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終極限界のクレアツィオーネ  作者: 立花詩歌
第一章『チェインド・ドラゴン』
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第十六理― <争い>何とかこの場は収まった

「みっくんを離して――ッ」


 夜の行空(ゆきそら)の街に悲痛な久遠(くー)の叫び声が響き、その背中に生えていた真っ黒の左翼がみるみる捻(ね)じ曲がって螺旋(らせん)状の切っ先を持つ槍のような形に変化する。


「やっぱりあの女、人外(エクストラ)」


 ボクの肩越しに少し身を乗り出してきたラウラが、そう呟(つぶや)く。


(くーが……クレアやラウラと同じ――――人(・)外(・)?)


 そんなバカな……。

 久遠(くー)はボクの幼馴染みで、ごく普通の人間で、それにクレアや特失課の人も言ってたじゃないか。久遠(くー)は異常な世界(こちらがわ)には触れてないって……。一般側(ノーマル)だって――。


「――言ってたじゃないか……」

「あの女から、姉さまの情報、聞く」


 そう言ったラウラは、わずかに口を開いたまま久遠(くー)を見据える。

 その時、バチバチッと何かが爆(は)ぜるような音が至近距離から聞こえてきた。


 パリッ。

 まるで電気の火花(スパーク)のような、一瞬だけ響いては消えるその音は瞬く間に回数が増えて、絶え間なく轟き始める。


 バチッ、バチバチバチッ……。

 ラウラの口内から、薄蒼色の光球が覗いていた。表面は激しく揺れ、その内部では無数のスパークが渦巻いている。


(まさか、これドラゴンブレスとかいうヤツなんじゃ……!?)


 それに対して久遠(くー)の右翼がギュルンと集束し、左翼と同じ螺旋(らせん)の槍が形作られた時だった。


「止(や)めなさい、ラウラっ!」


 ――クレアの怒声が響いた。

 途端、ビクンとラウラの身体が震え、口内の光球(ブレス)がロウソクの火を吹き消すように収束する。

 すると同じく二階のボクの部屋のベランダから、クレアが飛び降りてきた。

 着地点のすぐ隣にいた久遠(くー)が、クレアにも警戒するように右の黒翼の槍を向けて、普段の彼女とは思えない強い視線でクレアを睨み付ける。


「貴女(あなた)も少し落ち着きなさい、久遠(くおん)。解放(リベラ):“感情呪法(エモツィオーネ)”」


 ピクリ、と久遠(くー)の髪が揺れ、黒の澄んだ瞳が揺らぐ。

 そして一瞬、思案顔になった久遠(くー)はスッと目を閉じる。その瞬間、解(ほど)けるように両翼の黒い螺旋(らせん)の槍が元の翼の形を取り戻す。

 そしてその翼も畳(たた)まれるように小さくなり、ふっと消えた。

 翼の消えた久遠(くー)はまるで糸が切れるように脱力し、その場にぺたんと座り込んでしまった。

 クレアはぼーっとしているラウラに近づくと、その手からさっとブローニング・ハイパワーを奪い取った。


「安全装置(セーフティ)がかかったままでよかったわ」


 クレアはチラッと見てそれだけ確認し、トリガーガードに指を引っかけて吊り、ブローニング・ハイパワーを預けてくる。

 ちなみに安全装置(セーフティ)というのは自動拳銃(オートマチック)の基本装備のひとつで、引き金を固定する、あるいは引き金を引いても銃弾が出ないようにする、誤動作防止システムのことだ。

 そしてクレアは、ラウラに向き直る。


「ここは日本、貴女(あなた)の国じゃないの。本国では、貴女(あなた)や貴女(あなた)の本家もそういう意味で顔が利いたと思うけれど、ここでは貴女(あなた)を庇護できるのは特失課だけなのよ? ただでさえ不法入国、これ以上下手なことをすれば通常法でもよくて強制送還でしょうね。そうなると自分でお姉さんを助けるなんてできなくなってしまうでしょう?」

