第6話:共催貴族
ガッデム……、ガッデム……!
どうして僕の計画ってものはいつもうまくいかないことばっかりなんだ……!!
当初の予定ではもっと悠々と余裕をもって、馬車中でゴロゴロしながら前線に向かうはずだったのに、それが何で汗だくで馬の背に跨ってお尻を痛くしなきゃいけないのさッ。
「これだから直乗りは嫌なのだ。尻の皮が剥ける」
「レイクさま、早馬ん時くらい格好つけるのやめてくれませんかね! 危なっかしくて……!」
「急ぎだ、黙ってろ」
何を言う、むしろ乗馬の時こそ男は格好つけたいものだろう。
腰を反って胸を張る―――けど風の抵抗強すぎて体痛いしケツ痛し。
あとさも常識人気取ってるけど全力疾走してるセフィーロ産の改良駿馬と何時間も並走してるお前が一番何なんだよ、アルベリヒ。
いい加減普通に人間辞めてるぞ。
「見えたっ!」
遠目に伺えるは帝国の軍が駐屯しているという小都市。
が、やはり聞いていた通り堅牢というわけでもなさそうだな。
作戦とはいえ先の戦いで重要拠点を失ったから少し前線を下げたという話で、以前より守りの質は落ちてしまっているように見える。
「レイクさま! あれを……!」
「―――。よもや……」
見えてきた陣へ向かう中、嫌でも目に飛び込んだのは一般に言う風景。
特に猟奇的な光景が飛び込んできたわけでもなければ、目を覆いたくなるような何かがあったわけではない。
都市から襲撃の煙が上がっていたというわけでもない。
或いは、それがずっと以前からそのようなものという認識だったら気にも留めなかっただろう。
「壮観だな……。あの都市の最寄りにはこんな名所があったのか?」
「いいえ、断じて。聞いたことごぜーません」
それは、渓谷を思わせる巨大な大地の裂け目。
数キロ、どころか見渡せないレベルの範囲で地上を二分する巨大な地割れ。
深さもまた見下ろせないほどだ。
ここから落ちれば、常人であればまず即死は免れないだろうという深度の。
「まこと、一体何が……」
こんなもの、一流の術士が軍団規模で地属性魔術を行使しても出来るようなもんじゃないぞ。
それこそレニカでも難しい―――、筈、多分、きっと。
ある程度の報告は受けていたが、両軍の衝突という話を聞いてから僅かな間に余程大きな波乱があったらしいな。
「そこの者たち、名乗られよ。汝らは何者か!」
「帝国アノール領領主レイクアノール! ギルソーン侯爵からの要請により前線へ参った。門を開けられよ!」
「「!」」
「へい、かいもんかいもーん」
「黙れ」
様々な感情を抱えつつ馬を走らせる中で拠点からの声に応じる。
既にアポは取ってるから向こうの対応も早いもので。
「ユスティーア伯爵がご到着いたしました!」
歓迎を受けつつ都市中に迎え入れられる。
殺風景だった道中とは打って変わり、拠点内部は賑やかなもの。
地方都市特有の不規則に並んだ石製の家屋、円形の砦に囲まれた中規模の都市―――聞いていた人口も万には到底届かないだろう。
元々聖国に属する都市だったが、現在では住民との共生(半ば強制)によって帝国軍が駐屯しているわけだね。
「はえー。あーれも帝国の貴族様か。垢ぬけてんなァ」
「ハンサムで素敵な方だなぁ」
「おい、あの兄さん片腕……」
「見んな見んな。無礼ぞ」
「帝国の騎士様かぁ。こえー顔だなー」
侵略された国、そして侵略側の軍というのは最悪の相性。
国からの褒章だけではやっていけない一般兵などが侵略地から物品を強奪、婦女を襲うのは一つの当たり前という話は物語でよく聞くけど、今回の帝国の目的とほかならぬギルソーン侯爵統治下ではそんな心配は皆無に近いらしい。
住民らしきものたちの間抜けた反応でわかる。
「レイクさまレイクさま。ハベルの光矢ですよ……! マジモンの中央兵団ですよ!」
「あぁ、そうだな」
ええ~!?
