第13話:あの鐘を鳴らすのはどなた
温もり。
暖かさ。
絶妙な温度のぬるま湯に身体全体、頭まで浸かってるような。
飲んだくれたクソ親父の……、農民同然の母親の、そりも合わねえ兄弟たちの。
それでも産んでくれた、受け入れ包み込んでくれた残酷な世界の。
全ての初めてを知った、産湯の中での温もりのような。
不快なものが完全に濾過された、誰もが忘れ誰もが知っていたはずの奥底の、原初の記憶がよみがえる。
大いなる、母なる海のような壮大で雄大な……。
「ぅ……、ぁ、あ……」
痛みがない。
死に体だった筈の身体に、僅かばかりの痛みも。
この不合理……生きてるのか? それともやはり死んでるのか? 俺は。
俺は、俺は。
「ぉ―――れ、は……」
「動かないで……ッ、ください!」
「……!」
「命は失われてないから、間に合うから……。絶対に―――助けますから!!」
おい、まさか。
「っぱり、天国……? 女神―――」
「生き死にの状況で面白い方ですねー」
と誰!?
死んでるのか生きてるのかも分からない中で、二人の女性……少女の顔が伺える。
一方はあくまで顔面ではなく、極薄のベールに覆われた顔の輪郭だが。
そういう店で身体洗われてるうちにまどろんだ?
否。
クリアになりつつある思考を回す。
そこは、一室。
明らかにアノール領領主館のそれより上等な部屋だが、なぜか床の絨毯には朱の染みが幾つも。
疑問に思うことはない、あれは俺のだ。
死ぬには十分の、おびただしい出血量だ。
で、こちらも疑問を挟む余地もない事実―――俺を対象に魔術らしき力を煌かせ働かせている灰色の髪の少女は【水の聖女】セレスティン・エアージェラス殿下。
最後の記憶で、俺は確かに彼女に出会ったのを思い出す。
ましてこんな超美少女を忘れるわけもない。
「ぅ、……くっ、うぅ……」
が、そんな少女の顔が苦悶に歪んでいる。
明らかに無理してる様子。
そもそも体に流れ込んでくる力は弱弱しく、殆どスッカラカンな器を無理にひっくり返して絞り出してるような。
確か、水の聖女の持つ特異の力は……癒し。
それが何だってこんな弱い?
冒険者時代に出会った中級クラスの術者だってもうちょっとマシな力があった記憶だ。
それに痛みはないとは言ったが、よくよく見た俺の身体は治ってなんかいなかった。
ぼんやり光ってこそいるが裂傷はそのまま、筋肉は見えてる。
単純に痛覚を遮断されてるだけ?
もしかして水の聖女ってのはそこまで力強くないのか?
それだとウチの領主の計画は……。
「―――セレスティン様。それ以上は。只でさえ死者を蘇らせようとしてほとんどの魔力を使っちゃったんです。それ以上消耗したら本当に取り返しのつかないことになっちゃいますよ?」
「良い!!」
……。
「目の前の、まだ助かる筈の命一つ救えないものが聖女などと呼ばれることは決して!!」
すぐに自分のクズ思考を呪った。
手が自由に動くのなら殴ってただろう。
ってか―――あの時の少女と同一人物、だよな?
俺がアノール領で会った時の彼女とはまるで様子が違う。
当時はもっとおどおどした感じの……、いわゆる、只の少女としての印象が残ってた。
確かにあの時も蒼い瞳には確かな覚悟こそあったが、ある種破滅的なものも同時に帯びていた彼女と今の彼女は性質がまるで違うらしく。
「私が癒す、私が助ける……。私は失ってなんかいなかったッ! 私が護りたいものは、まだなくなってなんかない!」
圧倒される気迫。
既に限界なんか超えてるはずの、一回り年下の少女がそれでもと戦う姿。
比べ、あの程度で倒れた自分のなんと情けないこと。
「―――もう。仕方がありませんねー」
「代わりますよ、セレスティン様」
「え……?」
「ちょっと揺れますよ。世界」
言葉通り、真実に目に映る全てが一瞬揺れたように思えた。
地震ではない。
赤髪の少女が聖女様を押しのけるように俺に触れ、ほんの一瞬、別世界が見えたような。
何かがあふれ出したように見えて、一瞬で消えた。
同時に赤髪の、聖女様より幼さの残るような彼女の姿が、全く別の―――幼子にも、老人にも、若者にも、もっと超然的な力の塊にも見えた。
魔力―――なのか?
