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終極限界のクレアツィオーネ  作者: 立花詩歌
第一章『チェインド・ドラゴン』
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第八理― <妙案>本物とか偽物とか

 テクスの後ろをついて、建物の中を歩くこと五分――。


「やっと追いつけたよ」


 例の応接会議室のドアの前で、ちょうど不夜城先生が追いついてきた。最初にここを訪れた時に、テクス・巫女ミコ・クレアと連続して長々と授業を受けた――受けさせられたあの部屋だ。


「まったく年は取りたくないものだな。私も世間的にはまだまだ若い方だけれど、人外は総じて見かけは若々しい子が多いから職場ではやはり目立ってしまう」


 そう言いながら、不夜城先生は白衣のポケットから黒いものを取り出してボクの目の前に差し出してくる。

 特殊な形に組まれた黒い革製品。

 テクスの指示で、拳銃を収めるためのホルスターを持ってきてくれたのだ。


「とにもかくにも追いつけてよかった」

「はい、ホントによかったです」


 本心からそう思えるのは、さっきからずっとブローニング・ハイパワーを剥き身で手に持っていたからだ。もちろん安全装置セーフティをかけて、銃把グリップではなく銃身バレル部分を握るようにしていたけど、それでもやっぱりすれ違う人の視線が向けられてすごく気まずかった。

 不夜城先生に教えられた通り、腰のベルトに固定して吊るすようなタイプのそれにブローニング・ハイパワーを収める。


「うん、まぁこれなら大丈夫だろう」


 自信満々にそう呟く不夜城先生。


(これ、別に隠れてないけどホントに大丈夫なのかな……)


 不夜城先生の立てた親指が果てしなく不安に思えてきて、テクスに一応訊いた方が良さそうかなと顔を上げた瞬間、目の前のドアがガチャリと音を立てて開いた。

 テクスが先んじて開いてしまったのだ。


「『――務C班ックポットでその案件は請け負う』

と、私は依頼人クライアントに上の決定を報告する。

『こんばんは、ミズハ、テクス』

と、私は新たな入室者に挨拶をした」


 こっちに最初に気づいたのは、うちの高校の制服を着た女子生徒――不動律ふどうりつ巫女みこだった。


「ハーイ、ミズハ。朝ぶりね♪」


 とても気軽な調子で片手を上げたクレアは、テクスに続いて部屋の中に入ったボクにウィンクしてくる。

 そして、その部屋の中にいたもう一人。

 クレアの隣に座っていた外人の女の子は、無言でジーッとボクを睨んだかと思うと、ぷいっとそっぽを向いてしまった。どうやら、初対面で嫌われちゃったらしい。


「ラウラ、ちゃんと挨拶しなさい」


 隣のクレアが、まるで娘か妹を叱るような少し強めの口調でたしなめる。

 ラウラ、と呼ばれたその女の子はクレアの強い語気に気圧されるように、どちらかと言えば脱力するようにこくんと頷いた。


こんばんは(ボンソワール)私は(ジュ マ)――」

「ラウラ?」

「ぁぅ……」


 クレアの制止で、何処か外国の言葉の台詞が中断される。


「こんばんは……。私は、ラウラ=ヴィランドリー」


 少し拗ねたように呟くラウラ。

 声は小さかったが、確かに日本語でそう言っているのが聞こえた。発音は、クレアと違って少し違和感があるけれど。


「じゃあ今度はミズハたちね。……ってどうかしたの、ミズハ?」


 クレアがいぶかしげな目で、ボクの顔を覗き込んでくる。

 ボクはラウラの挨拶で――


(マズい……)


