第十二理― <呼出>それは最早携帯じゃないと思う
「大鳥さん、大丈夫ですの? お薬はいるですの? いるなら医務室から得体の知れない胃薬持ってくるですの」
「今、さらっと得体の知れないって言ったよね!? たぶん薬は要らないよ。ていうかよく考えなくても多かったよね、超特級山盛り……」
普段の量を大幅に超える夕食を何とか完食したボクは、“毒食らわば皿まで”を出てすぐ近くにあった休憩室のベンチに横になって休んでいた。
完食と言うと語弊がありそうだけど。
元々ボクはかなり少食だ。女の子並みに食べる量が少ない。
故にボクが食べたのは全体の四分の一ほどで、残りは全部ルーリャが食べてしまったのだった。しかし、その四分の一でボクはこのありさまである。
(一皿以上食べたのにどうしてルーリャちゃんは体型変わってないんだろう……)
隣に座ってボクの顔を覗き込んでくるルーリャのお腹に、自然と視線が移る。エプロンドレスに隠されてはいるけど、あの質量が入ったとは思えない細さだった。
ルーリャに首を傾げられて、思わず視線をさっと逸らす。
そして、天井を仰いだ。
(ボクはここまで歩いてくるのが精一杯だったのに……。それにしても、食べすぎて動けないなんて、いつ以来だっけ……? 今は大分楽になったけど……)
身体を動かせず暇な分、頭は色々とものを考えていた。
今日の、そして昨日のこと――。
色々な人と、人外に出会った。
皆それぞれがいいヒトで、出逢ってからまだ一週間も経っていないとは思えないぐらい親しみやすいヒトばかりだけれど、ボクは彼らのことをどう思っているんだろう。
ずっと求めていた刺激も。
それは思っていた以上に刺激が強すぎて、むしろ衝撃的で、劇的ですらあった変化。思わず自然に受け入れざるを得ないくらいに苛烈だったけれど、ボクはこれらの変化をいったいどう捉えているのだろう。
問い直してみると、よくわからない。
これは余談だけど、
“時に人は『自分で自分がよくわからない』って言う割に『自分のことを一番わかっているのは自分』とも言います。このふたつがどちらも真だとするなら、他人に自分を理解して貰おうとすること自体が間違ってると思いませんか?”
と、昔会ったことのあるとある人がそんなことを言っていた。
当時はまだ子供だったから、その言葉の表面的で単純なロジックすら理解できなかったけれど、そして今なら誰でもわかると思うけれど、『本人ですらわからないと思っている自分を他人にわかってもらおうなんて人は、その考え自体が間違っている』という意味だ。ボク的には『間違っている』というよりは『ワガママ』なだけだとも思うけど。
それに自分で自分がわからないという人は、その大半が十中八九無意識ではわかっていても目を逸らして逃げているか、あるいはそれを言葉で表現できないかのどちらかだ、と今のボクは思っている。
(おっと……)
無為な考えだけに思考が逸れた。
とにかく、今はまだ混乱の余韻を引きずっているし、多少目を背けて考えないようにもしている自覚はある。
だとしたら、自分が彼らのことを、これらの変化のことをどう思っているのか考えるのは、もう少し現状を直視できるようになってからにしよう。
頭を巡らせている内にもう動けるようになった気がして、ボクは肘を突っ張ってからゆっくり上半身を起こした。
「もう大丈夫ですの?」
「うん、いきなり変な触手に捕まれて驚かされたりしなければ」
「もしかしなくてもさっきのこと根に持たれてるですの!? それを言うならいきなり銃を向けられた私だって言う権利はあるですの! 不当逮捕ですのッ!」
「確かに抜こうとはしたけど、別に向けてはいなかったよ!?」
~♪
『不当逮捕ですの』に口癖疑惑が沸いてきた時、突然軽快なメロディが流れてきた。
「何だろ?」
「私のPAIDですの」
ルーリャはそう言うと、また背中の陰からシュルシュルと伸びてきた触手から携帯端末を受け取り、
「何ですの?」
広げた手にそれを乗せて、当然のようにそれに問いかけた。
このPAIDも、テクスやミコのそれのように自律して話すことが出来るのだろう。
「…………」
微妙な空気が沈黙と共に漂った。
ルーリャは、ジーっとそのPAIDを見つめ――もとい睨みつける。しかし、取り出すと同時にメロディすらも止まったPAIDは黙り込んだまま、ピクリとも動かない。
「……さて、新顔があったからちょこっとルーをからかってみたけど、不夜城宵から音声通信だよ」
少し穏やかな調子で、青年のような声がそのPAIDから聞こえてきた。
「しばらく充電は許さねーですの」
「おやおやご立腹」
「誰のせいだと思ってるんですの? とにかく早く繋ぎなさいですの」
どうやらルーリャちゃんのPAIDは少し性格の悪い人格が統制しているようだ。
「了解した。ところでオープンでいいらしいけど?」
「じゃあそれでいいですの」
ルーリャがそう言った途端、PAIDのすぐ上の空間に、ホログラム投影のような人型の輪郭が浮かび上がった。その立体映像はすぐに鮮明になると色彩も付加され始め、PAIDを耳に当てた不夜城先生の姿が浮かび上がる。
なんかもうオーバーテクノロジー。
『ルーリャ、ようやく繋がったか』
「ウチのPAIDがふざけた真似しやがったんですの。それで何の用件ですの?」
『ミズハ君もそこにいるね? 今すぐ彼を連れてこの部屋に戻ってこれるかい?』
「さっきは追い出しておいてどういう風の吹き回しですの……。戻ればいいんですの?」
『迷う可能性があるならこっちから使いをよこすが、どうかね?』
「失敬ですの! その部屋に戻るくらい簡単ですのッ! 私をどれだけお馬鹿だと思ってるですの!?」
『まぁ、巫女のPAIDくらいにはね』
「あそこまでですの!?」
あそこまでなんだ――――などと思いながら、少し納得するところもあるかな、と思い直す。ルーリャにはちょっと悪いけど、片鱗はいくつか見てるからボクからは反論できない。
『それならすぐに頼んだよ。少し危うい方に話がズレ込んできてね』
「了解ですの。五分で着くから謝罪の用意をして待っていなさいですのッ!」
『楽しみにしているよ』
不夜城先生が不敵な笑みを浮かべるとスーッと立体映像は消えていき、光を放っていたPAIDもぷつりと画面の明かりが消える。
「何を勝手にスリープしてるですの。今すぐ案内しろですの」
「「えぇー……」」
再びボゥッとバックライトのついたルーリャのPAIDとボクの声が綺麗にハモる。
「不夜城先生にはあんなこと言ってたのに」
「そうだよ、彼の言う通りだ」
「うぅう~~~~~~~~、わかったですの! やってやるですのーッ!」
これは自滅かな――と思った。
そして、それは間違っていなかった。
「案内してくださいですの……」
五分後、廊下の端っこで壁に立てかけたPAIDの前で膝を突いて四つん這いになるルーリャの姿が目の前にあった。




