序:6 友との別れ
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「コビト? いったいどうしたんだよ」
今までにユウの容姿をからかいの種としてイケメンなどと言うことはあった。しかし、今コビトがユウへ向ける目で敵意を込められたことなどはない。
なぜコビトが自分にこのような憎悪の込められた目を向けるのか、ユウには皆目見当もつかなかった。
「王様、エリアリア、なんでコビトがあんな怪我をしているんですか!?」
牢屋に入れているだけで、食事も自分たちと同じものを与え、ただ監視し問題が起きないようにしている。エリアリアからそう説明を受けていたユウはコビトの酷い有様を見てマルクスとエリアリアを糾弾した。
もしかしたら自分たちが知らぬ間に拷問を受け、その苦痛の原因が自分たちにあるような嘘を吹き込まれているのかもしれない。少なくともユウにはそれ以外の理由が思いつかなかった。
「答えてください!」
再度ユウが訴えかけるも、マルクスもエリアリアも重く口を閉ざすばかりで、ユウになんら答えを返そうとはしない。
「くっくっく……はっはっはっは!」
「こ、コビト?」
ユウは、何が面白いのか、突然笑い出したコビトの方へ振り返る。
「簡単だよ。拷問されたからさ。それ以外のなんに見えるんだ? 鞭で打たれ、生爪をはがされ、寝ることも許されない。なぁ、お前には俺がやることがないからって牢屋にある温かいベッドでぬくぬく過ごしていたようにでも見えるのか?」
コビトは唾棄するように捲し立てた。
「拷問って……コビト、本当にどうしたんだ? 今の君はおかしいよ」
ユウもミハもリキも、3人が揃って心配そうな目でコビトを見るが、コビトは敵意の火が燃える目をユウへ向けるばかりで、いつものように軽い調子で3人の不安を解消するような言葉を口にはしない。
「そうだな。おかしい。たしかにおかしい。だけどな? おかしかったのは日本にいた時の俺だよ」
「コビト?」
「俺はずっとお前が嫌いだった。いや、憎んでさえいた。お前だってそうだろう?」
「コビト……何を言ってるんだ?」
「誤魔化すんじゃねえよ!」
ガンとコビトが地面を蹴飛ばせば、大理石の床に蜘蛛の巣状のヒビが広がった。
「俺はずっとミハが好きだった。ミハは俺の幼馴染だぞ? ずっと一緒にいるのは俺だと思ってた。ミハの隣にいるのは俺だけのはずだったんだ!」
「……どうしたんだよ……本当に」
「お前がミハに見つからないように女を食い物にしてたのは知ってる。法に触れるような薄汚いこともやってただろ。無理やり関係を持った女を脅したり、暴力で弱者から金品を巻き上げたり」
「………………」
ユウは顔を伏せた。
コビトが何か勘違いして誰かと自分を間違えている。そんな事実は一切ない。女性にモテるユウを羨んだ根も葉もないでたらめだ。そんな言い訳は一切しない。
それもそうだ。そんなことする必要がない。
なぜなら、コビトは真実をわかっているのだから。
「ふふふ……ははは。あ~あ、コビト、ここでそれを言うのかい? こんな大勢の前でわざわざ、前の世界のことなんて言わなくていいじゃないか」
酷薄な笑みを浮かべたユウは先ほどまでコビトへ向けていた身を案じる表情を崩し、ただ蔑むような目でコビトを見る。
「友人を案じる心優しい男を演じてたのに無駄になっただけだろ? お前の薄汚さを周りに教えるいい機会を無駄にはできないんでね」
「ふふ、でも無駄だよ。勇者は僕だ。この世界の危機を救えるのは僕しかいない。彼らは僕がどんな人間だろうと僕にすがるしかないのさ。君のやっていることはまったくの無意味なんだ」
「あぁ、この世界の人間にとってはそうだろうな」
そう言うとコビトはゆっくりと傷だらけの手をミハへと伸ばす。
「ミハ、分かっただろ? こいつはこんなやつなんだ。一緒にいちゃいけない。俺と一緒に逃げよう」
「コビト…………ごめん」
「え?」
恋人の悪行を聞かされながら、心底身を案じられている幼馴染の手を拒否する。予想だにしていなかったのだろうコビトの表情が一瞬にして絶望に染まる。
ミハとて断腸の思いなのだろう。目に涙を浮かべ、一瞬は手を伸ばしかけた。しかし、彼女が選んだのは恋人の方だ。