「はい、おしまい」
「「……!!」」
そして、気付けばすべてが終わっていた。
俺の身体は傷だらけの死に体が嘘のように傷口がふさがり、かつてあった致命の痕跡は破れた衣服だけだった。
そして断言できる。
貴族に仕えてからは勿論、冒険者時代にさえこんな馬鹿げた回復魔術を使えた存在はいない。
それこそ、奥方様くらいの……。
いや、そもそも今のは魔術なのか?
「竜司祭様……。貴女は……」
「名乗った通りですよ。あなたが口にした名前が話せる全て―――っとと」
……!
クソが、クソがッ。
やーべぇ状況だ。
剣は―――失くしたんだったなァ畜生。
「うーん。どうしましょう。これ以上は越権行為に当たってしまうのですかねぇ? それとも、ここまでなら許される? さて、どういたしましょう」
「……俺が」
「いえ、私が。暴れず、そのまま寝ててください、騎士さん」
「お二人、とも? 何が―――、ひぃ!?」
蹴破られたように扉が開くのと、俺を抑えた赤髪の少女が指を振ったのはほぼ同時。
「セレスティン殿下!」
「ご無事ですか!」
雪崩れ込んでくる数人は、星芒法衛の騎士たち。
まぁ、先の俺と錆騎士が起こした騒ぎを受けて一応駆け付けた感じだろうが、恐らく奴らは敵方……、これは?
「皆さん慌てて、どうかしたんですー?」
「―――竜司祭殿。いえ、侵入者がこちらにやってきた可能性があるとのこと」
「しんにゅうしゃ……。そうなのです? 見ましたか? セレスさま」
「あ、え……あの、い、いえ……」
「ですです。早く出て行ってくれると助かりますね、まだお別れの途中なのです」
「「……………」」
疑問しかないだろ。
だって、俺が目のまえにいる。
会話をしている二人の少女はともかく、明らかな異物であるはずの俺を誰もが無視、更には血にまみれた絨毯の模様も無視。
明らかな不自然の惨状にも関わらず、衛士たちは疑問にも思わないかのようなそぶりで去っていく。
「あ、アルベリヒ、さま……。まだ動かれては……!」
「……………」
静止を振り切り立ち上がるまま、丸のまま飛ばされた扉を入口に付け直す。
一応な。
それで、後は……、あとは?
「あの……。聖女セレスティン、殿下? で、宜しいんですよね?」
「は、はい」
………。
聞きたいことは多かった。
取り敢えず状況、俺がここへ来てからの事、一緒に逃げないかっていう殺し文句―――。
その筈だったが。
「泣いてるん、ですか? ―――その。この、素敵なマダムは?」
「……………。私の、婆やです」
第一声の質問がこれなのは自分でも病気の域だ。
けど泣いてる女は幼女だろうが老婆だろうが放っておけねー。
この辺俺とルルは本当にどうしようもねー馬鹿だ。
「世話になったんしょうね……。俺にも祈らせてもらえますかね」
別れを告げるかのように手を組んで目を閉じる聖女様に倣い、俺も手を合わせた。
一応聞いてる。
恐らく、プリエールの宰相ワイズ。
行方不明ってのは聞いてたが遺体は回収されてたわけか。
で、先の騎士たちへの話を考えるに、別れの最中に空気読まずに入ってきたのが俺。
贖罪の意味も込め、棺桶の中で眠る老婦人に三人で並んで祈りをささげて。
三人。
……。
そういえばこの頭からベール被った赤髪の少女の事なーんも聞いてねえわ。
「あの、レディ」
「む……?」
「先の治癒、心から感謝します」
「良いんです良いんですよ。あなた、私の好きなタイプですから。帝国の騎士、アルベリヒさん」
来たか……?
