第10話:静けさの中で
「ワール……。将来って、何なんだろうね?」
「先の話? 考えても意味ないよ。ルクレツィア」
「……何でよ」
「だって全ては六神様の決めることだ。叡智の神ミルドレッド様は全てを知ってる。過去、未来……全てを。ミルドレッド様が観測した未来の中で、最も希望にあふれた世界を六神様が選ぶんだ。僕たちの行く末をね」
「でもさぁ? 全てを知ってることと変化を加えるかどうかは違うんじゃないかな」
「……ん?」
「それに、神様って本当に一人一人を見てるの? 何百万、何千万っているんだよ?」
「聖女候補がそれ言っちゃうんだ……」
「末席だから良いんですー。……ワールが私を守ってくれるのは 違うでしょ? その頭の傷だって。ワールが選んだことも、全部神様が決めてきたの? じゃあ、全部神様の意志で私たちの考えとは無関係なの?」
「それは―――あの」
「良いの。私が思うにね? とっくに神様は選んでくれるのをやめてると思う。見守ってくれてるだけで、私たち人間は自分で決めて生きてるの。きっとそう……。もう、世界は神様の手を離れてるの」
「それ、神託か何か?」
「ふふ。さぁ、どーでしょう」
「ね、ワール。私、聖女にはならないと思う。だから、その時は―――約束、ね?」
「……………」
「あぁ、約束だ。その時は二人で……」
………。
……………。
………。
……………。
「ルクレツィア……」
「私が君を取り戻すよ。君を愛していたのは断じてあの男じゃない。私だけだ。私こそが……、ルクレツィア……」
地上が神の手を離れたというのなら再び戻すだけ。
神が全てを定める、その世界に。
たった一時の休息、うたたねの中に在った安らぎに別れを告げた男はくるりと椅子を部屋の入口へと向け。
定刻通り、彼の前に入ってくる影があった。
「さぁ、報告を」
彼……大司教ワルダックの前に立つ、白布と青十字を基調とした騎士服を纏う男。
腰には制式武装たる天銀製の剣。
外敵から国家を守護する最強の使徒「聖銀騎士団」に並び称されるは聖国における近衛「星芒法衛」の騎士。
ワルダック派が中央を掌握した現状とあっては彼に忠誠を誓っている―――。
筈だったが。
「……………」
やってきた定期報告の騎士は、主たる大司教の言葉に答えない。
差し込む月明かり、そして照明の光に反射して煌めく白刃。
しかし。
たった一人、その刃の前に晒された大司教は欠片の動揺も見せない。
「ふぅむ……。てっきり聖礼は済んだものと。踏み絵に耐えてまで、まだ刃を抜こうとするものがいましたか。無駄なことですが。何故、あなた方騎士というものは―――」
「黙れ」
「分かりませんか? 騎士や英雄の時代は終わりです。人魔大戦とともに集結したのです。形骸化した騎士団、己が意思なき人形などこの国には」
「黙れ! 貴様が我らを語るなっ! 我らが敵はワルダック……貴様只一人。決して変わらぬ! 今度こそ、三度目こそ護るのだ!! その豚の如き醜く育った首―――、ぬぅ!?」
僅かな会話。
言では決して敵わないと抜き放った剣を振り上げたのち、下手人は気付く。
自らの背後に、既に音もなく立っている存在に。
「―――、おおおおぉぉ……!!」
振り返った彼は横薙ぎ一閃と白刃を繰り出す。
動きは速く、その行動と思考には何の間違いもなかった筈だった。
「ぐ、が!?」
「……無意味、無価値」
「き、さま……は! 錆、き……ぐぁぁ!!」
刃が相手の身体に届くより早く、間合いを詰めた存在に首根っこを掴まれる。
驚愕すべきはそこからだった。
掴まれた部分から騎士服が風化し崩れ、砂や塵のように朽ち果てる。
すぐに衣に包まれていた生の首が露わになり、同時に浸食は身体、そして握られている武器をも飲み込んでいく。
それは錆だった。
「法衛よ。貴方には何が見えていますか?」
「カ……、ぁ」
「この国の未来は? 神の意思は? 死に最も近い者よ。何が……?」
「………、え、て」
淡々と、粛々と。
この非現実を見ていた大司教ワルダックは既に抜け殻に近い下手人に問いかけ。
一時、下手人の瞳に鋭い光が戻った。
「見えているのは……、ッ。貴様らの、終わり……。今にッ、見ているッ。ぅ……ぁ! 貴様らを、ワイズ様が、セルシオ卿らが、必ずや殿下をお救いし、この国を解放す―――か……ぁぁ……」
