第十五理― <黒翼>火喰鳥久遠とは何者なのか
「それじゃ」「後は任せましたよ」「ボクはもう」「これからチェリーさんに」「呼び出させちゃった」「ので」「何があろうと」「仕事はしません」「からね!」
何故かボクとクレア二人分の身体で交互にそう言うアプリコットさん(?)を見送り、すぐにコンビニに向かった。アプリコットさん曰く、コンビニに行くと言って抜け出してきたらしいからだ。
その間中、何度も「早く」とボクの背中を後ろから小突いては、ジーッと睨んでくるラウラは何とかして欲しかったけど。
そして適当にカップアイス等を買って再びアパートの前に戻ってくると、ボクとクレア、そしてラウラの三人でボクの部屋のドアの前に立つ。
(ホントに大丈夫なのかな……)
ラウラの言った『手っ取り早い方法』は、シンプルだからこそ不安だった。
「開けるわよ、ミズハ」
「あ、うん……」
チラッと一度振り返ったクレアの無声音の問いに同じ無声音で答える。
ボクのその返事に頷いたクレアはラウラとも一度アイコンタクトを交わすと、ドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを引き開けようと力を込めた――。
「あ、ちょ、待ってっ……」
――ところで唐突に懸案事項を思い出し、クレアを制止する。
「ここまで来てどうしたの、ミズハ……」
呆れ声が微妙に心に刺さる。けど、腰に釣られたそれを目線で指し示すと、クレアも納得したように微かな吐息を漏らす。
毎度おなじみ(?)、FN ブローニング・ハイパワーだ。
「それだけの重量のモノを忘れられるというのは、ここまで来ると才能かしらね。それともミズハあれかしら? えっと……ドジっ娘?」
「少なくとも嫌な予感がするからこれだけ言っておくけど、ボクは男の子だからね……?」
「それはちゃんとわかってるわ…………たぶん」
自分の発言には自信を持ってください。
それにしてもこれをどうやって隠しておこうか、と帯銃帯ごと外したブローニング・ハイパワーを目の前にぶら下げ、しばし思考を巡らせていると、突然後ろからくいくいと服を引っ張られたのを感じた――――ラウラだ。
「私、持つ」
一瞬、差し出された小さな手に凶器を乗せても大丈夫なものか迷ったものの、選択肢はそれしかないと思い直してそっとラウラにブローニング・ハイパワーを預ける。
「危ないものだから注意してね」
ラウラは銃には慣れていないのか(ボクも同じく触れるのが今日が初めてなのはこの際置いといて)、恐々とした様子でそれを胸に抱きかかえた。
「じゃあ、開けるわよ?」
クレアが再度確かめるようにボクとラウラに振り返り、ドアノブを握って引き開けた。
反対の窓が開いているのか一瞬生暖かい風が部屋の方から吹き、奥から久遠が顔を出した。
「帰ったわ、久遠」
「ただいま、久遠」
「おかえりなさい、クレアさん、みっくん。何ともありませんでしたか?」
「うん、大丈夫」
ボクは久遠にそう返すと、さりげなく身体をズラして、抱きつくようにボクの腰に密着している状態のラウラを部屋の中に引き入れる。
こうしないと、どうしてもボクの動きが不自然になってしまうからだ。
何故それで不自然になるか――むしろ何故ラウラがいることが不自然にならないか、という当然の疑問に解答しようとすると、まず現在ラウラの使っている手っ取り早い方法、具体的にはとある魔法について解説する必要がある。
――死角に潜む非存在――
この魔法の効果は単純で、理外側に触れていない者の視覚・嗅覚・聴覚の感覚器官から魔法の使用者を隠蔽することができる、のだとか。
理外側の存在を隠すために有用だからか似たような魔法はいくつもあるらしいけど、この魔法は量子力学の考え方のひとつで『認識しないものはそこには存在しない』という言葉を軸にして改変して作ったものらしい。
改変だとかはよくわからないけど、魔法なんていう非現実的の代表的なものに量子力学とか言ってていいのだろうか。もちろん名前だけは聞いたことがある程度で、量子力学の方もまったくボクの手には負えない次元の話だけど。
