第十一理― <接触>それでも銃刀法は健在ですよ?
「銃刀法? ……何ですの、それ?」
口元をもぐもぐと動かす動作と共に首を傾げるルーリャから予想外の答えが返ってくる。
「えぇー……」
「何処か引っかかる反応ですの!?」
ルーリャはそう言ってスプーンを握り締めると、『どういう意味ですの! まるで私が無知みたいですのっ……!』とばかりに目尻を吊り上げて、唇を尖らせる。
しかしその数秒後には、すぐに誘惑に負けた視線がテーブルの上を泳ぎ始める。
テーブルの上の、大皿に――。
(怒りは生存本能に起因してるって聞いたことあるけど……クラーケンって食欲の方が強いのかな?)
せっせとスプーンを動かして、大皿の上の料理を口に運ぶルーリャ。
ボクもその料理――ボクの目の前にも置いてあるそれに視線を落とす。
その――――あんかけ風エビチリ炒飯リヴァイアサン・ハイに。
ついさっき、金髪ウェイトレスさんがその皿を運んできた時、ボクは思わずその料理を二度見した。
(唖然……)
と思わず思ってしまうくらいには驚いた。『思わず思う』という言い方が矛盾していると感じるなら、『つい思ってしまう』と言い換えてもいいけれど。
つまり面食らってしまったのだった。
――――運ばれてきたそれは、まるでカレーライスのようにエビチリとチャーハンがひとつの皿に盛られたすごく独創的な料理だった。
うず高く山のようにッ……!
「これはどう思えばいいかな……」
「リヴァイアサンという名は“渦巻く者”というヘブライ語が原典ですの。ここの連中には大食漢が多くて、一部の料理にはこうして特別な量の注文ができるんですの」
「その説明、さっきして欲しかった」
渦高く……ってことかな?
確かに何処となく渦巻いているようにも見える盛り付け方だ。でもそれ以外にリヴァイアサン関係ない気もする。
(エビチリとチャーハンである必要性が何処にあるのかな……)
などと再び思いながら、途方もない量の山からひとすくいとったそれを口に運ぶ。
こう見えて案外美味しいのだ。
「知らなかったんですの? チェリーは常識だと謳ってたですの」
「チェリー……さんはよくわかんないけど、少なくともその呼称は一般的じゃないと思うよ」
「あの女、また嘘吐きやがったですの!?」
どうやら騙されちゃったらしい。
またもスプーンをぎりぎりと握り締め、何処かの誰かを思い浮かべるような仕草を見せたルーリャの目元には、透明な雫が浮かんでいる。
(また、ってことは何度も騙されたことあるんだよね……)
妙に滑らかな手つきで、ヤケ食いするようにチャーハンをかきこむルーリャ。
あまり行儀がいいとは言えないけど、今はそっとしておいてあげよう。
それにしても、よく見るとボクの皿に盛られたエビチリよりルーリャの皿のエビチリの方が随分とエビが多い気がする。さっきからエビばかり優先的に食べているのに、まだボクの分の二倍近く残ってるみたいだった。エビが好きなのが、厨房の方にもバレてるのかもしれない。
やっぱりただのイカなんじゃないかな。
「それで、それはなんですの?」
既に半分まで体積の減ったエビチリチャーハンから顔を上げたルーリャは、口元の赤いソースを拭いながらそう訊ねてくる。
「それ?」
「その銃刀法とやらですの!」
「あ、うん。えっと……日本で銃とか刃物を取り締まる法律だよ? 知らないの?」
「え、あー、し、知ってるですの!」
「どうしていきなり知ってるふりするの!? 大丈夫だよ、知らないなら知らないで」
いや、まったく大丈夫ではないけど。かなり切実に。
よく言われることだけど、明白に法律に抵触すれば「法律を知らなかった」では通らない。
「……大鳥さんは知ってるんですの?」
「切り替え早いね、ルーリャさん」
「う、うるさいですの! 教えねーとそろそろ怒るですの! さもなくば調べてやるですのッ!」
どういう脅し文句なんだろう。
ボクには特に損ないし。むしろ説明の手間が省ける分、少しくらいは得かもしれない。
そもそもこの話題を振ったのにもちゃんと理由がある。
「銃砲刀剣類所持等取締法、刃渡り十五センチ以上の刃物とか銃火器とかの所持を一般的には禁止する、だったはず。確か刃渡り五・五センチ以上は携帯しちゃいけないって決まりもあるけど」
雑則では、六センチ以上になっているけれど、正確には五・五センチらしい。
何でこんなことを知っているのかというと、少し前に拳銃の不法所持の事件があったらしく、それを取り上げてたワイドショーで詳しく解説していたのだ。
