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終極限界のクレアツィオーネ  作者: 立花詩歌
第一章『チェインド・ドラゴン』
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第三十五理― <終了>ミズハの選択と終極限界

「クレア……だ、大丈夫……?」

「え、ええ……何とかね……」


 夜八時を前にしてようやく全ての手続きをやり遂げたボクとクレアは、最後の一室――疲労困憊(イグゾーション)とまた自虐的に銘打たれた休憩室のソファに二人してぐったりと背を預けていた。

 その部屋の名前通りな極度の疲労感に今後の不安を覚えつつ、ボクは肩で息をしながら荒らぐ呼吸を整えようと努める。

 最初の一室『事務管理室』で五十枚以上の書類を一つ一つ読んでサインをするというかなりの精神的重労働から始まった“流され手続き《オペレーション・フロー》”は、その後も拳銃やアサルトライフルなどの幾つかの銃器の実射をしたり、日本刀や戦闘用(コンバット)ナイフを振ったり、よくわからない図形の書かれた紙を何の説明もないまま渡されたり、心理テストみたいなものを受けたり、妙にテンションの高い大柄な男性と(無茶な)腕相撲させられたり――――。

 要約すると体力と精神力をかなり消耗するものばかりだったのだ。


「ミズハにはわからないだろうと思うけれど、私は最初の部屋で“クレア=理(リ)=ディストルツィオーネ”と“Creazione E Distruzione”。通名と本名を両方とも書かされたのよ。あれほど気の遠くなるような単純作業(ルーチンワーク)は後にも先にもこれきりにして欲しいくらい疲れたわ」

「もしかしてそれで追いつけたのかな?」


 『大鳥瑞端』は四十一画。

 画数だけでも『クレア=理=ディストルツィオーネ』の方が少し多いくらいなのに、本(・)体の題名(タイトル)まで書かされていたら相当の時間がかかるはずだ。


「そうかもしれないわね。私はミズハよりいくつか多かったようだけれど」

「人外(エクストラ)だから、だっけ?」

「ええ、幾つか呪法を実演させられたわ。きっと固有振動を記録しておくためだと思ったから、今までこの国で使ったことのある“束縛呪法(レストリツィオーネ)”、“煽動呪法(アギタツィオーネ)”、それと“対抗呪法(プロテツィオーネ)”で誤魔化しておいたけれど」


 最初にクレアと会ったあの日に見た三つだ――――とその当時を思い出しつつ、聞いたことのない単語に首を傾げる。


「固有振動?」

「魔力を使った時に空気中に発散される余波の個体識別コードのようなものよ。魔力使用の痕跡として暫(しばら)くその空間に残ってしまうから、管理のためにそれを計測しておくのね。徹底してるわ。まぁ、ちなみに――――私はそれを誤魔化せるのだけれど」

「え゛」

「これは秘密よ♪」


 そう言って手慣れたようにウィンクを飛ばしてくるクレアは、良くも悪くもいつも通りのクレアだった。


「あ、そうだ。久遠(くー)に終わったよって連絡しておかなきゃ」


 ちなみに、七時を大きく過ぎているものの、六時頃に一度電話して事情は説明してある。と言うよりはボクの連絡よりも前に知っていたみたいだったけど。

 この疲れた声で変に心配させたくないし、メールにしておこうと簡潔に文面を作って送信しておく。まだいつ帰れるかはわからないけど、という一文もちゃんと入れてあるから、多分問題はないはずだ。

 そしてボクが携帯を仕舞ったのと殆(ほとん)ど同時に、部屋の扉が開いて巫女(ミコ)が入ってきた。


「『お疲れさま』

と私は労いの言葉をかけつつ、大鳥(おおとり)瑞端(みずは)及びクレア=理(リ)=ティストルツィオーネの手から指示書を含む二枚の書類を受けとる」


 巫女(ミコ)は疲労で動きの鈍っているボクとクレアの手から指示書と案内図を取っていくと、中身を検(あらた)めてからそれらを綺麗に折り畳んだ。


「『大丈夫か』

と私は二者に確認を取る」

「うん、ボクはもう大丈夫。クレアは?」

「私も大丈夫よ……多分ね」


 あまり大丈夫とは思えない返事を聞いたミコは不意に部屋の隅に移動すると、冷蔵庫から缶飲料を二本取り出し、ボクとクレアの前に差し出してきた。


「『どうぞ』

と私は水分の摂取を促す」


 奇しくもそれは最初にクレアと出会った時に二人で飲んだスポーツドリンクと同じで、横を見るとそれを受け取ったクレアも同じことを思い出したのか、口元にわずかな笑みを浮かべていた。

 ボクはそれを一口含むと、


「これで特失課職員……えっと、特例管理官になったってことでいいの?」


 テーブルを挟んで向かいのソファに腰を下ろしたミコに訊ねた。


「『そう』

と私は肯定する。

『ただしミズハの戦力的価値を考慮し、当面の間二人は必(・)ず(・)行動を共にすること』

と私は今後の注意事項を告げる」

「必ず? 学校でも?」


 ボクがそう聞き返すと、ミコは徐(おもむろ)にさっき綺麗に畳んだ四枚分の紙束をテーブルの上にある陶器製の灰皿の上に乗せた。途端、幾秒も経たない内にくしゃくしゃになった紙束に火が着き、瞬く間に黒い塵のようになって燃え尽きてしまう。

