第5話:情勢を動かす
「蝋剣―――天山裂咲ッ!!」
「海鳴」
両軍にとって初めての邂逅であった帝国先遣隊の壊滅から月日が流れ弐の月も末。
帝国軍と聖銀騎士団を中心とする聖国の戦いは留まることなく一層の熾烈を極めた。
数に劣りながらもまるで自国の砦を使い捨てにするかのような見切りの撤退戦を続ける敵方に対し、膨大な兵力で追う帝国は補給線の維持に多くの労を割き、本来であれば隙とも言えない戦線の僅かな緩みを衝かれ、今回強襲を受けた形。
結果かつてない大きな戦いへと発展。
開戦以来、初めて両国の主力が衝突する中で最も注目すべきは両陣営の総大将と呼ぶべき者同士が戦場の中心で渡り合っていること。
それこそ、今や戦の中心は彼らであり、海と陸に分かれたような両軍はただそれを見守るのみ。
「―――形勢不利……、分かってはいたが、これは中々……。はははっ、退くべきか!」
「侵略者よ。ここで退くのであれば―――、……!」
「まあ待て、若き騎士よ。結論を焦るな。貴族としては、巨大な敵を捕らえるにはそれなりの作法がある。リアン、薔薇園展開」
「承知!」
天銀の騎士の一斬がギルソーン侯爵の脇腹を浅く裂き、血の朱が飛ぶ。
しかし彼はそれをなんてことはないかのようにふるまい、後方へ跳躍。
同時に天銀アインスベルクの周囲の地面から鋼鉄の茨が無数に現れる。
「マレム、音波を放て」
「もうやってますよ、グレイ様」
「……!」
大地から鎖と楔のように鉄の茨が咲き、天銀の騎士を取り巻く。
アインスベルクがそれらを断ち切るべく刃を振るうも、その硬度は城壁を両断する彼の斬撃を持ってさえ完全に吹き飛ばすには不足。
「大型の魔物の骨を容易く裂き、鉄さえ切り取る振鉄の業よ。楽しんでくれ。蝋刃―――ほの灯り!!」
「―――この程度……!」
ギルソーンらの連携は完ぺきだった。
正規軍として動くのであればまず機会などないだろうたった一人、或いは対大型獣を想定した緊密な連携。
その襲い来る多重攻撃へ次々と対応していく騎士もまた、何も間違えない。
振るい、避け、そして断ち斬る。
淡々と神業とさえ思える斬撃を繰り出し、あらゆる搦手を真正面から粉砕した。
「なんと正確無比な剣技……、はははっ。大型魔獣どころか竜種、或いは残骸再編か!? 君は!」
「地の底を征く絵物語の軍勢……」
「そうだ。そして実在するさ、地の底に。見てきた私が言うのだから間違いない」
「私たち、でしょう」
「グレイ様はすぐ自分だけの物語に浸る。よくないですよ、そういうのは」
帝国軍総司令官グレイバック・ギルソーン侯爵。
そしてギルソーン派に属する武闘派貴族たるマレム子爵とリアンレーブ伯爵。
全員が家伝である強力な固有魔術を有する彼ら三人でアインスベルクという絶頂の強者相手に食い下がっているという事実。
単純な加算ではなく、乗算。
彼らは軍人ではない、冒険者としての戦い方で食い下がっているのだ。
「見事な連携、だがッ。帝国最強の武闘派であるグレイバック閥……。この程度であるのならば!」
「……む!?」
アインスベルクの動きが数段階跳ね上がる。
周囲を敵に囲まれ、襲い来る鉄鞭の連打を前にたった一振りの武装を一度鞘に納めるという愚行―――しかしその一瞬、頬と脇腹を覆う自身の甲冑が砕けた一瞬の中で再び彼は長剣を抜き放つ。
「―――なんとっ……ぐお!!?」
神速の抜刀は展開されてた数重の鉄茨諸共に貴族リアンレーブの腕を切り裂き、千切り飛ばす。
「ぐッ……ぁ」
「まずは一人……、! これは……!?」
「残念、騎士よ。既にそっちは義手でね……。信頼のトルキン製! ”茨棘爆乱”!!」
千切れ飛んだ腕―――義手を構成していた鉄が爆散、刃となって騎士を襲う。
「―――そのままっ」
「抑えていろ、二人とも!」
………。
「あれが魔素に適合した逸脱者たちの戦い……。遠目ですら、まるで……」
「ギルソーン閣下の適合率は68……帝国でも五指に入る頂点の強者であり、人間種の極みだ。その閣下がマレム子爵やリアンレーブ卿と連携してさえ押し切れないとは……。天銀の騎士、彼は一体どれ程の……」
天銀のアインスベルク。
今やプリエールの軍神と謳われる騎士の実力を疑う者は帝国軍には一人もいない。