いや、ないか。
そして何でおれの事知ってる。
「あーー、ちなみにどちら様で?」
「竜司祭様……。本教から派遣された審問官、アトラ教の最高司祭です」
「ほーー……ん? ドエライさま!?」
竜司祭、最高司祭……めっちゃ偉そうな謳い文句。
やーべえ、無礼な態度取ったか。
……ん?
アトラ教本教から派遣されてきた……?
「えーー、と。……本物でいらっしゃいますか?」
「どういう意味です?」
え、いや。
確かうちの領主とセルシオ卿が……。
『もし仮に、本教からの使者を名乗るものがこの国に訪れたとすれば……』
『或いは、使者を名乗る真っ赤な偽物のいずれかでしょうね』
ってやり取りがあったはず。
見た感じ、聖女様は完全に軟禁状態で、そのすぐ傍にいる外部からの来訪者を名乗る少女……。
先ほど見せた超情的な力、明らかに寄り添う姿勢。
外野から見た率直な感想としては、あまりに怪しい。
優しく心を開かせて最後に全てを奪うのは俺らクズ側の人間の常とう手段だ。
「私の顔に何かついてますか? 騎士さん」
「………あ、いえ」
分からん。
顔に付いてるってか顔がベールで見えんし―――ベールリッチ?
いや、ベールだし高給取りだろうが、あの野郎とは似ても似つかん。
もしこれがレイクさまなら超絶技巧☆貴族芸―――とか何とかを使って口元の表情や僅かな機微からこの少女の思惑を読み取ることも出来たのかもしれないが、残念なことに俺はさっぱりだ。
「あの、私からもおひとつ……。アルベリヒ様? 貴方さまがここにいらっしゃるということは……」
「はい。帝国はプリエールの内乱に介入しています。俺ら―――私共は」
「素の言葉遣いでいいですよ?」
そういうわけには。
あとでバカ殿に処される。
「コホン。簡潔に説明しますと私たち、ども? 帝国は、北部のギルソーン侯爵を筆頭に挙兵。聖国の民の保護を掲げ、動いてですいます。その……ワイズ殿の手引きもあり、私を含む少数は既にこの都市に潜入を。案内役としてセルシオ卿も一緒です」
「……! セルシオ……! よかった……」
胸をなでおろす聖女様。
高貴な出ってのは終局的に同じ雰囲気に行きつくのか、何処か奥方様と通ずるところがあるな。
ただこっちはまだ発展途上……。
「わた―――、はあ……。俺がここにいることが分かったなら。セレスティン様を見つけたことが分かったのなら、間違いなく主たちも動くでしょう。重ね、帝国軍の本隊ももうすぐ聖都へ着く予定で……」
安心の後にはまた不安が大多数を占めたのか、様々な心配が渦巻くような瞳を向けてくる彼女へ出来る限りの情報を渡す。
うちの軍は決して侵略が目的ではないという事。
近く起こるだろう決戦も、民間人は出来る限り助けるつもりという事。
そして、俺たちがここへやってきた作戦の核が他ならぬ貴女自身だと。
「天銀の騎士、ひいては聖銀騎士団の協力を得る為。何より、聖国の民を導くために。殿下の力が必要なんです」
「……私、は」
聖銀騎士団の名を出した時、彼女は一瞬怯んだような戸惑いを見せた。
だがすぐに自分を奮い立たせるように首を振って。
「ですが、どうやって私に出会えたことを外部に? アルベリヒさまは誰にも言わずに潜入を敢行されたのですよね?」
「警戒もされてるでしょうし、いま階下を通って帰るのは賢明ではないかもですねー。結界も範囲外ですし」
「それを言われると弱いっすがね。ま……合図は簡単でいい。それで、気付く」
「本当にですー?」
「絶対に。うちの領主はそういうところだけは切れるので。とはいえ、信号を送るアイテムは不足気味ゆえ……」