「ぅう……でも、クレア……」

「でもじゃないの」


 あの懐(なつ)きよう、昼間いったい何があったんだろう。

 そんなことを思いつつ、ブローニング・ハイパワーを腰に吊り直した帯銃帯(ホルスター)に納めたボクは、座り込んだまま動かない久遠(くー)に歩み寄る。


「…………みっくんは何処まで知ってるんですか?」


 久遠(くー)の傍(そば)にしゃがみこんだ時、小さな声で久遠(くー)の方からそう切り出してきた。

 ボクは、思わず答えに詰まる。


「えっと……」

「私の――火喰鳥(ヒクイドリ)のことは知ってましたか……?」

「ううん、それは知らなかった。だから今は……ちょっと驚いてる」

「いつかみっくんには話さなきゃって、思ってたんですけど…………でも今は、今は置いといてもいいですか?」


 泣きそうな悲痛な声でそう言って顔を上げた久遠(くー)の目元には、既にもう涙が滲(にじ)んでいた。


「う、うん……」


 思わず頷く。

 久遠(くー)の泣き顔に強く出れた記憶はない。出る気もないのは事実だけど。

 ありがとうです、と涙声で言った久遠(くー)は俯(うつむ)いて手の平で目元を拭(ぬぐ)い、パッとまた顔を上げた。


「それで、いったいどういうことなんですか? あの子は誰なんですか?」


 急にいつもの芯の強い声に戻った久遠(くー)は、俯いてクレアの説教を受けているラウラを指差して言った。


「えっとラウラちゃんっていう子で、中身はドラゴン……なんだって」


 改めて口にしてみると驚愕の事実。


「あの子のお姉さんが誘拐? されて日本に連れてこられて、ラウラちゃんはお姉さんを探してるんだ。それで、そのお姉さんがくーと会ったかもしれないって情報が出てきて……。くー、心当たりない?」

「彼女のお姉さん、ってことはドラゴン……なんですよね?」


 一拍思案顔になった久遠(くー)は、確かめるようにそう聞いてくる。


「うん、確かヴィーヴルって言ってた」


 記憶を辿(たど)ってそう返すと、久遠(くー)はチラッと視線を上に向け、


「見ましたっ、えっと……みっくんが電話をかけてきたちょっと前なので二時間くらい前です。この辺りで西洋竜は珍しいのでたぶん間違いないと思いますっ」

「何処で見たの!?」

「ここの二百メートルくらい上空です。あ、えっと……私、飛べるので……」


 もしかしてあの時電話の向こうから聞こえてた風の音は、窓を開けてたとかじゃなくてここのはるか上空にいたから……?

 突然申し訳なさそうに小声になった久遠(くー)に「大丈夫だから」と続きを促(うなが)すと、久遠(くー)はふと思い出したかのように、


「血の匂(にお)いがしました……」

「血……!?」


 突然久遠(くー)の口から飛び出した予想外の単語にぎょっとする。


「それは穏やかじゃないわね」


 説教を終えたらしいクレアが、後ろにラウラを携えて近付いてくる。


「色々訊きたいことはあるけれど、とにかく中に入りましょう。それとミズハは特失課の誰かに連絡しなさい。おそらく何処かで観(・)測(・)はしているでしょうけれど、気付いてはいないでしょうから」

「そう言えばこれだけ騒いだのに、誰も出てこないね……?」

「それは私の虚構呪法(フィンツィオーネ)で咄嗟(とっさ)に騒ぎを隠したからだけれど。ミズハはともかく、二人とも少し考えてから行動しなさい」

「面目(めんぼく)ないです……」

「うぅ……」


 久遠(くー)とラウラが二人揃って項垂(うなだ)れるのを横目に見ながらポケットから携帯を取り出し、着信履歴の近いミルアさんに――――かけようとして踏みとどまる。

 そして電話帳から巫女(ミコ)の番号を呼び出してコールし――――ようとして諦める。

 よく考えると、ミコは普段、PAID(ペイド)の電源を落としている。

 気付かない可能性の圧倒的に高いだろう。

 『轍(テツ)』で登録してあるテクスにかけるのも迷ったけど何か用事で離れていると言っていたし、不夜城先生の電話番号は知らない。というわけで仕方なくミルアさんにかけることにする。


 プルルルルル……プルルルルル……。

 よく聞く電話の音を聞き流しながら応答を待っていると、十秒ほど遅れてプツと鳴り止んだ。


『ってぇー……ぃっ、びっくりしたぁ! 何々(ナニナニ)誰々(ダレダレ)?』


 またも元気なミルアさんの声で、無意味に長い台詞が回線の向こうから聞こえてくる。


「えっと、ボクです。大鳥(オオトリ)瑞端(ミズハ)です」

『あっ、覚えてる~。アタシのファンの可愛い子だ~』


 可愛くはないです。ないですから。


「不夜城先生と連絡を取りたいんですけど……」

『あいあい、今そっち行くから待っててねぇ~♪』


 プツリ、と向こうから電話が切られてしまう。


「……まぁ、いいかな」


 バサァッ……。

 来るとは言ってたわけだし、待ってれば――――と思いつつ、ボクは背中の翼を広げてベランダから戻ろうとするラウラの後ろ襟首を掴んで引きとめた。

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