第三十四理― <手続>特例管理官になりました
「『特失課へようこそ、ミズハ』
と私は歓迎の辞を述べる」
学校を巫女と二人で出てから十分。『ついてきて』という以外に何の説明もないまま後ろを歩いていたボクに突然振り返った彼女はそう言った。
「え?」
考え事をしながら機械的にミコの小さな背中を追っていただけのボクは、ミコの言葉を咄嗟には理解できず、つい聞き返してしまった。
すると、ミコはわずかに感情の薄い目を逸らしつつ、微かに頬を赤く染めて、
「……『特失課へようこそ、ミズハ』
と私は名状しがたい羞恥を煽られながらも、再度歓迎の辞を繰り返す」
「ご、ごめん……!」
一度言った台詞を言い直しさせられたら、当然恥ずかしいだろう。ボクでも。
そして謝ってからようやく、ミコの台詞の意味するところに気付き、ボクは思わずパッと顔を上げた。
「それって……」
「『……』
と私は無言で頷き、肯定を示す」
全然無言じゃないけどね!
なんてことを内心でツッコミつつ、ボクは思わず口元が緩むのを感じた。
「『先程三時二十分頃、ミズハを特別遺失物取扱課特例管理官として指定することが行空支部上層会議で議決した』
と私は関連の報告を続ける」
「特例管理官?」
「『特別遺失物取扱課の基本人事に於いて、本来ならば所属できない対象者を採用するために置かれる例外的な一時的役職。なおその権限及び職務内容等あらゆる組織的な扱いは通常職員と同じものとなっている。これは特失課の発足した明治三十五年当時の制度に由来している』
と私は懇切丁寧に説明する」
ミコはそう言うと、ポケットからPAIDを取り出し、電源を入れる。そしてまた何やら騒ぎだした件の統制人格を液晶画面にひびを入れるような指圧で黙らせると、何処かに電話をかけ始めた。
「その例外って?」
「『例えば“元一般人の未成年者”“無自覚の人外”“日本国籍を持たない者”“強力な異能を有していて封印制限措置の取れない者”“特失課とは別の関連組織に属していた者”等が挙げられる』
と私はミズハの質問に答える。また、
『特務A班所属の衣笠紙縒も特別遺失物取扱課特例管理官』
と私は理解の幇助のため補足を加える」
なるほど。
ボクや紙縒さんは未成年の一般人だったから、特別遺失物取扱課に正式に所属してるわけじゃないらしい。
つまり特例管理官、というのは一番最初の本来の制度では禁止された人事を例外的に認めている、という体で採用するための特失課職員の別名なのだろう。つまり名前が違うだけで本質は同じものなのだ。
ボクがそんな感じで何とか一人納得している間に、電話が繋がったらしいミコは耳にPAIDを当てた。
「『ミズハを連れてきた』
と私は用件を短く伝える。
『了解』
と私は依頼を受理する旨を伝える」
最後にそう言うと、ミコは電話を切り、また何やらぶつぶつ文句を言っているPAIDの電源を落とした。
「『ミズハにはこれから、幾つか手続きを行ってもらう必要がある』
とこれからの予定を説明しつつ、
『こちらへ』
と案内を開始する」
ミコが指し示しながら向かって歩き出したのは、ボクたちの立っていた歩道のすぐ隣に建っていた、寂れた雰囲気の西洋風の建物だった。これで十字架があったら教会、のように見えるのではないだろうか。
ただ不思議なのは、一見するとそのまま見逃していたかもしれないぐらい目立たない外見からは意外なくらい、その敷地は広く建物も大きかった。
いや、逆だ。
敷地も広く、同じ敷地内に連なる三階建ての病院のような古い建物も相俟ってかなり大きな施設なのに、不自然なくらい目立ってない。
ボクもさっきまで隣に建物があることにすら気付かず、ミコがそっちを向くまでは目を向けようとも思ってなかったのだ。
その奇妙な感覚――――まるで無意識に意識を逸らしていたような感覚に、ボクは何となく魔法や呪法のような異能的な何かが働いていると直感した。
ふと気付いて前に視線を向けると、その教会のような建物と道路のちょうど中間ぐらいの半端な場所に二本の白い柱が立っていて、ミコがその一歩手前で振り返り、ボクをじっと待っているような仕草を見せる。
その二本の白い柱は石で出来ていて、下の方には一回り大きな台座があり、四角柱状の柱は上に行くほど少しずつ細くなっているようだった。
「ここは……?」
少し物怖じしそうになりながらもミコに追いついて訊ねてみると、ミコは「境界」とだけ言ってその建物の方に向き直った。
「やっぱり教会なんだ……」
「『早く』
と私はミズハの自発的な行動を促す」
「う、うん……」
いつのまにか二本の柱の間を通って教会の大きな二枚扉の前に立っていたミコが、振り返って手招きをしていた。
その時だった。
「――え……?」
突然、視界が変わった。
ちょうど二本の柱のオブジェを結んだ線を跨いだ瞬間、目の前の教会と古病院が完全に消え、七階建てくらいのガラス張りのビルと学校のような外見の三階建てぐらいの建物が現れたのだ。
「何、これ……?」
「『特別遺失物取扱課、行空支部本部棟。ミズハも既に四度来ている』
と事実を報告する」
クレアや特失課と出会った日、テクスに連れられて射撃訓練をした日、それと今日の昼放課――――あと一回はいつだっけ?