足を組み、腕を組み……上は組もうとしたところで一本しかねえが、ともかく考える。
学生時代、俺やルルシオはいつだってその背に続いていた。
眠たげで、常に余裕そうで―――あまりに眩しく、どこまでも純粋な野心に満ちた男。
生きて、生きあがいて、死ぬ。
当たり前の生を目的に生きる主の思考……何なら気付くか、気付いてくれるか。
「合図、目印……。うむぅ、爆発……、とかか?」
「何か物騒なこと言ってませんか?」
「あ、あの……。穏便にお願いできればと」
ねーよ、んな方法。
戦いに穏便があるなら戦争は起きちゃいねえ。
平和の鐘ってのは壊されるために―――。
「かね? 鐘!」
「「わ」」
「―――姫さん! そういえば教会の上にでっけーのがありまっしたね!?」
「ひ、ひめ……? えっと、は、はい。屋上に……」
そうだ。
鐘と言えば教会、教会と言えば鐘。
信仰の国家たるプリエールの中央教会ともなれば、ドデカいのがこの階のすぐ上にあったはずで。
とくれば。
「あの鐘を鳴らすのはどなた……と。一発で気付けよ……? 我が主」
◇
「約束の時刻だが……遅いな」
「恥ずかしながら、全くです。町の見回りで状況を確認するだけの簡単な任務に何を手間取っているのでしょうかね。セルシオ卿、アレは近くに居ますか?」
「いえ、感知した限りでは戻ってきてはいないようで。……何か、嫌な予感がします」
アルベリヒの馬鹿は何処に行った?
流石にここまで姿を見せないと、悪い女に騙されて身ぐるみはがされたとかの想像が入り込んでくるぞ。
「やむなし……もう暫し待って戻ってこないようなら手分けして探しますか? ―――とりあえずは風俗街を中心に当たってみるのがいいかと」
「「?」」
多分キレイどころに身体洗われて微睡んでるだろうさ。
帰ってきたらキツイ灸を据えてやろう。
『中々愉快な状況のようだな』
……。
よく漫画やアニメで司令官が声のみで命令を出してくる展開ってあるが、まさにそれだね。
向こうから連日のように繋げてくる通信。
アニメやドラマのように逆探知されないのか? と思うこともあるかもしれない。
けど、流石に聖都ともなれば高級品である通信機も使用してる場所は多いだろう。
周囲に何もない更地ならまだしも、多くの人々が生活する中で特定の魔力の流れをだけを傍受し追跡できるのなどレニカのような魔術師の頂点、天魔の位階に存在する例外中の例外だけだ。
「一昨日ぶりですね、ギルソーン候。こちらは元気いっぱいですが、そちらは?」
『上々だ。既に聖国の主要となる街道を封鎖、全速力でそちらへ向かってる。目算であと一日、といったところだ』
一日か、速いな。
ここしばらくの出来事としては、帝国が本気を出したの一言に尽きるだろう。
聖国亡命政府の喪失、食料の枯渇―――様々な事情を経て本来頼みにしていた数による面攻撃を捨てた彼らは500人にも満たない軍を駆り電光石火の進軍中。
それこそアルベリヒに偵察に行かせてる理由であるけど、ここ数日になり街中の様子が騒がしくなってきたのもその為。
ここにきて、ようやくプリエールの民たちは今までの噂が対岸の火事ではなかったということを分からされた状況だ。
『問題は、ここまで来てすら聖銀騎士団はおろか、碌な防衛線の構築すら見られないこと。よもや伯爵の言っていたことがこれ程の規模だとは思いませんでした』
『まっこと、背筋にうすら寒いものがある』
「奥方の殺気では?」
実際彼らの言う通り、もはやワルダックらは国を守ろうとすらしていないようにさえ見え。
