第九理― <幼女>でも精神年齢は外見相当?
「騙したようになってすまないね、ミズハ君。宿泊に問題はないとは言ったが、ここは一応機密指定されたモノもあるから一人で自由にしてもらうことはできなくてね」
「あ、ハイ。大丈夫ですよ。別に自由に動けるから承諾したわけじゃないですし」
ボクの外泊が決まってから一時間が経過した頃、ボクは不夜城先生と部屋の――応接会議室の外に出て、話をしていた。
不夜城先生はこれから巫女、テクス、クレア、ラウラと一緒に今回の事件解決のための会議のようなことをするらしい。
もう夜なのに。
さっきまで一般人とすり変わる許可を申請したり、その他の手続きやらでバタバタしていたのを見て、『一応公的機関なんだ』と思ったことを考えると、定時で帰るとかはないのかが気になる。
色々巻き込まれたとは言え、未だに部外者というポジションは変わっていない。だからボクは部屋を出されたのだ。
ボクがいても何もできないから仕方ないのはわかっているけれど、ちょっと仲間外れにされた気分になる。
(それにしても驚いたなぁ……)
というのも、ボクとクレアの代わりにたった一人でアパートに帰る任務に就いたアプリコットという人外のことだった。
簡単に言うと、人の身体が生体細胞でできているように全身が細かい機械細胞を持つ彼女は、その機械細胞の配列をイジることで自在に姿や形を変えることができる。しかも二組に分けることで、一人で二人を演じることもできるのだとか。
その特性を利用して、彼女は護衛する本人あるいは近い人物に成り済ます護衛任務を受けることが多いため、『隠れん防』の二つ名を持っているらしい。
二つ名という言葉自体、まさか現実で使われるところを見るとは思わなかったけど、“世界に一つだけ”がたくさんいる理外側では記号として案外一般的に使われるらしい。
閑話休題。
「肩身の狭い思いもするかと思うが、不自由はさせないよう配慮はするつもりだ。ただ誰かをつけさせておきたいが――」
不夜城先生はきょろきょろと周囲を見回し、廊下で人影を探す。
「――気味が悪いほど人が通らないな。無論、人外もだけれど」
困ったようにそう言った途端、ボクの背後を見た不夜城先生のメガネがギランと妖しく光った。その瞬間、まるでノイズの走ったテレビ画面みたいに不夜城先生の姿がブレてかき消える。
違う。
急に、人間とは思えない挙動初速で駆け出したのだ。
不夜城先生を目で追って振り返ると、何かを追いかけて角の向こうに消えていく残像が視界に映った。
一分後――。
「放しなさいですの! いきなりなんですの!? 私は何も悪いことしてないですの! 不当逮捕ですのーッ!」
なんかじたばたと手足をバタつかせて暴れるちっちゃいのを捕まえてやってきた。
「――何かあったらこの子に何でも言いつけなさい。言うことは聞くように躾てあるから」
そう言って、右手で目の前に突き出してきたのは、まだ六歳ぐらいの青髪の女の子だった。染めてでもいなければ人外確定な髪の色だった。
ゴシック調のエプロンドレス姿の女の子は不夜城先生に後ろの襟首を掴まれて揺られながらも、何故かボクの方を責めるような視線でキッと睨んでくる。
「放せですの、おばか変態女あぁぁ!」
「今日もルーリャちゃんの罵倒は拙いけどそれがまた可愛くて二倍美味しいねっ。被虐欲と保護欲と両方満たしてくれる、うぇへへへへへ……」
「ギャーッ! 変たギャー、触るな触るなさーわーるーなあああああ!!!」
幼女に罵られて、よだれを拭う成人女性(ただし変態)の図――。
一歩下がって距離を取る。
被虐欲って何ですか。
「釘十字神流って子もそうでしたけど、こんな小さな子もいるんですね」
「ハァハァ……。あ、あぁ、ここには日本の通常法の雇用基準は適用されていないからね。有用以前に協力的な場合は臨機応変に対応している。自立もできない子たちの保護のため、という面もあるが」
「誰が自立もできねー子供ですの!?」
女の子はさらに激しく暴れるが、彼女の身体を空中に縫い付けるその腕は、腕力を計ってみたくなるぐらいびくともしない。
「ルーリャ、彼は今日うちの宿泊棟に泊まるから、危険のないよう附いていなさい。どうせ暇していたろうから問題はないだろう。ああ、それと――」
不夜城先生は言葉を切ると、女の子をストンと下ろして、くるっと振り向かせる。
「――食べるなよ」
「私をどんな認識してるんですの!?」
目の前で恐ろしく不穏な遣り取りを交わした不夜城先生は最後にもう一度ボクに笑みかけると、チラッと一度だけ視線を下げ、部屋の中に戻っていった。
