第十七理― <釈明>秘密は二日と保たなかった
「特別遺失物取扱課、行空支部特別任務行動小隊C班所属、不夜城宵」
「『同じく、不動律巫女』
と私は身元を明らかにする」
「同じく、ミルア=スピットファイア=撃音。よろしく~」
「………………………………火喰鳥久遠です」
明らかに訝しげな表情で、久遠は後からやってきた特失課の三人を部屋に招き入れる。
そして、手狭になってどかしたテーブルを壁に寄せると、少し怒ったような表情でボクに歩み寄ってきて、
「少しお話ししましょう、みっくん?」
憐れ自分の部屋から連れ出されたボクはお隣さん――つまり久遠の部屋に引きずり込まれる。
「――改めて隅から隅まで全部説明してもらいますからね、みっくん」
怒ったようなではなく怒ってたようだ。
ボクは久遠を宥めるようにしながら、補習の朝に突然クレア=理=ティストルツィオーネという人外に遭遇してしまったこと。それを追ってきた特失課の特務C班の面々とクレアの交戦に巻き込まれたこと。特失課に連れていかれたこと。この世界の本当の姿について説明を受けたこと。翌日急に銃を渡されたことなど、自分のことについて順を追って全てを説明しながら、ラウラの案件についての説明も交えて話していく。
久遠は時折相槌を打ったり、頷いたりしながら静かにボクの話に耳を傾けていた。
そしてボクが話を終えると、
「……取り敢えず事情はわかりました。理解側になってしまった経緯もみっくんに責任はありません。私に言えなかったのも仕方ないです――」
ホッと胸を撫で下ろす。
やっぱり久遠は、ちゃんと言えばわかってくれるんだ。
「――でも」
びくぅっ!
「それはそれです。今日みっくんは、夜の門限を破りました」
「はい……」
夜七時には少なくとも家に帰る。それ以降の外出は久遠に用を伝えてから、というルールが家にはあるのだった。
ちなみに、そこには電話で遅刻を伝えたとか、致し方ない理由がとか、ましてや無数の微細な機械細胞を持つ女の子がボクの姿に擬態してちゃんと帰っていた、なんて細かい事情の介在する余地はないし、斟酌もしない。
こうしてボクは、めでたく久遠の部屋の週末掃除の任を申し付けられた。
二人でボクの部屋に戻ると、改めて三人と久遠が向かい合った。
初めてその姿を見たミルアさんは、強いて言えば普通だった。
機械生命体という割にアプリコットさん同様やはり外見上際立って機械的な部分はまるでなく、姿も動作も普通の人間そのものだった。
染めているのか地毛なのか少し癖の入った茶がかった黒髪といい、(またしても)うちの学校の制服にピンク色のカーディガンを合わせて所々を着崩したようなスタイルといい、こんな夜遅くでも化粧をしっかりしているらしいミルアさんは華やかに垢抜けているタイプの女子高生にしか見えなかった。
ちなみにボクとその隣のラウラ、そのまた隣のクレアは、少し蚊帳の外を彷彿とさせる位置取りだ。
「まずひとつだけ確認しておきたいのだけれど……」
不夜城先生が、久遠に向かってそう切り出した。
「はい、何でしょう……?」
「今さら君が理外側であることを疑いはしないけれど、ただ君が人外側なのか理解側なのかははっきりさせてくれ。情報伝達に際し、齟齬があってはマズいからね……っと、すまない。呼称用語でわかるかな?」
「わかります。私は――」
久遠は迷うようにちらっとボクの方に視線を向けてくると、意を決したように不夜城先生に向き直り、
「――人外側。正統な火喰鳥一族の一人です」
翼を見た後ではあったけれど、久遠が普通じゃないことを示す言葉がずしりと胸の辺りに重くのし掛かる。
火喰鳥という名前から察するに、ラウラの正体がドラゴンであるように久遠の正体は鳥なのだろうか。
(火喰鳥……火を食べる鳥――)
「了解した。それでは本題に映らせて貰うけれど、君が見たものについてもう一度、そして詳しく話してくれ」
「わかりました。あれは帰りが遅いみっくんを探そうと思って、二百メートルほど上空にいた時のことで――」
不夜城先生に向かって説明を始めた久遠を横から何となく見る。
(――不死鳥……?)
