから守らなきゃなんねー。
……さて、どうする。
敵は精鋭中の精鋭たる騎士が二人、碌な武器もない。
幸いなことに狙いはあくまで俺で、おにゃのこ二人にはまるで狙いを定めてないらしいが……どうする。
貴族みたいに考えろ、貴族みたいに考えろ……。
レイクさまなら―――。
「下手人よ。どこまでを理解しているかは問わん。だが、貴様は分かっておらんのだ。奴の……かの騎士がどれ程強大であるのかを」
「殿下をお守りするにはもはや従うしかない。吹けば飛ぶ騎士の矜持など、もはや我々には不要なれば。今度こそ、今回こそ守らねば。もう二度と……」
「どうでもいいわ、んなの」
「「!」」
貴族みたいに考えた結果、方針は決まりだ。
「殿下殿下って、そういやぁお前らの本来の任務ってこの女の警護だったな」
「馬鹿なッ!」
「きさまッ!!」
「アルベリヒさま―――、い、いたいですっ!?」
姫さまの首に手をまわして拘束、回した手で肩を強く掴む。
戦闘経験もない只の少女じゃ俺の腕力でも簡単、首の骨折るのだって一瞬だ。
「火事場泥棒も楽じゃねえんだ。どのみち逃げられねえなら、もう生かしておく意味もねえだろ。……ほら、速く俺さまを逃がせ。殺すぞ」
「い、いたい、です……。や、めて……」
「く、ぬ……」
「なんと卑劣な……ッ」
逃がす気なんかないだろうが、僅かに一瞬でも奴らの構えに綻びが出た。
今ッ。
床を蹴って足を振り回し、顔面へ回し蹴りをくれてやる。
「蹴り技―――!」
「愚かな、血迷ったか―――がッ!?」
騎士の額から鮮血が舞い、視界を奪う。
只の蹴り? 違うね。
靴は逃げるとき錆騎士にくれてやったゆえ今は裸足。
そして、指ってのは手だけにあるわけじゃーねえ。
「なんと……!」
「素足が刃の鋭さを―――」
「油断、慢心……」
只の蹴りに見せかけ、透明化させた果物ナイフを指に挟んでたんだよ、部屋にあったやつ。
俺みたいな凡人は意外性で戦うしかない。
使える全てを使えってのはどっちの師匠も共通して教えてくれてたことだ。
特にオウル師匠の方はこういう小手先の技術がヤバくてな。
勿論ヴァレット氏に教えてもらった、絶対執事の技じゃないエグ技術も―――。
「指ぬき」
「……ぐ、あ!?」
「武器借りるぞ―――深斬ッ!!」
武器を握ってた騎士の指を折り、硬直を利用して長剣を奪うままに腹を蹴って吹き飛ばす。
勢いのままもう一方の騎士へ全力で剣を振り抜き、これまたぶっ飛ばす。
「ぐ、ぉ……!!?」
「なんと、荒々しき……ッッ……がぁぁぁ!!?」
「流石に星芒法衛。ホント良い武器使ってらぁ」
壁に叩きつけられた奴らは瞬時に立ち上がろうとするものの、それよりずっと早く剣を叩きつけて足の骨を砕いてやった。
金属鎧じゃなく、あくまで布鎧だった故に可能なやり口。
本来、それでも奴らは戦うことは出来たんだろう。
が。
「リブラ……! アンバーシャ……!」
「「!」」
奴らが立ち上がるのを止める者がいた。
姫様に声かけられた途端、揃って定めを悟ったような顔しやがって―――いや、こりゃあ。
「セレスティン、殿下……」
「あなた達も私が護らねばならない民です。どうか、もう一度私と一緒に……」
「―――! 姫さま―――」
またしても姫さまと司祭さんを庇うようにして抱える。
とっさに出来たのはそれまでだったが―――今に身体が突き飛ばされたのを理解した。
それをやったのが騎士たちということも。
「殿下―――。国を、貴女の心を踏みにじったことに言い訳も、後悔もなしッ、全てはプリエールの存続のためにッ」
「しからば御免ッ! 我らの命、捧げよう―――そして名も知らぬ騎士よッ、必ず護れッ!!」
「貴公に六神の加護を―――」
付き飛ばされる中、フロア丸々が黒に飲まれた。
再び拓けた視界に映ったのは、すべてが風化し、崩れ落ちていく空間。
星芒法衛たちの姿は何処にもなく。
……おいおい。
こんな芸当が出来る奴なんざ、一人しか知らねーぞ。
「我……」
「七支卿、第五位。錆騎士ベール・リッチ」
……終わったかもな。
「おー。これは凄いですねー」
「―――ぁ。ぅ、ぁ……。貴方は……一体。深い悲哀、後悔、後悔、後悔後悔後悔―――、慟哭。何故貴方はそれほどの悲しみを……?」
二人も只ならぬ存在の雰囲気を理解したのか、姫様に至っては顔を蒼く狼狽させ。
放たれた言葉に奴は答えない。
ただ、壊れかけた人形みたくギチギチと歩を進めるだけだ。
いっかな一流の装備ったって武器持っただけじゃ奴には勝てない。
俺が時間を稼ぎ、二人を逃がす?
