第十四理― <電話>その相手は人らしい人外
二十分後――。
ボクは自宅前――――つまり久遠のいるアパートの前に立っていた。
隣にいるのはクレア、そして件のドラゴンの女の子、ラウラだ。巫女と不夜城先生は少し離れたところに姿を隠し、必要に応じて各自行動するということらしい。
久遠が、ラウラの姉のエステルさんと会っていた可能性がある。そのことについて真偽を確めるため、外部協力を依頼されたのだった。外部協力、というのはつまり、衣笠さんと同じ扱いらしい。
外部協力はあくまで協力であり断ってもいいのだと何度か念を押されたけど、ボクは久遠がこの件に関わっているのか自分で確かめたかった。
ちなみにアプリコットさんは「事前に申告された業務外です」と断ったらしい。あの人、杓子定規だったり色々と奔放だったり破天荒だったり一貫しない人だ。
『火喰鳥、という言葉を彼女の名前以外で聞いたことはあるかい? 無論、恐らくないとは思うけれど』
ここに着くまでの車中で不夜城先生に訊かれたことを思い出す。
『えっと、鳥の名前ですよね? 確か、オーストラリアの……』
前に久遠から苗字はその鳥の名前に由来すると、聞いた覚えがある。
『確かに火食鳥も同じ……いや、近い名を持つけれどね。アレはあくまでも頚から胸部にかけてある赤い肉垂が火を食べたように見えることから付いた名だよ。しかしまぁ、知らないのであれば特別知る必要はない。知りたいと言うならこっちは依頼している方だからね。火喰鳥という名は特別な意味を持っている。君さえよければその意味まで教えても構わないけれど――』
「ミズハ、大丈夫?」
我に、返る。
気がつくと、クレアが心配気な視線をこっちに向けていた。
「うん、大丈夫……」
あの後、ボクは結局『火喰鳥』について聞かなかったけど、むしろ問題はその後にした話だった。
要約すると、久遠もボクと同じく、既に理外側に触れている可能性がある、ということだった。
ただ、不可解なのは火喰鳥と言う苗字の時点で既に人外側あるいは理解側の可能性が非常に高い(この時点で既に衝撃だったけど)のに、直接会っているはずのクレア、一度だけボクと一緒に登校しているテクス、そして今まさに対面しているアプリコットさんまでも、久遠が理外側だとは感じ取れない、ということだった。
勿論、完全に人外のクレアとは違って、生身の人間であるテクスはいくら人外慣れしているとは言っても専用の機器を使わなければわからない。
ちなみに同じ人外でも、元は機界の人類であるアプリコットさんは、直感的にわかるというよりは単純にそういう機能を持っている、ということらしい。
ブーッ。ブーッ。
ポケットの中で携帯が振動した。大きな音が鳴らないよう、バイブレーション設定になっているのだ。
取り出して確認すると――
(また知らない番号……)
「誰からの電話?」
画面を覗き込んで首を傾げるクレアに「誰だろうね」と無難な相槌を返し、その誰からかの電話を受ける。
「はい、もしも――」
『もふもふー、もふっもぐ、もぐもぐもぐっ、もぐもぐ?』
「…………」
自分の耳は正常だよね。耳というか、耳から入った音を知覚する脳がだけど。
「どうしたの、ミズハ?」
「ううん、間違い電話だったみたい」
通話を切る。
しかし数秒後にまた振動を始めた。
また同じ番号だ。
クレアが、少し困った感じの笑みを浮かべて、電話に出るよう促してくる。
「……はい、もしも――」
『どーしてもぐもぐっ!?』
「それ完全にボクの台詞ッ!?」
思わずツッコんで、勢いのままに電話を切ってしまう。
「いたずら電話だったみたい……」
「そう言えばミズハ。『二度あることは三度ある』って日本の諺があるわよね。どういう意味なのかしら……?」
「さりげなくもなく変な前フリしなくていいよ!? クレア、絶対意味わかってるよね、その読んで字の如くな初心者向けメジャー諺っ!」
