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終極限界のクレアツィオーネ  作者: 立花詩歌
第一章『チェインド・ドラゴン』
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第十理― <食事>クラーケンは烏賊か否か

 特別遺失物取扱課食堂“毒食らわば皿まで”――。


「食欲なくなりそうな名前だね……」


 両開きのドアの上に掛けられた看板を見上げて、思わず呟く。


「ここの連中は自虐が大好きで、“毒皿どくざら”と略して称する程度には頭が終わってるですの。気にしたら負けですの。あ、個室をお願いするですの」


 入り口に立っていた黒い執事服の男性ウェイターに慣れた感じでそう告げると、ルーリャは中に入っていく。

 ウェイターとルーリャについて中に入ると、食堂と言うよりは少し豪華なファミレスのような内装だった。

 店内はL字型にキッチンと食事スペースが分かれていて、整然と並べられたテーブルではぱっと見で十数人が食事している。

 一際目立つのは、端っこの方でテーブルひとつに陣取って数えるのが馬鹿らしいくらいのフライパンや中華鍋の山に囲まれて猛然と手を動かす虎刈り頭の大柄な男性や、高さ三十センチくらいの小さなドラム缶を五個並べてそれぞれの口に差したストローから何かを同時に吸い上げている小柄な少女。

 後は日本刀を脇に置いて純和風御膳を前に粛々と箸を動かす凛とした居住いずまいの黒スーツの女性ぐらいだろうか。

 それ以外は今までに何度か見たことのある黒服の人たちが数人ずつのグループで固まって、談笑しながら普通に食事している。


(あれ……? 確かあの人……)


 日本刀の女性に視線を戻す。

 座っていると床に付きそうなほど長い黒髪に、鋭い印象を受ける黒い瞳。何処となく気品を感じさせる所作。

 白小袖に袴姿で、さらに薙刀を持たせるとすごく似合いそうな大和撫子風の雰囲気を纏ったその女性は、確か昨日『地球儀破壊爆弾』の女の子を怒った様子で追いかけていった人だった。


大鳥オートリさん、こっち――――室長がどうかしたんですの?」


 ルーリャに声を掛けられて、初めてボーッとしていたことに気付く。


「室長?」


 思わず咄嗟とっさに聞こえた単語に反応して訊き返すと、ルーリャは日本刀の女性を指差して、


「ここのトップですの」


 何故か小声で、ささやくようにそう言ってくるルーリャ。


「トップってことは一番偉いってこと?」


 自然とボクの方も、内緒話をするような小声になってしまう。


「それだけではねーですの。実力序列の特失課では地位は実力と比例してるですの。つまりうちの支部最強ですの」

「最強……」


 ごくりと喉が鳴る。

 その時だった。

 チラ――と一瞬、日本刀の女性の射抜くような眼がこっちに向いた。

 ドキッと心臓が何処となく嫌な予感のする脈動と共に震え、驚きのあまり一瞬止まったかのような錯覚を覚える。

 いや、もしかしたら一瞬だったら止まってたかもしれない。

 首筋に大きな鎌の刃を突きつけられたあの時のように、ボクの身体は硬直する。


「こんばんはですの、黒乃くろの


 戦々恐々とするボクとは対照的にルーリャが気軽な様子でその女性に声をかける。


「ルーリャか。どうした?」


 陶器製の箸置レストに揃えた箸を置いた女性は改めて顔を上げると、毅然きぜんとした口調でそう言った。


「こっちはよいに捕まって、妙な仕事をさせられてる途中ですの」

「そっちは……特務C班(クラックポット)から報告があった例の少年だな」


 テーブルの上の日本刀を手にとってスッと立ち上がった女性は椅子をわざわざ仕舞しまうと、こっちに歩み寄ってくる。


「私は宵闇よいやみ黒乃くろの。特別遺失物取扱課行空(ゆきそら)支部室長を任されている。黒乃と呼ぶといい」


 そう言って、手を差し出してきた。


「えっと……大鳥おおとり瑞端みずはです」


 てのひらを重ねるように黒乃さんの手を掴み、握手する。


(あれ? ……冷たい)