英雄的だな、無意味だ。
実力差は嫌って程知れてる。
それでも、立つしかない。
「よう。地獄から舞い戻ったぞ」
「全て、あの御方の、視たままに。全て、定めのままに―――ゆえに」
「アルベリヒさまっ」
「なんかやばそーじゃないですっ?」
奴が錆まみれでボロボロになった天銀製の長剣を動かす。
構えて、構え―――ギリギリと弓を引くように腰を絞り、後ろへと手をしならせる。
「二度目、だ。弱き、もの」
「ぅ……、お……!?」
「―――赤錆」
無理だ。
爆発的な力の奔流―――剣技だとか技術だとか、そういう次元じゃどうしようもない圧倒的な力の塊。
全てを灰燼に帰す斬撃嵐が俺たち三人へ向け襲い掛かり。
「ならば示そうッ、真なる守護のきらめきをッ!!」
盾―――。
金色の波動が煌めき、襲い掛かる錆の嵐を完全に防ぎ切った。
続き、俺たちの後方から一直線の銀閃が走り、錆騎士を後退させる。
「ぬぅ……! 凄まじき威力……! やはり、やはり何という埒外!」
「話には聞いていましたが、これが人の形を留めているという受け止めたくもない事実。厄災が鎧の中に押し込められていると言われれば信じてしまいそうになりますね」
一人は全身を鈍い金色の鎧で覆い、更に上から包み隠すように黒の外套で染めた大男。
もう一人は壮年の、しかし覇気に満ち満ちた長身の男。
「セルシオ……、セルシオ!!」
「お待たせいたしました、レディ。騎士セルシオ・レライト。御身の元に」
「その盟友ローグベルク。此度は真作たる天盾を携え参った。故あって助太刀しようぞ」
「わあ、あれお仲間さんですね? 格好いいですねー」
「……………」
俺いる?
帰っていいか?
「再び相まみえるこの時を待っていたぞ、錆騎士。そして―――くくく。やはり流石だな、ダインス卿。一番槍を譲ってしまうとは、不覚。が、共に戦えることを誇りに思おう」
「私からも、心よりの礼を。貴公の名はプリエールの未来に残るでしょう」
俺いる?
―――俺いる……!
◇
「あーー、騎士殿。本日はお日柄も良く」
「……………」
無言で剣に手を掛けるな。
「まあ、待ちたまえ。ここで会ったのも何かの縁、少しだけ語ろうではないか。そうだ、この場合「貴様! 侵入者だな……!」とかやってくるものじゃないのか? 普通は。よもやテンプレをご存じでない」
「―――侵入者、抵抗の意思ありと判断。有事ゆえこの場で処断する」
あ、やべぇ。
冗談も通じないお堅い手合いね、これだから騎士って生き物は。
ってか慎重に慎重を期して隠れながら行動してた筈なのにあっさり見つかるってどゆこと? 何で完全に気配消してんのに見つけてくんの? 化け物なの?