 そしてミコはまた顔を上げると、


「『それが望ましい』

と私は個人的な意見を述べる。また、

『要望があるなら、行空(ゆきそら)高校2‐Bに編入させることも可能。あるいは呪本の状態でミズハが携帯する形でも構わない。どうするかは二人の意思に一任されている』

と私は一例を交えて補足する」


 ミコはそう言うと、ボクたちの反応を待つように押し黙る。


「学校……」


 クレアがぽつりと呟いた。


「興味、ある?」

「……いいえ、止(や)めておくわ。それより今はやらなければいけないことがあるもの。私の出した最後の条(・)件(・)は当然呑んでくれているのでしょうね?」


 クレアの目尻が鋭くなり、射抜くような怖い視線をミコに向けた。しかし、ミコはまったく答える様子もなく受け流すと、ボクが「条件?」と聞き返すより早く、


「『後はミズハの了承如何(いかん)』

と私は審議結果を伝える」

「そう、それならよかったわ♪」


 ミコの答えを聞いた途端、さっきの怖い表情が嘘のようににこりと微笑んだ。


「条件って何のこと?」

「『クレア=理(リ)=ディストルツィオーネは特失課の管理下に入る条件を三つ提示していた』

と私はミズハに事後報告を行う。

『一つは自分を特別遺失物取扱課特例管理官として雇用すること』

と私は説明を続ける」

「手っ取り早くこの国での身分証明が欲しかったのよ」


 何処か言い訳でもしているかのように、視線を逸らして平然とそう言うクレア。


「『二つ目はお――」

「それは言わなくていいわ」


 クレアがミコの言葉を遮った。しかしミコはスッとクレアと目を合わせると、


「『容認できない』

と私は要請を棄却する。何故ならこの条件を言わずしてミズハの了承を得ることはできず、また仮に内容を秘匿して了承を得たとしてもその了承に有効性はないため」

「じゃあ私が言うわ。それなら構わないでしょう?」


 無言でこくりと頷いたミコに何処かほっとした表情を浮かべたクレアは、チラッと一瞬だけボクの方に視線を向ける。

 そして目を逸らし気味に、


「……二つ目の条件は、特失課が組織としてミズハと久遠、そして私の私生活に余計な干渉はしないこと、よ。勿論それぞれの交友関係にまでは口出ししないけれど」

「『尚(なお)、特失課職員の住居は特失課監督の下(もと)、対理外側(アングラ)用に最低限の要塞化を施す義務がある』

と予(あらかじ)め先言しておく」

「そのくらいなら構わないわ」


 クレアは毅然とした態度でそう言うと、何故かじっとクレアを見詰めているミコをたしなめるように小さく咳払いした。

 そして、ミコはまた徐(おもむろ)に口を開くと、


「『……三つ目――つまり最後の条件は、現在捜査中の未成年竜族少女略取事件、通称“Chaind Dragon”の捜査に大鳥瑞端及びクレア=理=ディストルツィオーネを他関係者と平等に参加させること。尚(なお)、ラウラ=クリスティアーネ=ヴィランドリーの了解を得られない場合はこの第三条件は棄却して構わない』

と私は三つ目の条件をミズハに告げ、

『二つ目及び三つ目の条件を了承をするか否(いな)か』

と私は返答を促す」

「えっと……?」


 多少混乱しつつもクレアの方に視線を遣ると、クレアが急にボクの方に体重を預けるようにしなだれかかってきた。


「え、ちょっ……」


 ミコの目付きが鋭くなったのが見えた。

 ボクがさらに混乱を深めつつもその柔らかな感触から身を引こうとしたけど、クレアはそんなボクの耳元に唇を寄せ、


「お願い、ミズハ」


 小声で、囁いた。


「あの“伯爵”と名乗った男は、“我が同胞の忘れ形見”と言っていた。それが私のことだとしたら、あの“伯爵”は私のお(・)父(・)様(・)に繋がっている……。私は、それを追わなきゃいけないの」


 『お父様』。

 その言葉をクレアから聞くのは二度目だ。クレアの――“Creazione E Distruzione”の著者レド=カマエルのことを聞いた時、彼女は確かにそう言っていた。


「でもそんな話、今まで一度も……! それに忘れ形見、ってことは――」

「えぇ、死んでいるかもしれないでしょうね。でも、だからこそ私は知らなきゃいけないの。私の――クレア=理=ディストルツィオーネの終(・)極(・)限(・)界(・)を」


 終極限界……?

 初めて聞く単語だった。特失課に関わるようになってから今までに聞いたこともなかった言葉ならいくらでも聞いてきたけど、その中でも特に不思議な響きを持って聞こえる。


「それにミズハだって、あのラウラを放ってはおけないでしょう?」


 クレアは最後にそう囁いて身体を離すと、何処か懇願するような空気を醸しつつボクをじっと見つめてくる。ボクの選択は勿論(もちろん)最初からある程度決まってはいたけれど、最後の言葉に後押しされて幾許(いくばく)かの迷いが消えた、と言うのも否めなかった。


「わかった。どっちも了承する」


 クレアの表情がぱっと明るくなった。


「『……了解。上には報告しておく』

と私は少し釈然としない気持ちを抑えて選択を受け入れる」


 抑えられてないように見えるんだけど――――そう思った時、ポケットの中を探っていたミコが、ボクとクレアの前に一つずつ何かを差し出してきた。


「『これを』

と私は本日最後の仕事を遂行する。

『取扱説明書等は存在しないため、各自実際に使用して慣れること。また、これで今日の流され手続き《オペレーション・フロー》は終了。二人とも帰って構わない』

と作戦の終了を宣言する」


 差し出されたそれを――ぴかぴかとプラスチック特有の光沢を放つPAID(ペイド)をボクとクレアが受け取ると、ミコは立ち上がって一礼し、そしてそのまま部屋を出て行った。


「お疲れ様、ミズハ、クレア」


 最後だけは特失課としてではなく、不動律(ふどうりつ)巫女(みこ)としてのねぎらいの言葉だった。

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