明白に人間の領域を超越したことが分かるほどの実力。
衝突の中で帝国と皇国は敵軍の能力の高さに舌を巻き、その能力をいかに封殺するかを絞り出さんと8割の力で戦闘を続行している。
最も、敵のほころびを先に発見しなければならないのは天銀の騎士。
数に劣るゆえの奇策で強襲を掛けた彼らだが、やがて混乱の収まった帝国軍を真っ向から相手をすれば聖国最精鋭の軍でもただでは済まず。
打開策がなければいずれは数に磨り潰され、虎の子たる彼らは全滅するだろう。
………。
「……なれば」
また一度、後方に跳んだアインスベルクの動きが止まる。
「―――。蠟剣グレイソーン……。流石は帝国の英雄」
「お褒めに預かり……、む!」
「しかし……。私は負けることは出来ないのだ」
「我、聖剣の担い手なり」
今にアインスベルクの持つ剣の刀身に光が収束する。
周囲、或いは両軍が集結していた戦域に舞うすべての魔素を凝縮するかのような力の波動。
海を、巨大な大渦のうねりを彷彿とさせる、大いなる力の波動だ。
「ウェセラよ。三聖剣たる力を示せ……」
「「!」」
「この武威は……、まさか!?」
「よもや天銀の騎士! その域にまで踏み込んでいたか!?」
「聖剣、開放……!!」
青と銀。
まばゆい魔力が津波のごとくうねり、全てを飲み込むかのように広がる。
「ぬぅ!? 崩落砲射―――天弾部隊構えぇぇ!!」
「「―――――」」
ギルソーン侯爵が叫ぶ。
同時に軍後方から放たれるは彼らにとっての切り札であり、本来聖国の要所である巨大城塞を攻略すべく練り上げられていた儀式魔術。
都市一帯を飲み込む大規模魔術と、たった一人の武装から放たれた一撃が天高く衝突し、喰らい合う。
個人の放った武威と大国における最精鋭たる魔道師団の軍団掃射が拮抗し、弾けた。
人の質量が軽々と煽られ吹き飛び、瞬く間に視界全てを覆う。
「―――む、……ぅ」
「グレイさま、無事で!?」
「ギルソーン閣下!」
「問題ない。が―――これでも敵の戦力を過小評価していたようだ。全軍、現時点をもって当拠点を放棄。退却する!! 内線と信号を同時に放て!」
補給線を衝かれ防衛に回っていたのは己らの側。
このまま撤退すれば背後から突かれ大きな痛手となる……、それは誰もが分かり切っていた。
が、そのうえでだれからも反対となる意見が出なかったのはそれを目の当たりにしたゆえ。
数で勝る筈の帝国軍は少なくない犠牲を払い、一時の退却を行うこととなった。
◇
「―――と。続報の御報告は此処までになります」
「あぁ、ご苦労」
アルベリヒから緒戦の顛末を聞く。
まさか、あのギルソーン侯爵が……ね。
しかも共に参戦した二人、真鉄巫術のリアンレーブ伯爵に残響法術のマレム子爵……どちらも強力な固有魔術を有する帝国の有力貴族。
彼らが同時に掛かってなお互角の痛み分け。
いや、正直かなり不利な戦いだったと聞く。
「どうやら天銀の騎士は疑いようもなく化け物らしい。しかもトルキン三聖剣と言えば第一次大戦の時代からほどなくして初代の地の聖女が打ち上げた至上の兵装……」
「宗教三国の各王室が保有する国宝、ですね。敢えて戦争の終わった時代に作成されたことから平和の象徴とされることもありましたけれど、最上位魔術さえ封じていたとされる真なる聖剣を十全に扱えるともなれば……」
鬼に金棒、勇者に聖剣のマジヤバってことだね。
しっかし、平和の象徴が戦争に使われてるんじゃあね。
トルキン三聖剣―――物語ではよく題材に挙げられる、真の聖剣だ。
前のオークションでは強力な魔術などが刻印された武器が数千万の高値で取引されていたけど……。
「ヴァレット。実際どれくらいで買えると思う」
「坊ちゃま……」
呆れられた。
「大国の王室に伝わるような至宝。奥方様のおっしゃる通り、かの聖剣らにはそれぞれ絵物語の存在とあえ呼ばれる最上位魔術が封されているとされております。おわかりですな?」
「あーぁ、無論。冗談だ」
中位魔術でさえ武器に刻印できる鍛冶師や調律師は世界に百人といないと言われる。
上位魔術となれば片手で数えるほど。
そんな中で、最上位魔術……世界の法則さえ上書きし塗り替える、絵物語に語られるような存在の真偽さえ不確かな力だ。
