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忘却伯の勿忘草  作者: ブロンズ
第四章:忘却伯と躍進の幕開け

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第1話:別世界から来た?




 ―――アンタの代わりに領主だ。

 ―――アンタの代わりに領主だ。

 ―――アンタの代わりに領主だ。


 え?

 ぁ……、え?


 ……!!

 不覚、あまりに不覚。

 まさかこの僕、(自称)帝国の麒麟児レイクアノール・ユスティーアともあろうものが20歳にもなってないような青年の言葉に思考を停止させられるなんて。

 いや、或いはそういう呪文だった?

 ちょっとかなり一ミリも理解できなかったし、ありうる。



「貴族さん?」

「……………」

「おーい、どうしたんだよアンタ」

「―――……いや。すまない、良く聞こえなかった。もう一度何と言ったか聞いてよいか」

「あ? どうしたんだよ……」

「その前だ。その、おーいの前」



 そう。

 多分、聞き間違いだ。

 だって脳が理解を拒んでた。



「何って……決闘?」

「成程、血の流れか。貴族的な。確かに世俗にやや疎いところがあると思ったが、君はどこかの貴族家の―――」

「いや決闘だよ決闘……! 誇りを掛けた戦い。ほら、よくあるだろ? 貴族に決闘吹っ掛けられて、勝ったら爵位貰っちゃったって!」



 よくあるのか……。

 で、どういうの世界の蛮族国家の話だ? それは。

 少なくとも、生まれてこの方聞いたことなどない。

 自分を無理やり納得させて彼が世間知らずの貴族嫡男な可能性も考えたが、そもそも僕の生まれ育った帝国は当然として、内戦でも戦争でもなく、親族でもないような一冒険者に敗れて爵位の譲渡がなされるようなら、貴族社会なんて破綻したようなもの。

 

 当然、そんなバカみたいな理由で取った取らなかったと移動できるものでもなし。

 ……僕がおかしいのか?

 僕がド田舎の領主だからって、また都会人どもは馬鹿にするのか? 



「―――ふむ」

「「……………」」



 そんなはずもないか。

 明らかに酒場に居る客たちも理解が追い付いていないと言いたげだ。



「で、どうだ? 見たところひとりみてーだけど、賭けでもするか?」

「いや……やめておこう。そも、無理やり他者の所有物を手に入れるという趣味はない。君が奴隷を手放すつもりがないというのならこの話を収めるだけだ」

「あ? そか……」 

「だが、私は君自身にも興味があるのだ。少し話すくらいならいいだろう? 私から料理を馳走させてくれ」

「―――お!? 貴族ってのは話が分かるんだな、丁度金欠だったんだ!」



 分かるも何もまだ何も話してないが。


 が、少し腰を落ち着けるべきだな。

 偶にはこういう賑やかな酒場で食事っていうのも乙なものだ。

 一つ懐に手を突っ込み、ざっと帝国貨幣を20万円分くらいテーブルに出す(チャリン)



「店員。すまないが、これで適当に精の付く料理を頼む」

「! か、畏まりましたッ。ですが伯爵さま、この額は少し……」

「……人数分には不足か?」

「あ、いえ!? そうじゃなくて……!」



 金額がおかしいって、少なすぎって意味だよね多分。

 ―――冗談はともかく、100万くらい出しておく。



「皆、突然の事すまなかったな。金は私が持つゆえ、楽しんでくれ」

「「―――――」」

「適当に飲み物も頼む」

「はい只今ァ!!」



 客全員分払っておけば今しがたの一件も丸く収まるだろう。

 こういうさりげないところで好感度を上げておくのも貴族ムーブだ。 


 