普通こういうのって兵士側が間抜けにやられる展開じゃないんだ。
正規軍ってことはこんなのがあと数十、或いは百とかの単位でいるってコト?
白布と青十字で構成された配色の布鎧を纏う騎士。
騎士にして神官たるプリエールの近衛、星芒法衛……。
聖国における正規軍の最高峰を成す存在として聞いていたが、何でそんな一人が僕の前に居るのか。
「……まぁ良い。降り掛かるならば」
奴が突っ込んでくる前に、だ。
はめていた左右の手袋同士を強く叩き合わせ、そのまま旅装の胸ポケットにハンケチのように忍ばせていたものを放る。
手袋同士からは廃屋のベッドを叩いたような煙が濛々と、放った紙からは旅装をはためかせるほどの風が。
「唄え、紡ぎの革。術式励起―――”送気流”」
「……! 四の段、風月」
流石に精鋭中の精鋭、すぐに看破してくるか。
風に乗って己の方へと舞い散る粉が何らかの毒であることを見切った騎士が瞬時に剣を薙ぎ、生じる圧倒的な風圧だけで風向きが逆流される。
おかしいでしょ。
魔術の風を武器の風圧だけではじき返すってお前―――。
「が……ッ」
で、僕はまともに吸い込むのだろう。
倒れるのだろう。
想像の通りの状況だ、終わった。
騎士は勝ち誇るでもなく、甲冑の靴を鳴らして歩み寄ってくる。
「ヶ……、か、カカ……」
「やはり毒か。愚か者め、そのようなものが通じる程―――」
「”偽典・地針”」
「ぬぅッ!」
掠めたが避けられたな。
騎士はそのまま回転を生かして刃を振るう。
「―――なぜ動けるかはわからぬ。が、貴様が只者でないのは理解した。ゆえにッ」
「……!」
「驕りなしッ、吾輩最高の一撃を以って貴様を斬―――、」
「外れ」
最高の一撃?
一撃の時点で論外だな。
「斬撃は見えずとも構えの角度と武器の長さで一定読める。読めるならば外せる」
一撃目さえ外せば生還できる。
帝国貴族……否、帝国に限らず僕たちのような護られる側の存在が教えられる一つの教訓、「一撃目は外せ」
たった一撃目だけでいい。
それさえ致命に至らなければ、生存率はグンと上がる。
「貴様―――やはり只の侵入者では」
「10年前」
「……!」
「貴様は後悔しているか。今、聖女を。再びの惨劇を繰り返す気か?」
「……。何者だ。何の故あって―――、う、ぬ」
……。
「何の故? あぁ、ない。気にしてくれるな、時間稼ぎだ」
「か……、ぁ……」
「口から出まかせ、見栄張り……貴族の常道。ともあれ、回ったな」
勘違いしてるようだが、粉塵は吹き散らせば解決じゃない。
ずっと大気中に舞うものだ。
そもそも屋内だぞ? 消滅するわけないだろう。
屋敷を掃除する際、角にゴミを寄せただけで「終わりました」なんぞ言いに行った日にはマリアに処されるぞ、君。
超強力な痺れ粉、少なくとも超人レベル程度なら効果があることは哀れアルベリヒで実験済み。
数日は動けないが特に死ぬわけじゃないから許してほしいところ。
「今の時世、流行り病は怖いもの。式典や場内警護での動きやすさ重視で布鎧も良いが、聖銀を見習い兜を付けておくことを勧める」
「ぐ……、か、から、が……。うご、しび、何故、き様……」
「わたし? 見ての通りのマスクがあるだろう」
皆さんご存じ、甘いマスクだがね。
「―――ふむ」
さっき床を転がったことで衣服に付いていた埃を払い落とす。
ところでどうしてこうなったのかを確認したいところだ。
果たして一体全体何がどうなってる……?
