第三十六理― <所属>性別は正しく(?)覚えましょう
週末。
土曜日の昼過ぎ、この日初めて特別遺失物取扱課の行空支部に出勤(?)するように言われたボクとクレアは、ボクのPAIDのルートガイドに従って学校近くの道を歩いていた。
「次の十字路を右ですよ、御主人様っ♪」
「御主人様はいいってば」
縦十センチ横六センチ厚さ一センチの直方体形をした携帯端末“PAID”から聞こえてくる、溌剌とした同世代くらいの女の子の声。
何処か楽しげな時の久遠に似ているその声は電話ではなくボクのPAIDの統制人格――――“フォルテ”。
どうやらこの統制人格の性格や喋り方、性別等は“流され手続きの時に受けた心理テストのようなものの結果を反映させて最も相性のいい人格が作られるようで、偶然にも久遠の性格がボクのパートナーとして最も相性のいいものだったらしい。
逆にミコはあの心理テストでどう答えたらあんな統制人格になるんだろう、と気にはなってしまうけど。
ちなみにこの名前はクレアが付けてくれたもので、意味は何故だか教えてくれなかったけどイタリア語の単語らしい。
「そういうわけにはいかないですっ。御主人様は御主人様ですからっ」
律儀で頑固なところも久遠からしっかり受け継いでいるらしい。
個人的にはまるで久遠に言われているようでかなり調子が狂っちゃうところもあるけど、件の本人にも大好評のようで、「私がいない時はみっくんを守ってあげて下さい、私二号さん」なんて三つ指ついてお願いしていた。PAIDに。
“私二号さん”って、分かりやすいけどホントにそれでいいの……?
ちなみに久遠は今日、友達とお出かけするとかで、午前中に出ていった。
「それにしても『部屋の中を片付けてから来るように』って何だったんだろうね? ちょうどよかったから、くーの部屋の罰掃除も済ませてきたけど」
ボクがメールに書いてあった文面を思い出しながらそう言うと、クレアがきょとんとした表情で振り向く。
「ミズハ、気付いてなかったの?」
「え? もしかしてボク、また何か見落としてた……!?」
「え、ええ。またと言うかいつも通りと言うか、巫女も言っていたでしょう? 職員の自宅は、安全確保のために要塞化するって」
そう言われてみると、水曜日にそんなことを言ってた気もする。
「留守中にやっちゃうってこと?」
「普通なら住人の誰かが監督につくところでしょうけれど、あるいは私たちの知り合いの誰かが行っているのかしらね」
見られて困るものは特にないから、別にいいと言えばいいんだけど――――何故だろう。何だか嫌な胸騒ぎがする。
それから五分ほど歩くと、見覚えのある教会(のような建物)が目の前に見えた。
「ルートガイド終了しますね、御主人様っ。またご用があれば呼んで下さい♪」
「うん。ありがと、フォルテ」
フォルテが休止状態に入ったのを確認すると、ボクとクレアはその教会に近付く。
すると、その前の道路に立っていた人影がボクたちに気付いたように顔を上げ、軽く片手を挙げて挨拶してきた。
「よう、ミズハ、クレア」
無地Tシャツのインナーに黒いデザインジャケットを重ね、タイトな黒の綿パンツという私服姿のテクスだった。
「テクスの私服、初めて見た~! なんか感じが違ってかっこいいねっ」
「そ、そうか……?」
「いつもは学校の制服でしょ?」
「だったか……」
何故か狼狽え気味のテクスを不思議に思いつつも、そのファッションの一点に目が吸い寄せられる。
もう半月もすれば初夏の時期に長袖のジャケットを着ているのも気になったものの、それ以上にその左袖から少しだけ覗いている鎖のようなものが気になった。
その視線に気づいたのか、テクスが「ああ」と袖を少し引き上げて、アクセサリーのようなそれを見せてくれた。
「これ、あの時の?」
袖の内側から伸びている金属製のチェーンの先に、小さな刃。その形は先週の日曜日に見たテクスの武器をそのまま小さくしたみたいによく似ていた。
「“君臨する狩人”なんて大層な名前も付いてんだけどな。大鉾っつーのか大剣っつーのか分類は詳しくないが、普段はこうやって携帯してるんだよ」
見た限り、このままでも刃物として使えそうだけど、刃渡りは三センチ程度。これで一応、規定五・五センチ以上の所持携帯を禁止している銃刀法には引っ掛かってない、ってことになるのだろうか。
「っと……時間も押してるし、とっとと行くか。ついてこいよ」
