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終極限界のクレアツィオーネ  作者: 立花詩歌
第一章『チェインド・ドラゴン』
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第二十八理― <突然>その声はその場に響いた

『見た目ほどには酷い怪我を負っていなかったのか、あるいは単純にラウラの素質、かしらね。さすがの私でも、今まで竜族を呪ったことはないからここまでメンタルが強いとは思いもしなかったけれど』

「そうなんだ」


 ぼんやりとした光を纏う呪術書のクレアを抱え直しつつ、その台詞を聞いて少しホッとする。クレアが理性を犠牲にすると言っていたから多少不安はあったけど、どうやら杞憂だったみたいだ。


『ドラゴンっていうのは基本的に手を出さない方が賢明なのよ。特にインドや中国、スイスやブルガリアのドラゴンは神と同じだから、逆鱗に触れればただでは済まないわ。日本にも確か蛇神がいたはずだと思ったけれど。ああ、そう言えばアステカやマヤにも蛇神族がいたわね。英国イギリス赤い竜(ウェルシュ)白い竜(グウィバー)は別の意味で危険だけれど』

「ラウラちゃんは……?」


 ラウラに聞こえないように本に顔を寄せて小声で訊く。

 他の人にはクレアの声は聞こえていないようだから、そっちは問題ないんだろう。


『彼女は自身をヴィーヴルと称していたけれど、おそらくドイツの竜、リンドヴルムで間違いないわね。その辺りの事情を特別問いただす気はないけれど、リンドヴルムは神格化されているわけでもないし、竜族の中ではそれほど強力な種ではないわ。勿論もちろん、一般人と比較すること自体が間違っているくらいには、人知を外れて、常軌を逸してはいるけれど』


 元一般人のボクからすれば、ドラゴンという響きだけでも相当に強力なイメージしかない。

 元々ファンタジーの世界の中だけの話だと思っていたぐらいで、それが現実に存在するはずがないと思っていたからこそそこまで膨れ上がってしまったんだろうけど。

 火のないところに煙は立たない、というのもあながち間違いではなかったのだろう。


「後はミルアが上の竜を何とかしてくれるのを待つだけですの」


 ルーリャが盾の端からちょっと上を覗き、また顔を引っ込めてそう言った。


「ミルアは大丈夫なの?」

「シミュレーション上とはいえ、一万八千七百体の無人自律兵器オートメーション・ガジェットを単騎殲滅できる超絶機械を心配する理由はないですの」

「よくわからないけど凄まじいってことだけはよくわかった気がする」


 ただ、ルーリャが言ったことと仮にも顔見知りの()()()を心配することとは話が別だと思う。

 機械とか兵器とか言われても、初めてミルアと会った時の印象はクレアの時とは違って突拍子がないなんてことがないものだったから、ボクの感覚的にはあまり人と変わらない扱いしかできないのだった。

 ボクは頭上で傘のように掲げられた盾から顔を出し、上空を仰ぎ見た――


『避けなさい、ミズハ』

「え?」


 ――その瞬間、突然に頭上至近距離で爆発音がとどろいた。

 慣れるなんて思いもできないほどの大音量に身体が(すく)んだ。


「な、何……!?」

「この盾“イージス・パラス”は攻撃を受ける時、逆に爆発して攻撃の衝撃を殺す特殊装甲、きっと流れ弾を受けただけですの。危ないから、頭引っ込めていなさいで――」


 ドスンッ!

 その時、後ろから激しい衝撃音がして地面が揺れ、ルーリャの台詞が途切れた。同時にボクの目の前に立っていたラウラが目を見開き、その絹のような細さの金色の髪がぞわりと逆立つ。

 ボクがおそるおそる振り返ると――


「やー、ごめんごめん」


 アスファルトに直径二メートルほどのクレーターを作ったミルアが、むくっと上体を起こしながら気楽そうにそう言った。


「何を撃墜されてるですの!」

「ていうか大丈夫なの!?」


 鉤裂きにされたようにボロボロになっている上、何故か煤けたように黒く汚れているミルアの服を見て、ルーリャとボクは思わず口々に叫ぶ。

 ルーリャの言った盾の説明と照らし合わせて考えると、もしかして――――今、盾の上に落ちてきて、盾の爆風で吹き飛ばされたのってミルアじゃないだろうか。


「だーいじょぶだいじょぶ~。アタシやルー公は基本がギャグパート担当だから、このぐらいじゃ死なない死なない♪」

「誰がギャグ担当ですの!?」


 ルーリャがツッコミを入れると、月明かりの下でスポットライトを当てたかのような明るい笑顔を見せていたミルアは、面食らったように首を傾げた。

 そして、


「ルー公」


 あっけらかんとそう言ってのける。


「言い直さなくていいですの!? もはや意味不明ですのッ」

「ルー公が誰かと話してる時って大体ギャグパート突入してるものだよ」

「どういう法則性ですのッ!?」


 がびーんとショックを受けたような顔で頭を抱えたルーリャに、けらけらとからかい調の笑い声を漏らしたミルアは、ふと思い出したように上を見上げる。


「理不尽ですの! 無茶苦茶ですのッ! 大体エステルさんはどうしたんですの!」


 憤慨とばかりに両手を振り上げるルーリャにひらひらと手を振ったミルアは、


「いやいや~、ちゃんと戦ってる最中だよ――」


 そう言ってミルアが上を指差した瞬間――――ズンッ……!!!