帝国が一般市民に手を出さないだろうと高をくくってる? 違うね。
ワルダック派の狙いが国そのものを巻き込んだ何らかの儀式であることは明白……。
異界の者らはその副産物のようなものだろう。
「パーティーの立会人に過ぎぬ我々もまた渦中。当事者の一人。もはや救国か、壊滅かの二択です」
『ウルーシャに怒られる』
『怒られるで済めばいいですがね』
『総司令官が最前線で拠点の陥落を担った挙句、殿となって敵を食い止め、代償に足を失ったとあっては……』
『ひとまず離乳食は避けられぬでしょうな、グレイ様』
『黙れ貴様ら』
ギルソーン候、リアンレーブ伯爵、マレム子爵……。
この三人やってること僕とアルベリヒと同レベル。
もしかして帝国貴族のデフォルト? これ。
セルシオ卿も剣を磨く手を止めて苦笑いしてる。
『だが私に良い考えがある。この戦いが終わったら、先にアノール領へ行くというのはどうだ』
『数百人の観光客ぞろぞろで?』
『治してもらうわけですか』
「お断りしたいところで。只でさえ私も妻に怒られそうなのです」
親に見つかる前に何とか隠すってアレ。
片足を失った大貴族はどうしてもその事実を闇に葬りたいらしく。
しかし技術発展の著しい昨今とあっても、最先の技術でさえ欠損を癒すような力はない。
それを可能とするのは絵物語で語られるような最高位の薬か、治癒魔術に特化した最高位術士、或いは。
『聖女……。そういえばこの国にもいますね。ちょうど、あり得ざる癒しの力を持つ女性が』
『点と点が繋がったな』
あくまで狙いは武力制圧ではなく内乱の平定。
多くの派閥が混在する連合であるが、ほかならぬ司令部の考えは変わらない。
やがてプリエールを束ねる水の聖女を救出する形で事を収めれば治癒してもらえる可能性もあるかもね。
『あとは第四兵団……いや。司令官として、兵の犯した罪は私のものであるが、あれらの凶行をどれ程闇のままに葬れるかだな』
「『……………』」
「あー。ギルソーン候。私の隣にセルシオ卿が居るのをお忘れで?」
「良いのです、伯爵。―――ギルソーン侯爵。まだいう事を聞かないのですか? 血染めのバルゴー卿とやらは」
「恥ずかしい話だ、死海殿」
味方のやらかしを聖女、そして聖国中枢の人間に出来るだけ知られないようにことを収めたい。
しかしこの場に既に戦後の立て直しで中核になるだろうセルシオ卿がいる事実。
僕たちの会話の肝は帝国中央兵団の五大兵科についてで。
今回遠征に参加しているの星見の術士団【天弾部隊】ことハベルの光矢。
そして、途中参加の第四兵団【狩猟部隊】ことアルムの凶刃。
第四兵団は「狩猟」の名からも伺える、不安定な地域での戦闘や追撃などを主とする機動力に長けた兵団であり、その長である男は中央で功名と悪名を轟かす武闘派貴族。
帝国随一の女たらしとしても知られ、血染めっていう二つ名も残虐さと同時につまりそういう女性ばっかり狙ってるっていうちょっと人としてどうかと思う性癖の持ち主。
馬鹿なの? 初夜権とか創作の話じゃねーの?
ともあれ能力は確からしく、侯爵自身もここまでの進軍を支えたのが彼らの力でもあると認めてるらしい。
『必要以上の攻撃、占有地域での暴挙……』
『この分であれば、聖女を保護したとて味方内で一悶着ありそうな勢いですよ、えぇ。私も拳を抑えるのに必死です』
本当に意味が分からないんだけど、この期に及んで一枚岩じゃないってどうよ。
いざ攻め込むのはいいけど数の暴力で押されて包囲殲滅されるって時に同士討ちとか終わってる以外の何物でもないからね? やめてね?
