プロローグ:朗報か、悲報か
「―――。真実か? 商人」
「かなり信憑性の高い話だよ、貴族。九分九厘間違いない」
応接室で向き合うまま、したり顔で頷く二枚目半。
この男、ルルシオは腐っても名うての商人だ。
僕が成功しすぎてるから相対的に何ともだけど、20代半ばで帝国や剣王国、共和国などを股にかけて名を挙げている彼が九分九厘と自信をもって断言する。
その言葉が持つ説得力というのは重く、この時だけは相手を説き伏せるだけの圧倒的力を纏う。
「生粋の商売人が断言するのであれば間違いない、か」
「そもそも親友の言葉を疑うのかなって話はあるけどさ。ねぇ? アル。酷いよね? この貴族」
「……………」
「僕ら三盟友の間柄に嘘偽りなんてある筈……」
「やめてくれルル。その口撃は俺に効く」
そういえば僕の友達を名乗って悪行の限りを尽くした挙句、得意の決闘ですら無様に負けて人生終わらせた男がいたな。
今は騎士として第二の人生を歩んでるけど。
最近売り出し中の乾燥グルシュカ皮のお茶を干し、立ち上がったルルシオはマリアに渡された自身の外套を羽織る。
そのままにこやかに鞄を受け取り踵を返して。
「じゃ、確かに伝えたよ。八時半の便に乗らないと舞踏会に間に合わないんだ」
「……?」
「いやぁ、未亡人女性領主からの招待なんて僕も罪な男……」
「もう八時は超えてるが。今から出て間に合うのか?」
「え? だってそこの時計……」
オンボロ洋館の時計をあてにされても困る。
「それ、設定しなおしても夕方ごろには一時間はズレてる。知ってると思ってた」
「なんでぇ!? 間に合わないじゃん!」
「今日は休め」
「あんぎゃあああぁぁぁ!! こんのオンボロ屋敷の管理人! 何で壊れた骨董品ばっかり後生大事に持ってやがるのさぁ!」
「物持ちがいいと言ってくれ」
「カス!」
ギャーギャーうるさい商人より先んじて部屋を出る。
アルベリヒには彼のつまみ出し―――もとい見送りを頼んであるし、問題ないだろう。
「レイクさま」
「ルルシオの情報だ、間違いはない。だが、本当に……」
先に伝える?
否、九分九厘だとして、残り僅か一パーセントでもそれを覆す可能性があるのならば伝えるわけにはいかない。
希望を見せたうえで絶望に突き落とすというのは貴族的にスマートじゃない。
ある種、実に貴族的ではあるけど僕の好みではない。
「レニカに連絡を付ける……、いや」
今彼女がいる位置からだと真逆の方角だ。
それでも彼女一人なら移動は容易だけど。朗報として数人の保護が出来ている状態。
これまでの調査を無駄にすることもできない。
やはり確認には僕が直接行く必要がある。
状況によっては荒事もありうる以上、行動と指令の受領が同時にあるほうがいいに決まってるんだ。
判断に困ったことがあるたびに連絡では機を逸する。
「―――ヴァレット」
「はい、旦那様」
「また少し領を空けることになるだろうな。それも、今すぐにだ」
「は。行ってらっしゃいませ。ですがよろしいのですか? 既に招集に向けた準備は整いつつあります。あと二週もすればグレイバック候から……」
「間に合わせるさ」
マルチタスクは経営者の基本搭載機能。
可能であれ不可能であれ、できないという嘘つきの言葉を使う事だけは許されない。
「あ、レイクさま……!」
「やぁ、カーリャ」
旅行の準備を進めるために離脱したヴァレットと逆方向、自室へと歩いていく中で出会ったのは赤髪の少女、否幼女。
僕の姿を見るなり屋敷の廊下を小走りに歩み寄ってきた少女と両手を取り合いくるくるり……。
区分的には……友達?