 ――初めて時間帯に気づいて唖然としていた。フリーズの状態だ。

 既に七時を回っていたのに、ずっと地下(実弾射撃場)にいたからまったく気がつかなかったのだ。

 ボクは皆に「ちょっとゴメンッ……!」と言い残して、携帯を取り出しながら部屋の隅の壁際に寄る。

 そしてスピードダイヤルで久遠くーの携帯を呼出コールして、プラスチックな手触りのそれを耳に当てた。

 プルルル……という聞き慣れた音は、鳴り始めたその瞬間にプツと鳴り止む。

 相変わらず久遠くーは電話の応答が群を抜きん出て早すぎる。


『もしもし、みっくんっ。今、何処にいるんですかっ!』


 少し慌てたような久遠くーの声が機械を通して聞こえてくる。

 その声の向こうに……風かな? 少し強い風のような音が入っていた。


「ゴメン、久遠くー。少し寄り道してて今帰ってるところ。クレアも一緒だよ」

『帰るのはいつ頃になりますか?』

「えっと……」


 返答に困ってテクスに視線を送る。

 腕組みをしてこっちの様子を見守っていたテクスは不夜城先生と一言二言言葉を交わすと、指を二本立てて、次に両手の指を全部開いて示してくる。


「二十分ぐらいで帰れると思うよ。久遠くーもまだ外みたいだけど……」

『あっ、えっと……今、お洗濯をしたところで、私はお家ですよ。くれぐれも気を付けてくださいねっ、みっくん』

「うん、ありがと」


 最後にそう言ってパッと電話を切る。

 久遠くーは“電話はかけた方から切るべし”というマナーにならって、今回の場合はかけた側のボクが切るまでずっと待ってしまうからだ。


「ゴメン、テクス。帰らなきゃ」


 そう言いながらテクスたちの方に振り返ると、不夜城先生もちょうど耳に当てていたPAIDペイドを下ろしたところだった。


「正面に車を用意させたよ」

「ありがとうございます、不夜城先生。クレア、急いで帰ろう」

「先に帰ってても構わないわよ?」


 きょとんとした顔で、クレアはあっさりとそんな言葉を返してきた。こういうのも世間ずれしてるって言うのだろうか。


「クレアも一緒って言っちゃったんだ。一緒に帰らなきゃ久遠くーが心配する」

「それなら帰るわ。久遠くおんを心配させたくはないもの」


 一度の説得であっさりと立ち上がったクレアは、隣のラウラに向き直った。


「ごめんなさい、ラウラ。大体は察したと思うけど、私はこれでおいとましなければいけなくなったわ」


 急に小さい子供に諭すような優しい口調にり、ラウラを静かに見つめるクレアに対し、ラウラはちらりとボクの方を一瞥すると、こくりと素直にうなずいた。

 そして――


「ダメ」


 この上なく端的に、それゆえに強い拒否の意思を示す言葉を口にした。

 一度頷いたのは何だったのか。


「私、クレアを信用しただけ……。日本人ジャポネーゼ信用したわけじゃない。クレア、ここにいて姉さま探す」


 ラウラは挨拶以降ずっと沈黙を貫くミコを鋭い視線で射抜く。

 さっきからこの――――どうしてそんなにミコのことばかり敵視しているんだろう。ボクたちが来るまでに二人の間で何かあったんだろうか。

 そんなことを思った矢先、ラウラはまたジッとボクの方に視線を送ってきた。ぼんやりとしているように見える、のに――――その目つきに何処か恐怖を覚えた。


「明日なら一日付き合ってあげるから、今日は大人しくここに泊まって休みなさい。貴女だって寝ていないのでしょう?」

「私、平気。姉さま、助けなきゃダメ」


 頑として聞き入れないラウラを目の前にして、ついにクレアは腕組みをして、「どうしようかしらね」とばかりにボクに視線を送ってきた。

 ボクが反応に困っていると、同じく腕組みをして壁に寄りかかるように立っていたテクスが「ちッ」と舌打ちをした。


「おいガキ。お前、自分が一応不法入国だって忘れてんじゃねえだろうな? 本来なら即拘束のところ、そっちの事情を斟酌しんしゃくしてやんのはあくまでもこっちの好意だ。今のお前にある選択肢は二つだ。協力を受けて従うか受けずに帰るかだ」


 なんかすごく不機嫌そうにそう言った。


「上手く誤魔化してはいるが、テクスはメテオの件で寝不足でね」


 いつのまにか背後に立っていた不夜城先生がそう耳打ちしてくる。


「ミズハに余計なこと吹き込んでんじゃねーよ、不夜城」

「余計なことを言わなくていいから、不夜城先生と呼びなさい。ミズハ君はその点いい子だ。目上に対する礼儀は弁えているよ」


 人差し指を立てる不夜城先生にテクスは再び舌打ちし、ラウラに視線を戻す。


「選択権はやったんだ。早く選べ」

「ヤダ」


 即答だった。

 しかも、ギューッとクレアの腕にしがみついて放そうとしない。

 クレアは可愛い子に抱きつかれて嬉しそうだけど、時間制限があること忘れてないだろうね……?


「テメェ、こっちが下手に出てりゃつけあがりやがって……」

「『落ち着いて』

と私はテクスを制止する。

『既に副室長から命令は出ている。協力は確定』

と私は改めて上の認識を伝える」

「マジかよ……。あのオッサン、ふざけてんじゃねえだろうな?」

「こらこら、仮にも副室長をそんな呼び方をしてはいけないな。告げ口するぞ? それよりミズハくんを放置していいのか、君たち」


 不夜城先生が神様に見えました。


「困ったわね……」


 ボクとクレアはすぐにでも家に帰らなきゃいけない。でもラウラはここに残ってクレアと一緒にお姉さんを探したい、のかな。

 聞いた言葉で状況を整理するとこんな感じだろうか。


「時にミズハくん、一応私には妙案があるのだが、聞いてみる気はあるかね?」

「妙案……ですか?」

「ミズハくん、今日はこっちに泊まっていきなさい」

「え?」


 一瞬、言葉の内容を理解できなかった。


「ミズハくんだけ今から帰るとボロが出そうだからね。そうすればクレア=理=ディストルツィオーネも一緒に泊まればいいから、そっちのドラゴンちゃんも納得するだろう。部屋もたくさんあるから、それで何の問題もない。強いて言えば、ミズハくんの許可がなければこちらとしても動けないが」

「いえ、許可も何も……。久遠くーが待ってるんだから早く帰らないといけないんですよっ!?」

「だからミズハくんが帰ればいいのだよ」

「もう何が何だかわからないんですけど……」

「つまりだね。()()()ミズハくんは泊まっていくといい。こちらで()()()ミズハくんを用意するから」

「『まさか彼女を使う気か?』

と私はおののく」

「彼女って誰なんですか、不夜城先生」


 不夜城先生はくすりと笑みを浮かべると、


微粒機械ナノマシンの群体の身体を持つ人外、アプリコット=リュシケー。つまり何にでも誰にでも化けられる()()()な人外だよ」

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