急に頭に浮かんだ名前に、わずかに戸惑う。
五百年に一度火に飛び込んで身体を焼かせ、その灰の中から雛となって甦ると言われる、言わずと知れた霊鳥だ。
火を食べる習性が語られていたりするのかは調べてもみないとわからないけど、まさか久遠は、実質的に無限の寿命を持っているあの伝説の生物なのだろうか。
「――半竜半人の姿でしたけど、あれは間違いなく西洋竜で――」
「半身人化擬態だろうね。俗に戦闘モードと呼ばれてはいるけれど、取り敢えずは君が会ったというその竜の姿の特徴を――」
不夜城先生が積極的に話を聞き、その隣で巫女がそれをアナログなメモ帳に書き記していく。逆にミルアさんはというと、きょろきょろと辺りを見回してみたり、隣に座るクレアに声をかけてみたりと落ち着かない様子で、すごく暇そうだった。
――とその時ミルアさんと目が合った。
キュピン、とその目が文字通り光る。明らかに錯覚ではなく、確実に光を放った。
嫌な予感が悪寒と共に背中の、背骨から首までの辺りを駆け抜ける。
「ねぇ、不夜城ー」
「どうかしたのか、ミルア。それと不夜城先生と呼びなさい」
「ちょこっとだけミズハくん借りてってもいーい? 食べないから」
食べっ!?
「別に君がいない分には構わないけれど、ちゃんと本人の許可は取りなさい」
「わかってるわかってる~」
パッと立ち上がったミルアさんは制服のスカートをパッパッとはたくと、
「さ、行こうか、ミズハくん♪」
跳ねるようにクレアとラウラの前を通り抜けて、ボクに歩み寄ってくる。
そして、『あれ? 許可は?』なんてことを思っている内に、ボクは久遠に続いてミルアさんにまで部屋の外に連れ出された。否応なしに。
「いきなりどうかしたんですか、ミルアさん……?」
「幼馴染みちゃんがアレで色々考えてそうだったから、ちょっと緊張から連れ出してみました」
目の前の柵にもたれてそう言ったミルアさんに、思わず――――目を見開いた。
あの中で、そういうことを一番考えなさそうだな、とか思ってたからだ。
「あ、それとミルアって呼んでいいよ。アタシ、あんまりさん付けなんて慣れてないし、呼び捨てにされる方が好きだから。敬語もなぁ~~し。オケ?」
「あ、はい……じゃなくて、うん」
「少し別のことでも考えてるといいよ。アタシもいっつもそうしてるから」
たぶんいつもというのは常になんだろうな、なんてことを考えつつ、ミルアの隣に歩み寄って同じく柵に寄りかかってみる。錆び付いたざらざらの感触と鉄錆の匂いが随分と強かった。
久遠のことじゃなく、別のことを考える……。例えば――。
隣を、見る。
月明かりの元で見ると、少し違って神秘的に見えるミルアの横顔。それを眺めている内、ふと頭を霞めたことを口にする。
「そういえばミルアさ……ミルアって機械、なんだよね?」
ミルアは一瞬、きょとんとした表情になった。しかしすぐにフッと息を吐いて視線を地面に落とすと、
「うん――」
ミルアは薄い笑みを浮かべて頷いた。そしてスッと空を――月を仰いだ。
雰囲気が変わった。
そしてミルアは言葉を続けた。静かで、穏やかで、少し感傷的な声で――。
「――Military Armed Fortress Absolute Balancer“SPITFIRE”略してMil-A=Spitfire。こう見えても自律飛行型広域拠点殲滅用兵器複合空中要塞、最先端を超過した大量破壊兵器だよ」