今では年の離れたお兄さんのように接してくれている。
僕からしても、坊ちゃまとかからかってこないし、旦那様とか嗜めても来ない、ある種素に近い状態を出しても許される貴重な相手だ。
ところで彼女は別にうちで雇っているわけではなく客人待遇だから働く必要はないんだけど、奥さんによる教育とマリアによる作法の稽古、メイナやタックの手伝いなど規則正しい生活を送ってるらしい。
「毎日頑張ってるようだね」
「皆と同じじゃないと落ち着かなくて……ダメでした?」
「そんなことはない。修道院などはそういった団体行動が多かったんだろう? 君は客人であるのだから自分の考えのまま動いていい。そうすれば自然その才能が磨かれていくはずさ」
メイナにも同年代の友達が出来て万々歳というわけだ。
えレニカ? はは、冗談きつい。
……案として僕がこの子の後見人や養父になるという選択肢もあるんだよね。
カーリャ自身聡明な子で、英才教育もしてる……何よりオウルの事を完全に囲い込むならそれはアリ。
とはいえまだ実子もいない状態でっていうのは世間体的によくないからもう少し待ってもらうことになるけど。
そう、具体的には僕とお嫁さんの夜の―――。
「あの、どこかへお出かけに行くんですか?」
「少しね」
「わぁぁ……!」
うおっ、まぶし……っ!
エメラルド色のそれは、こんな汚れた大人が合わせるにはあまりに澄んだ瞳だ。
出かけると分かるや否やお目目キラキラ……一緒に行きたいオーラが全身からにじみ出てきてる。
出歩きたい盛りの少女としては当然だろう。
が、僕の反応が芳しくないことからすぐに自分の想像しているようなものではないと理解したのか、シュンと矛を収める。
言ってすらいないのに聞き分けのいい子だ。
「いつもみたいな領内だったのなら一緒に外出でもよかったんだけどね」
「他の領にお仕事に行くんですね?」
「ありていに言うと。皆のお土産は約束しよう。領主のために無駄に手の込んだ料理を作る必要もなくなるわけだ、厨房も暇になる。メイナと一緒に中庭で遊んでるといいよ」
「はーい!」
子供でも大人でも、この領の最高権力である僕に逆らえるものはいない。
子供のキラキラお目目に打ち勝ったというちっぽけな全能感を抱え、一歩踏み出そうとして足をピタと止める。
「主よ。どこへ行く」
「ボスラッシュか?」
姿は見えない、けど確かにそこにいる。
僕の懐に収まるにはあまりに鋭利であり、そしてあまりに分不相応な最強の刃だ。
けど無問題。
何度も言うように、僕を止められるものはこのアノール領にはいないのだ。
「心配するな、暫し出かけてくる」
………。
「え、どいてくれない?」
「奥方様より、主を一人で出歩かせるなと命を受けている」
「―――君は誰の家臣なんだ?」
何なの? 謀反なの? 乗り換え一回なの?
目的地っていうかお嫁さんとオウルの関係がどういう着地を見たのか伺えるな、これ。
「どうやらカーリャと君の似ていないところは聞き分けの良さにありそうだな。妹から学んだほうがいいかもしれないぞ」
「あなたは言った。奥方様の言葉を信じろと」
「あぁ、うん。言ったな」
けどそれって僕の命令よりあっちを優先しろっていう意味にはならなくないかな。
「……………」
「……主、よ」
「………ちら」
「往生際が、悪い」
どっちがよ。
僕が右にズレれば左半身だけに感じていた殺気が真正面に、左にズレれば右半身だけに感じるようになった殺気が真正面に。
はたからみれば僕が一人冷や汗を流しながら反復横跳びをしている乱心領主に見えることだろう。
「……。つまり、こういう事……だろう? 君を同行させるのであれば、外出を許す、と」
「理解が、早くて、助かる」
互いに反復横跳びしつつ会話を終着させる。
これで心配してくれているらしい。
暗殺者と言って、リィナ・オウルの生来の性質は何処までも善性に寄っているのだ。
「まあ、今の寸劇があってからというわけではないが、わざわざ来てくれなくてもよかったかもしれないな」
「……?」
「実は、君を貸してくれないかとマリーに交渉に向かおうかと考えていたところでもある」
「……。まるで道化ではないか、私は」
「君のような道化を傍に侍らせられるならどの国の国王も言い値を払うだろうな」
「やかましい。なぜ最初の時点で言わないのだ」
「ふ……。貴族お茶目さ。君のお茶目反復横跳びも見えなかったけど見れたことであるし―――ぁごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ノリがよく突っ込みの切れ味も鋭い最高の護衛だね。