意志が戻ったのも僅かに一瞬。
抵抗するように錆色の騎士に掴まっていた片腕が細く、筋肉が収縮し皮が垂れ下がる。
やがて力の抜けた手から剣の柄がすると抜け、床に落ちた。
皴の肌には黒斑が現れ、やがて眼窩が落ちくぼむようにして光を失う。
完全に命の火が消える。
その様子を沈黙に受け入れ瞳を閉じたのち、ようやく大司教ワルダックは来訪者へと口を開いた。
「さて。ベールリッチ卿。このような夜更けに如何されましたかな?」
「―――。中央に、賊が……入り込んでいる」
「存じておりますが」
ワルダックが眼前に転がる朽ちた残骸に目を向ける。
「反乱、勢力。こいつら、では、ない。これら、取るに足らぬ羽虫やネズミと一緒くたに定めていい、ものではない」
「フム……。では、久しく離れていたセルシオらが戻ってきたのでしょうか」
大司教の脳裏に浮かぶ、知己である愚直な騎士。
聖王の側近、星芒法衛の先代団長、そして今代聖女の教育係の一人でもあった男。
「今更何を、死海のセルシオ……ふふ。それもまた既に錆付いた名だ」
「さび……?」
「あぁ、いえ。偶然です」
「彼一人が戻ったところで、何の意味もない。星芒、聖銀……主勢力は既にほぼすべてがこちら側であり、招かれた御使いも。何より我らにはアインスベルクと―――ほかならぬ、大いなる七支卿のお二人が協力してくださっている」
「足元を掬われるは、一瞬。贄を集約すべき、深淵に捧げるべき我々の計画に大幅な遅れが、生じているのは、どうだ」
「―――。おかしな話です。いくつもの都市を沈め、既に数は足りている筈。にも拘らず副次的なものとして召喚できた御使いの数は明らかに少ない。本来であれば私は既に……いえ。そちらでも調査を? 彼らを動かしているのでしょうか」
「地上絵が、直接赴いた、が。今は警戒をすべき時」
「それほどの存在がこの国に?」
「取り戻したくば全てを捧げろ。深淵の神に」
大司教の問いに直接的な答えを見せることなく、気付けば騎士の姿は消えていた。
代わりに扉をノックする音だけがあり、それが直接的な関連性があったのかはともかく彼は再びの来訪者を迎え入れる。
「大司教猊下―――、……!! これは……」
「お気になさらず。それより報告をなさい」
「は、は……!」
「セレスティン殿下は竜司祭に心を許しつつあるようです。食事もまともに取るようになったと」
「ふふ……。そうですか、ソレは重畳。様子はどのような?」
「は、室内からは度々食事を急かす言葉が聞こえ、常に調理場が動くほどと……」
「ほう、……ほん?」
「ま、まぁ良いでしょう。今まで私がやった使用人を只の一人も受け入れなかったセレスティンが唯一受け入れたのがあの女なのは難しいところですが、それならば大いに利用価値があります」
ワルダックの頭に浮かぶ策。
あるいは最も互いの距離が近くなったところで、セレスティンの前で竜司祭を……と。
「ふふ……。楽しみが出来ましたね」
あの司祭はあくまで外部からの来訪者。
仮に、聖女が依存の傾向を見せたのならばそれはまた別の利用価値をうむ。
どのように扱おうと確実に実を取ることが出来る便利な存在なのだ、と。
思わぬ収穫に大司教ワルダックは静かにほくそ笑む。
………。
……………。
月明かりの元、全ての扉が閉ざされた回廊。
石畳を静かに行く錆色の騎士は何かを感じ立ったように城下―――聖都を囲う20メートル超の巨大な砦へと兜を動かす。
カチカチと音を立てる金属。
まるで鎧の中には何も存在してはいないかのように関節の可動域を超えた腕がしなり、古びた錆色の剣が鞘から濁った光を覗かせる。
「来るが、いい。光写すもの……。もう一人、の」
◇
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
「少し揺れるぞ、伯爵」
「揺れるってか墜ちてますがぁ!? ―――これはなんというスペクタクル!!」
「すぺく?」
「レイクさまテンション上がりすぎっす」
途轍もない風圧を受け続け、では次に襲い来るは間違いなくたたきつけるような衝撃の―――ッ。
いや……、ない?