話を戻すとラウラは今現在、理外側にしか知覚されないようになっている。触ることはできてしまうけど、そのぐらいでは一般側から理解側になってしまうことはない、らしい。
ただし、あくまでもそれは久遠が一般側だった時の話だ。
既に無自覚にも理解側との一線を超えてしまっていた場合、ラウラは久遠に見つかり、同時に久遠もボク同様特失課の保護と諸々のサポートを受けることになる。
できれば久遠は、異常事態に巻き込みたくないけど――。
「あれ?」
ピクッ。
久遠がボクの方に振り返って、首を傾げた。
その目線――――久遠は確実にラウラを視界に捉えている。
(この反応、まさか……)
ラウラが見えてる、ってことはまさか――――と思わず不安が頭を過った瞬間だった。
「どうしてそんなところでぼーっとしてるんですか、みっくん?」
にこっと笑みを浮かべて、ボクに向かってそう言ってきた。
「う、ううん。何でもない」
咄嗟にそう返して玄関から上がり、部屋の中を回って中央のテーブルに着いているクレアの右隣に腰を下ろすと、パッとボクから離れたラウラはボクの隣――というかボクとベッドと壁の間の狭い隙間に小さな身体を縮こまらせて座った。
久遠も玄関の施錠を確認してくると、ボクたちと同じくテーブルの脇に腰を下ろす。そして、ピタリと動きを止めた。
じー。
何故か、ボクの方を見たまま久遠の視線が止まる。
「どうかしたの、久遠?」
クレアが、まるで試すような――確かめるようなことを言い出した。
「えっと……三人しかいないのに、部屋が暑い気がして――」
ピクッとクレアの前髪が揺れる。
「――みっくん、熱ないですか? クレアさんは大丈夫みたいですけど、さっき玄関で……」
「え? あ、ううん。ボクは大丈夫だと思うけど――」
つい、額に手をやって熱を確認してしまう。
室温が上がったのは間違いなくラウラ一人分の熱源が増えたからだろうけど、少なくとも案外鋭い久遠の前ではこのぐらいしておかないと――――と考えたわけではなく、ただ単純に久遠に心配されてついつい手が動いただけだった。
「うん……たぶん熱はないよ?」
普通にそう返すと、久遠は「そうですか……」とボクに視線を向けたままそう答えた。
久遠が微妙な室温の変化に気付いたのには驚いたけど、どうやらホントにラウラが見えているわけじゃなさそうだ。この分なら、ラウラのお姉さんと接触って言うのもやっぱり間違った情報だったんだろう。
そう思って人知れずホッと息をつくのも束の間、目の前でお茶を淹れようとしていた久遠が突然ハッと息を呑み、大きく目を見開いた。
カチャリ。
響く、微かな金属音。
その音に振り返りかけたボクは、その刹那に思い当たった音の心当たりに戦慄した。
「動くな、ミズハ……」
ラウラの無声音の声が、背後から静かに響いてくる。
次の瞬間、わずかに後ずさるように腰を引いた久遠の背中から、何か黒いモノが輪郭が霞むほどの速度で飛び出すのが見えた。
その黒い何かは急激に細くなり、ボクの肩の三十センチほど上を通り抜けて視界の端に――――背後に消える。しかし、その現象をマトモに認識する暇もなく、突然抱え上げられたボクの身体は窓の外に放り出されていた。
部屋の明るい光景から、唐突に暗転する視界。
しかも二階。
落ちる、と思った瞬間、身体がふわりと浮き、気がつくとボクは地面に降ろされていた。
周囲を、見遣る。
認識する。
確認する。
未だボクの背後にいるのはラウラ。
部屋の中でボクを抱え上げ、開け放たれていたままのベランダに通じるガラス戸から外に飛び出して背中の翼を広げながら着地したラウラの手にはブローニング・ハイパワー。その視線は、続いて同じくベランダから飛び降りてきた久遠に向けられている。
「どういうっ……」
混乱しながら、無意識に現状を尋ねるような声を漏らしたボクの肩にブローニング・ハイパワーを押し付けたラウラは、久遠を睨みつけながら、
「この女、嘘を吐いた。姉さまと、会ってる。私が、見えてる」
さっきまでと同じ静かに響く――――しかし、少し猛々しい殺気を含んだ声でそう言った。
でも、そうじゃない。
ボクが聞きたいのは、それじゃないんだ。
「どうしてっ……!」
どうして、久遠の背中に――――カラスみたいな黒い翼が生えているんだ……!