けど物理的に鋭すぎるのはNG。
◇
やってきたのは帝国最大の商業都市ベルポート。
通商統主レヴァンガード侯爵のひざ元であり、帝国の流通においてはまさしく心臓部とされる要所。
ここには聖国の海産物も通称連邦の銘酒も剣王国の高品質な武器防具も全部揃う。
奴隷だって、人間は勿論亜人も調教された魔物だって。
商売人たちはこの都市の一等地で居を構えることを夢にしている者も多いってくらいの大都市。
「よもや、離れ離れになった半妖精姉妹の流れ着いた先が帝国の大都市とは。こちらにはあまり捜索の手は出していなかったのか」
「確率は低いと思い込んでいたからな。灯台下暗しとはよく言ったものだろう?」
「……?」
あごめん通じてない―――じゃない。
「すまん。君に灯台の話は……」
「気にしてなどいない。既に私には関係ない話だ」
燈台。
オウルにとってのそれはかつて自分が籍を置いていた組織の名前なのだ。
僕は彼女と会うまでその組織についての事を知らなかったけど、アノール領の執事図書館に曰く、歴史の闇を操る暗殺結社。
大陸ギルドと時を同じくして設立された組織であり、どこの国にも属さず独自の法と価値観、鋼の掟によって暗躍し続ける最強の殺し屋集団。
「関係ないのなら気にせず話させてもらうが。まさか、君レベルの実力者が数えるほどもいるとは言わないよな?」
「私は先代の最強である師の弟子だった。己を誇示することはしないが、私に勝る者はいなかった―――近しい能力を持っている者は数いたが」
やべえな。
最上位冒険者である彼女に近しい実力者が複数。
組織ごと僕のところに仕官しに来てくれないかな。
「―――ついた。ここか……」
傍から見れば僕が一人でブツブツ独り言を言ってるようにも見えるけど、それすら喧騒に消える活気を持つのがベルポートの一等地。
やがてたどり着いたのは楕円を描くようにして構築された石製の建造。
要所要所に煌めく灯りが配され、歌劇場のようにも見えるソレは大商館……一階には大陸ギルドの支部があるし、食事処も図書館も完備、上層には賭博施設もオークション会場もあるっていう巨大な複合施設だったりする。
ウィンドーショッピングにはもってこいだけど、目的は別にあってね。
「こ、これは……! やんごとなき御方とお見受けします! 本日はどのような……?」
「亜人の奴隷がここにいたという話を聞いた」
足を進めたのはまさに奴隷商館のテナント。
僕のあふれんばかりのオーラを見抜いたのか、或いはそういう決まりでもあるのか、頬を染めた受付さんが奥へ引っ込んですぐ責任者らしき男がすぐに出てきて。
「亜人の奴隷! おります、おりますとも……! 世にも珍しい玉兎種の亜人に、狼人、猫人……」
後ろに居るオウルの気配がちょっと冷たくなる。
亜人と一括りにするわけじゃないけど、思うところがあるのか。
ともあれお目当ての名が無かったな。
遅かったか?
「半妖精がいると聞いたのだが」
「―――あぁ……」
「申しわけございません、その奴隷は既に買い取られて……いえ、引き取られてしまったのです、冒険者に」
「引き取る?」
冒険者に?
そりゃあエルフっていう激レア種族を買い取れるような稼ぎを持ってるようなのは少なくとも上位の依頼をこなせるくらいの強者であるはずだけど、引き取られたってのは?
事情アリって感じか。
「売買でないのなら帝国憲章上の守秘義務は発生しないのではないか?」
「いえ、これ以上はどうかご容赦くださいませ。過去のお客様もまたお客様。金銭のやり取りの有無関係なく正式な契約を踏んでいる以上、その秘密を口外することは出来ません」
「……ふむ」
不意に違和感を覚えたポケットをまさぐる。
そして目の前の男に気取られないよう、取り出したハンケチで顔を拭うように包んだソレを一瞥……。
本当に優秀な護衛だこと。
「そう、か……。既に遅かったというわけだな。私は悲しい、ベルテ殿」
「は、申し訳ござ……ぇ?」
「追い求めていたものが手に入らぬかもしれないという悲しみ―――」
「……!」
彼の名を呼んだあと帝国金貨を次々と袋でカウンターへ置いていく。
なおレニカへ渡す予定の借金だ。
「私はこれまでの人生で我慢というものをしたことはなく、またほしいと思って手に入らなかったものはない。手に入れるという行為そのものは全てに勝る快楽。多くを持っているというのは人間としての余裕の現れ。妻と一人の娘を持つ君ならば分かってくれる……だろう?」
「―――ぁ、う……!」