巨漢の騎士に抱えられたままの状態だったのがいつしか解放された五体。
ごろりと地面を転がる中であおむけになり、夜空に浮かぶ六星が目に映る。
……街中か。
気付けば景色は光がまばらに存在する都市風景の只中で。
「おい、何だ今の音は!? 今何かが空から―――」
「おっと。眠れ」
「うが―――ぅ~ん」
暗闇の中、すぐに駆け寄ってきた警邏の衛士がセルシオ卿の手で倒れる。
手かざしただけで昏倒させたんだけど。
「くくっ。20メートル級の砦から飛び降りての潜入、成功であるな。……成功であるな?」
「問題ありませんよ、卿。水面の領域が捉えました。ここから半径500メートルほどに渡りさざ波ほどの混乱も起きていません」
「むむぅ……流石」
ずっと行動してて今更だけど、共にいるこの二人が途轍もない使い手であることは最早疑いようがないだろう。
ローグベルク卿の剛の力に、セルシオ卿の柔の力。
聖国の都であり、かの星芒法衛が守護する都市へ圧倒的なまでにスムーズな侵入を果たせたのは二人の活躍に依存し過ぎている。
で、勿論アルベリヒも技術はともかく潜入に向いた能力があるわけで。
役立たずは僕だけ、というわけ。
「……否、私は一般人寄りの能力構成であるゆえに、自然体でも目立たないという特性がある」
「顔が目立つっす」
イケメンで悪かったな。
いや、三人のような一芸はなくとも、僕には汎用性という力があるのだ。
「”消音” ……”路傍”、”霧中”―――”偽典・暗雲外套”」
「新式のスクロール技術に見たことがない様々な魔術……魔力の起こりもなく遮断系の魔術を重ね掛けと、便利なものではないですか」
「セルシオ卿のお力に比べてしまえば、お恥ずかしいものです」
道程では度々偽典魔術も触媒を付け替えて使った。
彼やローグベルク卿は僕のそれを単に便利な固有魔術として認識してくれているようだけど、前者なんかは宗教国家の人間として、人体に直接刻印を刻んでいるなどと知ったらどうなるのかは分からない。
少なくとも好感度が低い状態で暴露していいものではないだろう。
「ぜぃ……、ぜえ……」
「無理し過ぎです、主」
ちなみにこれだけで僕の体力は限界だ。
100メートルの全力ダッシュを三セットやったくらいの疲労。
あまりに弱すぎる。
「やれやれ。ようやく中央―――。冷たい大地に抱擁し木と添い寝する時間も終わり、と」
「伯爵がいつ帰りたいと騒ぎ出すかを賭けていたのだがな」
「まこと、建国以来の名家であり現代の大貴族らとも親交のあるような方が我々の野営についてきて自ら焚き付けを行うなどと、当初は思いもしませんでした」
言われたい放題。
けど、僕はどっちかっていうと彼ら側でね。
「私とて、幼き時より礼作法や審美眼の発達より余程も冒険に憧れたものですよ」
全部耄碌執事に習ったのさ。
手つかずの自然が多く残ったアノール領ではキャンプの場所に事欠かなくてね。
ともあれ僕が前線に出たりなんかしたら、それこそ一日経たずに死んじゃう、と。
ヴァレットに言われてきたし、自分でもそう思ってたのに。
「あれよあれよと、まさかここまで至ってしまうとは……セルシオ卿に感謝すべきですね。では、合流地点を」
「えぇ、こちらです」
最初にすべきことは分かってる。
彼は予め中央に残った反乱勢力―――レジスタンスと連絡を取り合っていた。
協力者は可能な限り多い方がいいんだ。
僕たち四人はやってきた足で聖都の中でも外周部に位置する裏路地に赴き。
「―――合言葉を」
「エポワール、今だ眠りて。しかして喚び起こさん」
………。
「これは、セルシオ指南役!」
「先生……! ご無事だったのですね!?」
「待たせてしまったな、皆」
迎え入れられる家屋、中々鍛えられてる様子の戦士たち。
やはりセルシオ卿は元近衛の長だっただけに尊敬を受けている様子で。
ここ、内装はいたって普通の家だけど、今に案内された二階には木箱に詰められた食料や束ねられた槍や剣などが所狭しと存在している。
少々埃が積もってるのは頂けないが、それだけ長くから準備していたのだろう。
「この方々が……」
「協力者だ。帝国のレイクアノール伯爵、その護衛騎士アルベリヒ殿、そして聖盾ローグベルク殿」
「「!」」
「やはり、あのローグベルク!」
「金色の騎士!」
………。
他国ではまだ僕はあんまりだな。