値段なんか付けられるはずもない。
「まぁしかし、そう言う意味では上位魔術を身体に刻んだ私は今や実質的聖剣と―――」
「……………」
「言えなくもない気がしたがただのなまくらだった。気のせいだった」
お嫁さんが目閉じたまま睨むっていう器用なことしてる。
自身のあずかり知らぬところで勝手に人体改造して手の込んだ自殺をしようとしてた夫をまだ許してない顔だ。
こういう時人の顔で大体の考えが読み取れるっていうのが良いことなのか悪いことなのか分からなく……話逸らさんと。
「……ど、どうした? アルベリヒ」
「ほちぃ」
そんな顔してるからな、お前は誰でも見ればわかる。
「ひのきのぼうで十分だ。それより出立の準備をしてきてくれ。今日の夜中に発つ」
「―――アルベリヒさま。ついでに屋敷の見回りもお願いいたします。お客様がいらっしゃったときに不自然なものがないかどうか」
「便利屋ですか? 私ァ」
アンナさんの言葉を受けて部屋を出ていく騎士。
既に帝国が出兵を始めてから100日以上が経ってる。
季節も三の月に突入といったころだし、こんな戦いは早く終わらせないとだ。
もう期限は60日程度しかないんだ。
「―――あなたさま。もう二、三日はいてくださっても良いのではないですか? 今はいささか性急すぎる気がします。私の未来予知がそう言ってます」
「都合よくないか、それ」
いかに未来視に近い能力を持つとはいえ、そう言えば何でも信じると思ってるらしい、僕のお嫁さん。
リンパ並みに便利な言葉だ。
「許してくれ。私とて許されるのなら君をおいて出征なんぞしたくはない。だが、戦争は終わらなければ困るし、長引いて帰れなくなるのも困るのだ。君の目が開くまでにいろいろと隠さなければいけないことが多すぎるわけだしな」
「まぁ……! 私に見せられないキスマークでもあるのですか?」
「はははっ、誤解だ」
戦いを前に、久々にヴァレットに訓練を頼んでるから最近生傷が絶えなくてね。
ともかく、彼女が視力を取り戻す季節になるまでに諸々を終わらせたい。
え、何で期限付きなのかって?
そりゃあ彼女の視力が戻る四月までには帰りたいからさ。
声に出しては言えないけど、夫婦の諸々は視力が戻ってからにしようって二人で決めてるんだ。
ムフフな展開はそれまで待ってほしい。
「さしあたっての心配事としては私が領を空けている間にちょっかいを掛けてくるような輩が出ないかどうかだ。礼儀知らずの勇者もどきとかな」
「同郷の方々ならお話してみたいものです。なぜ連れて行ってくださらなかったのでしょうね」
うーむ、好奇心旺盛若奥様。
あとやっぱこの間の件もまだまだ根に持たれてる。
そもそもこの世界において「勇者」っていうのは名乗ればだれもがなれるもじゃない、れっきとした資格のような称号。
お嫁さんのように、必ず神の加護を受けている必要がある。
即ち。
天星神アヴァロン、地母神フーカ、武戦神ペンドラゴン、海嵐神バアルキアス、叡智神ミルドレッド、淵冥神デストピアのいずれかか、或いは異界の神か。
「武戦神の祝福を受けし勇者が、現在は南部で活動しているというお話もございます。或いは、そちらからもお声がけがあるやもしれませぬぞ」
「ふふふっ、それこそ同じ勇者としてお話してみたいのです。武戦神の加護を受けた方は過去にもたくさんいらっしゃると聞きますが、今代の勇者様はまだ可憐な少女だと……」
どうやらそうらしいけどね。
現在大陸で活動している六大神の加護持ち勇者は、三名。
海嵐神の加護を受けた勇者。
大陸ギルド理事シンク・オルターナー
武戦神の加護を受けた勇者。
最近世間を賑わわせているのはまだ15を過ぎたばかりの少女で、名をセシルというらしい。
そしてニ神の加護持ちお嫁さん。
「―――厄災の前触れにも思えるな、ヴァレット」
「不吉な物ですな」
過去より、勇者が生まれる時代には大きな変化があったとされる。
勇者が複数一度の世代に、などは思い起こす限りで世界大戦とか、そういう出来事があったり―――。
「失礼いたします」
会話に花が咲く中で過ぎ去る時間。
やがてマリアが柔らかに腰をおり入室してくる。
「予約の客人か?」
「はい、旦那様。既に応接間にお通しいたしました」