「金が必要なはずだ。なぁ? ベルテ殿」
金に飽かした傲慢貴族の仮面をかぶり、また後ろに居るオウルが誰に気付かれることもなく相応の威圧を放ってくれる。
この責任者の眼に僕は絶対に機嫌を損ねてはいけないお忍びの大貴族、かつまるで得体のしれない怪物に見えている筈で。
「……あ、あっと」
「じ、実は……」
………。
「都市の近郊に巣くった奴隷狩り。その首謀者らを鎮圧した礼として奴隷を身請けさせたと…」
「はい、おっしゃる通りで……」
「当初、私どもは全く期待などしておりませんでした。しかし、その人物はそれを成してしまった。支配人も、その人物への将来的な投資にと……」
物語にありそうな話だな。
本来金の卵どころじゃないエルフをあっさり渡すってことは、それだけ受けていた被害が大きく、また相手とパイプを繋ぐ価値があると判断しての事だろう。
それだけいい腕の冒険者ってわけだ。
「なるほど、なるほど……大体のことは分かった」
「よ、よかった……! それでは……」
「それで?」
「―――。……は?」
「その冒険者は今どこに。身請けさせたとて、契約の上では商業奴隷という事だろう? まだ。登録改竄の意味合いもなかった筈だ。自然、契約時の書類が残っている。名前と出身、その他情報が」
首をプルプルして嫌だ嫌だと抵抗する男。
流石に一等地の奴隷商館に勤めてるだけあって連盟の「守秘義務」がどれだけ大切なのかを理解しているし、仕事人だ。
「問題ない。君は何も教えていない、だろう? ただ、私が偶々書壇に収められた契約書をちらと見てしまっただけだ。どこにあるのかも知らないが、偶々……な」
「あう、ぁ―――あ!?」
踊る彼の目がわずかに一瞬だけ一つの書棚に向いた瞬間、バカッとそこが開く。
凄いね、自動ドアか。
「あぁ、そこか」
「へ……、へ―――へぁ!?」
へなへなとその場にへたり込みそうになる彼はいつの間にか自分の尻の下に椅子があった事実に気付き、画鋲でも置いてあったかのように飛び跳ねる。
楽しそうだ。
彼が遊んでる間にちょっと失敬させてもらうとしよう。
……、……。
「成程、よくわかった……。ベルテ君、君はまこと素晴らしい。その名、覚えておくことにしよう」
「ひ、ぃ……」
「邪魔をした。カウンターの金は礼だ、とっておいてくれ。一等地とはいえ、退職金より余程ある筈だ」
………。
……………。
「なぁ、オウル。まるで私が悪人のようではないか?」
「どこを切り取っても」
「命令した覚えはないんだが? ありがとう。おかげですんなり情報がつかめた」
「仕事ゆえ」
うーん有能有能オブ有能。
執事とかのほうが天職なんじゃないかな? この暗殺者さん。
僕のポッケに彼の名刺とか家族写真を入れてくれたり、倒れそうな彼のことを心配してくれて椅子をおいてあげた優しき家臣をねぎらう。
「主よ。問題なく情報は掴めたのか」
「私は顔だけでなく記憶力も良くてな。一瞬とて必要な情報は把握した」
「冒険者の名はソーマ。年齢は18、男……出身国はヴェリタール。冒険者になってからまだ一年と経っていない。にも拘らず既にランクはC級」
「……………」
「微妙な顔はやめたまえ。私たちレベルでは十分達人級だ」
ヴァレットだのレニカだのオウルだの、化け物ばっかで基準がおかしいけど本来冒険者ってC級の時点で大多数が目指す最終地点だからね?
町の喧嘩自慢程度じゃ十人がかりでも歯が立たないクラスの人たちだからね?
その段階既に飛び越えてるアルベリヒって実はめっちゃ強いんだからね? 人間基準で。
「ティーンの若さでその境地にたどり着くんだ。実に有望じゃないか」
「てぃーん……?」
「きっと余程鍛え上げた鋼の肉体を持っていることだろう。二メートルを超える大男やも……」
で、その目的の彼は大体夕方ごろの時間に大陸ギルド支部で食事をしているっていう話を受け付けの可愛い子ちゃんが―――。
「ちい!? このがきゃぁぁあ!!」
「優しく指導してやろうと思ってたらつけあがりやがって―――おわ!?」
……。
僕が商業施設の一階にある大陸ギルド支部に入るや否や、目先でカウンターを滑って転がっていくあちらのお客様。
投げ飛ばされたってよりは自分の勢いでつんのめってって感じだ。
ガッシャ―ンと散らばる皿、料理の山。
黄金色のエールが床にこぼれる中で席を立つ者がいた。
「本当に三下ってのはいるんだな、漫画で見たまんまだ」
ぼくもなんかみたことあるぅー。
完全に忘却した記憶ではあるけど、なんかこういう展開に覚えがある。
なにこれ? どういう状況?
