第十三理― <現状>Chained Dragon
二十分後――。
「君は大概自滅型だね、ルーリャ」
「びーっ」
部屋に着くなり容赦ない一言で傷口を抉られたルーリャが泣きながら走り去るのを見送ると、発言者――不夜城先生を呆れた顔で見上げる。
「彼女には然るべき報酬を払ってあるし、彼女自身の提示した時間より五分遅れている。それに彼女は立ち直りは早いから何も問題はないだろう」
「そんなものですか……?」
「そんなものだよ。少し歪だが、彼女もああ見えて自力で日々の糧を得てる社会人だからね。まぁ、本体はやはり烏賊なのだけれど」
本人はクラーケンと言っていたけど、やっぱりイカ扱いはされてるらしい。
「とにかく入ってくれ。君に話がある」
「あ、はい」
ボクに話……?
特失課でもない、このボクに――。
部屋に入ると、クレア・ラウラ・巫女がさっき部屋を出た時と同じようにソファに座っていた。
「久しぶりね、ミズハ♪」
「一時間ちょっとだよ!?」
クレアが惚けたことを言ってくるので、思わず突っ込んでしまう。
「テクスは所用で出掛けているが、とりあえず何処でもいいから座ってくれ」
「あ、はい」
ボクが入り口の戸に背を向けるように配置してあった一人掛け用のソファに腰を下ろすと、右斜め前の三人掛けソファにクレアと座っていたラウラが警戒心たっぷりの目でボクを睨んできた。
ボクが何したって言うんだろう。
そういえばラウラという名のこの女の子が、テクス曰く“吠える流星”という話だったけど――――ドラゴン……?
見る限り、そうは見えない。というかそもそも人にしか見えない。
「さて、先ずは今の状況を話しておくことにしようか」
不夜城先生が、ごちゃごちゃと何か書かれていた例のホワイトボードを引っくり返し、まっさらな裏面に何か書き始める。
(よく考えればホワイトボードだけやけにアナログ……)
特にやたらと高性能――もとい超性能な通信用携帯端末“PAID”を見てしまった後ではそれほどでもないのに時代遅れなように錯覚してしまう。
「ミズハ君、先ず君の右隣の今回の依頼人ラウラ=ヴィランドリーは、正真正銘の竜の眷属だ。これは念頭に置いておく程度で構わないよ。今の段階ではまだ必要のない情報だからね」
思わず、ペンを動かしながらそう言い始めた不夜城先生から視線が外れ、さっき見たばかりのラウラにもう一度移る。
対するラウラは、ボクの視線に即座に気付きジッと視線を合わせてくる。
透き通る清流のような碧い瞳。
毛先がピンと外ハネしている、クレアとはまた違った色調の金髪。
何故かパクっと一度だけ口を開いた時、その赤い咥内に覗いた白く鋭い牙――。
(牙!?)
一瞬だったけど、確かにわかった。
アレは、先端だけが尖った犬歯なんかじゃない。全体が緩やかに湾曲した円錐の形をした歯――牙だと。
(ホントにドラゴン……)
とりあえず世界って怖い。
「多少は聞いていただろうけれど、数日前、彼女の姉は竜珠を何者かに奪われたらしい」
「スフェイル?」
「『別名を額珠。文字通り、額にある宝玉のこと』
と私はミズハの疑問に対し、補足的な説明を返し、不夜城に先を促す」
「補足に補足すると、ドラゴンというものは往々(おうおう)にして財宝や宝石と縁深いものとして伝承に名を残しているけれど、一部の竜族には額に宝石を有する種族もいる。彼女の姉エステリーゼ=ヴィランドリーもその代表例のひとつ、“Vouivre”なんだよ」
不夜城先生がボクに振り返ると、ホワイトボードに書かれた“Estellise Lune Rachel Villandry”という文字列が目に入る。その上には少し大きな文字で“Chained Dragon”と書かれている。
(――縛られた竜……?)
誘拐のことを指しているのだろうか。
その下は、たぶんラウラのお姉さんの名前だろう。とりあえず最初のエステリーゼと最後のヴィランドリーだけはわかる。たった今不夜城先生が名前を呼んでいたからだけど。
「姉さまの竜珠、紅榴石」
ガーネットのことらしい。
菱形十二面体など、まさに結晶体という幾何学的な形をした宝石だ。有名な色は赤だろうか。赤といっても、茶色が混じっているような気がする赤だけど。
「このヴィーヴルというドラゴンは、この竜珠を奪われると、宝石の所持者の命令に絶対服従という傍から見れば至極厄介な性質を持っているんだよ」
「絶対服従!?」
思わず三度ラウラに視線を戻すと、ラウラは少し俯き加減で静かにこくりと頷いた。
「本来ヴィーヴルにとって、竜珠は命と同等に大切なもののはずなんだが、彼女の竜珠を奪ったというソイツは相当に卑怯な手を使ったようだからね」
「あの黒い男、不意打ち、私人質にした。姉さまから竜珠奪った」
「彼女の姉もまだ子供という話だが、若くとも竜の眷属だからね。ドラゴンというのはそれだけで、概ね相当強靭な生命体なんだよ。そもそも私たちのような専門家でも、よほど“竜狩り”に特化していなければ戦いは極力避けなければいけない程度にはね。ここにいる中でも、おそらくマトモに相手ができるのはそこの呪本、クレア=理=ディストルツィオーネぐらいのものだ。特務C班でも後はミルアだけだろうね」
ミルアさんはドラゴン相手でもマトモに戦えるらしい。
「あら、お褒めに預かり光栄ね」
なんてクレアは気楽なことを言っているけれど、ミコやここにはいないテクスやリリスの戦いを思い出してみると、未だに見たことのないドラゴンや会ったことのないミルアさんの強さがどれほどなのか想像もつかない。
と言うより、アレでダメなんだ……。
人知超えてる……。いや、なんかもう人知とかで済まない気がする。
「今のところ容疑者とされているその黒い男とやらは、そのまま彼女と共にこの行空市に来た、というのが妹であり、唯一の目撃者であるラウラの証言でね。すぐにうちの情報処理専門班、特務B班が衛星軌道上から観測したデータを元に調査を始めたのだけれど……」
「初動が異常に早いんですね」
「まぁ、異常というのも今さらな言い回しだけれど、このテの調査は初動が肝心でね」
不夜城先生はホワイトボードの右側に移動し、再び何かを書き始めた。
「……ともあれ、その途中報告の結果、君を無関係のまま置いておくわけにもいかなくなった。こちらとしてもあまり君を巻き込みたくはなかったのだけれど」
「…………?」
不夜城先生は、ペンを置くと、ボクの方に振り返って言った。
「彼女が、ラウラの姉エステリーゼと接触した可能性がある」
そのホワイトボードには、見慣れた文字列が記されていた。
ボクの幼なじみである彼女――――火喰鳥久遠の名が。
(久遠が……?)
「まさか、ここで火喰鳥の名を聞く羽目になるとは思わなかったよ」
不夜城先生の一言は、驚くほど不気味に聞こえてきた。