 再び地面が大きく揺れ、視界の大部分が巨大な影に占められた。

 ヴィーヴル・エステルが、アスファルトの窪みの真ん中にいたミルアを全長八メートルはありそうなその巨体で押し潰すように、上空から飛び降りてきたのだ。


「ミルアッ!」

「危ないから、全員下がりなさいですのッ!」


 またもルーリャの触手に絡め取られ、急激に後ろに引っ張られる。


「ルーリャちゃん、ミルアがッ……!」

「ミルアの()()()はこの程度で抜かれはしないから大丈夫ですの!」


 ヴィーヴル・エステルは飛び降りてきた体勢のまま巨大な尻尾をずるずるとくねらせ、さらに陥没した道路のクレーターの中に留まって舞い散る砂煙から、這い出すように頭を高く持ち上げた。

 どの高さから飛び降りてきたのかはわからないけど、その衝撃が数トンで済むとは思えない。


「でも……!」

「大丈夫に決まってるですの! このぐらいでミルアはやられたりしないですの!」


 ルーリャの声に若干の迷いが出た、その時だった。


「――ほら~。ちゃんと仕事はしてるよ。アタシたちは一般市民と迷える人外を助けるためにこの仕事をしてるんだからさぁ~♪」


 いまいちはっきりとしない視界の中で、ミルアの声だけが妙に際立って響いた。


「ほ、ほら見たことかですの! 私は心配してなんかいなかったですのーッ!」


 心配してたみたいだ。


「あ、あとお給金がいいから~♪」

「最後のがなければそれなりにいい台詞だったですの!?」


 ルーリャが誰かと話すと、やっぱりこうなってしまうらしかった。

 その時、涙目になっていたルーリャの触手から身を低くして抜けたラウラが、ルツェルンハンマーを一振りしてヴィーヴル・エステルの方に駆け出した。


「ま、待ちなさいですの、ラウラッ!」


 咄嗟とっさにルーリャが伸ばした触手をい潜り、ラウラはヴィーヴル・エステルの尻尾の薙ぎ払いを飛んでかわし、そのまま肉薄する。


「あぁ、もうですの! 暴走癖はどうにかして欲しいですの……!」


 ルーリャは盾を地面に投げ捨て、二本の触手をラウラに向かって高速で伸ばす。


「ありゃ。迷える人外ちゃんがこっち来ちゃった?」


 ミルアの能天気そうな声がまた聞こえ、ヴィーヴル・エステルの巨体がググッと持ち上がった。その下に、押し倒されたまま両腕を突っ張ったミルアの姿が見える。そして、ミルアはヴィーヴル・エステルを押し戻しながら起き上がると、一瞬の隙を突いて巨体の下から飛び出した。


「ほら、迷える人外ちゃん」


 飛び出した時、さらに地面を強く蹴って曲芸のようにヴィーヴル・エステルの腕や翼をするすると避け、ラウラを抱きかかえるようにして跳び上がる。


「放して……! 姉さま!」

「心配しなくても無傷で捕まえてあげるから」


 暴れるラウラをなだめるようにしながら抑えつつ、ミルアはヴィーヴル・エステルから距離を取る――――とその時、突然そのヴィーヴル・エステルの様子が変わった。

 ざわざわと空気が震え、ヴィーヴル・エステルの姿が変化し始める。


「ッ……!?」


 次の瞬間、砂煙の中から人に近い姿を取り戻したエステルさんが飛び出した。

 しかし、その肘から先はドラゴンの鱗に覆われ、指の先には鋭く大きな爪が鈍く光っている。その矛先が向けられているのは――――。


「逃げて、()()()!!!」


 ミルアさんの今までになく必死な声が響いた。

 しかしルーリャは呆然としているのか、何故か動く素振りは見せない。

 そして、妖しい光を放つエステルさんのその爪が、ルーリャを至近距離に捉えた瞬間だった。


()()()()()()()()()


 突然、その空間に低くしわがれた男の声が高らかに響いた。低い声が高らかに、というのも我ながら変な言い回しだけど、まるで耳元で大声で叫ばれたようなその声は、そうとしか形容できなかった。

 しかしその声が場に降臨した途端、今にもルーリャを貫こうとしていた爪が――それどころかエステルさんの全身の動きがぴたりと止まっていた。

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