『派閥違いゆえ、もはや私の言葉も深くは響かんだろう。バルゴーは継承権二位のマルグリット派にとっての大剣。意地でもねじ込んできたわけだからな』
そう言えば完全に忘れてたけど、帝国連合が発足した要因の一つは次期皇帝の継承権を持つ上位の継承者たちを神輿に掲げる貴族たちが皇太子に対抗するための実績作りの一環としての役割があったんだっけ。
ふたを開ければ中立派のギルソーンと田舎者のユスティーアが主権握っちゃったけど、今だ彼らは諦めておらず虎視眈々と手柄を狙ってるわけ。
本当に人間の欲っていうのはどうしようもないものだね。
まぁ……、僕もなんだけどさ。
………。
通信が切れるころ、僕も覚悟を決めて準備を始める。
無用の長物と思われた装備を鞄の底の底から引っ張り出す日が来るとはね。
「伯爵。それは?」
「少しばかり準備を、と」
広げた荷物を不思議そうに見ているセルシオ卿と、何処か懐かしそうに見物しているローグベルク卿。
二人の対極的な反応はまさに僕がやっていることへの理解度を示している。
「ぼろ布に偽装した強靭な皮衣、暗器、強壮薬その他……。まるで冒険者の装備であるな」
「えぇ―――、私に多くの事を教えてくれた執事は、元冒険者。幼少期からこのようなことは出来て当たり前であると教わった技術がありました……と、そこ触らないでください? 全て猛毒が染み込んでます」
「―――む」
「そもそも素手で触ってるのを見せないでください」
「失礼、手袋を」
「遅いです」
ちなみに手袋にも痺れ薬の粉末やら火薬やらが含まれてる。
追加で仕込み針、感圧罠、鉄扇、何より虎の子ユスティーア式スクロール。
軍に試験運用をさせ、性能面の脆弱性を潰しに潰した最新式だ。
その節はご苦労だったね、帝国兵諸君。
あとはオクスリと固有魔術の触媒少々。
堂々とした剣なんてない。
揃えたそれらは貴族の武器というにはあまりに姑息で、血生臭く、そして機能的。
疑いの余地なく「問答無用で殺しまーす」ってラインナップ。
「成程? 都市部に出回りかけていたという手配書の理由が知れますね」
「貴殿はまぎれもなく悪魔だ、伯爵」
「ははは……。無論、これらの装備を十全に扱えたとして、それですら私の能力はお二人には遠く及ばぬでしょう。それでも、私にはなさねばならぬことがありますから」
こんな面倒なことになるのならば、最初に出会ったあの時頼んでおくべきだったのだ。
今更だけど、やっぱりこの戦いに直接僕が同行する意味はそこまで大きくはなかった。
確かにギルソーン侯爵に頼まれたのは僕自身だけど、向こうだって僕自身が非戦闘者であることは重々理解していて、同行者から外れることも全然考えていただろう。
その上で、僕は断らなかった。
只の人気取り、ご機嫌稼ぎ? ……違う。
それがアノール領を治める者の責務だから? ……違う。
いや、本来であればそれが理由だと答えるべきだろうし、方々に耳触りの良い謳い文句として何度ものたまった。
けど実際は違うんだ。
「私も、セレスティン殿下に死なれては困る。彼女なら、或いは……私の妻の病を―――、!」
「これは……?」
「中央教会の鐘……。何故今?」
鐘の音。
澄んだように耳に届く、どこまでも大きな音色だった。
……。
セルシオ卿が言う通り、中央教会の鐘か。
潜入してこの方、一度も聞いた覚えはなかった筈だけど。
まさか、ワルダック派の……。
いや―――違う。
一定のリズム、ソレはまるで剣と剣が火花を散らすような―――戦いが起きているようなテンポ。
法則性のある鐘の音だった。
「セルシオ卿。あれが鳴ることはよくあるものなのか」
「いえ。そもそもあの鐘は式典の際にのみ鳴るもので、年に数度しか……」
「くく……ふふっ」
「どこの娼婦と戯れて鳴りものを鳴らしているのかと思えば、不可侵の淑女とは……。流石は我が騎士、女好きもここに極まれり、とでもいうべきでしょうか」
「伯爵?」
「騎士、とは……よもや」
「えぇ」
皆もやっただろう? 友達と秘密の暗号やサインを作って悪戯、とか。
今のリズムは剣と剣の接触……、すなわち突撃の狼煙だ。
―――いや、やってくれたな? アル。
本当にいつだって真にやるべきときはとことんやる男だよ、お前は。
「アルベリヒがセレスティン殿下を発見、恐らく保護したようです」
「「……!」」
「さて、我々もパーティーへお呼ばれする準備と参りましょうか」