どれどれ? 見たい見たい。
兵卒の護衛を受けつつ都市を行く中で目に入る様々な種別の人影。
中でもひと際異彩を放つのは全身を深い青のローブに身を包んだ集団。
統制の取れた様子で砦の上を行き来する、或いは家屋の上で都市全体を見張っている様子の者たちだ。
数は50あまり。
ローブの紋章、或いは掲げる旗は十字星とその中心に位置する瞳の意匠。
彼らが中央政府の誇る五大兵科の第四、最精鋭の魔術師集団である天弾部隊……かっけー。
「……! マレム子爵?」
「あぁ、伯爵。君か。よく来てくれたね」
案内された先の広場で焚火を囲む兵士たちに紛れ込んでいた武闘派貴族を発見。
ギルソーン侯爵の側近の一人でもある彼はひどく疲れた様子だけど、共に火を囲んでいたプリエール人らしき者たちへ会釈をして抜けてくる。
プリエール人……二人の御仁がこちらに軽く会釈してきたので返す。
一人は老齢に差し掛かる女性、もう一人は30代頃の男。
共に振る舞いからかなり社会的地位のある人物らと判断。
こことほか地方の領主とかかな?
「―――彼らは?」
「プリエール中央政府の人間たちだよ。女性が宰相のワイズさまで、あっちの男性が近衛のセルシオ卿」
え、どちらも重要人物じゃないか。
特にプリエールのワイズ宰相と言えば相当な切れ者と聞く女傑……既に帝国と接触していたのか。
「元々彼らがこの都市を拠点として中央への反乱を企てていてね。今は協力関係を結んでいるというわけだ。本当にしたたかな女性だよ」
「熱のこもった口調で大方の事情が見えてきました。時に、侯爵閣下の容体は如何ですか」
「―――。それを私の口から語ることはとてもできない。実際に本人に会うのが良いだろう」
「そう、ですか……」
彼に案内された家の扉を暗鬱なくぐる。
マレム子爵が共に入ってこないことを見るに、どうやら本当に。
「む……財布か」
………。
え、元気。
余程の重体でベッドの上に寝てるかと思えば戦略地図の広げられたテーブルの向こうで優雅にティータイムと洒落こんでるし。
「……。冗談を言うだけの元気があるようで安心しましたよ。お久しぶりです、侯爵。リアンレーブ伯爵も、お疲れ様です」
「もっと言ってくれ、ユスティーア伯。これの相手は疲れるのだ。司令官というのはわがままでいかん」
これまたひどく疲れた様子のリアンレーブ伯爵。
ギルソーン伯爵の最側近でもある武闘派貴族は愚痴もそこそこに、僕の後ろに控えるアルベリヒと同じくぴたりと侯爵の後ろへ回る。
「ふん、皆少し誇張しすぎて敵わんな。私が少し負傷するのが余程も珍しいらしい」
「欠損を少しの負傷とと取るかは諸説あります。しかし、四名家の当主でありながら帝国最強の使い手の一人、稀代の戦略家でもある貴方が不覚を取るなど、誰が想像できましょう」
「褒めるな褒めるな」
が、よくよく見ればかなりひどい。
僕に勝るとも劣らぬ美形の顔には幾本もの太い傷が走り、時折果物を摘まむその手には神経の損傷か震えが混じる。
その上最も明瞭なのはアルベリヒの足バージョン。
「しかし、その足は……」
「不覚を取ってな。妻に叱られる」
「叱られるだけで済むのですか」
「あぁ、いや、少しばかり盛った。おそらくおくるみに包まれ暫し離乳食で晩餐会を飾ることになるだろう」
「はははは……、ソレはとても素敵な冗談―――」
「……………」
………。
あ、ガチだ。
大貴族の闇を垣間見た。
「コホン。噂に聞く通りの夫婦仲でとてもよろしいかと。しかし、我が領もそう変わりはありませんよ。もし私が同じ状況になった場合、ひとまず地下牢に放り込まれます。勿論鎖付き」
「はっはっは! それは豪儀だ……!」
「……………」
「はっはっは―――はは……、はは……」
………。
「……。ガチ?」
「さて。お聞かせいただけますか? 何があったのかを」
「どちらかというと君の屋敷で何があったのかを―――」
「侯爵」
「う、うむ」