「ニードルある子はサンダル喰う?」
そんなくいくい袖を引っ張られても対応に困るんだけど、ラウラちゃん……。
日本語が拙いのはわかるけど、ラウラの間違え方はちょっと理解しがたかった。ちなみにサンダルをかじってるハリネズミが頭に浮かんだのは秘密だ。
(っていうかあの声って確か――)
――と思ったその時、三度携帯が振動を始めた。
もう出なくてもいいかな、とも思ったけど声の主が思っている通りの相手だとしたら、出ないとマズい気がする。三度目の正直と言うこともあるし、素直に出てみることにする。
「はい、もしも――」
『ボック――』
聞こえない。
「ミルアさんですか?」
『あれぇ、名前バレしてる~。もしかしてアタシのファン?』
やっぱり、直接会ったことのない特務C班最後の一人、今はアプリコットさんの後方通信支援に入ってるというミルア=スピットファイア=撃音さんだった。
ちなみに顔の知らない相手と電話する時は基本的に丁寧語だ。
「ファンではないですけど……多少会ってみたくは」
ドラゴンの相手をマトモに務められる、世界機密レベルの戦術大型兵器の機械生命体を見てみたいという意味で。
『そっかそっかぁ♪ あ、さっきはごめんね~。ちょっとドーナツ食べてて。それにしてもふふふ~、お姉さんに興味津々なのか~、うふふふふ……』
津々、と言うほどでもないけど大した差はない気もするから気にしないでおこう。
「それで何の電話なんですか、コレ……?」
『そうそう、今から五分以内にアプリコット……えーっと偽ミズハくんと偽クレアちゃんが出てくるから、頃合を見計らって入れ替わってねぇ♪』
「五分以内ですか……? わかりました」
『じゃあシェアリングいくよ~。準備はいい?』
「え? シェア……?」
『情報共有。情報のすりあわせができてないと、すぐ入れ替わってたことバレ……はしないだろうけど、怪しまれるよぅ?』
そんなこと言われても、シェアリングと言われただけじゃ情報交換のことだなんてわからな――――くもないかもしれない。少なくとも頭の回転が早い人なら気付くことぐらいはできるかも。
「えっと……お願いします」
『はいは~い。伝えることは概ね二つだけだからメモとかそういうのは要らないよ~』
「わかりました」
『アプリコットからの報告読むよ~。ひとつ、晩御飯はかに玉チャーハンでした。ふたつ、入浴はまだですが、ついさっき、歯磨きをする振りは済ませました。食後三十分以内には歯磨き、であってるんです?』
「えっと……はい」
なんでそんな情報知ってるんですか、とか訊いちゃダメなんだろうか。
その癖と言うか、習慣を知ってるのは久遠ぐらいなのに。
『これさえ確認しておけば、アプリコットは当たり障りのないことしか言ってないからだいじょーぶかな~。まぁ、あんまり細かいことは気にしなさそうな性格だし~』
むしろそれはミルアさんの方であって、アプリコットさんの判断ミスであって、ボクの大ピンチの可能性を孕んでいる辺りがやっぱり人生うまくいかない。
かといって、おそらくそれを言ったところでたぶんもっとたくさん情報が出てきて混乱するだけだろうから(記憶力のなさには自信がある)、それなら久遠のことを表面上じゃなく知っているボクがその場で対応したほうが早い、かもしれない。
電話を切ると、ボクとミルアさんの遣り取りをニコニコしながら聞いていたクレアは、ラウラの頭を少し撫でると、
「なんだか出入りみたいね♪」
「思ってたけど、そういう言葉何処で覚えてくるの……?」
「何処でも、かしらね。ラウラ、貴女は待っていなさい。貴女のことを紹介するのは不自然だから――」
クレアがそう言って、ラウラの顔を覗き込んだ時、ラウラはふるふると首を横に振った。
「――付いてく。手っ取り早い方法がある」
「「え?」」
その時、ギィと夜の静かな街に、扉を開ける音が微かに響いた。