全部が全部、別行動を申し出た僕が悪いわけだが―――。
「……地震か」
―――まただ。
地響きの間隔は時間を増すほどに狭まってる。
明らかに一つ大きなものがやってくる前兆……、まさか、プリエール最大の都市、芸術の都たる聖都さえも瓦礫の山に沈めようってのか?
『おじさん―――』
あの都市のように……。
あの、燃え盛る……、ん? 燃え盛る、館―――女の子。
………。
『お兄さん―――、信じて、た』
『来てくれるって。私、信じてた……』
「……ッ、ぐ」
頭痛。
何だって今、あの夢が。
しかし増援の動きは明らかに遅く、数も少ない。
帝国軍本隊に対応すべく大多数の兵力は出払ってるみたいだな。
「好都合だ。術式励起―――”残響怨嗟”」
僕個人用に調整した新式スクロール……固有の魔力に反応して記された術が発動する仕組みのそれを使う。
この魔術は、建物自体に魔力のこもった特殊な振動を与えるもの。
活用法はいくつかあるけど。
「……こうして、こうか」
帰ってくる反響で大体の間取りを把握して簡単に書き記し、或いは爆弾とか罠を仕掛けやすそうな場所を模索してみたり。
やってることテロリスト。
あとで聖国から中央教会の立て直しに必要だって損害賠償を請求されても非常に困るな。
破壊活動は最小限に留めよう、そうしよう。
「現状の敵は星芒法衛とそれに準ずる兵士たち。そして、おそらく聖銀騎士団……と。そちらはギルソーン候が何とかしてくれると考え……」
「―――オウル」
「ここに」
「正直な話、だ。君はアインスベルクをどの程度の戦力として見ている」
或いは最終的に味方になるとしても、それまでは最大の障害になるだろうことは想像に難くない。
リスク評価は大事だが。
「正面からでは分が悪いかもしれない」
「……君でもか」
そこまでか。
人類最強戦力―――世界に12人しか存在しないS級冒険者の1人をして、だ。
「戦闘能力をつぶさに観察したわけではない。だが、只人の枠を超越した身体能力、そして魔術の効果を受け付けない天銀の鎧。真なる聖剣の使い手」
「……。トルキン三聖剣、水の聖剣ウェセラ」
聖剣と、魔剣……そして神器。
その多くは強力な魔術が刻印された武器や魔を祓う力が付与された武器の総称として語られるけど、世界に数多伝承される物語に出てくるような、真なる聖剣というものは別格。
ヴァレットに曰く……意思持つ厄災の具象。
中でも有名なのは、大陸の北東に位置する亜人国家トルキン匠国の初代地の聖女が打ち上げた伝説の三振りの聖剣。
火の聖剣イグニス、風の聖剣シュトゥルム、水の聖剣ウェセラ。
あまりに有名な話。
ギルソーン侯爵談でかの騎士がその深層となる力を解放しているのを見たということもあり、僕の中でアインスベルクの脅威度はS級。
まともに戦うのならば、やはり……。
「もしも天銀の騎士が聖剣の深奥を引き出せるというのならば―――およそ、軍勢ではまるで歯が立たないだろう」
「……そうか。侯爵には頑張ってもらわねば」
軍勢では歯が立たない。
味方に回った場合、それはむしろ好都合としてだ。
「貴方が命ずるのならば、私が殺そう」
「結果を焦るな」
狂犬かな。
「セルシオ卿、ローグベルク卿……、推定アルベリヒ。皆、優れた戦力。その彼らを超越する君。だが、最も鋭い刃であるからこそ使い時を誤るわけにはいかない。君という個で完結した存在にこそ私は言うのだ。仲間を信じてほしいと」
「―――。貴方の言葉に殉じよう。時がくれば命令しろ。あなたの敵は私が殺す」
「時に、あるじよ。先の無様に床に転がった演技が気になっていた。単に絨毯の真似がしたかった気分だったのなら謝罪するが、無様を晒すくらいなら何故敵を私にやらせなかった―――」
「話聞いてた?」
信じろって言ったよね。
もしかして信じてもらう「仲間」の中に僕って含まれてないの?