中肉中背、黒髪、ぱっとしないザ普通の容姿……。
如何にもテンプレ主人公みたいな感じのあの少年が? 腕の立つ……?
「―――何かの間違いじゃないのか……」
「主、彼の横を」
「む」
オウルに示され多方向を見る……、ビンゴだ。
例の青年の後ろのほうで小さくなっているのは擦り切れそうな灰の外套を纏う影―――しかし覗く肌の白さ、はみ出た金の髪色はごまかせない。
「覚えてやがれ!」
「絶対に後悔させてやるッ。お前も、お前の奴隷も―――」
「ハイハイ、とっとと失せろ」
……。
あくまで終盤に居合わせただけだから何とも言えないけど、どうやら今逃げてった彼らは喧嘩で手ひどくやられたらしい。
が、当の青年はとてもじゃないけどあの線の細さで荒事に慣れているとも思えない。
明らかに戦いなめてる体つきだ。
「ガッデム。全然想像と違うじゃないか。確かにあんな細っこい青年が我が物顔で高い飯食って美人エルフ侍らせてたらイライラもするな、分かる」
「主よ。言葉が乱れてるぞ」
「君までマリアのようなことを……」
と、目的を忘れるところだった。
ひとつコンコンと足を鳴らし、わざと足音を出しつつ店内を行く。
面倒な諍いが傍で起きて若干悪くなった空気、客たちが一瞬僕をちらと見てから慌てて食事へ戻り、店員も目を合わせようとしない。
お忍びって言っても一目でわかるようなコーデだからね、今日は。
ジルドラード帝国内部において貴族とは権力の証、絶対に機嫌を損ねたくはないし一般の者が変装して名乗ったりするのは重罪も重罪だ。
結論―――貴族が来た、絶対に関わるなムード。
「良い奴隷を持っているようだな、青年」
「うん?」
奥の最も座り心地よさそうな席で連れとともに座る青年のところへまっすぐ歩き声をかける。
他の客たちも目は合わせたくないが興味はあるって顔で。
「誰だ? お前」
で、彼は……。
彼がソーマ君ね。
身の丈は170に少し届かない程度、顔もザ普通。
黒髪黒目の……、もしかして最近話題になってる「異界の者」か?
「私はレイクアノール・ユスティーア」
「「!」」
「帝国アノール領、伯爵だ」
その声は店内に響き渡る。
ちょっと他所の領地での反応を見たかったんだけど……むふふ。
名前の時点で店員さん含め皆がバッと顔をあげたところをみるに、大分僕の名も有名になったらしい。
けど彼らが情報通の店主やら冒険者やらってこともあるかな、実際は。
「……貴族? ―――マジか……!?」
青年も結構驚いてるっぽい。
で、お目当てのエルフさんは……、ちらっ。
あぁ、確かにパトリシア殿と似てないこともないか。
彼女と同じ金色の髪に、翠の瞳で、けど彼女のような柔和な顔立ちってよりは若干……。
「……………」
一瞬合った目を急ぎ逸らされる。
ついでに外套のフードを目深にかぶられる。
僕の面の皮が通用しない手合い―――そういえば初対面の頃の村のエルフさんたちも貴族を怖がってたか。
彼女、青年の仲間って割にはそんな惚の字ってわけでもなさそうだな。
あまり恭順という訳でもなさそうだし、むしろどこまでも奴隷とその主人っていう感じ。
物語みたく「ごしゅじんさまー」って感じでは断じてない。
「まぁ受け取れ」
「―――んだ? これ」
取り敢えず伺いながらテーブルの上にドサッと例のブツ。
やっぱ世の中これよ。
「あくまで話の代金だが、100万オロある。足りなければ言い値を出そう。その奴隷を譲ってくれる気があるのなら、だが」
「あ?」
「寝言は寝てから言え! ステラは俺の奴隷だ!」
名前確認。
間違いない、この女の子だ。
けどま、そういうか。
若い少年にとってエルフ美少女ってのは金なんかよりずっと価値があるだろうからね。
ともあれ今は様子見だけだ。
別に彼が応じるとは思ってなかったし―――。
「ん? 待てよ……? いや、これってあれか! そういう展開か!」
なんか一人でブツブツ言ってるな。
「まて、じゃあ決闘っていうのはどうだ!」
「決闘……?」
「そうだ、互いに賭けるんだよ! 俺が勝ったらアンタの代わりに領主だ!!」
………。
「?」
「「………?」」
………。
……………。
―――――……?