「さて」



 ようやく青年の対面に腰掛ける。

 入り口側だから勿論下座だけど、まあこんなところは気にする価値もない。

 と―――青年の隣の子が更に外套を目深にかぶり、完全に肌と金色の髪が隠れた。

 明らかに警戒されてるな。



「ひとまず、君の名を聞かせてもらおう」



 で、彼自身。

 黒髪黒目で身の丈は170に届かない程度、やせ型で線は細い。

 そのうえで自身の後方に二振りの直剣を立てかけており、いつでも敵に対応するぞといった感じ。


 物語でも始まりそうな容姿の彼は、僕の問いにニヤと笑う。



「俺はソーマ。冒険者だッ。今はC級だけどな、近いうちに絶対にS級になる男の名だぞ!」



 ゴクゴク……。

 すぐに来たエールはやや苦みが強いか。

 しかし帝国の良い麦を使ってるから深みもありまた爽快だ。

 ……。

 自己紹介が終われば優先的に運ばれてくる料理、内臓のワイン煮込みやら葉菜の浸し物やらを食べながら軽く言葉を交わす。

 どうして僕が彼の事や奴隷の事を知っているのか気にもしていないあたり、普段から隠してもいないのか、或いは頭がちょっと鈍いのか。

 どちらにせよこちらとして不都合はなく。



「どうして冒険者に? ソーマ殿。君の若さであれば故郷で頼りにされることもあっただろう」

「んぐっ!? あーー」



 会話の中、こちらの言葉に一瞬喉を詰まらせ、何かを言いよどむように口ごもる彼。

 けど、すぐにうんと頷きテーブルを叩く。



「そりゃまぁ、やっぱビッグになりたいだろ!? 世界中に名前知られてさ、英雄だの勇者だの……」

「ふ……。男児だな」



 英雄願望。

 そして功名心、承認欲求。

 ざっと見た限りでも彼には青少年特有の全能感、そして隠し切れない欲望が渦巻いているようで。



「その様子、特に挫折らしい経験もなさそうだ」

「まーな。俺って結構強いらしいし。そうだ、アンタ貴族なんだろ? 腕の立つ冒険者とか有名な武芸者とか、そういうの知らないか? 今仲間集めててな?」

「―――ふむ」



 丁度君の目の前に最上位冒険者いるけど。

 見えてない? あっそう。



「そうさな……。隣国の強者、かつ勧誘がしやすい者と言えば、剣王国には世界中から武芸者が集まってくるが、問題はどの程度を足切りとするかだ。君の出身は?」

「あー、んー、と。ヴェリタール? だっけ」

「ならば当然に剣師隊を知っているだろう。選ばれし魔剣で武装した、剣士にして術師の特務部隊。それを束ねる、国家の象徴たる天師……。強者の基準が跳ね上がるな、ソレは」

「あ、あぁ……勿論知ってる、けど。やっぱ平和な国はあんまり戦いとかなくてなー。見つからなかったんだよ、中々。そういや聖国って内戦がどうとか言ってたな?」

「まさしく。戦いあるところに強者あり。それは心理だ」



 会話の中で息継ぎをするように歯ごたえある野鳥のスパイス焼きに歯を立てる青年。

 ガツガツ……見ていて清々しい食べっぷり。


 とはいえ、彼はまだ小食の部類だろうか。

 一般的に、魔素の適合率が上がれば上がるほどに超人的な力を得られ、その代償として燃費が悪くなるという傾向にある。

 アルベリヒなんかは一人で10人分は食べるし、意外かもしれないけどオウルはそれより食べる。

 ちなみに一番食べるのはレニカだったりする。


 けど、彼はそれほどでもないらしく、精々一般人5人前より少ない程度か。



「よく食べる。君の魔素への適合は中々なのだろうな」

「―――んーあ。まだその辺はよくわかんねーんだけどな。適合率っての? この前ギルドで測った時は30くらいって言ったか」

「それは凄い。既に一流の騎士団でも通用する水準だ」

「そうなのか? ま、俺には別に奥の手が……っと」



 ……。

 やはり彼は何か訳ありらしいな。

 正攻法でこれ以上有益な話は聞けそうにないか。

 まあ現段階でも十分な収穫はあったことだ、後は適当に……。



「ところで、ソーマ殿。君の今後はどうするつもりだ」

「この後? そら、仲間集めの延長だな。んまー、とりあえず帝国のアノール領? ってとこに居るらしい二神の加護を受けた聖女ってのと、S級冒険者の……大魔術師? そう、厄災の魔女ってのに会いに行くんだ」



 ん?



「俺にはステラもいるけど、やっぱ他に仲間にするならそういう肩書がないとな」

「……………」

「大魔術師の方はまだ俺より年齢低いくらいって聞いたんだけど、聖女のほうって色々噂あるんだよな。身体は弱いけどとんでもねーくらい絶世の美女だとか」

「……………」

「実際どんな感じなんだろうなー。てか聖女ってからには尽くす系が良いわ。おっぱいデカいとなお良し。あんた会ったことあるか?」

「……さて、な」



「「……………」」



 ………。

 僕が店内へぐるりと視線をまわすと、誰もが顔をそらす。

 会計もしなくていいのだからいっそ早く食べ終えて店から出たいが、逆にもっと話を聞いてもいたいというチキンレースのような状況らしい。 



「主よ―――殺しますか?」



 やめい。

 後ろから聞こえてきた死神の囁きにさり気なく首を振りノーを出す。

 彼女も流石に本気で言ってるわけはない……、筈だ。


 けど、ソーマ君本当にさっきの僕の自己紹介聞いてた?