いや、今はそっちじゃない。
「そうじゃなくて、さっきまでここには教会があったはずで……」
「『“偽装迷彩”。視覚・聴覚・嗅覚を始めとして、この施設及び周辺空間全体を多元的に隠蔽・守護する全自動の魔科学複合式自動防衛システム』
と私はおそらく現段階のミズハには理解できない説明をする」
「うん、ホントによくわからなかった」
「『魔科学複合技術は専門外』
と私は暗にこれ以上の説明が不可能であることを先言しておく」
ミコはそう言って話を切り、自動のガラス扉から中に入っていく。続いてボクも入ると、確かに見覚えのある玄関ホールが目の前に広がる。後ろでした自動扉の閉まる音に振り返ると、偏光するようになっているのか外の光景は見えないようになっていた。
「まず何をすればいいの?」
「『用意は済んでいる。ミズハはこれに従って移動しながら手続きを済ませること』
と私は指示書と建物の内部構造平面図解書をミズハに手渡す」
差し出された二枚のA4紙を見ると、一枚には建物の中の案内地図、もう一枚には部屋の名前らしきものがずらりと縦に並び、それらが矢印で繋がれたフローチャートのような行動予定が印刷されていた。
「『各所を回り、その部屋の担当者の指示に従えばいいだけ。尚、その二枚は国家機密に当たる内容を含むため、外部への漏洩に気をつけること。全ての手続き終了後、私自信が回収する』
と注意事項を述べ、大鳥瑞端の案内任務を終了する」
「ボク一人で?」
「『基本的にはそうなる』
と質問に答える。
『ただし、既にこの“流され手続き”を開始しているもう一人の特例管理官に追いついた場合はその限りではない』
と私は補足説明を加える」
「もう一人いるの?」
「『いる』
と即答する」
ボクは、この後に別の仕事が入っているらしいミコと別れ、指示書の通りにまずは二階へ上がり、最初の部屋『事務管理室』に向かって特失課の廊下を歩く。
「もう一人の特例管理官って誰だろう……。ちょっと楽しみだな。同期……ってことになるのかな?」
こういう気分の高ぶりは、高校に入学した時以来のような気がする。
その楽しい高校生活初日は志賀谷昴という一人の変態兼現親友に滅茶苦茶にされて、中学時代と同じく散々なことになってしまったけど。
「あ、でも同期ってもしかしてライバルってことになったりするのかな……?」
「最初の部屋なら向こうの角を曲がれば目の前に見えるわよ、ミズハ」
「あ、ありがとうございます」
擦れ違った親切な人が、最初の部屋を教えてくれる。
ボクは言われた通り、角を曲がって……?
思わず振り返り、曲がった角の向こうに飛び出しながら擦れ違った人の後ろ姿を――――
「もしかして、もう一人の特例管理官って…………クレア?」
長い金髪を靡かせて、何処か優雅な所作で歩くその人影は、間違いなく『特失課には関わらない』と断言していたうちの居候――クレア=理=ディストルツィオーネさんだった。