手配書云々でちょっとは期待してたのに。
「うむ、うむ……。目的が果たせたのなら連絡をすべきであろうか。伯爵」
「えぇ、セッティングを行います。少々お待ちを……」
で、着いたからと言ってすぐにお休みってわけにもいかないだろう。
むしろここからが勝負だと荷物を漁り、取り出した機器を色々といじくりまわしていく。
これで、僕は研究者として割とそこそこなつもりだ。
もしも帝国学院に大学院コースがあって、かつ領の跡継ぎとかじゃなかったのならその道に進んでも良かったんだけどね。
「これは―――よもや、通信機、ですか?」
「珍しいものを……」
「片割れは既にギルソーン侯爵が保有しています。本来であればあちらからの連絡をまつ予定でしたが、少しばかり繰り上げとなってしまったので、こちらから掛けましょう」
道中では不審な魔力反応を検知されないように使わなかったけど、数万人都市である聖都なら。
準備をしている後ろでは只の町人に扮装したレジスタンスが仲間たちへ飲み物を運んでくる。
色々あるみたいだけど上等な酒もあるな。
「さぁ、お疲れでしょう」
「聖国名産の潮酒をご用意いたしました」
「気が利くな。―――ローグベルク卿、ダインス卿。これが何かわかりますか」
「酒ぇ!」
「中々に強そうだな」
「まさに。これなるはエポワールの恵みアルゴー酒。エールポート海岸の上質な海藻を一度灰にし、そこから巨釜で―――」
人様が疲労を抑えて準備してるってのに。
聞いたことあるぞ、他国の王侯貴族をもてなす際にも供される名品中の銘酒じゃないか。
「もし。それほどの銘酒、まずは手を伸ばしにくいものに飲ませるが礼儀では?」
「あい、あい。ほーらレイクさまお口空けてー」
ぐび、ぐび……む、ほのかに香る潮の風味が中々。
かといって磯臭いというわけでもなく、まるで特上のひれ酒を飲んでいるような。
度数つええ―――……。
おいおいこの刺激は。
「肴に道中の出来事などもお話していただけるのですよね、セルシオ様」
「皆楽しみにしておりましたよ」
「はははっ、それに関しては私より代表者の伯爵が―――、伯爵?」
「……………」
やっられた。
どうやらあちらさんもこちらの思ってる以上にやれるらしい。
「アルベリヒ―――プランD」
「……。まじすか。せっかくの酒が……、勿体ねぇ。しかも男同士で夜にどったんばったんは―――ねえ!!」
「ぐぁ!?」
「「……ッ!?」」
白刃、ではなく鞘に納められたままの武器が振り抜かれる。
それは寸分たがわず手近なレジスタンスの腹に食い込み、昏倒。
「ダインス卿!? ―――ッ!」
「成程、な。……毒か」
お二人も超速理解してくれたな。
「くッ、やるぞ!!」
「「―――――」」
「まぎれもない最高位の使い手たちだ! 近づかず遠距離から消耗させろ!」
「火薬もあるゆえ火属性は用いるなッ!」
雪崩れ込んでくるレジスタンス。
彼らが僕らに敵意を持っているのは酔いかけの目にも明らか。
「ムゥン!! ”裂導鏡”」
「雲海天下」
「ぐ、が……ッ」
「これが……!?」
ローグベルク卿が盾を掲げると彼らが放った攻撃魔術の悉くが弾かれて虚空へと消え、セルシオ卿が宙を蹴りながら次々と刃を振るう。
レジスタンスたちも中々の使い手たちだろうけど、彼らも言うように途轍もない騎士らが敵だ。
相手が悪すぎるだろう。
一瞬の後、最後に立っていた男がローグベルク卿の盾によって吹き飛ばされて壁に激突、大きく空気を吐き出し崩れ落ちる。
「……、ぅ、く」
最後に吹き飛ばされたリーダー格の男はまだ意識があるな。
が、なまじ意識が残っているゆえに油断なきセルシオ卿が歩み寄る。
「……卿」
「止めないでください、伯爵。かつての仲間なればこそ、騎士の誇りを失った者たちに慈悲を―――」
「待ってください、セルシオ卿」
まだ何も聞いちゃいないじゃない。
それに、気になったことが幾つもあるんだ。
アルベリヒとローグベルク卿が彼を留めている間に適切な距離を保ちつつリーダーに歩み寄る。
「私は招き入れられてからずっと外部の様子を伺っていたが、来訪者もいなければ誰かが外へ出ていく反応もなかった。―――このことをまだ中央に知らせておらんな?」
「!」
彼らが既に寝返ってるというのなら、僕たちを迎え入れた段階でワルダック側へ報告を入れるのは当然だ。