「あぁ、すぐ行こう」
「旦那様。今回ばかりは……」
「あなたさま、失礼のないようにお願いいたしますね?」
「―――信頼が欠片もない。なぜだ」
時計を見れば面会の時間通り……。
信頼がないのではなく、ある種アノール領の今後に関わる商談につながるかもしれないから、家令も妻も強く念押ししてきてるだけだ。
………。
屋敷の中では対外的なものとしてかなり金を掛けている部類の部屋。
そこには既に一人の女性がいてソファーに座っている。
「あぁ、いえそのままで……」
僕の姿を認めるとすぐに立ち上がろうとする彼女を手で制すようにしてお座りいただく。
「レイクアノール・ユスティーアです。初めまして、コーディリアさま」
「はい、初めまして、ですね。伯爵さま」
客人は一見すると非常に育ちのよさそうな貴族令嬢。
実年齢としては僕より上だけど、見た目で言えばまだ20を過ぎたばかりにも見える。
亜麻色の髪に知的な瞳、頭の上に乗ったやや大きめの猫耳が目を引く―――亜人だ。
「よもやロウェナ商会の大幹部たる貴女が直々にこのような片田舎までいらっしゃるとは……緊張を隠し切れませんね」
「そのお言葉だけで伯爵さまが噂通りの方であると認識できました。御上手なのですね」
「ははは。その噂が利あるものならばいいのですが」
勿論見かけ通りの単なる猫耳貴族令嬢様ではない。
彼女、コーディリアさんは大陸におけるすべての商業を牛耳る二大商会の片割れ、「ロウェナ」を経営する一族の一員。
中でも現商会長の娘であり、大陸中央部の流通を任された幹部中の幹部。
主要な商業全てが集約されるエリアを若くして任されていることからも実力の高さは推して知るべし。
「お手紙をいただいた時は大層驚いたものですが。何を隠そう、いま私が最も取引を開始したい商会ナンバーワンがロウェナ商会でして、これも縁なのだろう、と」
「ふふふ……本当に聞きしに勝る自信と自負ですね。信じて疑わず、揺れもしていない」
そりゃもう。
この世界には決算公告はないから僕の会社(領)のえらい借金を見られないからね。
その辺は自信満々にもなるさ。
外部から見ればとんでもなく儲かってるようにしか見えないバグだし。
「何も心配することない大船、と。取引する相手としては自信に満ちた方の方が良いのは道理。たった一代でアノール領の名を帝国に知らしめた伯爵には私たち一族の誰もが注目しています。いろいろな意味で、ですけど」
「確かに。噂の絶えない謎の美形貴族とも、不可解な躍進を遂げる男とも言われますね」
……。
ここで一つまみしておくか。
「近年のかの商会……リーアニュクスの台頭と躍進と同じく」
「興味はあります、けど、商業連合の盟約上確固たる証拠でもない以上は追及は出来ませんから」
「だから盟約など関係ない私からなわけですか」
「ふふっ、正解です」
やはりその件もあるか。
アノール領とリーアニュクスは競合の関係で、これまた商売敵であるロウェナとしてはうちが成長しきってない今のうちに対抗となる協力関係を結びたいっていう意図。
「さて。中々にいい関係が築けそうなのは喜ばしいこととして……本題、ですが。コーディリア様が直々にいらっしゃったのは半妖精についてのお話、でよろしいですか?」
「―――えぇ。流石です」
で、メインはこっちと。
そりゃ近頃エルフばっかり買い漁ってる貴族居たら目立つわな。
特にロウェナ商会は母体たる彼女たち自身がかつて存在した巨大な亜人国家の由緒ある王族の末裔―――所謂企業理念においても希少種族の保護を掲げていたりするんだ。
その辺においてだけ、或いは敵と取られていても全く不思議ではない。
「実はアノール領の経営につきまして、少しだけ調べさせていただきました」
「何かめぼしい情報はございましたか?」
「それが不思議なことに、ほとんど何の情報も出なかったのです。まるで私たちの監視が事前に分かっていたかのように。―――とても素晴らしいことと思います」
「どうも」
元々秘匿性の高い事業を営んでるうえ、館はヴァレットが、領内はオウルが、最重要たる奥の村はレニカが。
鉄壁の布陣ここに極まれりな状況だ。