後に残るのは、謎の青色幼女とボク。
しかもその子は、ジッと無言のまま俺を見上げて、睨んでくる。
「えーっと……ボクは大鳥瑞端っていうんだ」
「別に名前なんか聞いてねーですの!」
「あ、そう……」
どうしよう。
拒絶で会話の取っ掛かりを潰されると、気まずさも相俟って再び話しかけるのはかなり難しくなる。
そんなことを考えて、このちっちゃいガイドとのコミュニケーションを半ば諦めかけていた時だった。
「……ルーリャ」
「え?」
「……ルーリャ=V=ベイルクラーケ。私の名前ですの。でも気安く呼んだら承知しねーですの!」
青髪の女の子は突然そう名乗ると、ボクに背を向けてすたすたと廊下を歩き始める。
「待ってよ、ルーリャちゃん」
「気安く呼ぶじゃねーです!? こう見えてもお前より年上ですの! 長幼序あり、それぐらい守りなさいですのッ!」
そっか。
人外は見た目通りの年齢とは限らない――――つまり人間のように子供の姿だから子供、とはならないのだ。
ボクは揺れる青髪に追いついて隣を歩きながら、ルーリャに声をかける。
「えっと、ルーリャさんは何歳なの?」
「今年で十六ですの」
ギリギリだけどボクより年下だった。
この事実はしばらく黙っておこう。少し誇らしげだし。
「十六……じゃあ年は近いんだ」
身体の割に。
とつい思ってしまったのが見透かされそうな言葉にルーリャの眉がピクッと揺れ、急に立ち止まって振り返った彼女は澄んだ薄水色の瞳でボクを見上げてきた。
言葉を間違えた――と後悔しつつも、何処か睨むようなその視線に思わず身構え、怒声も覚悟する。
しかしルーリャは特にボクに何かを返してくるわけでもなく、再び前を向いてすたすたと歩き始める。
「せめて第三形態になれれば、こんな情けない姿で年下と間違われることもなかったはずですのに……! 他にいくらでも危ねー連中がいるのに私だけ封印措置だなんて、そことはかなく理不尽ですのッ……!」
ぶつぶつと何かを呟ているところを見ると、どうやらこの子にも色々事情があるみたいだった。よくはわからないけれど。
“長幼序あり”――つまり長幼の序なんて言葉を知っている割に“そこはかとなく”を間違えたのは動揺したからだろうか。
「……それは大鳥さんの私物ですの?」
「それ?」
「腰の銃ですの」
「え? ああ――」
視線を落とし、すっかり意識から飛んでいたブローニング・ハイパワーのことを思い出す。一度気がつくと、ずしりと重いそれの存在感が気になってしまうのに、どうしてさっきまで忘れてたんだろう。
「――ううん。今日渡されたばっかり。それまで銃なんて触ったこともないし」
銃刀法違反だし。
「今日……ですの?」
ルーリャがチラッと視線を向けてきて、不信感の混ざった驚いたような声を上げる。
「う、うん」
何だろう、この反応――。
「それがどうかしたの?」
「何でもねーですの。ということは射撃訓練もしたんですの?」
「あ、うん。三時間ぐらいだけど」
「異常ですの……」
「え?」
「何でもねーですの! それよりオートリさんは、何処か行きたいところはあるですの? 案内してあげてもいいですの」
「行きたいところ……って言われても何があるかもよくわからないからね」
探険と称したクレアに色々連れ回された時もついていくのがやっとで、いったい何の部屋だったのかよくわからないところばかりしか憶えてない。
「宵から何か聞いてないんですの?」
「よい?」
「さっきの変態女ですの。不夜城宵」
そう言えば、不夜城先生の下の名前ってそんな感じだったっけ。
「うーん、泊まっていけとしか言われてなかったからね。……あ、ルーリャさん、ミルアっていう人わかる?」
「ミルア? それはミルア=スピットファイア=撃音のことですの?」
特徴的な『ですの』口調で聞き返してくるルーリャ。
「フルネームまではわかんないけど……」
「宵と同じ、特務C班の構成員ですの」
「あ、うん。たぶんその人だと思う」
「彼女がどうかしたんですの?」
「ちょっと会ってみたかっただけなんだけど、大丈夫かなって思って」
「彼女なら今は留守ですの。確かアプリコット=リュシケーの後方通信支援に回っているはずですの。ついさっき副室長から残業命令を受けて出ていったですの」
ミルアさん、意外と働き者だった。
「特に何もねーなら、先に夕食でも摂っておいた方がいいですの。その後どうするかはそこで決めるですの」
ルーリャの台詞に応えるように、返事より早くお腹が鳴った。