 名乗ったよね?

 いや、別にアノール領の領主だとは名乗らなかった―――いや、名乗った。

 確かに名乗った……よね?

 


「……」

「「……………」」



 サッ……と。

 いじめか? 何で誰も僕の目見てくれないの? イケメン過ぎて眩しいの?



「なぁ貴族様。さっきの話だけどよ。今の世界であんたが思う最強ってのは? 誰だ?」

「最強、か」

「おう、色々聞いたんだ。世界救ったっていう、八英雄っていうのか? 後は、最上位冒険者でも一人じゃ無理って言われてる五公龍に、魔王とか、六魔っていうの……。けど流石に極東とかは遠すぎだろ? なんかまだ正式な道が整備されてねーっていうし……」



 最強談義、ね。

 そこら辺の話を僕にさせたら本当に止まらないよ。

 ずっとそういうのばっかり聞かされて育ったんだから。


 仮面はがれるから今はやめておくけど。

 


「そうさな、白兵ならばクロウンスの剣聖……、或いはセフィーロの竜喰い……。魔術ならば君の言う厄災の魔女か、暖流の勇者……。大陸ギルドの長たる鳴神の勇者や黒刃の死神と呼ばれる暗殺者。他にも、君が思う以上に絶頂の強者というのは世界中に散っているさ」

「やっぱ貴族って情報通なんだなー」

「冒険者ならばきっとすぐに私の知識を超えていくだろう」



 さて。

 夕食も食べてお腹も膨れたことだし、行こう。



「挫折は、君が思うよりずっと遅いかもしれないし、余程も早いかもしれない。その芯をどれだけ貫き通せるか。外野ではあるが見させてもらうとしよう」



 恐らくその最初の挫折っていうのは僕のせいかもしれないけど、ね。

 立ち上がり、彼の前に金袋とはまた別の小袋を置く。



「これは私からの餞別だ」

「……? これは?」

「ある秘境に隠れ住む氏族が作る霊薬。配合は私すら知らんが、体内の魔力の流れを整える作用がある」

「………ッ!!」



 ガタン、と。

 ようやく、それまで空気に徹するかのようにソーマの隣に座っていた少女が立ち上がった。

 


「ステラ……?」

「―――なん、で……」



 うん、種は撒けたか。

 十分だ。



「では、諸君。邪魔をしたな」

「「―――――」」

「と、とんでもございません……! またお越しくださいませ、ユスティーア伯爵さま……!」

「あぁ。おっと。そうだ……」



「ここに私が立ち寄ったこと、内密に頼むぞ」

「はは、ソレはもちろん……」



 いや、冗談じゃなくてさ。

 特にレヴァンガード候に許可取ったわけじゃないから正直あんまり大事にはしたくないんだ。

 