どうしてか互いの家庭事情を暴露しあったのち、彼は手近な水差しから中身を注ぎ一息に呷ると、僕にも果物を勧めて天井を見上げる。
「情報の早い君なら既に聞いているはずだが、我々は聖銀騎士団を含む諸侯連合と衝突し、一時の退却をしていた」
「えぇ。守られるべき総司令官にも関わらずマレム子爵、リアンレーブ伯爵を含めた三者で敵軍の長相手に大立ち回りをした御方がいたと」
「それよ。かの騎士はまことに強かった……。おそらくは、我が姉にも近しい実力者だ」
ギルソーン侯爵の姉君……エルソニア・ギルソーンだな。
通称【赫焔眼】ソニア。
大陸ギルドに登録された12人の最上位冒険者の一人……大戦にも参加した英傑。
外ならぬ実弟が言うなら間違いはないか。
天銀の騎士とは、それほど……。
ならばやはり。
「だが、問題は騎士にあらずよ。退却から数日と経ってはいなかった。襲い来る強襲もなく、既に窮地は脱したとそう思っていた。そしてその考えは一定正しく、ある種誤りでもあった。協力者……聖国政府の人間たちの助言によりこの都市を目指した我々だったが……」
………。
「殺せ!! 誰が一番多くやれるか競争だ!」
「―――あ、おいッ」
「ずるーい! 一人だけ先に飛び出してーー」
………。
「若い声だった。男も、女もいた。右翼から悲鳴が上がり、それから幾ばくも経っていなかっただろう。大地が砕かれ、巨大な火の手が上がり、軍はすぐに戦闘の形態へと移行したが既に兵たちは浮足立ってしまっていた。敵軍の影が見えなかったというのも大きかっただろう」
敵が見えなかった、と。
帝国において軍団指揮でもトップクラスである彼と、大規模な長距離索敵も可能である天弾部隊。
双方が確認してそう断じたのだから間違いはない、読んで字のごとくだろう。
ごく少数、そしてそれほどの手練れだったと。
「そこからだ。地は幾度も裂け、天弾部隊の放った魔弾は姿を変え我らに襲い掛かる。同時にどこからともなく飛来した鋼鉄の鏃が数千と降り注いだ……」
「そうだ。私が知る通常の攻撃魔術とも似て非なる力。敵は異能とも呼べる力を行使したのだと。そう理解した」
「………!」
「逃げおおせることもできただろう。だが、ここで退けば振出しも同じ。何より既にこの都市には間近に迫った状況。軍人である前に領を持つ一人の貴族として、平穏に生きていたものたちを見捨てるという非情を私は取れなかったのだ」
「………。やはり敵の狙いは……」
「それゆえ、襲撃者のうち一人を何とか殺した」
ん?
「私が狙ったのはまさに天弾部隊の魔術、その主導権を簒奪した埒外の力を行使した術者。無論、守りは固く……だからこそ私も己が全霊を賭した」
「あ、いえあの……」
「敵の撤退と同時に不覚も取ってしまったがな。私の剣が相手を切り裂き燃やし尽くしたのと同時、他の異能者が我が足を斬り飛ばす―――結果、痛み分けというわけだ」
アルベリヒの目がキラキラだ。
ってかその絶望的な状況で逆に相手方の一人討ち取ることってあるんだ。
「リアン。伯爵により詳しく」
「全体の話を統合した限り、僅かに数人……多くとも10はいないはずだ、ユスティーア伯爵。一人は大規模な地形改変。一人は我らの魔術、その主導権を簒奪する力。一人はある種私に近い、金属操作……しかし規模が桁違いの者。確実なのはその三者だ。君ならばどう見る?」
「……魔術の主導権を奪うなど、物語の中ですらほとんど見たこともありません」
「それこそ、異界の勇者―――」
いや、あり得ない話だ。
異界の勇者召喚というのは、百年周期で大陸極西に存在するアトラ教総本山の国によって行われる。
暴走もまず考えられない。
さらに言えばその仕組みは人智をはるかに超克しており、数千年前に存在した現代をはるかに上回る文明技術でも解明不可能とされた神の遺産だ。
一個人はおろか、現代技術を結集した所で再現などどだい不可能。