たとえどれだけの戦闘能力を持ってようと諜報力があろうと、三人の護り全てをすり抜けて情報を抜きとれるような密偵がいるのなら僕が雇いたいくらいさ。
「彼らに関しては、館で雇っているだけですよ。元々身のこなしに長じており、物覚えもいい。何より美形は三オロの徳と言いますから、実に使用人に向いている」
「えぇ、確かに。噂に聞いていた半妖精、彼らの姿は確かにあります。私の目に入った限りでは7人ほど……聞いた通りの数ともおおむね合致しますね」
「けど、予想よりはずっと少ないように見えます」
「ほう? どれ程の人数を期待されていたのですかね」
彼女は一切のくもりなき可憐な笑みを浮かべる。
「軽く3、40人はいるものかと」
「ほっ!?」
「……。伯爵は顔に出さないことでも有名とお聞きしていたのですけれど……」
「失礼。幻想を壊してしまったことはお詫びします」
表情に出ないだけで、出そうと思えばいつでも全力で演じられるさ。
どうよ、この名優。
けど完璧に演じてるはずなのに彼女の耳はさっきからピコピコ……疑われてるのか? 後可愛い―――。
話逸らすか。
「その、素敵な御耳」
「―――え?」
「失礼。獣人の方はとても耳が良いのだと。……コーディリアさまもそうなのですか?」
「うふふ……。どう思いますか? 私には伯爵の特異な鼓動なんて」
あ、やべえな。
まさかこの人ずっと僕の心臓の鼓動聞いてたのか?
ずっと僕が嘘ついてないか聞いてたってことだし、何ならめっちゃ右胸見てるし、僕の心臓がそっちにあることは既にバレてるらしい。
「―――鼓動は、いかがでしたか?」
「その若さでどのような教育を受けたのか気になるくらいです。その笑顔、今までの御言葉、どこまでが本気なのか―――冷めないうちにいただきます」
「どうぞ、我が領の特産です」
マリアが入れたお茶に口を付けるコーディリアさん。
おいしそうに飲むなァ。
彼女、超やり手の商人ではあるけど同時に一般にいう女性らしさもちゃんとある。
地位も容姿もアイデンティティも完璧な女性……万人受け狙いなのか……?
けど残念、カップの受け皿を持つ左手の薬指に光ってるのはまぎれもない結婚指輪……。
「リーアニュクスもそうなのです」
「―――と、言いますと?」
「つかみどころがなく、核心に迫っているという感覚がまるでない。煙でできた蛇のようなものたちの集まり……。敵の敵は味方……そのような考えではないですけど、過去に我々ロウェナとザンティア商会の共同でリーアニュクス商会について調べたことが」
「既に実行済みだったのですか」
盟約がどうとか言ってたのに。
「けれど、何の情報も出てこなかった。まるで煙を掴もうとしているかのように、或いは私たちの動き全てを把握しているかのように、深淵は覗けなかったのです」
「―――世間で言われる通り、かの商会の御大はまことに神の目を持っているのかもしれませんね」
全てを見通す眼を持つ男。
大陸でリーアニュクス商会長はそう呼ばれているらしい。
「ふふふ……。私が聞いた話では、美しい女性に目がない有名な女たらしだとも」
「今私の事を呼びましたか?」
「あら。伯爵さまの事も聞いていますよ? 大変な愛妻家だと」
「おっと、世間の目は確かなようだ」
実際不気味でならないよ。
本人自身大きな取引の際は自ら各国へ赴いて交渉に参加しているというのに、その場に立ち会った者たちの証言においては「しわのある老人」、「絶世の美男子」、「若いが平凡な風貌」……常に人相が一致していないって言われるんだから。
「複数の人物が同じ名を名乗っている共同経営者のスタイルか」
「あるいは更に上に何者かがいて、その者たちは単に操り人形として魔術や台本などの通りに行動しているだけなのか」
「人を小馬鹿にしていますね」
「彼そのものを指す言葉でもありますからね。最初の悪戯……と」
強そうな名前だこと。
ラークワン・ヴァンローゼ……かの商会の御大。
果たして僕の名君計画にとことん茶々を入れてくる組織の長とはどのような人物像なのか……と。
気になることは多けれど、ひとまず諸々の話は置いておいて、コーディリアさんに我が領の秘密のどこまでを話すかというべき探り合いが始まった。
―――けど出征前にする仕事? これ。




