第三十二理― <処理>二‐Bは何処かおかしい
今回は少し短いですね。
いつもは4000文字以上ありますが、今回は3300文字ほどです(・・*
昼休みが終わった五限目――。
学校に戻ったボクは数学の授業を聞き流しながら、曇り始めた窓の外の空模様をぼんやりと眺めていた。雨でも降るのか、少し気温も下がっている気がする。
普段なら真面目に授業を受ける優等生――――なんてことは成績や授業態度を見ると間違っても言えるものじゃないけど、不真面目とまでは言われない程度に授業に意識を向けているところだ。
「はぁ……」
ため息をひとつ吐く。
授業が始まって十五分。
結果的にはどうあれ、幼なじみの殺される瞬間を見てしまったことで揺れ動いていた心が――ぐしゃぐしゃになっていた頭の中がやっと落ち着きを取り戻す。
何の予告も予兆もなく、今日の昼休みに突然実行された、ボクに対する意識審査。
意識審査というのは人物審査に合格した人に課せられる審査項目で、通常の職業とは一線を画した――どころでは済まないぐらいにズレている特別遺失物取扱課職員という職業に就くだけの覚悟があるかどうかを問うものらしい。
ボクが突発的に受けさせられた“無力難題”は幾つかある試験方法のひとつなのだとか。自分で望んだことの結果である以上、“受けさせられた”なんて言い方はさすがに外聞が悪いのかもしれないけど、言葉を口に出さずに内心で愚痴るぐらいは許して欲しい。
あの後、本当ならボーダー――境界線を地面に引き、その直後の行動によって試験の合否等が決定する、という流れを予定していたらしい。
合否等というのは例えば――
“ボーダーを超えなければ不合格”
“最初の射撃の時点で止めれば即合格”
――と一番合否がはっきりとしている二つを初めとして、“射手を無力化したら二週間の研修を行い、その成績によって合否判断”“怪我の治癒に成功したら、戦技審査へ”等十項目ぐらいの判定基準があったようで、対してその試験でのボクの行動は“ボーダーを引く前から射手を無力化し、怪我人に治療行為を行う”と想定外の結果だったから、今後のことは、特失課行空支部の偉い人たちが形式的な会議をして決めるらしい。
で――。
「治療行為って何……?」
ぼそりと呟く。
治療というからには勿論怪我を治す行為があの時点で行われたことになるんだろうけど、生憎というか当然の如くボクにはそんなことをした覚えはない。
ボクの持ち得る常識で考えても生体医学的な何かがあったとも思えないから、やっぱり魔法のような何かがあったということになるのだけど、そもそもボクは魔法なんてものはこれっぽっちも習得してないのだ。
不思議というより不可解だった。
結局ボクは“無力難題”後、紙縒さんと久遠からちょっとした説明――釈明を受けてから二人と一緒に学校に戻ってきて今に至る。
気持ちに余裕が出てくると、やっぱり気になってくるのは治療行為の件だ。
治療というと思いつくのはクレアの蘇生呪法だ。呪いの本だけに本質は違うものらしいけど。
でもあの呪法は、ラウラに使った時に見たように行使する時に変な光を伴う。
久遠の姿に変身したアプリコットさんにその特徴は見られなかったし、第一あの時は誰も手を出さないように厳命されていたらしい。強力な力をもつクレアは特に注意されていただろう。
そうなるとやっぱりボクが怪我を治したことになってしまう。
時折御城儀先生の注意を受けながら、延々こんな感じで似たような思考を繰り返していて気が付くと、いつのまにか五限目の授業は終わっていた。
「よっ、ミズハ。どうした、恋に悩む少女みたいな顔して。写真撮っていいか?」
「気が付くと、いつのまにか目の前にスバ――変態が目の前にいた」
本気で写真を取ろうとしているのか、腰に着けたカメラ入りのウェストバッグにかけられた手をジト目で制しつつ、ボクは目の前に現れた変態こと志賀谷昴の顔を見上げる。