 黒乃さんの手は少し不自然なくらい冷えきっていた。


「どうした?」

「あ、いえ、手が……」


 握りっぱなしだった手を慌てて放し、勢いのまま一歩後ずさる。


「あぁ、体温は二十度前後だが気にする必要はない。私は人じゃないからな」


 しれっと人外側エクストラ宣言をしてしまう黒乃さんは、少し寂しげな目で放した手を見つめると、すぐに凛とした雰囲気を纏い直してルーリャに向き直った。


「さっきよいと言っていたが……。ルーリャ、お前の所属は何処だった?」

「特務D班“悪目達ドロップデッド”ですの。ちなみに宵は特務C班(クラックポット)ですのよ?」

「不夜城にも困ったものだな。しかし、特務B班(バックプレーン)特務C班(クラックポット)は例の流星メテオで忙しいからな。手空きの時は極力協力してやってくれ、ルーリャ」

「わかってるですの。それでは私たちはそろそろ失礼するですの。私たちはこれから夕食ディナーですの」

「ああ、引き留めて悪かったな。しかし相変わらず『ですの』を重ねるな、貴様は」

「余計なお世話ですの。これが私ですの……これが私ですのっ。大事なことだから二回言いましたの!」


 それ、大事なんだ……。


「深くは考えるな、ルーリャ。特別意味はないからな……っと、遅かったか」


 腰に手を添えたポーズで呆れたように呟く黒乃さん。その言葉で気がついて振り返ると、ルーリャはいつのまにか少しむくれた様子で個室の入り口のある方へ歩いていくところだった。

 ボクを置いたまま――。


「すみません、それじゃボクも――」


 ボクは断りを入れようと再び黒乃さんの方に振り返り――――思わず息を呑んだ。

 黒乃さんは何かを呟きながら、ボクにはかるような視線を向けていたのだ。


「まさか……はおおとりの……」


 何を言っているのかはよく聞こえないけど、ボクの名前が――名字が聞こえたような気がする。


「……えっと、何か言いましたか?」


 パチッ――――と黒乃さんはまばたきをした。


「……いや、何でもない。引き止めて悪かった。ゆっくりしていくがいい」


 黒乃さんは少し早口でそう言うと、くるりときびすを返して元の席へ戻っていってしまった。


「……ま、いっか」


 何でもないって言ってたし――――と思考を完結し、ボクは既に姿のないルーリャを追いかけて個室の扉が並んだ廊下に出る。

 扉は左右に四つずつ、正面奥にひとつ。


(うん、どれだろ?)


 と思った途端、一番奥の扉が開いた。

 そしてその向こうから、青髪の女の子がひょこっと顔を覗かせる。


「こっちですの」


 妙になめらかな手付きで手招きするルーリャに誘われるように足を前に出す。


「奥に座るとよいですの」


 入った個室は、元の店内と違って落ち着いた雰囲気の明かりに照らされた八畳くらいの大きさの部屋だった。

 促されるままに中央に置かれたテーブルの向こうの席に座ると、ちょうどその時入り口の扉が開いた。


「ご注文はお決まりですか?」

「『あんかけ風エビチリ炒飯チャーハンリヴァイアサン・ハイ』二つですの」

かしこまりました」


 中に入ってきたメイド服姿のウェイトレスさんに即座に注文を返して帰してしまう。

 在室時間十秒。

 ルーリャもウェイトレスさんも、ボクの意見を――注文を聞くつもりはまったくなかった風だった。

 いや、そんなことよりあんかけ風エビチリ炒飯チャーハンリヴァイアサン・ハイって何だろう……。前半はまだ想像できるからいいとして、問題は後半だ。


「リヴァイアサン・ハイって何……?」

「……?」

「そんな『え?』みたいな顔をされても少し困るかな」

「リヴァイアサン・ハイはリヴァイアサン・ハイですの」


 謎だ……。

 放置した。

 来ればわかる気がした――――というか来ない内はわからない気がした。


「ところでルーリャさんはえっと――」


 自称十五歳の子と個室で二人きりという状況に黙っていられなくなり、如何いかにも常識から外れた話を振ってみる。


「――人じゃないよね?」

「何故バレたんですの!?」


 何故バレないと思ったんだろう。

 とはいえ髪の色以外は見た目普通の人間だから、確証は全くなかったけれど。それでも特失課という組織の性質上、人外の可能性の方がそれなりに高かった。


「あんまり聞かない方がよかったかな」

「こんな場所では今さら気にする方がまれですの。私はクラーケンですの」

「クラーケン……ってイカだっけ?」

「イカではないですの! あくまでもイカに似ている頭足類ですの!」

「頭足類?」

「…………イカやタコなどの生物学的な分類ですの」


 概ねイカということで納得しておこう。

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