ボクとクレアはテクスに続いて二本の石柱の間(名前は付いていないみたいだけど、テクスたちは適当にオベリスクゲートと呼んでいるらしい)を通って、本部棟の建物の中に入る。
「連絡は来てると思うが、お前らの所属は一応、特務D班だからな」
二階へ上がる階段を上がりながら、ちらっと振り返ったテクスが確認するようにそんなことを言い出す。
「確か、ルーリャちゃんと同じだよね」
「ああ。上がクレアの条件を呑んだ以上、暫くは俺たちC班と仕事することになるけどな」
特失課行空支部特務部隊はA~D班の全部で四つ。
紙縒さんやアプリコットさんなど汎用的に色々な仕事をこなせる人が所属し、行空支部の顔としても機能する特務A班――――愛称は“アームキャンディ”。
情報処理・収集と作戦行動の後方支援を専門として、一時期は高汎用機械そのものであるミルアも所属していたという特務B班――――愛称は“バックプレーン”。
荒事を専門的に対処し、対人外の追跡・捕縛・戦闘及び殲滅に長けた平常時の実働戦力部隊である特務C班――――愛称は“クラックポット”。
他の部隊の予備としての側面が強いものの、外因内因に関係なく調子に波があり、戦闘能力の期待値は実質的に未知数というメンバーが多く所属する特務D班――――愛称は“ドロップデッド”。
要するにボクは実力不足で、一番主要任務の少ないD班で腕を磨きなさい、ということなのだろう。ポジティブに解釈して。
クレアは何だか道連れになっただけのような気がして、申し訳ないけど。
ただ気になるのは、この説明をしてくれたフォルテが言うには職員や特例管理官だからといって実際に現場に出るとは限らず、元一般人でいきなり特務部隊に所属と言うのは全国でも相当少数例らしい。
何だかよくわからないことだらけで、後で誰かに、ルーリャちゃん辺りに聞いてみようかな――――なんて思っていると、
「ほら、ミズハ。早く入れよ」
「え?」
気がつくと、目の前に部屋の入り口があって、テクスがホテルのドアマンみたいにその扉を開けて待っててくれていた。
「ご、ごめんなさい……」
慌てて部屋に入ると、コの字に並べられた長いテーブルとその外側に乱雑に並べられたパイプ椅子、そして部屋の前面のホワイトボードの前に集まって何かを話している巫女・リリス・ルーリャ・不夜城先生と、少し離れたところに座っているラウラ・ミルアの姿が視界に入ってきた。
「みぃ……」
いち早くボクたちが入ってきたことに気付いたラウラがあまり原型を留めていない独特なボクのアダ名を呼ぶと、それで気がついた他の全員がこっちに振り返った。
「『遅い』
と私は推測でテクスの責任を追求する」
「なぁ、ミコ。何で俺はお前の中でミズハよりも信用度が下がってるんだ……?」
ミコの静かで冷たい視線に、テクスは絶望したような表情でがくっと肩を落とす。
「ヤッホー、ミズハくん、クレアちゃん♪ ……とテクス」
「おい、バカ女。何で俺だけそんな嫌そうに言うんだよ」
「ううん、まあテクスは獣だから仕方ないよ。私もこの前――」
「デタラメ言うなよ、お前!?」
最後の名前を呼ぶ時だけ目を逸らしたミルアと何かを口走ろうとしたリリスをジト目で睨みつけるテクス。
「やぁ、ミズハ君。うちのテクスが獣みたいですまないね。何かいやらしいことをされなかったかいッ?」
「おい、そこの変態女。今すぐスケッチをやめないと叩っ斬るぞ」
ミコ、ミルア、リリス、不夜城先生をツッコミ(+一部実力行使)四連続で捌いたテクスは部屋のドアを閉めると、不機嫌そうに手近なパイプ椅子にどかっと座る。
これはちょっと可哀想だよね――――と思ったボクがフォローを入れようとした時、急に横からくいくいっと裾を引っ張られる感触に振り返った。
いつのまにか隣に来ていたラウラだ。
「どうしてテクスは不機嫌……?」
深い碧色の目でぼんやりとボクを見上げ、ラウラはそう訊ねてきた。
「そんなもの決まってるですの――」
何故かコホンと小さく咳払いをしたルーリャは皆の視線が自分に集中したのを確認すると、自信満々の表情で胸を張る。
「――これだけ可愛い女の子の中で一人だけ男じゃ居心地悪くて当然ですの!」
「ボクは男だからね!?」
「俺はイカには興味ねぇよ」
「イカじゃないですの!? 私はクラーケンですの! 酷く傷ついたですの!」
「『今のはどうかと思う』
と私はテクスに非難の目を向ける」
「お前まで敵か、ミコ!?」
「ねえ皆ボクのこと流さないで!」
両肩に静かにぽんと置かれたクレアとラウラの手がただただ優しかった。