 歩きざまに目立つ服を隠すように外套をかぶり、そのまま店を出て軒先へ。

 雑踏にまぎれるようにして通りを歩く。  



「―――主よ」

「良い。考え付く策などいくらでもあるさ。いずれにせよ、あの美しい半妖精が私のところへ来ることは変わりないのだからな。興奮してきたぞ、ふふふっ……!!」

「……悪徳領主」



 マリーに変な本読まされたな? さては。

 最近の彼女はオウルも読書スキー同好会に取り込もうとしてるらしいんだ。




   ◇




 そんなこんなで僕はさしたる苦労もなく目的の人物を発見できたわけだけど、当然すぐに帰るつもりなど毛頭なく、何泊も泊りがけ。

 一日歩きどおしだったけど、ようやく静かな場所で腰を落ち着けられたことで全身の力を抜く。



「ふぃー……」



「―――なぜ安宿などに」

「テンション上がるだろ?」

「私は寝られればどこでもいい。だがあなたは曲りなりにも……腐っても貴族だろう? この大都市で相応の宿などいくらでも取れるだろうに」

「どうしてわざわざ腐らせるほうに言い直した? ふふ……。私は育ちが違くてな」



 納屋で馬と寝たこともあるし、干し草の中で一晩かくれんぼしたこともある。

 それこそ野営だって。

 この程度抵抗なんてない。



「色男というのは特に動物にさえ共に一夜を過ごしたいとせがまれるものだ」

「……はぁ」

「ただ、そんな中でも貴族として楽しむべきものは心得てる。さてどうしたものか……」



 日中に買い付けていたものをいくつかテーブルに広げ、皆へのお土産を選別。

 ついでに良さげなワインなども味見。

 旅の醍醐味であり、商売の取引などを持ち掛けたい商品を吟味するわけだ。



「流石に大都市ベルポート……。なんでも揃うものだ、手ごろな価格でな」

「……貴族が行商相手に高々数オロの値切りをするなど前代未聞も……」

「派手に使う場所とひもを締める場所は使い分けんと―――君も飲むか。酒は? ジュースもあるが」

「酒精はダメだ。甘味もな。護衛に悪影響を及ぼす」

「ではミルク?」

「論外だ、腹調を左右する」


 

 じゃあ選択肢ないじゃん。



「水か。良いだろう、よく冷えたのが……」

「―――冷たい水は感覚を鈍くする。常温の水でいい」



 これがプロか。

 そういう事ならと手ずから水を注ぎ、ようやく姿を見せてくれた護衛と乾杯し盃を傾ける。

 相変わらず彼女は立ったままで。

 もしかして背中を付けると死んじゃう病でもかかってるのかな。



「マリーに治してもらうがいいだろう」

「何のことかは分からないが誤解の可能性が高いぞ、主よ。かねてより、単に狂人なだけかと思いつつある」

「確かに、彼は妙だったな」

「あなたの事だ」



 およそ、一般人と話しているとは思えない。


 常識の欠如。

 何より満ち満ちた自信……。

 今まで一度も挫折を感じず育ったような、そんな圧倒的自信を感じた。


 あるいは、突然手に入れた力を過信しているようにも。



「……。ふーーむ。何だったのだろうな、あの青年は」

「挫折はともかく自信や倫理観の欠如などの事柄は貴方とあてはまるな」



 どちらにせよ、あの少女を連れていくことは既定路線。

 それが叶わずとも、せめて一目だけでも彼女とパトリシア殿たちとを会わせてやる必要がある。



「連れていく……。ふふ。しかし無理やり、という訳にもいくまい、ふはは」

「言動が一致していない。何故そのような邪悪な顔を」

「ふふ……。オウルよ、酒というのはな? 常識のタガを外してくれるいい薬なのだ」

「元々ないのだから不要では?」



 酒が入って頭が回り始めたことで広がる手段、人の道を外れた方法。

 一番最初に思い付いたソレを忘れないよう、取り出した紙に文章をしたためる。



「あの少女の区分は通常の商業奴隷だ。身体も五体満足、望みは大きい。まぁ一先ずは、本人の意思確認から入るべきだろうな。オークションはそれからでも遅くない」

「……オークション」

「で、だ。君にはこの文書をあの青年に気付かれず彼女に見せる事、三日ほどあの二人を監視する任に就いてもらいたい」

「それまでの貴方は?」

「レヴァンガード侯爵に遅めのアポでも取ってくるさ。ちょうど、内戦の関係と貿易の関係、双方で話したいことが山のようにあった」

「どこまでかたやぶりなのだ、貴方は。そもそも護衛はどうする……」

「それに関しても心配ないさ。そろそろ……」

 


 ………。



「お待たせいたしましたよ、我が主」 

「よく来てくれたな、アルベリヒ。領は大事ないか」

「えーぇ。心配せずとも奥方様が平和に乗っ取りを進めてますので」

「驚くほど何も大丈夫じゃない」



 出立前、あらかじめ遅れてきてくれるように言っておいたアルベリヒも到着。

 これで護衛問題も解決だがしかし、なんか別の問題が浮上してきてるような。

 

 無事に戻っても行きつく先は執務室じゃなく地下牢になる予感。

 クーデターか? これは。

 将来的な内政技術において僕が彼女に勝てるところなんてないぞ。



「いかに奥方様でも、あくどいことってんならレイクさまに勝るわけもねーでしょうよ。とりあえず状況から伺っても? 何も聞いちゃあいませんので。こっから何するつもりで?」

「簡単な法律の話さ。世間知らずな若人に、社会の残酷と理不尽さを教える……。不条理、腕力ではどうしようもできない状況があると。証拠など、幾らでも偽造捏造する事が出来るということをな」



「―――アルベリヒ。話が全く見えてこない」

「私もっすが、諦めたほうがいいですよ、オウル師匠。こーれはいつもの病気の悪徳領主、いわゆるエセ名君モードです」

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