ならばなぜ悠長に捕縛だけをしようとしたのか。
「迷いがあった。そういう事だろう」
元々弾いたり飛ばしたりしていただけで外傷はないので、徐々に意識を取り戻す者たち。
彼らにも状況が見えている筈で、しかし抵抗する者はいなかった。
既に観念、否……。
皆、僕が嫌いな顔をしている。
「全てを放り出し、諦めた者の顔……と。そうか。既に折れたのだな、諸君らは」
「「……………」」
「なぜお前たちが……」
「―――遅い。遅すぎたんです……セルシオ閣下。私たちは騎士として死んだも同じ。セレスティン殿下がワルダックの手に」
「……!!」
「26年前の悲劇も、10年前すらもッ! 我らは、何もできずッ……。そして三度目すら。ルクレツィア様の忘れ形見さえ守れなかった……!!」
ま、想定内ではある。
やはり水の聖女は中央に幽閉されているらしい。
とくれば。
「貴殿らがワルダックに従うのは人質ゆえか?」
「否。私たちは既に誇りすら失った。勝てぬと。あの化け物どもには絶対に抗えぬと、分かってしまった。心底恐れ、そして自ら剣を置いてしまった」
「折れてしまったのです。どのみち騎士として死ぬのなら、死んだのなら。叶わぬと分かっていてもせめて、最期はセルシオ様の手で……」
「どうか、どうかお切りください!!」
……死にたがり共め。
僕とて騎士っていうなんかかっこいい生き物に憧れたことは僕もあるし、前世も多分あるだろう。
けど、この生態だけは生涯理解できないだろう。
生きられるのに命を捨てる―――絶対に理解できないししたくもない、唾棄すべきものだ。
彼らの懇願をどうとったか。
同じ騎士という生き物であるセルシオ卿は既に抜いていた剣を収めてしまう。
「セルシオさま……?」
「―――。只の臣民を斬るのは騎士のすべきことではない。私たちは宿に困り、住民に無理を言い部屋を借りた。ならば夜が明ける前にここを去るのみだ。一杯の水、感謝する」
………。
そこが落としどころか。
僕らの予想に反し、既に聖都の反乱勢力は息してないという事。
それを知れただけで十分。
この牙を抜かれた腑抜けさんたちは只の町人として暮らしていく―――それをほかならぬ彼が決めたのなら、部外者が口を出す必要もないな。
「化け物―――うむッ、錆騎士もここにいるということであるな!!」
「どこまで骨髄?」
「そもそも化け物イコールの方程式が成り立つのか?」
さて。
最も頼みにしていた拠点が潰れたからと言って、暫し逃げ隠れる以上セーフハウスの一つは絶対に必要。
しかし、宿をとってパーリナイというわけにもいかない。
一般人にまぎれる中で、僕たちはあまりに目立ちすぎるから。
「止む負えませんね。こんなこともあろうかと第二セーフハウスの案を考えておきましたので、そちらへ参りましょう」
「む……?」
「伯爵?」
「こんなことあるんすか?」
えーーと、確か胸ポケットの……。
いや尻ポケット―――外套の裏っ側だったか?
「これだ」
「「……………」」
「アリアナ・グエーラ……。レイクさま? これは何処の娼館のカワイ子ちゃんの名刺……」
「行くか阿呆。木を隠すなら、と。以前、リーアニュクス商会の女商人に貰った名刺だ」
緑髪でキンキン声の女商人から、幕僚会議の折にね。
貰った名刺は二種類で、一つは帝国内部に構えた新支部の一覧。
もう一つは聖国に存在していた旧拠点。
「話の上では夜逃げしたと言っていたが、調べたらこれが良いアタリ。戦時中ゆえ検分や立ち入りの暇もなかったらしく、実際使われていないまま放置されていたというわけだ」
「調べたって……。つい今しがた都市へ侵入したばかりの筈なのですが」
「ははは」
ここ最近仲間の目が信頼から得体のしれないものを見るモノへ替わりつつある悲しみ。
重ね、得体のしれない男評が定着しつつあるな。
無論これは都市に侵入してすぐ別行動をとってもらった黒刃さんのお仕事。
隠し拠点はあって困ることはないからと思って内見しに行ってもらってたが、まさかすーぐ使うことになるとは。
『トホホ……といった所でしょうかな、坊ちゃま』
「ガッデム」
「「?」」
頭の中の耄碌爺がうるさいな。
まるで梯子酒をするがごとく、何件目かの店を探すがごとく、元レジスタンスの隠れ家を出た僕たち四人は手探りの宵闇の中を歩いていくことになった。