「あり得ない―――。……本来であれば私はそういったでしょうね。しかし、類似の話をここしばらくで耳にしています。異界の者、と」
「うむ」
「実のところ少し前、私自身も異界の者と思わしき青年と出会ったことがあるのです」
彼らへ先の一件のいきさつを話す。
無論、間に挟まった半妖精やらレヴァンガード侯爵関係の厄ネタやらを濁し、ある地方都市での一件として。
「己の妻、何より貴族としての名誉を侮辱されたに等しいな、ソレは。腹立たしい話だ。私なら迷わず牢に放り込む。よく我慢したなキミは」
「まこと、我が細剣と焔の錆にしてやっても生ぬるい世間知らずよ」
「お二人の線引きが迷子です」
気安いのか誇り高いのかどっちなんです貴方ら。
怒るところよく分からん。
「ともあれ、彼もまた普通ではない力を持っていたのは確かです。都市中ゆえに使わなかったのか、或いは大規模な能力ではなかったのか。ともあれ命拾いしたのかもしれませんね、私は」
「かもしれないな」
「そして、今回の襲撃……。その者ら本来の狙いは帝国軍ではなく、この都市―――ひいては都市に身を寄せている聖国の重鎮たちの捕縛だったのでしょう? 侯爵たちがここへ来ることになったのは彼らの手引きだったと伺いましたが、やはり?」
「うむ。ワイズらはそれを利用せしめたわけだ。素晴らしき戦略眼だな、はっはっは!!」
「グレイ様、ここ怒るところです」
一緒に笑っていいのか反応に困るからやめて。
護衛の人たち困ってんじゃん。
先の宰相……ワイズさんってのはどうやら中々食えない女性らしい。
まさか、半ば亡命中でほとんど力を持ってないにもかかわらずそれでも帝国軍を利用せしめたわけだ。
「まぎれもない女傑さ、彼女は。帝国にとって自分らに利用価値があると判断したうえで、事実として帝国の主力による己らの庇護とこの都市の安全、その双方をもぎ取ったのだからな」
この人もこの人だ。
リアンレーブ伯爵の言う通り、利用されたことに気付いて逆上しても良いし激情に身を任せて処刑しても自然だった。
にも関わらずこれだ。
自身も足の欠損という重大なけがを負った大貴族の反応としてはあまりに埒外過ぎて逆に感心する。
これが英雄グレイソーン……。
「ところで伯爵。君の奥方は欠損すら治癒するという噂が独り歩きしているらしいが」
「あ、ソレ狙いでしたかやはり」
やけに落ち着いてるやっぱ理由それね。
「フェンリック……。娘からな、彼女の話は幾度も聞いたことがあるのだ。理解の追いつかぬ才媛とな。元よりオクターヴの姫君……認知はしていたが、よもや勇者として選ばれるほどだとは。早い話が治してもらいに会ってみたいのだが、良いか」
「では、戦争の終わるころに。正直な話、彼女の力に関して私は只幸運に乗っかるばかりですよ」
「さて、な。彼女がその力に目覚めたのは君との結婚式の最中だったというじゃないか。過去の勇者の伝承では、その多くは15歳、成人を迎えると同時に力を授かっている。なぜ彼女はそうではなかったのか……。君こそ、その鍵なのではないか。より単純な話をするならば、君がいたからこそ、彼女はそこに至ったのではないか?」
「面白い考察ですね」
僕だってどうしてマリーなのかは分からない。
あんな厄ネタの力、もし今からでも他の者へ移譲できるというのなら……。
「ただ、私は一途な男です。彼女が勇者であろうとなかろうと、そもそも知る前に誓い合ったのですから。何があろうと守りますよ。侯爵とギルソーン夫人との関係と同じくです」
「ふふ……やはり君とは他人の気がしないな、伯爵」
「実は私も薄々感じていました」
もしかして似た者同士か? 僕ら。
彼もまた妻を一人しかとっていない大貴族として有名だ。
確か、許嫁と政略結婚させられそうになったから結婚式の最中に共に逃げ出して、元からの仲間たちと大陸を旅した―――とか。
有名な物語だけど、これが帝国内でも知れた叙述トリックの一つ。