「要するに凶器の規制ですの? 漠然と日本では銃はダメだとか理解してたのですけど、ちゃんと法律で決まってたんですの?」
「法律もなしにダメとかってありえないよね!?」
「全体のモラルを自然遵守するのが日本人の国民性ではないんですの?」
「そう言えなくもないとは思うけど――」
――さすがに銃や刃物までなると、法律もなしに抑え切れません。
それに今の日本の銃や刃物に対する感覚は、間違いなくこの銃刀法が培ったものだと思う。
「それで、それがどうかしたんですの?」
「いや、特失課の皆って結構簡単に武器とか振り回してるけど大丈夫なのかな、って思って」
これが本題だった。
右太ももに付けられたホルスターの重みが、ずっしりと感じられる。
「私は剣も銃も武器は使ってねーからよくわからねーですけど、警察官が持ってるのと同じ理由じゃねーですの?」
「あ、そっか。一応公務員だったっけ……。それにしたって普通の警察官よりもよほど危険なものばかり持っている気がするけど」
「それはあれですの。よく考えてみればわかるはずですの……」
カチャリ――――とルーリャが、スプーンを置いた。
その瞬間、ピシッ……と空気が変わる。
「ルーリャちゃん?」
「気安く呼ぶじゃねーですの――」
わずかに俯いたルーリャの方向から、深淵から響いてくるような声が聞こえてきた。
「――人間」
殺気、だとすぐにわかった。何故かわかった。
ガタン、と椅子が倒れる。
腕に伝わってくるひんやりと冷たい感触、そして手に触れる金属の手触り。
ボクは気づくと、まるで別の何かに身体を操られたかのように立ち上がり、無意識の内に太もものブローニング・ハイパワーに手をかけていた。
まるで訓練を受けた兵士のように。
――――でも、抜くことはできなかった。抜くことまではできなかった。
「――汝ら人間の反応速度で妾を抑えようなど百年早い――」
座ったまま、薄水色の瞳でボクを見据えるルーリャ。
その背中の陰から伸びていたわずかに透けた白色の触手がボクの両腕から肩にかけて絡みつき、思いの外強い力で完全にボクの動きを封じていた。
「――ですの♪」
急に殺気を抑え、にこりと笑って見せるルーリャ。すると、間も空けずにボクの両腕を縛る触手はシュルシュルと解けてルーリャの背中の陰に戻っていく。
ボクはストン、と脱力するように椅子に腰を落とす。
いつのまにか、倒れたはずの椅子まで戻されていたのだ。
「普通の警察関係者とは、そもそも相手取る相手が違うですの。基本的に人外は、武装した人間と同程度の戦闘能力を持っていると考えて差し支えないですの。つまり初期想定の基準が違うんですの。武装が強力になるのは当然で――――もしかしてやりすぎたですの……? 大鳥さん、大丈夫ですの?」
ハッ――と我に返る。
急激に心臓の鼓動が速くなり、ボクは椅子の背もたれによりかかった。
「ご、ごめんなさいですの……」
狼狽え気味のルーリャが、椅子から立ち上がってパタパタとこっちに寄ってくる。
危うく実感のないまま流していたけど、この子は人間じゃない――――人外なんだ。
「び……びっくりしたぁ……」
思わず、大きく息を吐く。
「ルーリャさん、ホントにクラーケンなんだね」
「当たり前ですの。偽る意味もないですの」
人の姿をしているけれど、彼女は昔の船乗りに恐れられた伝説上の海魔――クラーケンなのだと、改めて思い知る。
「それにびっくりしたのはこっちも同じですのッ。どうして訓練も受けてない一般人が、あの一瞬で銃を抜くなんて行動に出るんですの!?」
「えっ、えっと……」
何でだろう、と本気で疑問を覚える。
銃を抜く、なんてことは微塵も思ってなかったはずなのに。確かに直前の話題が話題だけに、銃のことを意識してはいたけれど。
不夜城先生は才能があるといっていたけれど、こんなことは才能の問題じゃないはずだ。
「末恐ろしい人ですの……」
ジト目を向けてくるルーリャ。そんなご無体な。
「そういえば、特失課の人たちはいいにしても、ボクが持ってるのはどうなんだろう……?」
あまりにも気軽な様子で渡されたからさっきまでは疑問に思わなかったけど、別に特失課でも警察官でもない自分がこんなものを持ってていいはずもない。常識的に考えて。
「たぶん大丈夫ですの」
「たぶんって……。どういうこと?」
あっけらかんと言ってのけたルーリャに、今度はボクがジト目を向ける。
すると、再びスプーンを握り直して大皿に向かい合ったルーリャは、
「ここが何処だと思ってるんですの?」
特別遺失物取扱課……。
ボクは、リリスの言った『法の下の無法者』という言葉を唐突に思い出した。




