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侍の知らない世界で  作者: Lambzono


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9/12

第九篇 最初の屋根

――『亡国の侍 異世界転移譚』第九話「はじまりの村」連動


 セルマが初めて自分の家の戸を閉めた日、吹雪が来た。


 まだベズラス村に、家が一軒しかなかった頃のことである。


 採掘場で働く者たちは、谷口に荷車を並べ、幌を張って暮らしていた。石を切る時間には賃金が出ても、自分の家を建てる時間までは出ない。


 石工だったセルマは、仕事を終えたあとの薄明かりで壁を積んだ。


 土台から屋根まで、四か月。


 最後に内壁を立て、寝床と竈のある部屋を分けた。


 欲しかったのは、大きな家ではない。


 夜になれば、自分の手で閉められる戸があればよかった。


 その戸を初めて閉めた直後、外で何かが裂けた。


 幌布だった。


 谷を抜けた風が杭を引き抜き、荷車の上へ張られた布を一枚、夜空へさらっていく。


 続いて二枚目。


 雪が横向きに吹き込み、火の消えた声が上がった。


 セルマの戸が叩かれた。


「子供だけでも入れてくれ」


 採掘頭が立っていた。


 背後には毛布をかぶった親子がいる。


 セルマは戸を開けた。


 親子が入る。


 次に老人が二人。


 濡れた毛布を抱えた女。


 足を怪我した採掘夫。


 竈のある部屋は、すぐに人で埋まった。


「ここまでだ」


 採掘頭が言った。


「残りは荷車の陰へ移す」


 戸の外には、まだ何人もいた。


 寝床との間に立つ内壁さえなければ、あと十人は入る。


 だがその壁は、セルマが十二日かけて積んだものだった。


 寝台も、衣装箱も、冬の食料も向こう側にある。


 これを崩せば、この家は一部屋になる。


 自分だけの寝床はなくなる。


 外で、三枚目の幌が裂けた。


 セルマは壁際に置いていた槌を取った。


「何をする」


「広くします」


 内壁の上段へ槌を入れる。


 一つ目の石が落ちた。


 床へ転がり、雪に濡れた靴へ当たった。


「その壁は、明日戻せないぞ」


「明日まで持てばいい」


 二つ目を外す。


 三つ目。


 壁の向こうから寝台が見えた。


 中にいた者たちも手を貸し始めた。石を受け取り、壁際へ積んでいく。


 内壁が半分まで低くなると、外で待っていた者たちが入ってきた。


 最後に採掘頭が戸を閉めた。


     ◇


 吹雪は三日続いた。


 セルマの寝台には、熱を出した子供と母親が寝た。


 セルマは竈の前で、衣装箱へ背を預けて眠った。


 食料は皆で持ち寄った。


 一つの鍋へ豆、干し肉、根菜を入れ、薄いスープを人数分に分けた。


 四日目の朝、ようやく風が止んだ。


 外へ出ると、幌の多くは破れ、いくつかの荷車が雪へ埋まっていた。


 無傷の屋根は、セルマの家にしかない。


「地面が緩むまで、この家を借りたい」


 採掘頭が言った。


「皆の家を建て直すまでだ。代わりに、春になったら最初にお前の家を建てる」


 セルマは戸口から中を見た。


 内壁は崩されたまま。


 竈には誰かが火を足し、濡れた靴や手袋が周囲を埋めている。


「この家は?」


「これだけの人数が入れる場所は残す」


 もう、自分の家ではないということだった。


 セルマは少し考えた。


「次の家には、内壁を二つください」


「一つで十分だろう」


「一つは、また崩すかもしれません」


 採掘頭は返事をせず、短く笑った。


 雪に埋もれた谷口で、屋根から一本だけ煙が昇っていた。


 その下には、セルマのものではない靴が、戸口から壁際まで並んでいた。


     *


この世界を、侍・伊庭八郎の側から描く本編は、

『亡国の侍 異世界転移譚』第一話「剣と銃」から。

第一話:https://ncode.syosetu.com/n5318ml/1/

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