「何でいきなりモノローグ始めてるんだ、お前!? しかも言い直す前後逆だよな!」
「劇的ビフォー……スバル、アフターいる?」
一転、今度はにっこり笑って聞いてみる。
「劇的すぎるぞ、その展開!? 最初の十分間だけ見るのやめてくれ!」
両手をホールドアップして交戦の意思がないことをアピールしてくるスバルから視線を下げ、ボクは徐にそのベルトに手を伸ばす。
「な、何をする気だ、ミズハ!」
「そのまま動かないで、スバル。ボクがやってあげるから」
下がろうとするスバルを笑顔で制しつつ、ボクはゆっくりと狙うようにベルトに手を近付ける。
「こ、こんなところで!? 人が見てるぞ!」
「ボクは気にしないよ。それより今すぐ処理しないといけないでしょ――」
スバルが何を言っているのかよくわからなかったボクは、最後のひとことを少しだけゆっくり言って、それとは逆に素早く手を動かし、スバルのベルトに手をかけた。
そして、持ちやすそうなベルトの金属バックルの部分を掴んで逃げられないようにしつつ、その手前にあるテープアジャスターバックルを上下から指で挟んで外す。
「――このカメラの画像データ」
「待て、ミズハ」
スバルの棒読みのような制止を無視してウエストバッグを掴み、思いっきりベルト通しから引き抜くと、後ろに向き直って即座にチャックを開けて中の一眼レフのデジタルカメラを取り出す。
「待て、ミズハ! それには俺が今日一日で撮り溜めた小遣い稼――お前の青春の一ページを飾る大切な写真が九十八枚も入ってるんだッ!!!」
「今小遣い稼ぎって言おうとしたよね、明らかに! どう言い換えたって盗撮は盗撮だ、馬鹿スバル! 大体なんで枚数まで覚えてるのさ、気持ち悪い!」
必死に取り返そうと机の上に身を乗り出し、ボクの肩を支えにしてカメラに手を伸ばしてくるスバル。
それに対してボクはスバルが勢い余って床に落ちないように加減しながら、カメラの中の写真を一枚一枚確認する作業を並行して進める。
ボクが授業中にうとうとしている写真。体育の時の写真。昼休み前にボクが教室から出て行く時の写真。明らかにたった今撮られたばかりの、頬杖を突いてぼんやりとしてるボクの写真。
『写真撮っていいか?』ってもう既に撮ってるじゃないか!
「気持ち悪い!? それが親友に言っていい言葉だと思ってるのか、ミズハ!」
「じゃあキモい」
「悪意が増した!?」
データ全削除の処理待ちをしながら、最後の抵抗とばかりに机の上からボクの手のカメラを奪い取ろうとするスバルの手を掻い潜って席から離れる。
「もういいだろ、ミズハ! 返してくれ!」
ボクは全削除処理が終わったのを確認すると、カメラをウエストバッグの中に仕舞い直してスバルに差し出す――――寸前でスバルとあえて目を合わせてみた。
「ど、どうした、ミズハ……」
「ううん」
じーっ、とスバルの目を見詰めてやると、その視線が一瞬泳いだ。それを見逃さなかったボクがもう一度ウエストバッグのチャックを開けて中に指を差し入れると、スバルの顔色がまたも青ざめる。
「ま、待て、ミズハ! もう何もない!」
「今さら信じられるか!」
結局ウエストバッグのエンブレムに隠されていたもう一枚のメモリの中の写真まで全消去すると、膝から崩れ落ちたスバルは教室の隅で男泣きし始めた。何故か教室のあちこちで、机に突っ伏して寝ているフリをしながら微かに震えている男子が十人くらいいるけど。
何アレ。
でも、スバルとお馬鹿な遣り取りをしたおかげで、随分自分を落ち着けることができた気がする。
その点では、馬鹿で変態だけど気を遣ってくれていたんだろう親友に感謝だった。
――後で写真の活用方法については聞き出さなきゃいけないけど。拳で。