「無駄だ。言っただろ? 君がやってることは無駄なんだよコビト」
勝ち誇った表情で滑稽なものを見るようにユウは笑みを浮かべた。
「知ってるんだよ彼女は。ミハは、全部知ってる。それでも彼女は僕を選んでくれたんだ」
「お、お前」
「彼女は僕無しじゃ生きていけないそうだよ。君の大事な大事な幼馴染は僕のとりこなんだ」
「ユウゥゥゥシィィ!」
激昂したコビトが地面を蹴る。
走って距離を詰めるのではなく、一飛びで彼らの距離は0になる。つい先日まで、日本にいた頃では到底考えられないような身体能力だ。
そして、コビトはその身体能力全開で振りかぶった拳をユウへと突き出す。
「っ!」
が、身体能力はユウも負けていなかった。
寸前で拳を防ぎ、わずかに後ずさりはしたもののダメージを受けた様子はない。
「詐欺師ごときが勇者に勝てるとでも思ってるのかい? レベルは君の方が高いかもしれないけど、僕は訓練も受けた最強のジョブを持ってるんだよ?」
言いながらユウは、お返しとばかりに蹴りを放つ。
腕でガードはしたもののコビトはピンボールのように跳ね飛ばされた。
戦闘系最強職とも呼ばれる勇者と間違っても戦闘系どころか支援家とも呼べない詐欺師では、レベル差があろうとも勇者の方が肉弾戦は圧倒的に有利だ。
ふっ飛ばされたコビトは事態についていけていなかった重臣たちの中に突っ込む。
何人かが巻き込まれ倒れるものの、幸いなことにケガをした様子の者はいない。
「っぐ……剣を寄越せ」
コビトは痛みをこらえて立ち上がるとすぐそばに立っていた鎧姿の男に命令した。
何を馬鹿な。と誰もが思った。
ユウが何やらコビトを怒らせたのであろうことや、ユウが元の世界で軽蔑されるべきことをしていたことを知ったとしても、ユウが自分で言っていた通り彼らはユウにすがるしかないのだ。
そうであるならば、コビトは敵である。
少なくとも、詐欺師などと言う犯罪行為にしか役立たないであろうジョブの男を助ける理由はない。
「どうぞ」
しかし、命令された男は生気のない顔で鞘ごと剣を差し出した。
剣は王に捧げ、民を守る騎士の誇りそのもの。他人に貸し与えることすら稀だと言うのに、コビトへ渡すことなどありえない。
誰もが驚愕に目を見開き、唖然とするがコビトにはそのようなことは関係ない。
鞘から剣を抜き放つと大上段に構えて、先ほど同様一足飛びにユウへ迫る。
「素人丸出しだね」
ユウの言うとおり剣の心得もなく剣を扱うジョブでもないコビトの太刀筋は酷いものだった。
無駄な力みが多く、力任せなばかりで軌道も大きい。
エルヴィンが自分を相手にした時はこのように感じたのだろう。
そんなことを考える余裕さえ持ちながらユウはコビトの剣をほんのわずかに動いただけで回避する。
「さぁ、小悪党は大人しく牢屋に戻るといい」
そう言いながらユウはコビトの腹に拳を叩き込んだ。
途端に胃酸が食道を駆け上り、口全体に酸っぱさが広がる。が、コビトは耐えた。
耐えたものの、形勢は決している。
勇者にはコビトでは勝てない。少なくともこれからも訓練を続けるユウとコビトの差は開く一方だろう。今後この差が覆ることはなく、今の一撃によって満足に体を動かすこともできなくなっている。
もうコビトに勝ちの目はなくなった。
では、大人しく負けを認め牢屋に戻って、再び拷問を受けるのか?
否だ。
「げぇっ!」
「うわっ!?」
4日間何も食べていなかったために吐き出されたのは胃酸だけであったが、それを顔に吐きかけられたのだからたまったものではない。
「どけぇっ!」
ユウの視界を奪った隙に、コビトは入口をふさいでいた重臣らの中に分け入り、剣を振るって道を作る。
「絶対に戻ってくる。その時が最後だ!」
そう捨て台詞を残し、コビトは謁見の間を飛び出した。
残されたのは混乱する重臣ら、騒ぎの中動きを見せなかったマルクスとエリアリア――そして
「コビト……」
心底心配そうな表情でコビトの消えた先を見つめるミハ。
「…………」
なんとか視界を取り戻したが、無言でマルクスを睨むユウ。
「え? どうなってんの? どういうことだ?」
まったく事態が飲み込めていないリキが取り残されたのだった。