そもそも彼が政略結婚させられそうになった相手がその奥さんなのだし、結婚式もその奥さんとのものだし。
逃げ出す理由もないのに飛び出した変人大貴族が彼、今日のギルソーン侯爵なのだ。
「さて―――足が治る算段も付いたところで、役者は揃いつつある。彼ら政府の協力を得て、私たちがこの都市より中立を保持した者たちの尻を蹴り上げる。のち、我々は追加の兵との合流、本格的に聖国の中央掌握へと動き出す。計画はそのままに、な」
「こちらの役割は少数による中央での破壊工作ですね」
これは一般兵には知らされていない作戦だ。
そして僕もその少数側に入ってる。
全体の指揮として送られる結果になったのは様々な暗殺などの危機から生還した能力の高さを評価して、との事らしい。
つまり最高に名誉で最悪なガッデムってことだ。
「協力者は他にも複数いる。早ければ数日中にも到着するだろう。君の準備はどうだ。領への忘れ物は?」
「問題なく。ここからはただ侯爵の共犯者として動くだけです」
「頼もしい連合だ」
我ら恐妻連合ってね。
「そうだ、財布係殿。連合と言えば、だ。我らの協力者ではないが、既に教会の者らも動いているらしい」
「アトラ教ですか。それはまた、重い腰が……」
「ワルダック大司教も追い込まれているわけだ。迅速に国内情勢を戻せなければアトラ教の本格的な介入にも発展しうる、とな。今回は中央へ数人の使者が入っただけとは聞くが……」
「彼らにも時間がない。我らとて同じです」
やがては世論の顰蹙を買う。
帝国は隣国の救援として動いてるのではなく、強硬策に出てでも国土を広げたいだけなのだ、と。
「だからこそ時間はかけられません。約束もありますので」
「……中央への潜入に当たり、君にも秘策があるのだと聞いているが。それについて聞いてもいいか」
……。
彼個人なら、良いか。
「人払いをお願いいたします」
「伯爵、私は」
「リアンもダメか?」
「侯爵おひとりだけにならば。重ね、他言一切無用の誓いも立てていただきます」
「ム……。リアン、外」
「それほどまでの機密ということか。では……」
あっさりと側近を追い出すもんだ。
護衛のいない間に僕が侯爵の命を狙う可能性だって―――いや、なーんのメリットもないか。
今そんなことをして特になるようなことはたった一つもありはしない。
やがて部屋の中には僕とアルベリヒ、侯爵だけが残り。
「………。当ててみようか?」
「どうぞ」
「レニカ・アーシュだ」
「限りなく正解に近いですね」
友人同士の世間話じゃねーんだよ。
気安過ぎないかな、この侯爵。
軽いっていうか……足なくしたばっかでどうしてこんなに余裕なのか、これが分からない。
後あからさまに残念そうなのは頂けない。
「気を確かに。限りなく正解、と言いましたよ」
「ならば、それは―――」
「……ッ!!」
気を確かにとも言ったよね。
ほんの一瞬、僕も背後から放たれた濃密な死を感じた。
本当の殺気っていうのは声を出すことも出来ないほど鋭く、そして冷たいんだ。
「―――。……よもや」
「ギルソーン侯爵ならば信頼できる。そう判断したからこそ紹介いたしました。私の刃を。しかし、なんと申しますか、彼、或いは彼女はシャイでして。人前に姿を現すのは最低限にとどめているのです」
「……。娘に会ったらしいな」
……?
「えぇ。少し前になりますが、会議の折に」
「いい子だと思わないか。器量も良く、実直で、そして無垢だ。今なら好きに染められるぞ」
自信ありげに顔をズズイと近づけてくる美形大貴族。
最近モテ期だな。
それもこれも全部僕の顔がよすぎるのが悪い―――わけでもないらしい。
こういうところでやはり彼も貴族なんだな。
「では、その件はまた戦争の後に。して、如何でした? 私の秘策は」
「……確かにこれは秘策、切り札だ。特にこれからの任においては、な」
「君は途轍もないジョーカーを持っていたわけだ、友よ」
「だから近いです、顔も距離感も」




